21.境界線の向こう側
朝の日差しで目が覚めた。
(……今日、僕たちはやるんだ)
【ロール進行度:51%】
数値はすっかり下がっているが、胸の奥は不思議なくらい静かだった。
怖くないわけじゃない。
でも、それ以上に迷いがなかった。
ユイは体を起こす。
隣を見ると、いつも通りレオンは起きていた。
壁に背を預け、腕を組んでいる。
「……寝れたか」
「うん。たぶん」
「たぶん、かよ」
小さく笑う。
その声で、少しだけ緊張がほどけた。
「レオンは?」
「似たようなもんだ」
短く答える。
数秒の沈黙。
でも、やっぱり嫌な沈黙じゃない。
レオンも同じく思っている。
「……じゃ、行くか」
「うん。行こう」
◇
通学路。
いつも通りの人の流れ。
誰もが“決められた場所”へ向かっている。
ユイは、その中でほんの少しだけ歩幅をずらしてみる。
隣を見ると、レオンも同じようにずらしていた。
「……合わせてくれてるの?」
「……そういうんじゃねぇよ」
「そっか」
ユイは笑う。
ほんの少しだけ、二人の肩が触れる。
それだけで、昨日の夜が思い出される。
(……手、繋いじゃったな)
意識した瞬間、少しだけ距離がぎこちなくなる。
レオンも、わずかに視線を逸らしている。
(……あれ、なんかムズムズする)
昨日は自然だったのに。
今は、妙に意識してしまう。
いつもの沈黙。
だが、その空気に耐えきれなくなって、ユイが口を開く。
「……あのさ」
「なんだ」
「今日はさ、その……」
言葉に詰まる。
何を言いたいのか、自分でもよく分からない。
システムも、決めてはくれない。
すると――
「手、繋ぐか?」
レオンがぶっきらぼうに言った。
「……えっ!?」
「昨日やっただろ」
「いや、そうだけど……!」
心臓がキュッとなる。
「嫌ならいい」
「い、嫌じゃないけど……!」
レオンは少しだけ息を吐いて――
「じゃあ、ほら」
手を差し出す。
ユイは少しだけためらってから、優しくその手を取った。
「……っ」
指先が触れた瞬間、また少しだけ空気が変わる。
「……なんか、緊張するね」
「昨日もやっただろ」
「昨日と今日じゃ、違うよ……」
「何がだよ」
「……分かんないけど」
でも、手は離さない。
むしろ、少しだけ強く握る。
レオンも、何も言わずに握り返す。
(二人なら怖くない……!)
それだけで、そう思えた。
◇
アルカディア学園。
校門をくぐる直前で、ユイは足を止めた。
「いよいよだね……!」
「……ああ」
いつもと同じ景色。
でも、意味が違う。
「分かってるだろうけど、今日は教室には行かねぇぞ」
「うん。僕たちの意思でね」
二人はいつもと違う職員用玄関へ向かった。
◇
校舎内に入ると、廊下は静かだった。
(……人が、いない)
本来なら、教師がいて当然の時間だ。
なのに――
「露骨すぎるな」
レオンが小さく呟く。
「うん……」
「歓迎されているのか、それとも罠か」
「どっちだろ」
「まぁ、両方だろうな」
即答だった。
少しだけ怖くなる。
ユイは無意識にレオンの手を強く握った。
「……怖いか?」
「大丈夫……!」
即答だった。
レオンは一瞬だけ目を丸くする。
「……そうかよ」
小さく笑った。
「じゃ、あの階段から行こう」
二人は階段を上がる。
学園長室は最上階。
今にして思うと、学園内の地図は不思議な構造をしていた。
学園長室の真下には、何も書かれていないのだ。
その時、物音がした。
「……っ」
二人同時に止まる。
コツ……コツ……コツ……。
これは……足音。
誰かが巡回しているようだ。
「……どうする?」
ユイが小声で聞く。
「隠れるしかねぇな」
「どこに?」
「……こっちだ」
レオンが腕を引き、近くの掃除用具入れにユイを押し込める。
そして、ドアを静かに閉めた。
お互いの心臓の音が伝わる距離だ。
コツ……コツ……コツ……。
