4-26 社長の矜持
「どうして俺がお前と買い物に」
「仕方ないだろ。僕だって不本意なんだから」
セブンスターズ女子会が開かれている時と平行して静也と狩人が事務所のお菓子やら茶葉の買い出しに出かけた。
もちろん静也はそんな物々しい女子会が開かれているなんて知らない。狩人だって知らないが、男子が、特に静也いたら絶対に駄目だという雰囲気は察していた。
事務所から近くのスーパーまではそう遠くない。だから二人は歩いて向かっていた。
そこで静也がふとした疑問を投げかけた。
「金錠。社長ってやっぱり少しの移動でもタクシーを使うのか?」
「そんなわけないだろ。経費の無駄遣いだ。毎回呼ぶくらいなら運転手を雇ったほうが断然いい」
「それは俺の感覚では理解出来ないけどな。逆に高くつくんじゃないのか?」
「そう考えるか?」
狩人は何も分かってないなコイツという目を向けた。
実際本当に分かっていない静也は、今回はと甘んじて受け入れて次の言葉を待った。
「確かに僕や会社としては経費がかさむ。でもな、このご時世仕事を探していたり、好条件の仕事を求めている人は大勢いる。それを助けているとでも言えばいいだろう。タクシーの運転手は完全な個人プレーだから楽だと思っているだろ? でも実際は違う。毎日知らない客を乗せて人によってはどことも分からない場所を指定してくる人もいるし、カスハラなんてことをしてくる難客だっている。それに、給料だって基本給は保障されているものの税金でかなりの額をもっていかれるから生活水準を安定させるにはより多くの客を乗せて歩合給として上乗せしていくしかない。でもさっき言った、変な輩の相手をする確率も必然と上がるんだ。だから僕が雇うんだ」
「どうして?」
「タクシードライバーの立場になってみろ。行く場所は毎回分かっていたほうがいいだろ?」
「確かに」
「毎回同じ人を乗せた方が変な人にあたらずに済むから精神的にも楽だろ?」
「そうだな。でも金錠を乗せるだけなら歩合給とやらは上乗せされないだろ? それはドライバーにとってマイナスじゃないか?」
「まぁそうだな。だから社として専属契約を結ぶんだ。まずはその人の現状の給料を聞き、歩合給が上乗せされた一番いい時の給料も聞く。それで僕がそれよりも少し上乗せした額を提示する。それで頷けば会社とドライバーとの間で契約が成立だ」
「なんか買収みたいだな」
「もちろんいいドライバーは選ぶがな。だがな、このご時世、使う側も運転手が決まっていたほうが安全なんだよ。それこそ急にGreed化されたり事故られたりしたら困るし。それに僕は知らない人が運転する車は落ち着かないんだ」
「最後のはお前の個人的な感想だよな?」
「それでも僕とドライバーとの関係はwin-winだ。もちろんそのドライバーは僕だけじゃなく他の従業員の送迎もやってもらう。会社としても従業員の安全を守れるのだから長い目で見た時にプラスになる」
狩人は本当に真剣な顔だった。それこそいつものヘタレボッチの感じではなく、社長として従業員のことを考えている時の顔をしていた。
「でも雇った時はマイナスだよな?」
「目先の金の量で考えるな。従業員の安全を長く守る、すなわち一人一人が生み出せる将来の利益の保障に繋がるんだ。それにな、専属の送迎用タクシーがあるなんていう会社はほぼない。だからその点も将来的に入社を考えている優秀な人材の発掘にも繋がるんだ。だって誰もが思うだろ? 満員電車での通勤は嫌だと。タクシーであれば解決されるんだ。それで有能な社員が集まり、毎日貢献してくれるならそういう投資は惜しまない。そのためには経費が必要だから僕や他の社員はどうしてもな時以外は他のタクシーを使わない。もちろんバスもな。これで毎月の社員の交通費という経費が多少は浮く。その金を社員の安全や未来への投資に充てる。だから最初の質問に繋がるが、金の無駄遣いはしないんだ」
「なるほどな。そういう社長は珍しいのかもな」
「どういう意味だ?」
「俺の中の社長のイメージは、社員には安月給で働かせて自分は裕福にしているってやつだから」
「そんなことをこのご時世でしたらSNSでリークされて即ブラック企業入りだ。そうなれば将来的に会社の経営は傾いて優秀な社員は他に流れる。それで自分の首を絞めた挙句には倒産だ。無波が持っているイメージの社長はきっと愚か者だろう。今じゃそんな愚か者は大分減ってきている」
「それは社長同士のやり取りで知ったことか?」
「まぁ、僕も色々な社長を見てきているからな。繁栄も衰退も、それぞれの社長に多い傾向も分かっているつもりだ」
「そうなんだな。なんか悔しいけど勉強になるな」
静也が狩人に対して珍しく感心していると、いつの間にかスーパーに到着した。そしてそれぞれでカゴを取って店内を歩き始めた。
するとあるものが目に入った。
「申し訳ございません」
「謝って済むと思ってんのか! ワシは客だぞ! 土下座しろ土下座!」
それは店員に対して大声で罵声を浴びせる老人だった。
