19.それでも選ぶ日常
校舎の窓から差し込む光が、教室の床を長く照らしている。
ユイは席に座ったまま、ぼんやりと放課後を過ごしている。
(……下がった)
視界に浮かんだ数字。
【ロール進行度:67%】
朝よりも、確かに低い。
(……やっぱり)
エクバリオンでの選択。
レオンと組んだこと。
それは、“正しくなかった”。
でも――
(……ちゃんと、自分の意思で選んだ)
その実感だけが、残っている。
「……帰らねぇのか」
後ろから声がした。
振り向くと、レオンがドアのところに立っている。
相変わらず、教室という場所に馴染んでいない立ち方。
「ううん。帰るよ」
ユイは立ち上がる。
「今日はさ、ちょっと寄り道しない?」
「……なんでだ」
「なんとなく」
それだけだった。
本当は理由がある。
でも、うまく言葉にできない。
(……“決められてないこと”をしたい)
ただ、それだけだった。
◇
通学路を外れる。
本来なら通らない細い路地。
人の流れも、ほとんどない。
「……こっち、何もねぇぞ」
「うん、知ってる」
「じゃあなんで来た」
「理由は……上手く言えないかも」
レオンは小さくため息をつく。
「お前、最近そればっかだな」
「ダメ?」
「……別に」
否定はされない。
でも、納得もしていない声。
二人の足音だけが、響いている。
(こういうのって、不良生徒っぽいかも……)
本来なら、まっすぐ帰る。
効率よく動く。
無駄な時間を作らない。
それが、この世界の“正解”。
でも――
「ねぇ、レオン」
「なんだ」
「レオンってさ、なんでロール進行度、見えないの?」
ずっと気になっていたことを、ついに聞く。
レオンは少しだけ視線を逸らす。
「……知らねぇよ」
「本当に?」
「……ああ」
短い返事。
でも、完全に嘘ではない。
ただ、“自分でもよく分かっていない”感じ。
「……そっか」
ユイは、それ以上は踏み込まなかった。
◇
やがて、小さな広場に出る。
誰もいない。
ベンチが一つあるだけの場所。
「……ここ、座ろ」
「……ああ」
二人で並んで座る。
沈黙。
でも、いつも通り、不思議と気まずくはない。
(……こういう時間、やっぱり好きだ)
「……なぁ」
先に口を開いたのは、レオンだった。
「お前、なんでそこまでして下げてんだよ」
「……え?」
「分かってんだよ。意図的にやってるの」
図星だった。
ユイは少しだけ苦笑する。
「……バレてた?」
「バレバレだ」
「そっか……」
少しだけ、間を置く。
「……なんかさ」
言葉を探す。
「このまま100%になったら、戻れなくなる気がして」
ぽつりと、こぼす。
レオンは何も言わない。
「怖い、っていうか……」
「……ああ」
短く、相槌だけ打つ。
「でも、それだけじゃなくて……、最近は自分で選んでる感じが、ちゃんとあるんだよね」
手を軽く握る。
「ロール進行度が上がる時って、楽なんだよ。
何も考えなくていいし、全部うまくいくし」
「……だろうな」
「でも、それって……」
一瞬、言葉が止まる。
「……やっぱり僕じゃない気がする」
静かな声だった。
レオンは、ゆっくりとユイを見る。
「……じゃあ今はどうなんだよ」
「今は……」
ユイは少し考える。
「うまくいかないけど、ちゃんと“僕がやってる”感じがする」
それが答えだった。
夕方の風が二人の間を吹き抜ける。
「……お前さ」
「うん?」
「現実でも、そうだったのか」
不意に出た言葉に、ユイは少しだけ驚いた。
「んーとね、現実では逆。
ずっと“自分で選んできた”つもりだったんだよね」
それを聞いて、レオンは意外に思った。
「学校行かないのも、自分で決めた。
バイト始めたのも、すぐやめたのも、自分で決めた」
ぽつぽつと、言葉が落ちる。
「でもさ……」
小さく笑う。
「全部、うまくいかなかったんだよ……」
軽く言っているようで、その奥には重さがあった。
「人と話すのが怖くて、どうしていいか分からなくて」
視線を下に落とす。
「だから、このゲーム始めたんだよね。
練習になるって言われて」
少しだけ間が空き、ユイは顔を上げる。
「最初はさ、ロールに従ってる方が……楽だった」
「……だろうな」
レオンが短く返す。
「何をすればいいか全部決まってるし、失敗しなくて済むし……」
ユイは頷く。
「でもそれって、“僕が選んでる”わけじゃないなって、思って」
静かに言った。
レオンは何も言わずに、ただ、ユイの言葉を聞いている。
「だからさ……」
ユイは少しだけ笑う。
