14.名付けられた異常なロール
夕暮れの街は、柔らかな橙色に染まっていた。
学園を出た生徒たちは、それぞれの帰路へと自然に散っていく。
(……ちゃんと、流れてる)
ユイは歩きながら、そんなことを思った。
隣には、レオンがいる。
無言で、同じ歩幅で、同じ方向へ歩いている。
それはいつも通りの光景のはずなのに――
(……なんか、違う)
周りの生徒たちと、レオンだけが噛み合っていない。
誰もが“帰る場所”に向かっているのに、レオンだけは“ただ歩いている”ように見える。
(……レオンは、どこに向かってるんだろう)
ふと浮かんだ疑問に、自分で少し驚く。
「……なぁ」
レオンが口を開いた。
「学校、どうだった」
「……楽しかったよ」
自然に答える。
「……そっか」
それだけで、会話は続かない。
でも、不思議と気まずくはなかった。
(……やっぱり、変わってない)
レオンは、レオンのままだ。
なのに――
(……世界の方が、レオンを拒んでるみたい)
その感覚だけが、どうしても消えなかった。
「……ねぇ、レオン」
「なんだ?」
「また、タチアナさんのお店に行かない?」
理由はうまく言えなかった。
ただ、またレオンとポロメスチーニを食べたかっただけかもしれない。
「……あぁ」
短い返事。
それだけで、少しだけ胸が軽くなる。
◇
お店が近づいてくるのが分かる。
ポロメスチーニの香りが、通りにまで漂っている。
「あら、いらっしゃ〜い! やっぱり来たわね」
カウンターの向こうで、タチアナがくすっと笑った。
「ふふ、いいタイミングよ。
ちょうど仕込み終わったところ」
「やった!」
ユイは素直に嬉しそうな声を上げる。
「今日は少し味を変えてみたのよ〜。
感想、ちゃんと聞かせてね?」
「はい!」
会話は自然に続く。
昨日と同じように、何も変わらないやり取り。
(……落ち着く)
ユイはそう思った。
この店にいるときだけは、ほんの少し“自分”に戻れる気がする。
「レオン、席取ってて! 僕、水もらってくる!」
「……ああ」
ユイが店の奥へと消えていく。
すると、タチアナの視線はレオンに向けられていた。
「……ねぇ」
「……なんだ」
「やっぱり変ね、あんた」
軽い調子のまま。
けれど、その目だけは鋭い。
「……知らねぇよ」
「とぼけなくたっていいわよ〜」
タチアナは肩をすくめる。
「“何にもなってない顔”してるもの」
レオンは黙る。
否定はしない。
肯定もしない。
ただ、じっと見返す。
「普通ね、この世界にいる人間は――」
タチアナは指先でカウンターを軽く叩いた。
「何かしらの“役”に収まるの。
……でも、あんたは違う」
視線が、まっすぐ突き刺さる。
「あんた、どこにも収まってない」
「……だからなんだ」
「とにかく――」
ほんの少しだけ、声を落とす。
「滅多に見ないわよ、そんなの」
くすっと笑う。
一瞬だけ、間を置いて。
「そういうの――“逸脱者”って私は呼んでいる」
空気が、わずかに張り詰める。
「……逸脱者、ね」
レオンは小さく呟く。
「本来ならね、ロールを選ばなかった時点でゲームは終わりなのよ」
タチアナは続ける。
「強制的にログアウトさせられる。
ここに残ること自体があり得ないのよ」
タチアナの瞳が、わずかに細まる。
「だからあんたは――“本来存在してはいけないプレイヤー”ってわけなのよ」
レオンは何も言わない。
納得したわけではないが、ただ一つだけ――
(……どうでもいい)
そう思った。
“逸脱者”……。
そんな名前がつこうが、つかなかろうが。
(……俺は、俺だ)
それだけだった。
「お待たせっ!」
ユイが戻ってきた。
コップを二つ持って、少しだけ息を弾ませている。
「何の話してたの?」
無邪気な問い。
タチアナはすぐに笑顔に戻った。
「世間話よ〜。あんたのこと、褒めてたの」
「え、ほんと!?」
「ほんとほんと」
軽く流す。
それ以上は、何も言わない。
(……今、なんか)
ユイはほんの一瞬だけ、違和感を覚えた。
でも、その感覚はすぐに流れていく。
「はい、今日のポロメスチーニよ」
タチアナが皿を差し出す。
湯気と一緒に、香ばしい匂いが広がった。
「いただきます!」
ユイは嬉しそうに笑う。
その横で、レオンも静かにフォークを取った。
さっきの会話は、もうどこにもない。
いつも通りの空気。
いつも通りの時間。
なのに――
(……なんか、変)
ユイはそう感じ、小さく首を傾げた。
理由は分からない。
でも確かに、何かが変わっている気がした。
◇
店を出る頃には、空はすっかり暗くなっていた。
