18.逆行のはじまり
朝。
柔らかな光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。
ユイは、見慣れない天井をぼんやりと見つめていた。
(……ここ、僕の家なんだ)
昨日、契約したばかりの一軒家。
まだ家具もほとんどない。
床に置いた簡易ベッドと、最低限の荷物だけが、この空間のすべてだった。
けれど――
(……“自分”で選んだ場所だ)
その実感は、朝になっても消えなかった。
体を起こす。
床の軋む音がやけに大きく響いた。
隣を見ると、やはりレオンはすでに起きていた。
壁に背を預け、ぼんやりと窓の外を見ている。
相変わらず、どこにも属していないような立ち方。
(……変わらない)
そのことに、少しだけ安心する。
「おはよう、レオン」
「……ああ」
短い返事。
だが、その声は昨日までよりも少しだけ柔らかい気がした。
「……ねぇ」
「なんだ」
「今日、学校なんだよね」
「……だろうな」
他人事のような言い方。
ユイは小さく笑った。
「行く?」
「お前が行くならな」
「そりゃもちろん!」
即答だった。
昨日までなら、少し迷っていたかもしれない。
でも今日は違う。
(……試してみたい)
胸の奥に、小さな決意があった。
◇
学校へ向かう道。
人の流れは相変わらず整っている。
誰も迷わず、誰も立ち止まらない。
(……前は、この流れに乗ってた)
今は、その流れが少しだけ“見える”。
正しい動き。
正しい選択。
正しい会話。
(……でも)
ユイは、ほんの少しだけ歩幅をずらした。
敢えて流れから、半歩だけ外れる。
それだけで、周囲との距離感が微妙に変わる。
(……できる)
昨日、確かに見た。
進行度は、“下がる”。
自分で選べば。
そして、そのまま校門をくぐる。
◇
教室。
いつも通りの席。
いつも通りの空気。
だが、今日は違う。
(……今日からは、“自分の意思”で、やってみせる)
◇
一時限目の体育が始まる。
インク魔法を使ったスポーツ・エクバリオンだ。
生徒たちはフィールドに整列している。
教師が元気よく、ルールの説明を始めた。
「ルールのおさらいです!
相手のプレイヤーにインク魔法を当てて、全身を染めたら撃破とします!
撃破されたプレイヤーは、一度自陣に戻って洗浄魔法でインクを落として再出撃をしてください!
チームで合計二回撃破されたら負けとなります!
それでは、ペアを組んでくださ〜い」
クラスメイトたちは、迷いなく動き始める。
いつも通りの組み合わせ。
いつも通りの配置。
ユイも、立ち上がる。
そして――
「……先生」
声を上げた。
一瞬、空気が止まる。
「どうしましたか、ユイ君」
「僕……その……」
少しだけ、戸惑う。
でも、言う。
「レオンと組みたいです……!」
静寂。
明らかに“外れた”発言。
クラスの誰もが理解している。
「……レオ……ン?」
教師が眉をひそめる。
「あそこで立っている、世界から浮いた男です」
「外部プレイヤーとの連携は推奨されません。
評価対象外になります」
「それでもいいです」
ユイは迷わなかった。
「僕は、レオンとやりたいです」
はっきり言い切る。
教師は、少しだけ間を置いた。
「……きっと、連携なんて取れませんよ」
「分かってます」
「評価も落ちます」
「それでもいいです」
短い沈黙。
そして――
「……自己責任であれば、許可します」
「ありがとうございます!」
そして、ユイは振り返る。
フィールドの外。
壁際にいるレオンと目が合う。
「来て」
小さく手招きすると、レオンはわずかに目を細めた。
「……お前、勝つ気ねぇだろ」
「そういうわけじゃないけど……」
「なら、なんで俺と組むんだよ」
その問いに、少しだけ考えて――
「一緒にやりたいから」
答える。
レオンは、一瞬だけ視線を外した。
「……バカか」
そう言いながら、前に出てくる。
◇
四角く区切られた競技場。
手前側は自陣。
対面には、クラスメイトのペア。
片方は、以前ユイと組んだマーキスだ。
明らかに“最適解”の組み合わせ。
「戦闘開始!」
教師の声。
ユイは構える。
インク魔法の起動。
だが、横を見ると――
「……で、どうすんだ」
レオンは何も構えていない。
「え?」
「作戦だよ」
「あー……」
考えていなかった。
本来なら、役割分担がある。
前衛、後衛、カバー。
でも――
「とりあえず、二人で動こう」
「……雑だな」
「うん」
ユイは笑った。
「でも、それでいい」
そんなやり取りをしていると、相手が攻めてきた。
完璧な連携。
一人が牽制射撃、その間にマーキスが回り込む。
「っ、来る!」
ユイが反応する。
「右から回ってる!」
「分かってる!」
レオンが前に出る。
