ep2 美女と舅・・・外野の顛末①
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──────マカダミア侯爵家の町屋敷
王太子殿下が主催したパーティーの夜、娘のジャンヌが計画通りにヨハンと一夜を過ごせたことを知り、アタクシは気を良くして、夫のベオルフと主寝室で勝利の高揚感に酔い、広い寝台の上で夫を求め激しく抱き合った。
翌朝、中庭が見えるサロンで寛いでいると王宮からの知らせが夫に届いた。
「喜べ、ジョアンナ!ジャンヌがヨハン殿下と閨を共にした為、王宮で懐妊の有無を見極めるそうだ。それとヨハン殿下とオレリアとの婚約が白紙となった!」
「まあ、ホントに?アタクシの娘が王子妃になれますの?ベオルフ。」
「ああ。流石ジョアンナの娘だ。」
「ふふっ、嬉しいですわ。」
ジャンヌは、上手く処女のフリが出来たみたいね。
スゴスゴとパーティー会場を逃げ出したオレリアの姿を思い出し、アタクシは思わず笑みを溢した。
フフッ。
逃げ出せたと思ったのに婚約を解消されるなんて、なんて可哀想なオレリア。
いつも醒めた目をして気取っていた癖にざまあないわね。
いい気味。
そしてこれでジャンヌが、懐妊して居たら、ヨハン殿下と婚姻出来るかもしれないわ。
外野から何と言われようとジャンヌは、現在マカダミア侯爵令嬢なのですもの。王族と婚姻を結ぶのに障害は無い筈。エトとアタクシの娘が王子妃となり、王族の仲間入りをするのよ。何て良い気分なのかしら。
『可愛いジャニーは、お姫様になれるかもね。』
ベオルフとの再婚が決まったコトをエトへ報告すると、揶揄うようにアタクシにそう言った。
お姫様は無理だけどお妃様には成れそうよ。
この報告をアタクシは、直接エトにしたくて町屋敷へ来させる方法を考えた。
ジャンヌの事で機嫌の良い夫へ甘えた声を出してみた。
うふっ。
アタクシが上目使いで頼みごとをすると弱いのよね。夫は。
「ねぇ、アナタ。昨夜のアレで疲れ過ぎて少し頭が重いの。アタクシの体質に合わせた薬を作ってくれている薬師を呼んでも良いかしら?執事長に頼んで薬師が訪れたらサロンへ通すようにベオルフが命じてくれない?アタクシの頼みだと、執事長や侍女長は聞いてくれないの。お願い。」
「ああ、分かった。2人には私から命じて於こう。しかし侯爵夫人の命令を聞けないとは。また叱って於かなければならないな。ジョアンナは、部屋で横になって置きなさい。」
「優しい言葉ありがとう。ベオルフ、愛しているわ。」
「私もだよ、ジョアンナ。」
薄手の部屋着姿の夫は、寝椅子で緩やかに座っていたアタクシを抱き締め、いそいそと従者と共に銀色の髪を揺らして夏の陽射しで照らされたサロンを出て行った。
喉の渇きを覚えたアタクシは、側で控えている小姓パッジョにお茶の準備を命じた。
夫が居ない時は、小姓の代わりに好みの従僕ヴァレットを侍らしているの。
嫁いで着た当時は、侍女やメイド代わりの従僕たちに夫が嫉妬して文句を言っていた。
『今まで傍に居た侍女たちは皆アタクシに意地悪だったの。だから女性は怖くって。ベオルフは許しく下さるわよね?駄目かしら。』
目に涙を溜めて、声を震わせると『いや、悪かった。ジョアンナは美し過ぎるからな。遂浮気の心配をしたんだ。』そう慌てて夫はアタクシに詫びて許可を出してくれた。
幼い頃からアタクシの傍に居るのは男性の使用人ばかりだった。
