4-25 疑惑と第二回……
突如としてセブンスターズの事務所は妙なピリついた空気に包まれた。
その理由は、いや、かすかな違和感に静也を除いて気付いており、それぞれで異なった反応を示した。もちろん表には出していないけれど。
すると月乃が狩人にゆっくりと目を向けた。
「狩人。静也とスーパーまで買い物をお願い出来る? そろそろお茶っぱとお菓子が無かったはずだから」
「……別に一緒に行かなくてもいいんじゃないか?」
「お願い、出来る?」
月乃の口元は怪しくにこっとしていた。まるで逆らったらどうなるか分かる?とでも言っているかのように。
それに追加して唯も口を開く。
「お姉さんからもお願いしたいわぁ。きっと重くなると思うから一人だと大変よ? ね? もちろんいいわよね?」
唯の目は微かにピンク色の光を帯びていた。
二人の瞳にロックオンされた狩人は悟利に目を向けた。もちろん、この二人をどうにか説得しろという意味でだ。
「わ、わちもお菓子…たくさん食べたいですぅぅ……」
悟利は震えながら答えた。
こうなってしまっては自分ではどうにも出来ないと言っているようで椅子の上で小さくなった。
「気をつけて行くんだよ? 静也もね」
「なんで俺が金錠と」
「いいから行くぞ。これはもう決定事項だ。お前に拒否権は無い。だからたまには荷物持ちになれ。好きなやつを買ってやるから」
「子供扱いするな。なら人数が多い方がたくさん買えるだろ? 能徒も行くぞ」
「二人で、行ってくるんだよ? 狩人、ゆっくりでいいからね?」
月乃は有無を言わさない勢いで二人を送り出すと事務所の扉を閉鎖した。そして絶対に開けられないように自らの能力をもって封印した。
「それじゃ、始めようか。第二回セブンスターズ女子会の開催をここに宣言するよ」
「久しぶりねぇ。まさか本当にやることになるなんてねぇ」
「……」
「姉ぇが……姉ぇ達が……」
ピンク色の瞳の中に暗澹たる疑念の色を宿している唯。そして瞳は見えないものの、明らかな重圧と疑惑の空気感を放出している月乃と愛枷。
悟利はそれらを見て誰に助けを求めようかと周囲を見渡すと、他とは違った空気感の彼女を見つけた。
「能徒。姉ぇ達を落ち着かせてほしいです。怖いですぅぅ」
「小牧様。それには少しばかり時間がかかると思われます。ですので、しばらくお待ちください」
「そうだよ? でも能徒の答え次第では早く終わるかな」
「そうねぇ。ちゃんと正直に答えてくれたらね。こっちにはどんな嘘でも見破る切り札がいるんだから。ね? 愛枷ちゃん」
「支配欲求の…前で……嘘は…つけない…… 見破る…ことが…出来る……絶対に……」
もう駄目だ。そう思った悟利は自らの机の下に潜って体を小さくして震えた。
「それじゃ、今回の議題はもう分かってると思うけど、さっき聞こえた能徒の静也に対する呼び方の変化についてだよ。急に距離が近くなったね、能徒。この前の処理の時に何かあったのかな?」
月乃は首を傾げた。
その様子は可愛げのあるものだったが、それを目の前にしている能徒は押し寄せる殺気じみた重圧に耐えるのが必死だった。
しかし、黙っていてはあらぬ誤解を生み出しかねない。そう思って口を開いた。
「普通に死体の処理に出掛けて、静也様にはお手伝いをいただき、予め星見様に許可をいただいていた食事をしてから撤退しました。それが事実なのは星見様が一番ご存知でしょう」
「まぁそうだね。でも把握してるのは始めと終わりだけだよ。あと、私は同行してないから他には静也から聞いたことだけなら知ってるよ。もちろん静也が嘘をついているとは思わないし、それでもものは言いようなんだよね。だから、正直に答えてね。あの日、静也と何かあった?」
何か。
能徒が作り出した月乃の匂いを忠実に再現した香水を自らに使用して静也と密着した。
なんて言えるわけがないのは当然だった。だからこそ能徒は必死に頭を回転させて言葉を選ぼうと考えた。しかしそこで
「愛枷」
「う…ん……」
椅子に静かに座っているだけだった愛枷がのそりと立ち上がると、ひたひたとゆっくりと能徒に近付いた。
もちろんその間に逃げられないように支配欲求で能徒の動きを完全に封じていた。
「信じてる…からね……?」
そして能徒の眼前まで到着すると、長い前髪の隙間から能徒の瞳を見た。直後、能徒は自分の心の中に何かがいる感覚に陥り僅かに顔を歪めた。
「正直に答えないと、分かるよね?」
「そうよぉ? きっと前回の比じゃないことになるわよぉ」
唯は舌なめずりしてメイドの全身をじっとりと見た。それはまるで獲物を狙う蛇のようだった。
「深見様……」
「私のこれは……心の中の言葉も……見えるの。だから…どんなことを…考えていても……筒抜け……」
能徒は必死に考えた。
自分が嘘をつけば愛枷に伝わって二人に伝達される。そうしたらいくら長きにわたって遣えてきた忠実なメイドとはいえ、前回の女子会で手を出さないと誓ったのに裏切ったとして何をされるか分かったものじゃない。
それこそ、性欲の唯がいるのだからきっと女としての尊厳が傷つけられかねないことにもなる可能性だってある。
どう答えたらいい?
