4-33 怪しげな贈り物
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま」
学校が終わり、生徒会活動も終わった放課後。
帰宅した仮生徒会会長の神野は、我が家の広々とした家の廊下で専属のメイドに荷物を渡した。そして彼女に案内されて神妙な面持ちでとある一室に向かって行った。
「こちらでお待ちになっていただいております」
「分かったわ。私はしばらく大事なお話をするから誰も近づけないこと。終わったら呼ぶからあの方をお見送りして」
「承知しました。では失礼いたします」
扉の前。メイドは一礼してから神野の前を去ると、神野はゆっくりとその扉を開けた。
「お待たせしたわね」
「いえいえ、学校お疲れ様でした」
そこにいたのは細見で長身の男だった。そしていかにも紳士然とした糸目の彼はさっきまで座っていた椅子から立って軽く会釈をした。
「いつ来ても立派なお屋敷ですね。さすがは大企業の社長の娘さんだ。お父様は今は海外に?」
「ええ。今日はシンガポールに行っているわ」
「そうですか。いやはや、本当に立派ですね。私も住みたいくらいですよ」
「都内にタワマンを持っているでしょ? 私はそっちの方がいいわよ」
「ご謙遜を。大したものじゃありませんよ」
「それで、今日は何用で? 千取さん」
神野がテーブルの前の椅子に座ると、続けて千取も座った。
「以前お話していた物が完成しましてね、それをご提案しに」
すると千取は懐から小さな箱を取り出してテーブルに置くと、そのまま神野の前に滑らせるようにして置いて開けた。
「イアリングになったのね」
「ええ。なるべくコンパクトに、それでいて身に着けられるものがいいと思いましてね」
「ならネックレスでも良かったんじゃない?」
「ネックレスやペンダントというのは以前失敗したことがありまして。それに、あなたにはイアリングの方がお似合いかと」
「そう。まぁいいわ。それで性能は?」
「はい。問題ありません。これを着けていただくと圧倒的な頭脳と力が手に入ります。もちろん、あなたが叶えたいという革命の一助になるでしょう」
神野が箱からイアリングを取った。
それはまるで水滴のような形をしており、水晶のような透明感が美しい代物だった。
「正直信じられないのよね。それこそパワーストーンとかお守りとかそういう気の持ちようの類にしか思えなくて。これで本当に願いが叶うの?」
「もちろんです。私が保障しましょう。世間ではあまり知られていませんがね、私の会社ではそのようなある種のお悩みを解決する物品を販売するという事業もやっているのですよ。まぁ、信じられないのも無理はないでしょう。世の中にはこういう物を売りつける詐欺なんてものも横行していますし」
千取の表情は一切崩れない。それがまた妙な怪しさを纏っていた。
「確かに私は今の学校、なんならこの国や世界に呆れているわ。何か新しいことをすれば冷ややかな目で見られたり、慈善活動なんかをした日には偽善だとか白々しいとか言われる。それに、困っている人を助けても逆に加害者扱いされたりするみたいじゃない? ネットなんかだと顔が見えないことをいいことに誹謗中傷の嵐。世界も世界で紛争や戦争が絶えない。協力するべき時に誰も彼もが、どの国も地域も自分達の利益ばかり考える。そんな今の世の中にうんざりしてるわ」
「だから根本から変えたい。そうおっしゃいましたね」
「そうよ。でも革命と反逆は紙一重っていうじゃない? とはいえ何もしないのは嫌なのよ。だから私はこの世界に革命を起こすの。全ての国を統合して、もう争わなくていいし全ての人達を平等な目で見て助け合える世界を作りたいのよ」
「でも今のあなたでは力が足りない。だから何かいい方法はないか。そう私におっしゃいました。それで私は世界に革命を起こすならまずは学校という小規模の範囲から始めてはいかがかと提案しましたね」
「そう。確かにって思ったからやってるのよ。まずは権力のある生徒会を手に入れて学校を変える。全ては革命への足掛かりにするためにね」
神野の父は慈善団体や奉仕活動をする会社の社長だ。
彼女は幼い頃から誰にでも平等に接して正しいことをする父の背中を見て育った。時にはそんな父について行き、世界の不平等さや汚れた事情、残酷なまでの貧富の差も見たことがあった。そしてそれを見た父の悲しそうな顔は今でも忘れることはなく、彼女の心に刻み込まれている。
「世界の支配者ではなく、革命者になりたいのだというところに私は感銘を受けました。私はかねてよりお父様と面識があり、あなたのことはお父様から度々お聞きしていました。だから今回このようなご提案をさせていただきました」
「その感銘と革命に値する物がこれってことね」
「はい。ちなみにこちらはただのイアリングではありません。先ほどもご紹介しましたが、圧倒的な頭脳と力が手に入るのは確実です。もちろん簡単には壊れません。製造方法は社外秘なのでお教え出来ませんが、ありとあらゆるテストをクリアした逸品です。ちなみに、テストとしてこれを付けていただいた方がいましてね、その方には望んだ結果が訪れて幸福に満ち溢れていました。と私がここで何を言ってもその様子では信じていませんね?」