ラウル伯爵に嫁いでいた間は地獄だった。
付けられた侍女は態度が悪いし、メイドはガサツで身体を洗う時も乱暴だった。あの時期、肌や髪の毛が、日に日に荒れて乾さついて行くし、ホントに悲しくてしょうがなかった。
2年間もラウル伯爵家で良く辛抱したと思う。
エトの手助けで、ラウル伯爵家から出られて、心から嬉しかった。
あの方が天に召されたのは悲しくて堪らなかったけれど。
エトの用意してくれた屋敷は狭かったけれど、意地悪な侍女やメイドは居ないし、アタクシを乞うような眼差しで見詰めて、優しく世話をして呉れる従僕たちばかりで幸せな気分になれた。
娘のジャンヌには、乳母と侍女たちは付いて、子供部屋で暮らして居た。
『エトはジャンヌに小姓は付けないの?』
『うん。ジャニーは、きちんとした貴族令嬢に育てたいからね。一応はラウル伯爵令嬢であるし。ヨンナみたいに男がいつも必要な身体に為ったら、ちょっとね。』
『何?エト。駄目なの?』
『駄目じゃないよ。ヨンナは、そう育ったのだから仕方ないかな。』
エトの言葉であの頃のアタクシはモヤモヤしたけれど、エトが連れて行ってくれるパーティーは、どれも楽しくて、そんな思いが消えて行った。
始めは富裕層の平民たちのパーティー、次いで下位貴族が混じるパーティーに為り、次第に伯爵位の人たちが催すパーティーへと参加するようになった。
エトは、王都の屋敷内でならヨンナは、好きなだけ抱いても抱かれても良いが、外に出たら最後の一線を超えたら絶対駄目だとアタクシに命じた。
──────アタクシの此の身は、エトの命じる侭に。──────
あの方の遺言書の言葉が、頭の中で浮かび上がり、パーティーで男性と踊り身を寄せても、身体は許さずにいた。
相手の熱気に当てられ身体が火照ったら、いつの間にかエトはパーティー会場から連れ出し、屋敷の寝室でアタクシの欲を冷ましてくれた。
王都で18歳からベオルフと知り合う25歳までの間に、男性の本能やあしらい方をエトから学べて楽しかった。
アタクシの再婚相手を見つけたとエトは、ベオルフが参加していたパーティーに連れて行ったのよね。
そしてジャンヌは、屋敷へと出入りしていたアタクシのお気に入りだった恋人や従僕たちを誘惑する癖が付いて、偶に母娘喧嘩へと発展したりもしたわ。
小姓が持って来た紅茶に口を付け、そんなことに思いを馳せているとベオルフの父、「ウィレム前侯爵が来訪した。」と扉口で告げ、不機嫌そうな顔をした執事長がアタクシを呼びにサロンへと入って来た。
義父のウィレムを先導しサロンへ入って来た執事長は、無個性な黒い執事服姿で無表情の侭、アタクシに席を立つように目線を寄こしたけど、失礼な態度に腹が立ったので、知らない振りをして中庭が見える窓へと顔を逸らした。
だってベオルフは言ったのですもの。
この屋敷で一番偉いのは、夫であるベオルフ・フォン・マカダミア侯爵。
二番目は、妻のアタクシ、ジョアンナ・マカダミア侯爵夫人。
三番目は、義息のクラウス・マカダミア侯爵令息
四番目は、娘のジャンヌ・ラウル・マカダミア侯爵令嬢。
そして一番下が夫から家族扱いされていないオレリア・マカダミア侯爵令嬢で、執事長などの上級使用人たちは、アタクシが命令しても良い存在だと何度も話していたわ。
それに初めて真面に会う義父のウィレム前侯爵。
