4-38 逃げた先
「全ては因果応報か。愚かな女だ」
「はぁ!! お前何て言った!? すずちゃんだぞ!?」
「愚かな女だ。そう言ったんだ。噂に聞く地雷女」
Greedと化した男達に囲まれて奇声を上げながら地団太を踏んでいる鈴原。
それらの前に眼鏡をくいっと上げた狩人が到着した。
「誰か知らねぇけど早く助けろよ! 早くしろよ!!」
「僕を知らないのか。君は自分にしか興味がないようだ。悲しい女だ」
「女女うるせぇ!! SNSに晒すぞ! 早く助けろよ!!」
狩人は掴まれては振り払っている鈴原を見ていた。そして迷っていた。
「正直、僕がここで君を助けなくても僕は困らない。むしろ僕の代わりにその人達が仕事をしてくれて助かるわけだし。というか、君はもう助からないよ。だって、その瞳。既に欲に飲まれている。遅かれ早かれもう終わりだ。それでも助けてほしいか?」
「当たり前だ! さっきから言ってる意味が分からねぇよ。お前もすずちゃんの言うことが聞けねぇのかよ!!」
「僕は我儘で地雷臭くて欲まみれのクソ女に興味はない。―でも仕事はしないと、あいつに何を言われるか分からないからな。癪だからまずはそいつらから始末するとしよう」
直後、狩人の手に槍が顕現し一足飛びに三人の方のGreedを殲滅した。まさに一瞬のうちに三人が死に絶え今では物言わぬ屍となった光景を見た鈴原は
「―ッ!」
一度舌打ちをしてその場から走り去った。
「助けてやったのに礼もないとは。やはり自分が全ての女は好きじゃないな。でもそっちに逃げたのは凶だ。でも一応僕も行くとしよう」
ということで狩人がゆっくりと後を追いかけた。
***
「ふざけんな……ふざけんなふざけんな! なんなんだよ、どいつもこいつもすずちゃんを何だと思ってんだよ!」
逃走した鈴原が長い廊下を走る。しかしふりふりの服装ゆえにかなり走りにくそうだった。加えて毎朝長い時間をかけてセットしているツインテールや地雷メイクが崩れることを嫌っているため、気持ちを優先しているせいで心なしか足も遅い。
鈴原にとって幸いだったのはその間誰にも会わなかったということだった。しかしその幸いは仕組まれたものだった。もちろんそれを彼女自身が気づくわけもなかった。
必死に走っている中で彼女の耳が少し離れたところ―次の角の奥にある足音を感知した。
誰かいる。男か? 女か?
男ならどうとでも支配出来る。言うことを聞かせるのはこの可愛いさがあれば簡単だ。
鈴原はまだ見えないその正体を男だと期待して走り方も表情も整えた。完全に男受けするものに。
汗はこの際仕方がない。風呂キャンしてるけどファブリーズは振ってある。でも匂いは言うことを聞かせる詰めの一手にはかなり大事。なら距離を取ってお願いすればいい。すずちゃんにお願いされて喜ばない男はいないんだから。
というか、こんなに可愛いんだからどんな臭いでも関係ないよね。むしろ全部いい匂いだよね。
まもなくその角に差し掛かる。
鈴原はスピードを緩めてその人を待ち構えた。だが、実際にそこから現れたのは
「なんでお前が……」
「奇遇ですね。仮生徒会の鈴原」
メイド服を纏った欲祓師だった。
彼女は鈴原の行く手に立ちはだかるように凛として立っていた。
「何かを期待した、そんな顔ですね」
「黙れ! どうしてお前なんだよ! いや、今はどうでもいい。すずちゃんは急いでるんだ。お前の相手をしてる暇はねぇんだよ!」
「そうですか。ではどうぞ」
と万能メイドの能徒が冷淡に言うと、すぐさまその横を鈴原が通り過ぎた。そして角を曲がろうとした時、鈍い音とともに何かを頭をぶつけて倒れてしまった。
「普通に帰ることが出来るなら、ですが」