今日も夜の空気は少し冷たい。
二人は並んで歩き出す。
「……レオン」
「なんだ」
「さっき、タチアナさんと何話してたの?」
何気ない質問。
でも、ユイは少しだけ気になっていた。
「……別に」
短い返事。
「そうなんだ」
それ以上は聞かない。
聞けない。
でも――
(……やっぱり、何かあった)
確信だけが残る。
街の灯りが、ぽつぽつと点いていく。
その中で、レオンの横顔を見る。
いつもと同じ。
何も変わらない。
なのに――
(……この人、何か“違う”)
今日、はっきりした。
クラスの中でも。
フィールドでも。
さっきの店でも。
レオンだけが、どこにも当てはまらない。
(……レオンは“普通”じゃない)
その事実が、胸の奥で静かに広がる。
◇
二人はそのまま歩き続ける。
夜の街は、昼とは違う顔を見せていた。
灯りが点き、影が濃くなる。
ユイは、周囲を見渡した。
店の前で立ち止まる人。
路地を曲がる人。
誰かと話している人。
そのどれもが――
(……迷っていない)
歩く理由も、立ち止まる理由も、決まっているみたいに自然だ。
(……なんでだろう)
違和感が、少しだけ強くなる。
その時だった。
「ちょっと、そこの二人」
後ろから声がかかる。
振り向くと、腕章をつけた男が立っていた。
《治安維持官》ロールのプレイヤーだ。
「この時間帯にこの区域を通るには、ロール確認が必要だ。
見たところ、ちっこい方は《学生》のようだが」
「え……?」
ユイは一瞬、言葉に詰まる。
「ロールって……」
「例えば、《学生》なら自宅や寮に戻る時間だ。
この区域に滞在する理由を述べろ」
淡々とした声。
感情は感じられない。
ただ、“規則を読み上げている”だけ。
(……え、そんなの)
聞いたことがない。
でも、周囲の人間は誰も気にしていない。
むしろ、当然のように通り過ぎていく。
「答えられない場合は、署まで同行してもらう」
治安維持官は、ユイに一歩近づく。
いつの間にか、背後にも同じ腕章の男が立っていた。
距離が詰まる。
逃げ場が、自然と狭くなる。
正しいことを言われている気がしてしまう。
「……えっと、今晩泊まる場所を探してる途中で」
ユイは、反射的にそう答えていた。
「この区域に普通の宿はないぞ。
お前ら、いかがわしいホテルにでも行くのか?」
「え……それは……違うけど……。
ここ通るのが近道かなって……」
ユイが返しに困っていると――
「いいだろ、別に」
横から、レオンが口を挟んだ。
それだけで、空気がわずかに揺れる。
「……何だ、お前は。
《学生》をつれてこんな時間にこんな場所歩いて――」
「見て分かんねぇのか」
面倒そうに肩をすくめる。
「宿探してる途中だって言ってんだろ」
「しかし、規則では――」
「規則ねぇ」
レオンは、小さく笑った。
「じゃあ聞くけどよ」
一歩、前に出る。
「ここ通ったらダメって、どこに書いてあんだ?
つーか、守らなかったら何だって言うんだよ」
治安維持官の男が、一瞬だけ黙る。
「こ、この区域は、夜間の滞在が制限されている」
「……滞在な」
レオンは言葉をなぞる。
「通るのは?」
「……それは」
言葉が止まる。
ほんのわずかな隙。
それだけで、空気が変わる。
「俺らは、通ってるだけだろ」
レオンはあっさりと言う。
でも――
(……さっきまで、そんな風に考えられなかった)
ユイはそう思い、息を呑む。
同じ状況なのに。
同じ言葉なのに。
レオンが言うと、治安維持官は面食らったような表情になる。
「……分かった、速やかに移動しろ」
治安維持官の男は、視線を逸らした。
それだけ言って、離れていく。
ユイは、その場に立ち尽くす。
(……怖かった)
でも、それ以上に――
(……僕とレオンの言い方の何が違ったの?)
分からなかった。
自分も、同じことを言ったはずなのに。
何も通じなかった。
「……また面倒なのに巻き込まれる前に、行くぞ」
レオンは振り返らずに歩き出す。
「あ……うん」
慌てて、その後を追う。
レオンのマントをチョンとつまんだ。
(……この人)
横顔を見る。
何も変わらない。
いつも通りの表情。
なのに――
(……この世界の“外側”にいるみたい)
そんな感覚が、遂にはっきりとした形になる。
でも――
(……この人の隣にいると、守ってもらえる気がする)
夜の街の中で、ユイは初めてほんの少しだけ、レオンの隣に立つ意味を感じていた。
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