「まぁ、そうね。ただのイヤリングにしか見えないもの」
神野はやはりなんだかんだと言われても信じることが出来ないでいた。それこそ彼女が望む革命は将来、ひいては自分の全てを賭けた夢なのだから慎重にならざるをえないのである。
「ではこうしましょう。それは一旦あなたにお貸しします。仮生徒会としての期間は残り半月ですので、結果がどうあれその時にお返しくだされば結構です。もちろん使っていただいて問題ありません。ですが、その期間内でもしもお気に召したのならご連絡ください。もちろんタダでというわけにはいきませんのでそれなりの対価をお支払いいただきますが、以降はあなたの物となります。いかがです? お互いに悪くないお話だと思いますが」
やはり千取の表情は一切崩れない。だが神野はその不気味さよりも千取が言った仮生徒会としての期間の方が引っかかっていた。
日々革命に関する情報の発信と全校生徒への宣伝活動をしてきた。それでも良い結果はなく、むしろ最近になって変なことばかり起き始めている始末。もしもこの異変が止まらずに本来の生徒会が動くことがあった場合はもう二度とこのポストを与えられることはないだろう。
だからといって実力行使をしようにも、生徒総会で感じた同じ人間とは思えない尋常ならざる気配と殺気じみた重圧を放つ人達を前に敵うはずがないと生物的な本能が理解していた。
現実的にも残りの期間が平和に終わるとは考えられない。ゆえにいつ生徒会が動くかも学校が崩壊するかも分からない。そうなったら本当に終わりだ。
神野は心の中で葛藤していた。その間は必然的に無言になるわけだが、そんな状態でも千取は静かに次の言葉を待っていた。
部屋に置かれた時計の針の音が静かに響く中でついに
「……分かったわ。少しの間お借りすることにするわ」
と答えを出した。
「はい、ありがとうございます。期間中はどうぞご自由にお使いください」
千取は安心したとか嬉しいとかそういう感情が見えない表情と声音でイアリングを貸与したのだった。するとそこで千取のスマホが鳴り、神野が頷くとそれを取った。
「申し訳ござません。そろそろ私は戻らないといけないようです」
「大丈夫よ。今日はありがとう」
「いえいえ、良いお話が進んで良かったです。私共はあなたの計画や夢を強く応援しています」
それから神野がメイドを呼ぶと、千取が屋敷を去っていった。
***
「お疲れ様でした」
自分の会社に戻った千取は秘書からコーヒーを受け取って座った。
「そのご様子だと上手くいったようで」
「あなたには分かってしまうようですね。あのイヤリング、受け取ってくれましたよ。貸与の形ですがね」
「販売ではなくてですか?」
「はい。まぁ彼女の性格上、必ず私のところに連絡を入れてくるでしょう。その時に販売にします。ですが、最後には回収もしくは破壊しますがね」
「あのイアリングの正体はどのようなものなのでしょう。誰にも言わずに作られていたようですので誰一人として性能を知りませんよ?」
「そうですね。あれはかつて減田君が使っていた水晶髑髏のメカニズムを解明し、プログラム化して組み込んだものです。いわば人工のクリスタルスカルです」
「そのようなものを貸与されてよろしかったのですか?」
「ええ。実験ですので。果たしてオーパーツを人工物とした時に人体に与える影響はどのようなものか。もしくは性能として成り立つのか。私はとても興味があるのです」
「貸与される前に動物実験はされましたか?」
「はい。ですが人間以下の動物では効果が分かりませんので死刑囚を使いましたが。その人は確かに大きな力を手に入れましたが人体への負荷に耐えきれずに死んでしまいましたがね。ちなみに、その死刑囚は中年の男性でした。若年層の、それも学生というフレッシュな時期の被検体のデータも欲しくてね。体力も精神力もある、ましてや夢もある人ならそれを原動力に耐えることが出来るのか。結果がどうあれ、そこから得られるデータは貴重なものになるに違いありません」
千取が立ち上がると、窓の前に立ってきらきらと輝く夜景を上から見下ろした。そして不敵に笑った。
「あと、そうですね。いずれ星見さん達セブンスターズとぶつかることになるでしょう。その時は得た力がどれだけ通用するのかも気になります。当然壊れてしまうと思いますがね、それも将来へのデータを得るための貴重な投資です。必要経費ってやつですよ」
「あなたはどこまで未来のことを考えてらっしゃるのか私共では到底理解が出来ません。ですが、その先に壮大な未来があるのならどこまでもついていきます」
「あなたのそういう誠実なところは高く評価しますよ。もちろん他の部下達もね。―では、彼女やセブンスターズがどう動くのか、イヤリングがどこまで力を発揮するのか見ていようではありませんか」
千取は再び微笑むと、それに伴って秘書も口角を上げて笑った。