能徒はこの階一帯に結界を張っていた。だから鈴原が他の誰にも会うことがなかったのだ。
廊下に倒れて額を押さえながら悶絶する鈴原を振り返った能徒が冷たく見下ろした。
「こ…この……」
「その目。本当に終わりですね。欲に支配された気配がします」
「欲だと? すずちゃんが欲望まみれだって言いたいのかよ。そんなんじゃない。欲望まみれなのは男達だ。当然のことだ。すずちゃんが可愛いからどんな男でも言うことを聞くし、聞かないほうがおかしいんだ」
「そうですか」
「すずちゃんの時間も大事だ。誰の時間よりも大事だ! だってこんなに可愛いんだから。すずちゃんが世界の中心なんだ。それに従わない、分からない奴のほうがどうかしてるんだ!!」
「なるほど。全ての言うことを聞かせたい。言い換えるなら、全てを支配したいと。その欲求はコントロールが難しいのです。それこそあなたのように自己中心的なのが正しいと思い込んでいる頭の悪い人には到底抑えることは出来ません。Greedになるのは当然と言えるでしょう」
「頭の悪い? 可愛いければどうでもいいだろ? すずちゃんよりも可愛いくないお前が偉そうに言うな! 可愛いくない奴は可愛いすずちゃんの言うことを聞く。口答えもしない。同然だろ!」
立ち上がった鈴原が重圧を乗せた鋭い目で能徒を睨んだ。しかし能徒は相変わらずの無表情で、なんなら氷のように冷たく哀れなものを見る目で見ていた。
それが癇に障った鈴原は能徒に掴みかかろうと前に出た。そして手を伸ばした時、
「なっ!」
まるでハエを払うように容赦なく弾かれてしまったのだった。
「汚い手で触らないでもらっていいでしょうか。ブスがうつります」
「ブスだと……? すずちゃんが? お前よりもすずちゃんの方が可愛いんだ! 絶対そうなんだ!」
悔しさと怒りを孕んだ目で睨み、再び掴みかかろうとした。だがそれも弾かれて、なんなら追加で足も払われて転ばされてしまった。もちろん、眼下にいる彼女を能徒はまるで汚物を見るような目で見下ろしていた。
いつもの能徒ならこんな弄ぶようなことはしない。だが、能徒には心の底から気にかかっていることがあったのだ。
倒された際に受け身を取れずに顔面から転んだ鈴原。そのツインテールの片側を何重にもゴム手袋をはめた手で取って持ち上げると強引に目を合わせた。
「いえ、私の方が可愛いです。静也様がそうおっしゃいました。それを否定するということは、静也様を否定するということ。だからあなたには謝っていただきます。自分の方が不細工だと認めたうえで、心の底から謝罪していただきます」
「ふざけんな! 誰がそんな―」
そこに能徒の平手打ちが飛んだ。
「言葉が難しすぎて理解出来ませんでしたか? それとも耳も悪いんですか? というか近づくと臭いですね。獣みたいな臭いがします」
「黙れ! すずちゃんは可愛い! お前よりも絶対に!!」
「そうですか。まだ静也様を否定するようですね。なら仕方ありませんね」
すると能徒は片足で鈴原の頭を床に押さえつけて床を舐めさせるがごとく唇を接近させた。
「私に続いてどうぞ。私はあなたよりも不細工です。嘘を言ってごめんなさい。はい、どうぞ」
「ふざ…けるな…… 絶対に言うものか……っ!!」
「そうですか。ではお次は―」
今度は今の体勢のまま片方のツインテールを掴んでいた手に力を入れた。そして
「ああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
「騒がしい声を出さないでもらえますか? 迷惑です」
この場所に悲痛な叫び声が響いた。
なんと能徒はそのツインテールの片方を毛根ごと無理矢理引き抜いたのだ。よって無残にも赤くなった頭皮が露わとなり、彼女のプライドの一つを破壊した。
