4-28 謎の論理
生徒会の席を貸してから一週間が経過した。
セブンスターズの面々は普通の学生として普通の学生らしく普通の学校生活を送り、生徒会活動がないことで時間に余裕が出来たために休み時間も放課後も悠々自適に過ごしていた。
「今日は何かが起きるかねぇ」
そんな中で静也は、あまりにも暇なので休み時間に教室から出て珍しく一年生のフロアを歩いていた。すると、廊下の先で何やら人だかりができているのを発見して近づいた。そしてその渦中で起きていることを目撃した。
「ちょっとぉ、その恰好なぁに? ここは学校だよ? ちゃんと制服を着ようよ」
仮生徒会書記の鈴原が能徒に詰め寄っていた。
鈴原は相変わらず独特なメイク―いわゆる地雷メイクで大きな目を向けていた。また、周囲に人がいることと、特に男子生徒が多かったことで可愛いさをわざと出した出で立ちで物申していた。
「それはあなたもでしょう。メイドカチューシャにフリフリのスカート。中にパニエを入れてますね。あとは濃い化粧。人に注意をするならばまずはそれに相応しい人になってからだと思いますが」
「すずちゃんはいいんだよ。だって生徒会書記だもん。偉いんだもん。みんなは校則に従う義務があるんだよ」
頬を膨らましてぶりっ子全開の仕草を見せる。それを能徒は極めて冷静な目で見ていた。
「そうですか。しかし、校則第三十二条には『学生服においてやむを得ない場合は特例として他の服装を認める。但し、申請書に代わりの服装を明記のうえで学校長の許可を得る必要がある』とあります。ちなみに私は許可をいただいています。申請書の控えはこちらに。あなたは申請が通っていない、むしろ申請書を出してもいないようですが?」
「校則? 生徒会こそが校則だよ。というか何ですずちゃんが申請書を出していないって知ってるの?」
「私は生徒会の総務ですので。そもそも申請書の類は学校長に渡る前に一度生徒会を通ります。私は全校生徒が提出した全ての申請書を記憶しています。校則は校則です。守るべき立場はあなたでしょう」
能徒は物怖じせずに無表情のまま鈴原に詰め寄った。
身長としても能徒の方が高く、鈴原は能徒の胸くらいしかない。よってすぐ目の前に立たれたら威圧感を抱かざるをえない。
そんな様子を静也は静かに見ていた。もちろん、能徒があの書記に負けるわけがないという安心感をもってである。
すると、ある程度の沈黙が流れたところで
「ひどいよぉ、そんなふうに言わなくてもいいじゃん。うえぇぇぇ……」
急に鈴原が鳴き声を上げてうずくまってしまったのだ。
それを見て聞いていた周囲の男子達が声を上げだした。
「そうだそうだ。言い過ぎだ」
「すずちゃんにはすずちゃんのルールがあるんだ」
「校則が全部じゃないんだよ。多様性なんだよ」
「すずちゃんよりもブスなのに意見するな」
また、そんな彼らは鈴原に歩み寄って守るような陣形をとると、小さくなっている鈴原に手を貸して立たせてやった。
「みんな……ありがとう。すずちゃん、みんながいてくれて嬉しいよ。大好きだよ」
「「「「すずちゃんは僕達が守る!」」」」
いったい何を見せられているんだ。
そう思ったのは静也だけではなく、能徒はもちろん周囲の女子達も同様で一様に引き攣った顔をしていた。
「そもそも、メイド服でいなきゃいけない理由ってなんなんだ? そんなに学校生活に支障が出ることなのか?」
「「「そうだそうだ」」」
「それを言うなら彼女も―」
「すずちゃんはいいんだ! お前より可愛いんだから。可愛いは正義なんだから」
「「「そうだそうだ」」」
「あのですね、この件について容姿はどうでもいいでしょう。私は正式に申請書を―」
「どうでもよくない! すずちゃんは申請書とか校則も凌駕するんだ!」
「「「そうだそうだ」」」
まったくもって話しが通じない。
そんな状況に能徒が頭を抱え始めた。しかし能徒はどれだけの数で間違っていることを言われても数の圧力に沈む人ではないので
「規則は規則です。容姿や主観、多数決で捻じ曲げていいものではありません。それが理解出来ないのですか?」
と毅然とした態度で言い放った。
すると、彼らの中心にいた鈴原が不敵に笑って言った。
「もうキリがないよぉ。だからぁ、とりまそのメイド服を脱ごう? みんな、脱がしちゃって」
鼻にかけた声音でそう命令した。そして彼らは何の疑いも罪悪感も抱くことなく能徒にじりじりと詰め寄った。
周囲を囲む四人の男達。いくら能徒がGreedと戦えるほどの実力をもっていても他の生徒の目がある前でそれをさらすわけにはいかなかった。もちろん、そのまま好き勝手に剝ぎ取られるわけにもいかない。
だから能徒はメイド服を押さえるとともに絶対に触れるなという目を向けたのだった。だが、話しも通じない相手に対してそれも無力だった。
「ちょ、やめてください」
よって一斉に男達の手が伸ばされた。
それらに対して女としての恐怖を抱いた能徒は瞳を潤ませた。鈴原はそれを醜悪な顔で見て、まるでそれは私に意見したからよ?と言っているかのようだった。
ついにそれらの手が能徒のメイド服に届いた―と思った瞬間
「―っ!?」
男達の手が全て跳ね返された。そして一様にその手には靴の跡がついていた。
「静也様」
「まったく、話が通じない人ほど厄介な人はいないよな」
静也は群衆を通り抜けて一瞬にして男達の手を蹴り返したのだ。その勢いはすさまじく全員が脱臼していた。それにより男達は苦悶の表情とうめき声をあげた。
