15.ロール進行度という檻
宿を探して夜の街を歩き続ける。
さっきのやり取りが、まだ胸の奥に残っていた。
(……守ってもらえる)
ユイは、無意識にレオンのマントをつまんだまま歩いている。
離す理由が見つからない。
「……なぁ」
レオンが前を見たまま口を開く。
「宿、どうする」
「えっと……どこか普通っぽい場所、探さないと……」
「この区域には、なさそうだな」
短く返される。
だが、レオンの声はいつも通りで、責めるような色はない。
それだけで、少し落ち着く。
通りにはいくつか妖艶な灯りのついた建物がある。
だが――
(……なんか、入りにくい)
どの建物も、“目的のある人間”しか受け入れないような空気があった。
その時――
「宿泊なら、あっちの通りだよ」
横から声がかかった。
振り向くと、派手な露出をした女性が立っていた。
どこか事務的な笑顔。
「初めてでしょ? この辺」
「え、あ……はい」
「なら、案内してあげる。
ちょうど空いてるホテルあるのよ」
自然な流れ。
断る理由が見つからない。
(……こういうのも、流れ?)
ユイは一瞬そう思い――
「やめとけ」
レオンが、即座に遮った。
「……え?」
女性の笑顔が、一瞬だけ固まる。
「そのホテル、どんな条件だ」
レオンは、視線だけで相手を見る。
「条件って……普通よ? 一泊の料金は――」
「……違う、ロールの条件は?」
空気が止まる。
女性は、ほんのわずかに目を細めた。
「《学生》以外なら、制限はないわよ?」
「……だろうな」
レオンはあっさり言う。
「……え?」
ユイは理解が追いつかない。
「どうも、《学生》ロールは、色々と制限があるみたいだな」
レオンの淡々とした声。
「さっきの奴と同じだ。場所によっては、弾かれる」
女性は肩をすくめた。
「ルールだからね。仕方ないでしょ?
とりあえず、ごめんなさいね。
《学生》がいるとは思わなくて」
悪びれた様子はない。
むしろ当然のことを言っているまでだ。
「じゃあ、《学生》でも泊まれるところは?」
ユイが聞くと、女性は少しだけ考える素振りを見せた。
「このあたりにも……あるにはあるけど、あんまりいい場所じゃないわね」
「十分だ」
レオンが即答する。
女性は、くすっと笑った。
「変わってるわね、あんた。
この通りを真っ直ぐ行って、突き当たりを左折すれば見えると思うわ。
それじゃあね、仲良くヤるのよ?」
そう言い残し、別の通行人の方へと歩いていった。
残された二人。
(……まただ)
ユイは感じていた。
(僕は流れに乗ろうとしていた。
でもレオンは、流れを“選んでいる”)
「……ねぇレオン」
「なんだ」
「今の、なんで分かったの?」
「……さぁな」
「なんとなくで分かるの?」
「分かるだろ」
当たり前のように返される。
(……僕には、分からないよ)
ユイは心の中でそう呟いた。
◇
女性に言われた方向へ歩くと、古びた建物が見えてきた。
他と比べて明らかに質が落ちる。
「ここだな」
レオンは迷いなく入っていく。
「え、ここ……?」
ユイは少しだけためらうが、後を追う。
しかし、中は思ったよりも普通だった。
ただ、客がいない。
受付の男が、ゆっくりと顔を上げる。
「……ロールは?」
第一声がそれだった。
「《学生》だ」
「二人ともか?」
「いや、そいつだけだ」
レオンは顎でユイを示す。
「お前は?」
「……知らねぇ」
……沈黙。
受付の男は、じっとレオンを見る。
だが――
「……まあ、いいだろう」
あっさりと通した。
(……え?)