能徒は策略や計画における頭の良さもあった。それでもやはりどうしても思い浮かばず、かつては取引きをした愛枷の目を懇願するような目で見るしか出来なかった。
するとそんな時だった。
愛枷の声が能徒の頭に直接響いた。
『タクシーで静也くんと密着したんだね。私の能力で見たから知ってるよ。いいなぁ……羨ましいなぁ…… そこで、私ならそんな能徒を助けられるけど、どうする?』
愛枷は人の心に支配欲求を投影することで嘘から起きたことまでを知ることが出来る。また、応用として自分が思ったことや心の中で言った言葉を相手に伝えることも出来る。
それを用いてまさに蜘蛛の糸のような一筋の光を垂らしたのだった。
『大丈夫。心の中の会話は他の人には聞こえてないよ。だから能徒が思ったことや私に言ったこともバレることはないよ。それで、どうする? 今の能徒を助けられるのは私だけだよ。助かりたい?』
『もちろんです。深見様、あの時はチャンスだったのです。私以外に誰もいない絶好の機会だったのです。深見様が私の立場ならきっと同じように策略し行動に移したでしょう。私の気持ち、ご理解出来ますよね?』
『うん。いつも静也くんと一緒にいる月乃ちゃんがいないんだもんね。運転手の人から後ろは見えないし音も聞こえない。確かに狙い目だよね。でもそれを私がみんなに正直に言ったら大変なことになるのは分かるよね?』
『それはもちろん』
『なら、また私と取引きしない?』
かつて食堂でやったのと同様に持ちかけてきた愛枷。無論、それがどんな内容だろうと断ることなんて出来ない能徒は、それを見越してのことだと察すると賢いと思う反面、ズルいなと思ったのだった。
『ズルいのは分かってるよ。でも私も静也くんと密着したい。能徒が羨ましいの。だから私の望みは、能徒が作った香水を一つ分けてほしいの。もちろん誰にも内緒でね。バレたら私もまずいし。それを約束してくれたら私が嘘をついて何もなかったってことにしてあげる。どうする?』
能徒は考えた。もちろん頷く予定だが、香水をさらに作れるかどうかを考えた。
でもどうにかして作って渡さなければ助からない。ならば
『分かりました。しかし、複製するのにお時間が必要です。必ずお渡しするのでどうか来週まで待ってもらえませんか?』
『いいよ。能徒はここでバックレるような人じゃないのは知ってるから信じるよ。それじゃ取引成立だね。あとは私に任せて。あ、みんなには何もないってまずは能徒の口から言って。それを確認する形で私が確認に入るから、それだけお願いね』
『分かりました』
ということで二人の間だけでの会話が終了した。
側から見れば能徒が沈黙して考え、愛枷がその答えを待っているようにしか見えていなかった。
「それで、どうなの? 呼び方を変えるくらいの何かがあったの?」
「何もありません。呼び方が変わったのは静也様から今後はそう呼ぶようにと申しつけられたからです。それ以上のことは何もありません」
「ふぅん…… 愛枷、確認して」
「うん……」
ということで愛枷の紫色の瞳が能徒を見た。対して能徒は視線を逸らさずにまっすぐとその瞳を見ていた。
さながら、信じていますと言っているかのように。
そして愛枷の瞳が元に戻ると月乃と唯の方を向いて
「本当に…何も…なかったよ…… 全部能徒が…言った通り……だったよ」
「……本当に?」
「うん…… 静也くんに…呼称のこと……聞いて…みようか……?」
「それが早そうね」
月乃と唯が疑問の表情を浮かべる中で愛枷がスマホを取り出して静也にかけた。もちろんスピーカーモードにして。
「もしもし」
「静也くん……聞きたいことが……あるけど……いい?」
「帰ってからでもいいけど、どうした? 食べたいお菓子の要望でもあるのか? それならいつも愛枷が食べてる黒胡麻煎餅は買ったぞ?」
「ありがとう……でもそれじゃ…なくて……能徒のこと」
そして愛枷は能徒の静也に対する呼称について問いかけた。すると
「あぁ、なんかそろそろ堅苦しいから変えてもらったんだ。だって俺達が仲間になって長くなってきたしそろそろいいかなって。なんなら俺は敬称もいらないって言ったんだけどそれは譲れないって言われたよ。だから呼び方の件は俺が頼んだことだよ」
「分かった……帰り…気をつけて…ね」
そうして通話が終了した。
能徒は察した。愛枷が要件だけを聞いてさっさと電話を切り上げたのは余計なことを言われると取引きと、さっき自分が言った嘘がバレてしまうからだということを。
しかし、今回にいたってはそれで良かったと感謝した能徒だった。
静かになった事務所で唯が判断を仰ぐように月乃を見た。すると、月乃は少しだけ考えている様子を見せたが
「……能徒の言ったことを本当のことだって認めるよ。疑ってごめんね。私もみんなも静也のことになると感覚が敏感になるからさ。その気持ちは能徒にも分かるでしょ?」
「はい」
「……月乃ちゃん。そろそろ」
「うん、そうだね。それじゃこれで第二回セブンスターズ女子会を閉幕にするよ。次回は開かれないといいね」
月乃はにこっと口角を上げた。色々な感情を孕ませて。
それから少しして静也と狩人が両手に買い物袋を大量に持って帰ってきた。そして机の下から恐る恐る出てきた悟利がそれを見て
「お菓子がたくさんです! 食べるです!」
と喜んだのだった。
その急に明るくなった空気感によりさっきまで張り詰めていたピリッとした雰囲気は霧散したのだった。