アタクシとベオルフの再婚を反対して、ジャンヌを正式な養女にすることを頑なに拒んでいたそうよ。
前当主が幾ら反対しても当主だった夫が、貴族院に養子縁組の書類を提出し、マカダミア侯爵家の一員として貴族禄へ既に記されているもの。
地方の田舎の領地に引っ込んでいる癖に、王宮へと出仕している夫の力を舐めないで欲しいわ。
アームチェアーが6脚あるマホガニーの応接セットの中──────。
窓が見える中央の一脚へ義父のウィレムは、どしりと威張って座り、ピリピリとした空気を放って腕組みをしていた。
義父のウィレムは、オイルでのセットを忘れたような白髪混り銀色の髪を項で1つに括り、深い翠の目は、応接セットから少し離れた場所にある寝椅子に座るアタクシを不快そうに睨みつけていた。
幾ら孫のオレリアの婚約が無くなったかと言って、アタクシへのその態度は酷いと思うわ。
オレリアが女としてアタクシの娘に負けたからって八つ当たりをするのは止めて欲しいものね。
いい気味だけど。
其処へ苛立たし気な足音を立て、ベオルフとクラフトが慌しくサロンへと、従者を連れて入って来た。
「父上。急にいらして如何いう心算ですか?」
「お祖父様、お久しぶりです。本日は?」
「はぁー。お前たちは・・・全く。昨夜のあの騒動について、何も反省していないのか?嫌、おらんのだろうなあ。きっと今頃、陛下は、ベオルフ、お前の馬鹿さ加減に呆れているだろうよ。」
「ば、馬鹿とは何ですか。父上。」
「ああ、いや良い。王宮内で、しかも王太子殿下主催のパーティーで会場を騒がせた罰を当主であるベオルフに贖ってもらう。先ず、今回の騒動の原因であるジャンヌの母親であるジョアンナとは離婚せよ。但し、ジャンヌの懐妊の有無が判明してからだ。そしてベオルフは当主を弟のアンソニーと交代し、領地での蟄居だ。クラウスは、領地のマカダミア騎士団で、精神を鍛え直す。」
「父上!!っ、な、何故ですか!」
「お、お、おっお祖父様!?何を??」
「それが、お前たちに分からないからだ。儂が反対したのに強引に陛下へ王命を促して、ヨハン殿下とオレリアの婚約を自ら成したと言うのに。 非常識な養女を息子のクラウスと組んで後押し、王命での婚約の破綻に手を貸した。本来ならマカダミア侯爵家の家名を守る為、少なくとも当主だったベオルフと次期当主のクラウスは、身の程知らずの養女を嗜め身を慎ませる役目を負っていたのだ。それを、、、はあ、マカダミア家が興って以来の不祥事を起こしおって。全くもって情けない。唯でさえ貴族家当主であるなら慣習破りの連れ子を養女にした事さえ、外聞を恥じない不祥事なのだぞ。その娘に王族主催のパーティーで騒ぎを起こさせるなど以ての外だ!国王陛下から通達があるまで屋敷内で謹慎しろ。ベオルフ!、クラウス!それと当然ジョアンナもだ。いいな!これは王命でも或る。屋敷からは一歩も出るな。」
「しかし、父上、私は王城で副外務卿としての仕事が、、、。」
「そんなもん首に決まっているだろう。たわけが。」
義父のウィレムは、怒鳴り散らすだけ怒鳴ってアームチェアーから荒々しく立ち上がり、執事長を伴いピリピリとした怒気を孕んだまま、足早にサロンを後にした。
──────離婚?
──────外出禁止?
意味が分からないわ。
何?あの一方的なワンマン爺!
60過ぎてるのだから、そろそろくたばっても可笑しくないのに未だ未だ元気そうね。。
エトに相談してみようかしら?