「公衆の面前で服を剥ぐのは校則以前に犯罪だ。そんなことも分からないくらいに頭が悪いのか?」
「いいんだ。すずちゃんが言ってることなんだから」
「妄信だ。依存だ。その女は今でこそ仮の生徒会だが、あくまで仮だ。本物は俺らなんだよ。勘違いしてんじゃねぇぞ」
「う、うるさい。すずちゃんは僕達の姫なんだ。僕達はすずちゃんが笑ってくれるなら何でもするんだ」
「「「そうだそうだ」」」
「その地雷女がか? そうか、これがいわゆるオタサーの姫ってやつなんだな」
静也は嘲笑を向けた。するとそこで鈴原が何かを思ったようで、男達の中から出て静也の目の前に立った。そして潤んだ瞳を向けて上目遣いで言った。
「ご、ごめんなさい。ついかっとなっちゃって。全部本心じゃないの。だから許して? というか、あなたよく見るとカッコいいね。女の子を守って前に出るなんて憧れちゃう。どう? すずちゃんの担当にならない? いい思い出来るよ? それにその人よりもすずちゃんの方が可愛いんだから嬉しいでしょ?」
鈴原は続けてもじもじとして、庇護欲を掻き立てられるような仕草と声音で静也にすり寄ろうとした。だが静也はそれを乱暴に振り払った。
「触るな、ブス」
「……え?」
これには鈴原は驚きを隠せない。なにせ、今までこれで言うことを聞かなかった男はいなかったのだから。
また、静也は追撃のごとく言葉を重ねた。
「勘違いしているようだからはっきり言ってやる。お前はブスだ。男を囲って守ってもらい、男と女で態度を変える内面もブスだ」
「ぼ、僕達のすずちゃんを―」
「黙れ。お前らは弱者だ。哀れな弱者だ。こんなブスに言い寄られてちょっといい思いをすれば何でも従う。お前ら全員明らかにモテなさそうだもんな。そりゃ女に言い寄られたり笑顔を向けられたら夢中になるよな。でもな、この女は地雷の臭いしかしない。だからお前らのために言ってやる。手を引くなら今のうちだ。破滅したくないだろ?」
「こ、この……」
「ひどいよ。すずちゃんは地雷じゃないよ。みんなに優しくて誰よりも可愛い女の子だよ?」
「間違いだらけだ。いいか? 少なくとも―いや、絶対的に、確実に、間違いなくお前よりも能徒の方が可愛いからな?」
「せ、静也様?」
「これは天地がひっくり返っても覆ることはない。それにな、能徒のメイド服は正装だ。学生の正装が制服であるのと同じように能徒の正装はメイド服だ。これにとやかく言うなら全ての学生の正装に文句を言ってから言え」
「メイド服が正装なんて、だったらすずちゃんのこの服も正装だよ?」
「そもそも許可を得ていないだろ? 正装とはルールの下で認められた正しい服装なんだよ。お前のは異端だ」
「でも多様性で―」
「黙れ。多様性は自分で言う言葉じゃない。他人が言ってこそ認めるという意味を持つんだ。自分で言うその言葉はただのエゴで自分の価値観の押し付けなんだよ。そんなことも分からないのか」
静也の圧倒的な言葉と独特な威圧感を前にさっきまでがやがや言っていた男達が気圧されて完全に沈黙した。同時に鈴原も言葉を失ってしまった。
そこで静也は閉めにかかる。
「お前、さっき可愛いは正義って言ってたよな? なら能徒が正義だ。お前は悪だ。お前よりも能徒の方が何倍も可愛いんだからお前は何倍も悪なんだよ」
「せ、静也様。えっとその―」
「これでもお前は自分の方が可愛いだとか正しいとか、周りもこの女を囲うようなら何でも言ってこい。俺が全部排除してやる。全員が敵でも、数の暴力でも何でもこい。俺は能徒の方が可愛いと言い続けるし能徒の方が正しいと言い続けてやる」
「せ、静也様……静也様」
さっきまで能徒を悪だなんだと言っていたり、周囲の野次馬達もその尋常ならざる覇気と圧力に屈してもう何も言えなかった。
静也の目はわずかに赤みを帯びていた。ゆえに能徒が度々静也を止めるようなことを言っていたのにまったく聞こえていなかった。
また、じわりじわりと湧き上がってくる欲を感じた静也は
「誰も前に出てこねぇのか? お前らが始めたことなのに日和っちまったのか?」
と欲をコントロールしつつも詰め寄った。
もちろん男達はみな怯えてしまって何も出来ない、いや、してくる気配すらなかった。
それから静也が鈴原に目を向けると、彼女の目は醜悪な怒りに満ちていた。そして
「なんでなんだよ! 全部すずちゃんが正しい! すずちゃんの思い通りにいかないほうがおかしいんだよ!! ふざけんな!」
と急に地団太を踏んでまるで幼い子供のように喚き散らし始めた。そして、最後に静也と能徒に鋭い目を向けると、急に走ってどこかに行ってしまった。
「す、すずちゃん待って」
「僕達はすずちゃんのほうが可愛いって思ってるよ」
それに続くように男達もこの場を去り、野次馬達も散っていった。
「まったく。俺らの能徒にいちゃもんを付けるからだ」
それから静也は能徒の方に向き直ると頭を撫でて優しい目を向けて言った。
「怖い思いをさせたな。でももう大丈夫だ」
と言い、
「心配するな。あの女よりも能徒の方が可愛いから。否定は全部俺が潰してやるから安心しろ」
と続けて言った。
すると能徒はこれまでにないくらいに顔を真っ赤にして静也の方に倒れてしまった。それを静也が受け止めた。
「気絶してるじゃねぇか。よほど怖かったんだな」
静也はそんな能徒を抱えて保健室へ向かった。




