4-23 駆け引きと葛藤
「やっぱりこれを着ないと駄目?」
「もちろんだ。異論は認めない」
就寝前、月乃は持ってきた一昨日から着ているしいたけパジャマを着ることにやはり抵抗感を露わにした。
もちろんその長い前髪のせいで目元は分からないが、口元はむっとしていた。
「だってもう着てるんだから今更脱ぐのは面倒だろ?」
「そうだけど、なんかやっぱり変な臭いがしそうで気が引けるんだよね。着替えていい?」
「仮に着替えようとも俺の服は貸さないぞ? 下着で寝るか、やっぱりしいたけパジャマで寝るか選ぶんだ」
「今日の静也はいじわるだね」
月乃はさらに口元をむっとした。だがここで何かを思いついたのか急に口元をにこっとした。
「なら、下着で寝るって言ったらどうする?」
「えっ」
静也はその予想外の答えに虚を突かれた。
そんな答えをしてくるのは唯くらいだからだ。だからこそ静也は次の言葉に迷った。その様子を見た月乃はこれはしてやったりと思ったのか追撃を開始した。
「パジャマは着ないからね。静也が服を貸してくれないなら本当に下着で寝るよ」
「……」
静也は困った。しいたけパジャマに染みついた月乃の匂いを堪能出来ないこと、そしてそんな姿の月乃が夜の間同じベッドにいることを想像したからだ。
これは勝ったな。変ないじわるをするからだよ。
当然静也には私に下着で寝ろだなんて言う勇気は無い。これで間違いなく服を貸してくれる。いや、貸さざるを得ない。
月乃はそう思うとともに勝利を確信した。
あとは静也の次の言葉を待つだけ。どうせ答えは決まっているのだから早く言えばいい。
そんなふうに思いながらもいつも通りの様子で佇んで待つ月乃の口角は上がっていた。
「どうする? 私はどっちでもいいよ。静也が選んでいいからね」
「……なら、少し確認させてくれ」
直後、静也は目の前にいる月乃に抱きつくとその程よい大きさの胸に顔を埋めた。
急なことであり、まさかそんなことをされるとは思っていなかったためあわあわと焦りの様子を見せた。もちろんそんな静也を離そうとしたが、その両手は静也の手によって封じられて直立状態を維持させられたのだった。
それから静也はそのまましゃがんで下へ下へと顔を下ろしていった。しかし月乃は後ろを向いて避けたので恥ずかしい部分に触れられることはなく、代わりに静也はハリのある尻肉に顔を埋める結果となった。
「ちょっ、静也。何の確認?」
未体験のぞわぞわする気持ちと体の奥からじわりじわりと湧き出す羞恥により月乃の顔は赤くなっていった。
ようやくそれが終わった静也は、困惑している月乃をまっすぐに見て言った。
「いいぞ」
「何が?」
「下着で寝てもいいぞ」
「えっ」
今度は月乃が虚を突かれた。まさか許されるなんて思ってなかったため次の言葉を失ったのだ。
それでも
「ちなみにどうして?」
完全な沈黙は焦っていると悟られる危険性がある。だから理由を訊ねることにしたのだった。
「下着からもしっかりと月乃の匂いを感じたから。それに、寝てたら自然と濃くなっていくだろうし、そもそも肌に最も密着しているのは下着だからな。でも風邪を引くと困るから布団はかけような」
「……あくまで匂いがあるか無いかで判断したってこと?」
「そうだ」
「ってことは、下着は変な臭いがしたの?」
「風呂上がりの月乃の匂いと、普段の月乃の匂いが混ざったとてもいい匂いがしてた。でも下からの方が濃い気がした」
「そう。最後の確認だけど、本当に下着で寝ていいの? 色々と困らない?」
月乃は静也の屈託のない理由に対して、本当にやるぞ?という脅しにも似た空気感で最終確認をした。
だが静也は
「いいぞ。しいたけパジャマを着たくないなら仕方ないことだしな」
「やっぱり服は貸してくれないんだね」
月乃は困惑した。ひどく困惑した。
だがここまで言ってしまったのだからもはや後戻りは出来ない。
何度も一緒に寝ていて何もしてこない静也がまさかそれを許すとは思わなかった。普通の男なら手を出して当然の状況が何度もあったのに結局何もされなかった。ただのヘタレだと思っていた。だからこそそんな誘惑にも似た格好になられるのは看過出来ないに違いない。
これで静也は服を貸してくれる―はずだったのにどうしてこんなことに。
月乃はどうしたものかと本当は頭を抱えたい思いでいっぱいだったのに必死に平静を装った。
そこで月乃の頭にある疑問が浮かんだ。
もしかして静也は自分のことを女として見ていないのではないか。だから今まで間違いを犯さず、今も下着で寝ていいと言っているのではないだろうか。
―幼馴染みは負けヒロインだよ