「今は、ちょっとくらい変でもいいから、また自分で選びたいなって思ってる。
でも、今度は逃げる選択はしない。
ちょっとだけ、頑張ってみる」
風が吹き、木の葉が揺れる。
「……たぶん僕、また失敗すると思うけどさ」
短い沈黙。
今度は、レオンが口を開いた。
「……逆だな」
「え?」
「俺は――」
言葉を選ばずに言う。
「ずっと、選んでこなかった」
ユイが目を見開く。
「小さい頃から親に言われた通りに、勉強勉強。
そして、いい大学入って、いいとこ就職して」
淡々とした語り口。
でも、その中身は重い。
「それが全部、“正解”だったんだよ」
皮肉のように言う。
「周りから見ればな」
ユイは黙って聞いている。
「でもな、自分で選んだ覚えが、ほとんどねぇ」
その言葉は、静かだった。
でも、はっきりしていた。
「言われた通りにやってれば、うまくいく。
だから、俺は考えるのをやめちまった」
視線は遠く。
「気づいたら、どこまでも“誰かの言いなり”だ。
……ふっ、笑えるだろ」
「そんなの、笑えないよ……」
ユイはすぐに言った。
レオンは一瞬、言葉を止める。
「だって、それって……」
ユイは言葉を探す。
「すごく頑張ってきたってことでしょ。
僕は頑張ることから逃げる選択を続けてきた」
まっすぐに言った。
レオンは目を細める。
「俺は……頑張ってなんかねぇよ。
何も考えてなかっただけだ」
「でも、結果出してるじゃん」
「それが問題なんだよ」
即答だった。
「正解ばっか引いてるとよ」
少しだけ、声が低くなる。
「“それでいいのか”って疑問すら、出てこなくなる」
ユイは息を呑む。
「だから、この世界に来た」
短く言う。
「このゲームなら、誰の言いなりにもならなくていい」
ユイは、ゆっくり頷く。
(……反対だ)
気づく。
(僕と、真逆だ)
ユイは自由に選んできて、失敗した。
レオンは従ってきて、成功した。
でも――
(どっちも、引っかかってる)
だから、ここにいる。
少しだけ、空気がやわらぐ。
「……だからレオンは、ああやってロールを無視するんだね」
「……まあな」
「僕は、逆にロールに助けられてたけど」
「見てりゃ分かる」
「でも、今はちょっと違う」
ユイはレオンを見る。
「レオンといるとさ……、これからも、“自分”で選んでいきたいって思える」
素直に言った。
レオンは、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。
「……気のせいだろ」
「そうかな」
「そうだ」
短い否定。
でも、その声は少しだけ弱い。
ユイは笑う。
「でもさ」
「なんだ」
「これからも、一緒にいてよ」
自然に出た言葉だった。
「ロールとか関係なくさ」
レオンは、すぐには答えなかった。
数秒の沈黙。
風の音だけが通り過ぎる。
「……ああ」
短く、返す。
「気が向いたらな」
ユイは笑う。
レオンが照れ隠しにそう言ったことは、伝わっていた。
少しずつ、性格が分かってきた。
それだけで、十分幸せだった。
ふと、視界の端に光が浮かぶ。
【ロール進行度:61%】
「……あ」
「どうした」
「また、下がってる」
ユイは小さく言う。
しかし、レオンはそれを見ない。
「……そうか」
興味なさそうに返す。
でも――
「いいじゃねぇか」
ぽつりと言った。
ユイは目を瞬かせる。
「え?」
「お前が選んだ結果なんだろ」
それだけだった。
ユイは少しだけ考えて――
そして、笑った。
「うん」
はっきりと頷く。
「そうだ、レオン。
ちょっと付き合って欲しいんだけど」
「……な、なんだよ」
レオンはその言葉に、ドキっとした。
「そ、そういう意味じゃなくて……!」
「別に、何も勘違いなんかしてねぇっての!」
レオンは耳が赤く染まっている。
夕日で染まっているわけではなさそうだ。
「で、なんだよ?
これからさらに寄り道か?」
「えっと……、またタチアナさんの店に行かない?」
「また、“なんとなく”か?」
「ううん、違う。
今日は、聞きたい事があるんだ」
「なるほどな。
ユイもあの人に何か感じる部分があったってわけか」
「やっぱ、レオンも感じる?」
「ああ、あの人は絶対に“この世界の裏”を知っている」
「僕も……そう思う」
「じゃあ、行くか」
「うん」
二人はベンチから立ち上がる。
夕日が、二人の影を同じ方向に伸ばしていた。
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