夫や義息だって、威張り散らした爺に文句の1つでも言えば良いのに呆けた状態で固まっているし、ホントどうしようもない人たち。
アタクシが話し掛けても反応が無い。
景気の悪そうな2人を見ていても気分が沈んで来るから、アタクシはエトが来るまで、中庭で従僕たちお喋りをして楽しみましょう。
◇ ◇ ◇
王都のホウエン公爵邸に在る樹齢約百年近くになる30mに及ぶ壮大なマロニエの木。
キャンドルのような花が終わってしまったのは残念だけど、澄み渡った青空へ生命力溢れる碧々とした濃い緑の葉がみっしりと枝を覆って、7の月半ばの盛夏を知らせた。
そして嵐のような日々を想い、私は眩い光に目を細めた。
波乱の星渡り祭の夜会を抜け出し、其の侭、陛下の御前で無事に婚約解消を祖父たちと済ませた。
10歳に回帰してから6年間。
私があの母娘から殺される要因であった気乗りのしないヨハン殿下との婚約が無くなり、頭や両肩に乗って居た重しが消え、スッキリとした夏の休暇をホウエン公爵邸の町屋敷で過ごさせてもらっている。
はぁ。
私ことオレリア・マカダミアに取って濃い時間だった。
それから一ヶ月。
流石と言うか何と言うか──────。
パーティー中途中でヨハン殿下とジャンヌがベットイン。驚いたけど、さもありなん。
今でもジャンヌが処女だったと言う報告には、疑いを持って居たりしている私なのだけど。
性格が悪いかしら?
そして何とジャンヌが懐妊していました。
お祖父様やアンソニー叔父様、そしてジジは、吃驚して頭を抱え始めた。
そして、尤も驚いたのはユストゥス王太子殿下から義母ジョアンナに愛人依頼が来たこと。
いえ、愛人に為れって訳ではなく?
『寝所女官を務めて欲しい。』とかふざけたコトを抜かして、、、仰っているそうです。
ウィレムお祖父様は、「百ン年前にラダリア8世陛下が作った臨時法を今更使おうとするとは。」と、呆れ果てていました。
あの真面目なユストゥス王太子殿下が・・・と、思いつつ、やっぱりジョアンナ母娘って魔性なのでは?と、思わずには居られない。
お陰でテキパキ騒動の後始末をしたかったお祖父様とアンソニー叔父様が、未だに王都の町屋敷に留まっている始末。
私はジジの勧めで、騒動のあの夜からずっとホウエン公爵邸に。お邪魔してます。
ホウエン公爵夫妻や次期ホウエン公爵夫妻から「本当に邪魔。」とか思われて居たら如何しましょう。
如何やらデンジャラスなジャンヌは、安定期まで王宮で管理されるようですね。
私的には、心配の種が1つ減りました。
が、安定期に入って、ヨハン殿下とジャンヌが婚姻式を済ませるまで、父とジョアンナは離婚出来ないらしい。
ひっそりと司教様と家族と立会人だけで王城にある礼拝堂で婚姻式を済ませるとか。
王族の婚姻式は大聖堂で、本来は執り行われる。
そう言う訳で、婚姻披露パーティーなども行わない異例な地味婚となってしまうらしい。
華やかなことが好きなジャンヌには、残念なことだろう。
そして父は、副外務卿を首になり、ヨハン殿下とジャンヌの婚姻式が終わったら、領地で疲れた心身を癒す為、隠遁生活に入る。モノは言いようですね。はい。
当初は、この時期に離婚させる気だったようですが、、、王太子殿下がねぇー。
一応、愛人だとしても独身女性だと色々と面倒ですし。
しかも未だ王太子夫妻に子供が居ないので、それを理由に陛下と宰相、2大公爵様たちが、ジョアンナを諦める様に説得中なのだとか。
私としては一刻も早く彼女たちと縁を切ってしまいたいのですが、悪縁ほど断ち難いものなのでしょうか。
アンソニー叔父様への爵位継承も2人の婚姻式後だそうです。
なんだかウィレムお祖父様が一気に年老いてしまった気がします。
白髪の量が一気に増えて、顔の皴も深くなってしまって、、、何か良い方法は無いものかしら。
婚約破棄ラッキーとばかり喜んでいられないとは、世の中、儘ならないモノね。
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