16.進む者、留まる者
朝。
優しい光が、部屋の中に差し込んでくる。
ユイは、ゆっくりと目を開けた。
(……僕は……どうしたらいいの……?)
昨夜、思ったこと。
その感覚は、朝になっても消えていなかった。
答えは朝になっても出なかった。
でも――
(……自分で、選びたい)
そう思えたことだけは、確かだった。
体を起こす。
視線を横に向けると、レオンはすでに起きていた。
窓際に立ち、外を見ている。
昨日と、同じ姿。
(……変わらない)
そのことに、少しだけ安心した。
「おはよう、レオン」
「……ああ」
「ねぇ、今日どうする」
「……学校じゃねぇのか?」
「今日は休みみたいだよ」
「……そうだったのか」
「……んー、どうしよう」
そう言いながら、窓の外を見る。
店。
通り。
人の流れ。
そして――
(……宿)
昨夜のことを思い出す。
場所を探して、歩き回って。
制限に引っかかって。
ようやく見つけた場所。
(……毎回、これやるの?)
ふと、現実的なことが浮かぶ。
「ねぇ、レオン」
「……なんだ」
「毎日、宿探すのって大変じゃない?」
「……まあな」
あっさりとした返事。
「だったらさ」
一歩、前に出る。
「家、あった方がよくない?」
言ってから、自分でも少し驚く。
でも、その発想は自然だった。
この世界で過ごすなら、拠点がある方がいい。
「……家か」
レオンは、少しだけ考える素振りを見せて――
「買えばいいだろ」
あっさりと言った。
「……え?」
「金ならある」
それだけだった。
事実としては、何も間違っていない。
最初に課金したレオンなら、それができる。
手間も、時間も、かけずに。
でも――
「……それは、ダメ」
気づけば、口に出していた。
レオンの視線が、わずかにユイに向けられる。
「なんでだ」
「だって……」
言葉を探す。
「それ、全部レオンに頼りっきりじゃん!」
自分でも、少し強い言い方だと思った。
でも、止められなかった。
「僕は……」
一度、言葉を切る。
「自分で、やりたい」
昨日までと違い、はっきりと言う。
流れじゃなくて、自分で選んだ言葉。
確証はないけど、きっとそうだ。
「ちゃんと、自分でお金を稼いで……その上で、決めたい」
そこまで言って、少しだけ息が詰まる。
レオンは、しばらく何も言わなかった。
な
否定もしない。
肯定もしない。
ただ――
「……そうか」
短く、それだけ返す。
それ以上は、踏み込んでこなかった。
その距離に、少しだけ安心して、少しだけ物足りなさを感じる。
(……でも)
それでいい、と思った。
だって、自分で決めたことだから。
◇
宿を出る。
朝の空気は、澄んでいた。
街はすでに動いている。
人が流れている。
誰もが迷いなく、自分の行き先へ向かっている。
(……ちゃんと、流れてる)
昨日と同じ感覚。
でも、今日のユイは違う。
(……僕は、自分の意思で行きたい場所を決めたんだ)
そう思えたことが、違っていた。
ユイの目的地は、バイト募集の掲示板だ。
しばらく歩くと、通りの先に人だかりが見えた。
掲示板の前に、何人か集まっている。
「……あれ」
近づくと、紙が貼られているのが見えた。
――――――
バイト募集中。
ロール《学生》さん歓迎。
荷物の仕分け。
公園の草むしり。
レストランの皿洗い。
――――――
どれも難しくはなさそうだった。
(……僕には、ちょうどいいかも)
自分で稼ぐ。
その最初として。
「……この、荷物の仕分けっていうの、やってみようかな」
振り返って言う。
レオンは、掲示板から少し離れた位置でそれを見ていた。
「……そうか」
短い返事。
「レオンもやる?」
「……やらねぇ」
即答だった。
迷いがない。
(……せっかく誘ったのに……。
こういう場合は、一緒にやってくれるのが“正解”なんじゃないの……?)
一瞬だけ、胸に何かが引っかかる。
でも、それ以上は言わなかった。
受付を済ませると、腕章を渡された。
それをつけると、周囲の視線がほんの少しだけ変わった気がした。
ユイは指定された場所へ到着した。
そこには、大量の荷物が積んである。
「これ、全部やるのかな……」
独り言を呟いていると、バイトリーダーらしい学生が声をかけてくれた。
「やあ、君は初めてだよね?