だが、その動きは“チーム前提”じゃない。
まるで、単独戦闘のそれだ。
当然、隙が生まれる。
「もらったよ! ユイ君!」
「……っ!」
ユイめがけて白いインクが飛ぶ。
「させるかっ」
レオンは身を挺してユイを守る。
その身体は白く染まってしまった。
「大丈夫? レオン」
「下がれ!」
レオンが割り込む。
さらに激しく飛び交うインク。
またもレオンに直撃した。
「……ちっ」
お陰でユイは無傷だ。
しかしレオンは完全撃破には至らないが危険な状態。
マーキスは冷静に距離を取る。
「ユイ君を狙うぞ!」
声が聞こえる。
当然の判断。
二人を同時に撃破する。
それが最適。
(……ユイが狙われる)
理解した瞬間――
「ユイ、もっと後ろだ」
レオンの声。
「え?」
「下がれって言ってんだよ!」
強引に押し戻される。
次の瞬間、インクがレオンに集中する。
「……くっ!」
全身に広がる。
身体が完全に染まる。
――撃破。
「レオン!」
「ちょっと待ってろ」
短く言って、自陣へ走る。
レオンがいない間、ユイは二人に狙われる。
「わっ!」
ユイのお尻にインクが命中。
(……な、なんか、恥ずかしいよぉ)
その間、レオンは洗浄を終え、再出撃。
(……あと一回)
あと一回で負け。
心臓が跳ねる。
(……ここからは僕も前に出て、注意を分散させよう)
「レオン、どうする?」
「そりゃ、攻めるだろ」
即答だった。
「次やられたら、負けだからね」
「……ああ、分かってる」
「じゃあ、一緒に行こう」
そう言った。
レオンは、一瞬だけ黙る。
そして――
「……俺が守る」
小さく吐き捨てて、前に出た。
相手は明らかに動揺していた。
レオンの合理的じゃない動きに、翻弄されている。
「マーキス君! 左!」
「分かってるって!」
ユイとレオンのぎこちない連携。
ユイがインク魔法を放つ。
レオンが距離を詰める。
「ユイ、俺の後ろに入れ」
レオンはユイを守りながら動く。
身体でインクを受け止める。
その隙に、ユイはマーキスの狙撃に成功した。
「当たった!」
さらに追撃。
逃げる相手を、二人で追う。
効率は悪いが、圧はある。
そして、もう一発直撃。
全身が染まり、撃破。
「……っ!」
これで一対一。
残りは、もう一人。
だが、冷静な相手は、事前に距離を取っていた。
「狙撃、来るぞ」
レオンが言う。
「うん。けど僕はまだまだ大丈夫。
それより、レオンはもう喰らえないんだから、下がってよ」
ユイが指示するその隙を、相手は見逃さなかった。
「おい、前見ろ!」
「……え?」
レオンがユイを押し退け、前に出る。
(……ユイを守る)
その判断は、考えるより先に出ていた。
勝ちよりも。
合理性よりも。
――そっちを選んだ。
そして、インクが直撃。
レオンの全身が染まる。
チームで二回目の撃破。
――敗北。
歓声も、評価も、何も残らない。
一瞬だけ。
胸の奥に、チクリとした痛みが走る。
(……これで、よかったのかな)
――そのはずなのに。
「……はぁ」
ユイは息を吐いた。
「……なんだよ」
「楽しかった」
素直に言った。
レオンは呆れた顔をする。
「負けたのにか」
「うん」
即答だった。
「レオンと一緒に戦えたし」
それだけで、十分だった。
レオンは少しだけ視線を逸らした。
「……戦術は最悪だったけどな」
「それは、レオンのせいでしょ〜。
僕、一回しか被弾してないのに……」
「……なんかよ、本能的に守りたくなっちまって」
「も〜、スポーツなんだからさ……」
「……だってよ」
レオンの顔が赤くなる。
「次はさ、もっと戦術的に戦おう?
そしたら、きっと勝てるよ」
ユイは笑う。
その言葉に。
レオンは、何も言わなかった。
◇
教室へ戻る。
評価は当然、最低に近い。
でも、気にならなかった。
その時――
視界の端に、光。
【ロール進行度:79%】
「……あ」
小さく声が漏れる。
進行度は下がっていた。
確かに。
(……やっぱり)
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
(……選んだからだ)
正しくない選択。
効率の悪い行動。
でも――
(……これでいい)
レオンを見る。
相変わらず、どこにも属していない。
でも、さっきは、確かに同じ場所にいた。
「……なぁ」
「なに?」
「次は、もう少し素早く動けよ。
俺が守らなくてもいいくらいに」
「教えてよ」
「……気が向いたらな」
「またそれだ」
軽く笑う。
その距離が、昨日より少しだけ近い。
(……進まなくても)
いや――
(……進まないからこそ)
ユイは、選べる。
――レオンを。
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