4-35 一人目
「!?」
「であるからして―……お、おい。無波、どこに行くんだ?」
授業中、静也は教室を飛び出した。その勢いがあまりに強かったため授業担当の教師が驚いて問いかけた。だが、その頃にはもう静也の姿はそこにはなかった。
ちなみに、いつもは静也の隣の席にいる月乃もおらず、それもあって教師はいぶかしげな顔をした。もちろん、月乃から校長に事情は伝えてある。よって今回のように急に授業から抜け出してもお咎めはなしということになっているのだが、それでも教師はあまりいい気分ではないようだ。
「こっちか。早まるんじゃねぇぞ」
静也は感じたGreedの反応をもとに廊下をひた走った。ちなみに、今回はその反応とは別の反応はなかったため尾行が出来る月乃や愛枷や能徒が見ている人ではないことは明らかだった。だからこそ静也は急いだ。
「よりにもよってここかよ」
静也が到着したのは生徒会室だった。
探知したGreedの反応は一つだった。だが、場所が場所なために実は複数いるのではないかという緊張が走った静也は警戒を強めた。
とはいえ、尻込みしている場合ではないためその扉を勢いよく開け放った。そして、目に飛び込んできた男に殴りかかると強制的に後方に突き飛ばした。
「無波」
「早く行け。こいつはどうかしちまってる。普通の教育は無意味だよ。先生」
被害に遭っていたのは生徒ではなく教師の一人だった。その人は教務主任で、こんな授業中にここにいるということは十中八九、見回りに違いなかった。なにせ、たまに空き教室や適当な場所でサボる生徒がいるため教師はこうして不定期に見回りをしていることがあるのだ。
よりにもよってなんでこのタイミングでここに来たんだよ。
そう思った静也は、既にどこか怪我をしてしまったのか動きが鈍い教師を半ば押し出すようにして生徒会室から出した。
「で、お前はどうしてそんなことになってんだ?」
「簡単なことだ。あいつが僕の休みを邪魔したからだ。どいつもこいつも僕を動かそうとして、ちっとも休めないじゃないか。本当にいい加減にしてほしい」
仮生徒会の石川だった。
彼は一度全員で生徒会室を出た後に戻ってきたのだ。そしていつものようにソファーで惰眠をむさぼっていた。するとそこにさっきの教師が来て無理矢理起こされた挙句にくどくどとした説教を食らっていたのである。
「僕は休みたいんだ。神野はそれを叶えてくれるっていうから協力した。なのにここ最近ときたらやれ集合だ、やれ異常だと安らぎの時間なんてほとんどない。無波静也っていったな。どうしてお前はこんなのをやってられるんだ? 僕には到底理解出来ないよ」
「簡単だ。俺は生徒会のみんなを慕っているからだ。それに、俺にしか出来ないことがあるし、もしそれをしなかったら多くの人が困るんだ。そんな目に遭わせたくない人が大勢いるんだよ。だから俺は生徒会の庶務をやってるんだ」
「ほぉ。この世界に換えが利かない人や仕事なんてないと思うがね。面倒なことは全て他の奴らに任せて休んでいた方がいいだろ。疲れない、面倒臭くない、誰にも文句が言われない。頑張る人ほど利用される世の中だ。優しい人ほど都合がいいように使われる世の中だ。なら何もしない。誰がどうなろうと僕には関係ない。僕は休む。それが生きるためには一番傷付かない道だから」
「まるで自分がそんな扱いを受けたみたいな言いぐさだな。悩みでも聞いてほしいのか?」
「まさか。僕はそんな人をたくさん見てきたんだ。傍観者としてな。だから僕はあんな奴らのようにはならない、なりたくないんだ。―無波、お前もそんな僕の休みの邪魔をするのか? もしそうなら容赦はしないぞ?」
「何もしたくないんじゃなかったのか?」
「そうさ。何もしないために今何かをするんだ。とてつもなく面倒だがね。でもそれもこれも全部お前ららのせいだ。その八つ当たりに遭って死んでもらう。神野は必要な犠牲はいいって言ってたからな」
その時、石川がゆらりと動くとその目を虚ろにし奥に怪しげな光を灯らせた。そして体から放たれた独特な気配と威圧は先に静也が感じてここに来た時のそれよりも増していた。
「そっちの会長は野蛮な奴だ。こっちの会長とは正反対だ」
「時間がもったいない。僕の休みの時間を削った報いを受けるんだ」
直後、石川が暴れるには狭い生徒会室の地面を蹴った。もちろん静也との距離は一瞬にしてゼロになる。まさに瞬きをしている間に静也の目には急激に大きくなった石川が映った。
だが、静也は極めて冷静だった。静かに石川の攻撃の出方を見ては、放たれたそれを余裕の顔で避けた。そして
「直線的だ。そんなんじゃ生徒会のメンツは張れないぞ?」
反撃として石川の目にも止まらない速さの拳を溝内に入れた。それはあまりにも的確に入ったために石川を激しく嗚咽させ、両膝を床に付かせた。
「おいおい、まだ一発目だぞ? もうお休みか?」
「……っ……おま……っ……」
静也は冷たく見下ろしていた。
その嗚咽は落ち着くどころか徐々に激しくなり、呼吸困難を起こしているようで口から洩れる息の音が極めて不規則になっていった。
「研鑽をせずに休みすぎた結果がこれだ。少しは努力をするんだったな」
そろそろ見てられなくなった静也はうずくまっている石川に容赦のない蹴りを入れた。それにより石川は呆気なく後方に吹き飛んで壁に激突すると背中と腹、それから蹴られた箇所からの激痛でついに声も出すことが出来なくなった。
静也はそんな彼を無表情で見ながらゆっくりと近づいてすぐ近くで止まった。
「な…な……み……ふざ…………ぼく…」
「弱すぎる。生徒会の名前を汚すお前は排除だ」
そう冷たく言った静也は石川の頭を蹴って首の骨を折って始末した。
「生徒会をよこせと言ってた奴らの一員にしては呆気なかったな」
「金錠。ずっとドアの所にいただろ? サボりやがったな?」
ひと仕事を終えた静也の背中に言葉を投げた狩人が生徒会室に入るとドアを閉めた。
「人聞きが悪い。他に誰かが来たら帰ってもらえるように控えてたんだ。誰かに見つかるのは僕らにとっても良くないだろ?」
「まぁ、そうだな。でもこのままお前は帰さないぞ。来たんだから仕事をしていけ」
「なるほど。つまり、死体の運び出しを手伝えと?」
「あぁ。能徒は今頃尾行中だろうしな。大丈夫だ。工場までは行かない。一旦見つからない場所に隠すだけだ」
「学校ってのは隠す場所に困らない場所だから少なくとも今日中に見つかるなんてことはないだろう。いいだろう。なら早くやるぞ。他の仮生徒会が戻ってきたら厄介だ」
ということで二人は物言わぬ屍となった石川を運び出すと、廊下の隅にあった物置に入れて隠した。
ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴った。
「一コマ分の授業時間で終わったのは褒められるところだろう」
「やったのは俺だけどな。というか、俺にサボるなとか言いつつ、到着したのは俺の方が早かったよな? ついにお前にも友達が出来たのか?」
「ついにって言うな。実験の授業で危険な薬品を扱ってたんだ。グループメンバーも扱いの知らない奴らだったから僕がどうにかするしかなかったんだ」
「本当に友達が出来たんだな。嬉しいよ」
「黙れ。哀れなものを見る目で見るな。とっとと戻るぞ。次の授業が始まる」
そうして今回は犠牲者を出す前にGreedの処理を終えた二人がそれぞれの教室へ戻っていった。