足音が、近づいてくる。
ユイは、息を止めていた。
「……動くな」
耳元で低い声。
コツ……。
目の前で足音が止まる。
ユイの心臓は限界寸前だ。
(……見つかる)
無意識に、レオンの服を掴む。
レオンは何も言わない。
ただ、ユイの肩に手を置いて、静かに引き寄せた。
ぴたりと体が重なる。
「……っ」
息がかかる距離。
でも、声は出せない。
数秒。
でも、永遠みたいに長い時間。
コツ……コツ……コツ……。
やがて、足音が離れていった。
「……はぁ……」
ユイはようやく息を吐く。
でも、すぐには動けない。
距離が近すぎる。
そして、視線が合う。
「……お前、顔赤いぞ」
「レオンもだけど……?」
「……うるせぇ」
少しだけ照れたように顔を逸らす。
その反応が、妙に可愛くて……。
ユイは小さく笑った。
◇
再び廊下へ。
今度は、より慎重に進む。
角を曲がるたびに、互いに視線を合わせる。
言葉はいらない。
タイミングだけで動ける。
(……合ってる)
昨日よりも、ずっと自然に。
そしてついに、学園長室の前に辿り着く。
「……ここだな」
「うん」
ドアの前で、足を止める。
手は、まだ繋いだままだ。
「……手、離すか?」
「……ううん、このままでいい」
「……そうか」
レオンは、ドアノブに手をかける。
「開けるぞ」
「うん」
その瞬間、ユイはほんの少しだけ力を込めた。
レオンも、握り返す。
合図みたいに。
重い扉がゆっくりと開く。
中は静かだった。
整いすぎた空間、生活感がない。
(……誰も“使ってない”みたい)
「床、調べるぞ」
「うん」
二人で調べる。
やがて――
「……ここ……じゃねぇか?」
レオンが足元を軽く叩く。
音が違う。
床板の一部がわずかに浮いていた。
レオンはその隙間に指をかける。
「開けるぞ」
「……うん」
持ち上げると、そこには暗い穴があった。
梯子が、下へと続いている。
空気が、違う。
(……ここから先は)
“裏世界”。
二人は息を吸う。
「行くぞ、ユイ」
「うん……」
◇
レオンが先に梯子を降りる。
一歩ごとに、音が響く。
少しずつ光が遠ざかる。
やがて、床に足がついた。
ユイも続く。
そこは、これまでの世界とは明らかに違っていた。
無機質な白い空間。
壁も、天井も、境界が曖昧で、どこまでも続いているように見える。
空中には、無数のログが浮かんでいた。
数値、関係図、波形。
「……なんだよ、これ」
レオンが呟く。
ユイはゆっくりとそれに近づく。
その瞬間、空間が歪んだ。
『異常を検知』
いつものシステムと同じ声がする。
どこからでもない。
だが、確かに“ここにいる”。
『想定外の逸脱を確認した。
……そうか、ここまでくる者が現れたのだな』
「……来るぞ」
レオンが低く言う。
そして、周囲に光の粒が現れる。
その粒は収束し、“人型の存在”となる。
だが、表情は読めない。
顔はのっぺらぼうだ。
『君たちは、“選ぶことを選んだ”のだな』
その声は、責めるでもなく、怒るでもなく。
ただ、確認するようだった。
レオンが一歩前に出る。
「ユイ、下がってろ」
「でも……」
「いいから!」
強く言われる。
“人型の存在”が、手を掲げる。
白い光――インク魔法とは違う。
純粋な“削除”のエネルギーが放たれた。
「……っ!」
レオンは避ける。
さっきまで立っていた床が抉れている。
「なんだよこれ……」
明らかに異質な攻撃を見て、ユイは後ろに下がる。
だが――
(……逃げてるだけじゃダメだ)
昨日、決めた。
(……選ぶ)
ユイは、前に出る。
「おい、ユイ!」
「僕にも、やらせて!」
ユイはインク魔法を展開し……、撃つ。
撃つ、撃つ、撃つ。
しかし――
「……ちょっと待って、効いてない!?」
当然、インク魔法ではダメージを与えられなかった。
「くそっ、無駄ってことかよ!