痛みに悶え苦しむ鈴原。しかし能徒の足で完全に床に押さえつけられているため逃げることは出来なかった。
そんなバタバタとしている彼女の目線の先にわざとツインテールを落とすと、次はもう片方のツインテールに手をかけた。
「ではあらためて、私に続いてどうぞ。私はあなたよりも不細工です。嘘を言ってごめんなさい。はい、どうぞ」
「あ…あ……」
鈴原は踏まれながらもその目をどうにかして能徒に向けた。すると彼女の目には一切の情が宿っておらず、むしろ絶対零度の鬼が宿っていた。
この女は間違いなく次もやる。
鈴原はそう確信し、それでも自分のプライドのもとで言葉を渋った。だがその間の能徒は引く手に少しずつ力を加えていき、ブチブチという痛々しく鈍い音を鈴原の頭から耳へ届かせた。
「どうぞ? もしくは、こっちもご所望ですか? 私はそれでもかまいませんが」
「…………わ、私は」
「はい? 聞こえませんよ? 何か言いましたか?」
また能徒の引く手に力が加わる。もちろんその加減をわざと伝えていた。
するとそこで鈴原は歯を食いしばり、絞り出すように声を発した。
「わっ……私は……っ」
「はい」
「……私は、私は…あなたよりも……不細工です。嘘を言って……ごめんなさい」
「よく言えました。でも、それは私に対する謝罪ですよね? ならもう一方にも謝ってもらわないと。私の大切なお方、静也様です。でもあなたが静也様と呼ぶのはおこがましいです。私よりも不細工なのですから。だから、無波様と呼んでいただきましょう」
「そんな…… もういいだろ? お前に謝ったんだからそれで。いい加減にしろよ!」
「まだご自分の立場を理解していないようで。私はあなたよりも可愛い。なら私の言うことは聞いて当然。それがあなたの論理でしょう? 自分で認めたのですからその理屈には従ってもらわないと。―ではいきますよ? 無波様、私が全て間違っていました。私の方が不細工です。ごめんなさい。はい、どうぞ」
「くっ……」
なんたる屈辱。このすずちゃんにこんなことをするなんて。
鈴原は悔しすぎて歯を食いしばりながら泣いた。そして血涙が流れそうなほど目を充血させて怒った。でもそれらは全て能徒に届かない。いや、届いたとしても一蹴される。
強者と弱者、可愛いと不細工。完全にはっきりした関係を前に鈴原は怒りと悔しさに任せて奇声を上げながら泣き、手で床を殴るしか出来なかった。
「ほら、どうぞ?」
「……な…無波様、私が…全て間違って……いました。私の方が不細工です。ごめん…なさい……」
「よく言えました。静也様は寛大で優しいお方です。きっと許してくださるでしょう」
「うぅ……っ もう…いいだろ…… 謝ったから離して。本当に千切れちゃう」
「むしろこっちも抜いたほうがいいのでは? 片方だけズル剥けでは目も当てられませんよ?」
「お願い……もう許して…… もう生意気なことは言わないから……」
「では、本当にそう思っているのかその目に聞いてみましょう」
ということで能徒は髪を持ったまま無理矢理瞳をのぞき込むと、
「欲。同じことを繰り返す目をしていますね。あなたはこれからもきっと多くの人を翻弄し、手駒にし、支配するでしょう。その目の中にある支配欲の光が証拠です」
「そん―」
「いいですか? 人というのは同じことを繰り返す生き物なのです。欲が大きいほどに、傲慢な人ほどそうなるのです。だからあなたはもう駄目です」
直後能徒が髪を離すと、頭部を踏んで押さえていた足を首にもっていき
「ゥッッ……!」
一気に力を入れると、ゴキッという鈍い音を響かせて頸椎を踏み折って始末した。
その衝撃で瞼が大きく開いたままになり、眼下で息絶えた鈴原を見下ろしてため息をついたのだった。