それを見ている他の客達は怯えていたり、変に絡まれないようにとその場所を避けていた。
「典型的なカスハラだな。どうする? 社長」
「どうするも何も、お前は気付かなかったのか? あの老人、危険な域だぞ?」
「だからどうする?って聞いたんだ。この俺が気付いていないはずがないだろ」
実際静也は気付いていなかった。でも狩人相手にそれを知られたくなかったのである。
「ならやることは分かるな?」
「当然だ。お前はアイツが他に被害を出した時のための客の避難を頼む」
「悪いがそれはお前がやってくれ。ここは僕があの老人を鎮めてくる」
「なんでだよ」
「それが僕の役割だからだ。まぁ、後に分かる。今回は僕に従え」
狩人は静也が頷く前にすでに老人に向けて歩き出していた。
もう止めても聞かないし、時間をかければかけるだけ店員が可哀そうになってしまうので静也は大人しく言うことを聞くことにした。
「じいさん。カスハラはやめてもらおうか」
「あぁ!? ガキのくせにこのワシに注意か? 生意気言ってんじゃねぇぞ!」
「ただのガキじゃない。もう一度言う。ここで喚き散らすのはやめてもらおう。迷惑だ」
「うるせぇ! ワシの勝手だろ。というかてめぇは関係ねぇだろ! 殺されたいのか!?」
「まったく。元気なわりに言葉を理解出来ないほど知能が低いとは。なら仕方ない」
直後、狩人の瞳が緑色の光を帯びた。
そして目にも止まらない速さで老人の喉笛を指で突くと気絶させたのだった。
「お、お客様」
「大丈夫だ。気絶してるだけだ。それよりも大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうございます」
その店員は、倒れた男と狩人を見て動揺しながらお礼を言った。すると店の奥から店長がやってきた。そして店長が狩人を見た途端に
「オ、オーナー。どうしてこちらに」
「オーナー?」
周囲の安全を確保し終えた静也が戻ってくると、その言葉を聞いて驚いた。もちろん店員もである。
「たまたま買い物があってな。僕が持つ店で変な客がいたら今後の利益にも関わるから対処させてもらった。悪いがこの男を警察に頼む。僕達は買い物が残っているんでな」
「は、はい。かしこまりました。ありがとうございました」
ということで狩人は倒れた老人を店長らに任せて静也とともに買い物に戻った。
そこで静也は色々な疑問をぶつけた。
「金錠。お前の会社はITだろ? なんでスーパーのオーナーなんだよ」
「フランチャイズで僕の会社が運営しているんだ。それにこのスーパーは僕の会社で開発した決済システムや物流システムとかを試験的に運用する役割をもっているんだ。こういうテスト環境は実際に一般人が使いやすいかどうかを知るうえで必要だし、膨大かつ一般的な情報は今後の運営やシステムにかける予算の指標を定めるのに役立つ。そのためにフランチャイズとしてオープンした」
「この行動力、普段のお前じゃないみたいだな」
「僕は経営に関しては徹底的にやる。社員の生活を守らなければならないからな」
そんなことを話しながら他にも必要なものをカゴに詰めていく二人。
「で、あの老人は警察でいいのか? 危険な域だったんだよな?」
「無波。やはりお前はまだまだだな。あの老人はただのクレーマーだ。僕達が専門的に処理しなければならないものじゃない」
「騙したのか」
「試したんだ。でもいつかは本当に危険な域の奴を見ることになるだろう。お前はその時までに見分けが出来るようになっておくんだな」
狩人は計画通りだと言っているかのような笑みを浮かべた。
それに静也は意見しようとしたが、確かに自分は何も分かっていなかったし、言われたとおりいずれはしっかりと目利き出来るようにしておかなければならないと思って
「……分かったよ」
と悔しそうに頷いたのだった。
それから二人は支払いを終えてスーパーを出た。するとそこで静也のスマホが鳴った。
「もしもし」
「静也くん……聞きたいこと…あるけど……いい?」
愛枷からだった。
静也は狩人を見たが、狩人は気にせず電話をしろと言っているように待っていた。
そういうことならとその聞きたいことについて答えることにした静也。
その後、何回かやり取りをして会話が終了するとスマホをしまった。
「終わったのか?」
「あぁ。気を付けて帰ってきてねだそうだ」
「そうか。まったく、こういうことは僕がいない時にしてほしいものだ」
「お前がいなかったら金払えなかっただろ」
「そういえばお前は自然的に奢られてたな。まぁ、これはセブンスターズの経費だ。あとで星見を通して陰陽院に請求する」
狩人は自らが発した問いを静也が意味をはき違えて捉え、そう答えていることに対してやはり何も知らないんだなと思った。
同時に、こんなことは知る必要もなければ知って良いものでもないから幸せな奴だと少しだけ羨んだ。
「今頃悟利がお菓子欲しさに暴れてるんじゃねぇか?」
「そんな平和だったらいいがな」
ということで二人は事務所に向けて夜道を歩いて帰っていった。