今日やってもらいたいのは、仕分けさ。
ここの荷物を、それぞれ行き先の違うリヤカーに載せる。
簡単だろ?」
「……あ、ありがとうございます!」
ユイは元気よく返事をした。
しばらく実際にやってみると、説明通りの単純な作業だった。
(……僕にも、できてる)
迷わない。
何をすればいいか、自然と分かる。
周りの《学生》たちも、同じように動いている。
みんな無駄がなく、揃っている。
(……なんていうか、考えなくていい)
ふと、そう思う。
言われた通りに、思った通りに、そう動けばいい。
それだけで、正しい。
楽だった。
安心感すらある。
でも、その時、ふとよぎる。
(……昨日の夜の僕)
自分でレオンに伝えたあの言葉。
自分で選んだ言葉。
(……あれは)
今とは、違う。
流れに乗ったわけじゃない。
決められていたわけでもない。
(……僕は……どっちを取るべきなんだろう)
一瞬だけ、手が止まりかける。
そして、散々悩んだ挙げ句、ユイはわざと間違ったリヤカーに荷物を載せてみた。
(……これって、いけない事……だよね)
その時、視界に文字が浮かび上がる。
【故意の悪事を検出。
直ちに修正してください】
「わわっ!」
ビックリして声が出た。
ユイはすぐさま荷物を正しいリヤカーに載せかえる。
「どうしたんだ?」
隣の学生に声をかけられる。
「あ、ううん。何でもない!」
すぐに動く。
流れから外れるのが、少し怖くなった。
◇
ユイは作業を続けるしかなかった。
でも、何度か繰り返すうちに、体が慣れてくる。
無意識に動けるようになる。
それがやっぱり楽だった。
その中で、ふと視線を上げる。
少し離れた場所にいるレオンと目が合った。
レオンはずっとユイを気にしている様子だった。
しかし、周りから見ればただ壁に寄りかかっているだけの男。
完全に、世界の流れの外側だ。
(……あの人は)
ここに入らない。
入ろうともしない。
でも、消えずに、そこにいる。
作業が一段落し、小さく息を吐く。
「ふぅ……」
「……終わったのか?」
後ろからレオンの声。
「うん」
ユイは振り返る。
「思ったより、簡単だった」
「……そうか」
それだけ。
少しだけ、間が空く。
「……ねぇ」
ユイは言う。
「こういうの、意外と楽しいんだよ?」
言いながら、少しだけ違和感を覚える。
「それに、やる事は決まってるからさ」
レオンは、わずかに目を細めた。
「……お前は、それでいいのかよ」
静かな声。
「え?」
「何も考えずに、楽できるなら何でもいいのか?」
言われて、言葉が詰まる。
「……そういうわけじゃないけど――」
なんとか言葉を探す。
「ちゃんとやれてる感じ、するし」
「……ああ」
短く返される。
「“ちゃんとした何か”には、なれるだろうな」
その言い方は、否定ではない。
でも、肯定でもない。
今朝から、レオンとは心の距離がある。
その距離が、少しだけ胸を締め付ける。
◇
時刻はすっかり夕方になっていた。
ユイは午後からも別のバイトをしていたのだ。
「レオン、今日は一日中、近くにいてくれてありがとね!」
「……別に」
どうもレオンの機嫌は戻らない。
特に会話もなく、また宿を探して歩いた。
しかし、今日は意外と楽に見つかった。
そして、部屋に入る。
ベッドに腰を下ろすと、思った以上に疲れていたことに気づく。
「……はぁ、疲れた……」
息を吐く。
でも、初めてまともに働いた。
こういうのは、嫌な疲れではないかもしれない。
(……やった。頑張れた)
そう思える疲れだった。
ぼんやりと天井を見る。
その時、ふと気づく。
視界の端に、淡い光。
【ロール進行度:79%】
「……あ」
小さく声が漏れる。
「どうした」
「……結構、増えてる」
それだけ言う。
レオンは、ちらりと視線を向けて――
「……そうか」
それ以上は何も言わない。
ユイは、もう一度その数字を見る。
今日の行動。
流れに乗ったこと。
決められた役をこなしたこと。
その結果が、この増加量だった。
でも――
(……昨日の“好きだ”は)
あの瞬間を思い出す。
(……あれは、違う)
たぶん。
あれは、自分の意思でレオンに伝えた。
だから、ロール進行度は進まなかったんだ。
(……難しいよ)
ユイは、どちらが正しいのか分からなかった。
ロールに従う良さも、自分の意思を持つ良さも、どっちも経験してしまった。
視線を横に向けると、レオンは変わらずそこにいる。
相変わらず、ロール進行度は見えない。
あの人は、進みもしないし、消えもしない。
(……けど、僕は……進んでいく。
……このまま進み続けたら……。
100%になったら、どうなるんだろう)
その先に何があるのかは、まだ分からなかった。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ったら、 下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から、作品への応援をお願いいたします!(つまらなかった星一つで大丈夫です。)
どんどん投稿しますので、ブックマークも是非ご利用ください!
※作者は特級の声優ヲタです。キャラクターの脳内再生CVなど、お気軽に自由なコメント待ってます!




