4-42 工場への道程
「行ってらっしゃいです! あとは任せるです!」
次の日の放課後、静也と能徒と愛枷はかの工場へ向かうためにいつもの車を待っていた。
元気よく見送ってくれた悟利を始め、唯と狩人と月乃は学校に残ることとなった―はずだが
「あれ? 結局行かないんじゃなかったのか?」
「ううん、やっぱり行く。久しぶりに工場がどんな感じかなって思って。それと、従業員の人達は不自由してないかも気になるし」
月乃が三人に合流した。
それを見た能徒と愛枷は表には出さなかったが渋い気持ちになった。そんな二人は今回も予め取引をしていた。それはやはり今回の出来事中に静也に対して何かをしたとしても、お互いに黙認し一切口外しないというものである。
今日は普段出来なかったスキンシップが出来る。静也に触れることが出来る。それもいつもは目を光らせている月乃や唯の目を盗んで。
愛枷は今日この日のために長い髪を念入りに整え、普段は使わない良質なトリートメントでケアをしていた。そして服もいつもよりも綺麗な白のワンピースにし、手先や見える範囲の部分を徹底的に綺麗にしてきたのだ。
能徒も一見普段とは変わらないメイド服ではあるが、若干スタイルが分かりやすくなるように改造し、スカートも少しだけ短くしていた。また、肌の調子を整えるために昨日の夜は体に良いものを食べ、睡眠時間を長めにとった。
二人はそんな努力と策略をしてきたがゆえに、月乃の思いもよらない同行により全ての計画が崩れ去ったのだった。
「私も行ってもいいよね?」
と月乃が長い前髪の奥から二人を見て口元をにこっとさせた。もちろんその問いを断ることは出来ず
「もちろんです。しかし平気でしょうか。ご存じの通り、アレを見ることになります。深見様は平気であると知っておりますので心配はしていませんが、星見様は以前早期に撤退されております。お気持ち的にも大丈夫でしょうか?」
と肯定しつつも心配という名の警告のようなことを告げた。
さすがは万能メイド。棘が無いように心配の心を忘れずに待機を提案している。そう思った愛枷は、自分が下手に何かを言えば足手まといになると判断して沈黙を貫いていた。
「うん、平気だよ。一番凄いところは見ないようにするし。それに、今回は肉の数が多いんだから人手は多いに越したことはないよ」
「さようですか。お気遣いいただきありがとうございます。では途中でご気分が優れないようでしたらお申しつけください」
「うん、ありがとう」
彼女に撤退の文字はない。そう理解した能徒はこれ以上何も言わなかった。愛枷も変に勘繰られるよりはと能徒の意向に従うことにした。
するとそこにいつもの車が到着した。
「助手席は一番広くなりますので星見様、どうぞ。後ろで三人は少々キツイと思いますので」
「それは悪いよ。だから公平にじゃんけんにしよう。静也もだよ?」
「俺はどこでもいいけど」
「静也も、やるんだよ?」
「そうです。星見様がおっしゃっているのです」
「……やる…よ?」
瞳が見えているのは能徒だけだが、月乃と愛枷からもただならぬ圧を感じた静也は大人しく従うことにした。
そんな静也はやはり気が付いていないが、女子三人はこのじゃんけんがいかに大切かを理解しており静かな戦いの炎を燃やしていた。もちろん表には出していない。
「それじゃ、じゃんけん―」
そうして出した手によって席順が決まると、車にて工場へ移動を開始した。
「どうしてこんなことに……」
月乃は唐突なじゃんけんに関しての運の無さを痛感した。思い返せばいつぞやにみんなで行ったファミレスでも同じようなことがあり、その時にやったじゃんけんでも望んだ結果とはかけ離れた、最も望まない結果を得てしまっていた。
どうして自分は学ばないのか。あらためてそう痛感した月乃だった。
「静也くん……助手席に…行っちゃった………」
「はい。仕方ありません。こうなる定めだったのです」
後部座席には月乃と愛枷と能徒が。助手席には静也が座ることになってしまった。ちなみにこの車は後部座席と、運転席を含む前の座席との間には視界も音も遮断する特殊な透明な仕切りがある。
これは前方から来る車だったり、急な検問や職務質問時に後ろの状況を確認させないためだ。また、前から見たら後部座席の様子は完全に空席になっているようにしか映っていないという特殊仕様だ。だから傍から見れば、今この車には静也と運転手のみが乗っているようにしか見えない。
すると静也に会話が聞こえていないことをいいことに月乃が二人に問いかけた。
「あれから静也と何かあった?」
「何か、とはなんでしょう」
「……」
「何かは何かだよ。能徒は前科があるからね。べったりしたりとか抜け駆けなんてしてないよね?」
「もちろんです。私はあの場で皆様の前で約束をしました。ですのでそのようなことはしていません」
「ふぅん。愛枷は? みんなで聞いた静也からの言葉があったでしょ? そこで愛枷に対しての評価はかなり高いし、あの時に宣戦布告してくれちゃったから心配なんだよね。どうなの? 愛枷」
能徒に向けられた目が愛枷に向けられた。瞳と瞳が合うことはないが、月乃はじっとりと見つめ、愛枷は動揺がばれないようにいつも通りを心掛けていた。
とはいえ、愛枷に関しては本当に何もしていないので
「うん……何も…ないよ……」
と自信を持って答えることが出来た。するとその声音から察したのか勘がいいのか月乃が追加で質問した。
「これから何かをしようとかは? それこそ今日私がいなかったら何かをしようとしてたとか」
「ない…よ……私は……付き添い……手伝うだけ……だよ」
「そう」
すると月乃の視線が能徒に戻った。
「能徒も何もしないよね? 死体の処理だけだもんね?」
「当然です。仕事ですから」
「だよね。安心した。まぁ、静也はしばらくそういうつもりはないって二人も知ってるし、何かあれば女子会をしないとだからね」
「おっしゃるとおりです。経験した身としてあのような罰則は羞恥の極み。二度と受けたくありません」
「うん……見ていて……恐ろしい…って思った……」
「そうだね。ちゃんと理解しているならいいよ。でもねー」
すると月乃の声音が妙な重圧というかぞくりとする冷たいものに変わると二人を見た。
「二人が結託して私達を欺こうとしていたとしたら……その先は言わなくても分かるよね?」
「もちろんです。私達はライバル関係です。協力関係や、ましてや皆様を欺くなどあってはなりません」
「当…然……駄目…絶対……」
「理解しているならいいよ。良かった、てっきり二人が協力関係にあるんじゃないかって思ったよ。心配性も良くないね」
月乃は口角をにこっとさせた。それがまた二人にとって恐ろしく映り、セブンスターズのトップということもあって頭のキレはもちろん勘の良さでさえも恐怖すら覚えるものだった。
今日は本当に駄目だ。何も出来ない。してはいけない。そう理解した能徒と愛枷は大人しくしていようと決めたのだった。
楽しみにしていたのに、どうしてこんなことに。それが二人の本心だった。でももちろんそんなことを表に出せば月乃に容赦なく詰められる。
月乃が同行するのはそうそうないだろう。それこそ今回がたまたまで運が悪かったのだ。だから次は大丈夫。悲しさと無念を心に宿した二人はそう思うことによって一刻も早く気持ちを切り替えるしかなかった。
「そろそろ到着かな。久しぶりだよ。この感じ」
二人に釘を差した月乃は既にいつも通りに戻っていて久しぶりに見る工場地帯に懐かしさを感じていた。
そうして目的地である、死体処理の工場に到着したのだった。