どこかで聞いたことのあるセリフが月乃の頭を過った。
確かに幼馴染みという関係性は長くその人といる分絆や気持ちを深めやすいメリットがある。いつも一緒にいて、それが当たり前の関係にもなりうる。だからこそ男女ではなく、友達以上恋人未満という枠になってしまうというデメリットだってある。
この感じからしてきっと後者だろう。
月乃は色々なことを考え、その予想をした。いや、その予想にいきついてしまった。でも実際はどうかは分からない。とはいえ、聞くのも勇気がいるしそんな勇気は今の月乃には無いので少ししょんぼりしてしまった。
「月乃?」
「…………分かった。なら本当に下着で寝るよ」
こうなったら半分ヤケだった。
女として見られていないなら今ここで見させればいい。意識されていないなら、下着を晒したところでマイナスではない。むしろ、これで自分を女として認識してくれたなら十分プラスだ。
「ちょ、待っ―」
月乃はしいたけパジャマのズボンに手をかけた。そして静也が止めようとした声を無視して下ろした。
そこには細すぎず、むしろ女性らしいラインを象った腰のラインと尻肉があった。そして太ももも見るからにもちっとした可愛らしさと、肉付きの曲線美からうかがえる女性らしいフォルムとが混ざりあっており少女と女性という間にいるような独特な魅力を孕んでいた。
それを目の当たりにした静也は思わず目を逸らした。だが、それでもちらりちらりと見ては、このままだと上も脱ぎかねないと思ってどうにか止めようとした。
対して月乃はというと、初めて自分から静也に下着を晒したことによる恥ずかしさがこみ上げてきて今すぐにズボンを履き直したいという気持ちでいっぱいになった。
しかし、その羞恥心を凌駕するほどに自分を女として認識させるという思いと、ここで引き下がることは出来ないという意地が混在して次はと上にも手をかけた。
「待った。さすがに待った」
静也がどうにか止めようと声を発した。だからというわけではないが、そこで月乃の手が止まった。
今の状況としてはほっそりとした腰のくびれとへそが見えてしまっており、それでも肝心な下着部分までは服がめくれていなかった。
パンツはまだしも、このまま上まで晒してしまって本当にいいのだろうか。
自分は唯ほど自信のあるものは持っていない。むしろちんちくりんで、かえって女として見られなくなってしまうのではないか。
今の静也は止めているけど、もしも晒した後になってがっかりさせて残念そうな顔をされたら……
月乃は多くの葛藤の中で自分に問いかけた。
本当にこのまま晒すのか?と。
「月乃……?」
「…………やっぱりしいたけパジャマにする」
リスクと不確定要素、それから心の準備があまりにも不十分すぎる。
月乃は確かにそう判断した。だからこそ今回は静也が望む、月乃の匂いが染みついた元のしいたけパジャマにすると決断したのだった。
悔しい。少なくとも自分のスタイルに自信があったら晒していた。
月乃はそんなことを思いながらズボンを上げてベッドに入ろうとした。だがそこで
「静也……?」
静也がそんな月乃を後ろから抱きしめたのだ。そして申し訳なさそうに言った。
「俺が悪かった。まさか本当に脱ぎだすとは思わなかったから焦ったんだ。普段の月乃はそんなことをするはずがないよな。その……俺も少し恥ずかしかった」
「焦ってくれたんだ。なら、これだけ教えて。静也はその……私を一人の女として見てる? それとも幼馴染み?」
「それは……」
静也にとってその問いはまさかだった。でも実際のところはどうなんだろうとあらためて考えると、静也は答えた。
「……女として見てるよ。でも、月乃は俺にとって大切だから軽率なことはしないようにしてるんだ。悲しませたくないからさ。それで不安になってさっきのことをさせたんだとしたら本当にごめんな」
静也の抱きしめる力が強くなった。また、月乃は自分の腰の辺りに感じた確かな存在を認識すると少しだけ嬉しくなって
「いいよ。それが聞けただけで十分だよ」
とずっと強張っていたりむっとしていた口元が柔らかくなった。そして、月乃が静也の方に体を向けるとそのまま抱き付いた。それもかなり安心したような様子で。
静也はそんな月乃の頭を謝罪もこめて優しく撫でた。
「それじゃ、寝るか」
「うん。あまり嗅ぎすぎたら駄目だからね?」
「それは無理なことだ」
それから二人が今日も同じベッドに入ると、静也は月乃に抱き付いて匂いを堪能していた。月乃もまたそんな静也のぬくもりと香ってくるその匂いを感じてにこっと口角を上げたのだった。