ユイは思わずレオンを見る。
説明も、確認もなかった。
「一泊分、前払いだ」
レオンは無言で金を出す。
手続きはそれで終わった。
◇
部屋に入る。
簡素なベッドが二つ。
最低限の空間。
「……はぁ」
ユイはベッドに腰を下ろす。
「なんか、疲れた……」
レオンは窓際に立ったまま、外を見ている。
「……ねぇ、レオン」
「なんだ」
「ロールってさ……そんなに大事なの?」
ユイは、ぽつりと聞いた。
レオンはすぐには答えない。
少しだけ間を置いて――
「この世界じゃ、そうなのかもな」
短く返す。
「僕ね、今日、思ったんだ」
ユイは続ける。
「みんな、ちゃんとしてるっていうか……決まってるっていうか……」
言葉を探す。
「自然に動いてるよね」
「……ああ」
「でも、レオンは違う」
はっきりと言った。
レオンは振り向かない。
「……そうかもな」
「それってさ」
一歩、近づく。
「……この先も、変わらないの?」
「……さぁな」
その返事に、喉が少しだけ詰まる。
「でも、僕は――」
言いかけて、止まる。
言葉にできない。
でも、確かに思っている。
「……なんだよ?」
レオンが促す。
「……僕は、そんなレオンが……好きだ」
言ってしまった。
いや、自分の意思で言ったんだ。
これだけはハッキリと分かる。
部屋の空気が、わずかに止まる。
レオンは、しばらく何も言わなかった。
……沈黙。
そして――
「……そんなこと、軽く言うなよ」
低い声が落ちる。
「それ、意味分かって言ってんのか」
予想していなかった返しに、言葉が止まる。
胸の奥が、ほんの少しだけ苦しい。
しかし、ほんの一瞬だけ、レオンの視線がわずかに潤んで揺れた気がした。
でもすぐに、いつもの無表情に戻る。
責めているわけでもない。
突き放しているわけでもない。
ただ――
踏み込ませないようにしている。
レオンはそのままベッドに入った。
◇
しばらくの無言が続いていた。
ユイはベッドに横になりながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
今日の出来事が、ゆっくりと頭の中を巡っている。
授業。
タチアナの言葉。
治安維持官。
そして――さっきの「好きだ」。
(……僕、さっき自分で言葉を選んだ)
あの瞬間を思い出す。
誰かに言われたわけじゃない。
流れに乗ったわけでもない。
自分で考えて、自分で選んで、言葉を出した。
(……ちゃんと、選べた)
その感覚が、まだ残っている。
胸の奥が、少しだけ軽い。
その時、ふと、視界の端に淡い光が浮かぶ。
【ロール進行度:70%】
「……これ、まだ続いてたんだ」
思わず声が漏れる。
「どうした」
レオンが、ベッドの上から視線だけを向ける。
「これ……増えてる」
「……ああ」
レオンは一瞥して、特に驚いた様子もなく言った。
「昼より上がってるな」
「見えてたの?」
「そりゃ、前から見えてただろ」
当たり前のように返される。
ユイは、もう一度その数字を見る。
増えた理由は、なんとなく分かる。
(……今日の行動、かな)
授業での動き。
マーキスとの連携。
タチアナとのやり取り。
(……僕、進んでる)
確かに、そう感じる。
この世界に、適応していく方向へ。
“正しく”なっていく方向へ。
そのはずなのに。
(……なんだろう)
視線を横に向ける。
レオンは、同じように横になっている。
しかし、その頭上には――何もない。
昨日まで見えていた、数値も、表示も。
(……レオンは、進んでいない。
僕と同じ場所には辿り着けないのかもしれない)
初めて、はっきりと形になった不安。
ロールの完成形へと進んでいく自分と、どこへも進めないレオン。
ふと、思う。
きっと、このまま100%を迎えたら、自分は“ちゃんとした何か”になる。
この世界に合った、正しい場所に辿り着く。
でも、その時、隣にレオンはいないのかもしれない。
胸の奥が、少しだけざわつく。
(……僕は……どうしたらいいの……?)
ゆっくりと、目を閉じる。
答えは、まだ出ない。
ユイは一瞬だけ隣のベッドを見る。
そこにいるはずの存在を、確かめるように。
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