ユイ! ダメージのある魔法は撃てないのかよ!」
「ダメ……。 《学生》のロールじゃ制限があるみたい」
“人型の存在”が、ユイを見る。
『こんなにも楽で、誰もが幸せになる世界を創造したんだ。
なのに、君たちは“自由”を選ぶのか』
「ユイ、危ねぇ!」
“人型の存在”が放った光が、割り込んだレオンの左肩に当たった。
被弾箇所が、ノイズのように歪む。
「……っ、チッ」
「レオン!」
肩を抑え、その場にうずくまるレオン。
明らかに酷いダメージを受けている。
その姿に、ユイの胸が締め付けられる。
(……どうする)
その時――
【ロール進行度:49%
ロール《学生》を解除します】
ユイの視界に、ログが映る。
(……はは。
こっちの世界でも、学校辞めちゃった、僕)
ユイの右手に、先ほどのインク魔法とは異質のエネルギーが集まる。
「……ユイ、お前」
「うん。これで終わらせる。
どうなってもいい。それでも、僕は選ぶ」
ユイは足に力を込める。
“人型の存在”へ向かって、最初で最後の跳躍を――
――しかし、足を動かすことができなかった。
そして、視界にログが浮かび上がる。
【対人補正:ON
他者への攻撃を検出】
(……これのせいだ……!)
『この世界は、全てを守るために創造したのだ』
“人型の存在”が言った。
『壊れない関係、傷つかない心、最適化された幸福。
それは――間違っているか?』
「……っ」
ユイは、答えられない。
だが――
「……“正しさ”の追求が正しいわけじゃねぇだろ……」
レオンの血を吐くような声。
それでも、前を向いている。
ユイは息を吸い、視界のログへ手を伸ばした。
「これさえ……消せば……!」
指が、文字に触れる。
だが――
「痛っ……!」
指先に電撃が走る。
(……それでも……僕が選ぶ……!)
全身に力を込める。
そして――
【対人補正:OFF】
ログを書き換えることに成功した。
その瞬間、空気が変わった。
“人型の存在”の動きが、わずかに鈍る。
そして、ユイはもう一度エネルギーを溜める。
「お願いっ!」
ユイが放ったエネルギー弾は、標的を捉えた。
「……やったぞ、ユイ!」
……しかし、様子がおかしい。
セーフティが外れたエネルギーが直撃したにも拘らず、奴はびくともしていない。
「……僕の力じゃ……足りないの……?」
その時、“人型の存在”が言葉を発した。
もちろん口は無いが、その身体から発せられたように聞こえた。
『私は、娘に選ばせることは、しなかった。
選ばせれば、傷つき、失敗するからだ。
だから、すべてを整えた。
正しい関係、正しい人生、正しい結末を』
「……でも、それって……!」
ユイの声が震える。
「“生きてねぇ”だろ」
レオンが言い切る。
ユイは、目を見開く。
そして――
(……ああ)
理解する。
(……一人じゃ、ダメなんだ)
「レオン……!」
「分かってる」
言葉はいらなかった。
ユイが手を差し出し、レオンが掴む。
その瞬間――またも視界にログが浮かび上がる。
【ロール進行度:0%
ロール:逸脱者】
「逸脱……者……?」
「ユイ……、そのロール……。
俺と同じだ……」
「……!?」
『……だが、結果として、私は娘を悲しませた。
せっかく仲良くなっても、“対人補正”に疑問を持つプレイヤーは、やめてしまうからだ』
ユイの目が揺れる。
(……タチアナさん……)
『だから私は、プレイヤーを閉じ込めた』
「それが“ログアウト不能バグ”の正体だってのかよ……。
どこまで自分勝手なんだ! あんたは!」
レオンは激怒した。
そして、“人型の存在”が問う。
『君たちは、選ぶのか?
壊れる可能性を受け入れて、“他者との関係”を求めるのか?
壊れかけても、“関係”を続けるのか……?』
「うん。それが本当の関係だと思う。」
「当たり前だ。作られた関係なんて、価値がねぇ」
二人に迷いはない。
そして、その繋いだ手に膨大なエネルギーが宿る。
『そうか……。
私に、人間の可能性を……見せてくれるのだな……』
「行くよ、レオン」
「ああ、任せろ」
二人は握った手を前に突き出す。
そして、放たれるエネルギーの槍。
それは、“人型の存在”の胸を突き刺した。
『……それでいい。
“補正されない自由”。それこそが、人間の――』
最後まで言葉を発することなく、光に還った。
……静寂。
ユイは、息を切らした。
「……やった……?」
「……ああ」
レオンも、肩で息をしている。
長い沈黙。そして――
ゴゴゴ……。
重たい音と共に、奥の扉が開いた。
その中には、輝く一つのコア。
ドクドクと脈動している。
「……あれって」
「……中枢……だな」
ユイは、一歩踏み出す。
ここから先が――本当の選択。
何も言わずとも、レオンと目が合う。
「……行くぞ」
コアを見る。
お互いを見る。
繋いだ手を見る。
「……うん」
二人で、進む。
もう、戻らない。
その先へ――。
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※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




