4-19 不思議な道程
静也と能徒を乗せたタクシーが変わらず人気のない路地を進み続けた。
そのトランクに先の生徒総会中にGreed化した教師の死体を積んだまま。
「どこまで行くんだ?」
「死体処理場まで行きます。ご安心ください。乗務員も処理場の職員もみな私達の仲間ですので。とはいえ、運転手の彼との間には特殊なボードが張られており、私達から向こう側は見えますが彼からこちらは見えなくなっております。これも万一フロントガラスから誰かが覗き込んだりしてきた場合のためのものです。あと、これも万が一ですが、こちら側の音は向こう側には一切届きません。しかし向こうからの音はこちらに届きます」
「かなり厳重というか、念には念を入れた造りなんだな」
能徒は相変わらず表情を変えずに言い、静也のその言葉に静かに頷いた。
死体の処理。
静也達セブンスターズが対応して始末したGreedとなってしまった人達の亡骸を処理する。ちなみに、陰陽院の欲祓師という存在やGreedというものは世間で広く認知されていない。ごく一部の人しか知らない機密事項であるため、Greedの始末というものは一般人から見たら殺人なのだ。
それでも政府の上の人は知っているため最終的に罰せられることはないが、世間からの評判は殺人者になってしまう。それこそメディアやSNSで拡散なんてされたら無罪なのに人生が終了してしまうなんてことになる。
「もちろんですが、今からおこなうことは未来永劫表に出ることは絶対にありません。だからこそ私達セブンスターズが今も活動と続けていられているのです」
「ものすごい自信だな。まぁ聞いた話によると、死体が出なければそれはただの行方不明になるんだもんな」
「おっしゃる通りです。そのような方は最終的に失踪や行方不明、もしくは神隠しという扱いになります」
そう。要は証拠が見つからなければいいのだ。だからこそこの死体処理という証拠隠滅作業は最も重要で責任重大な作業なのである。
「でもさ、長期間見つからないってなったら家族の人が警察に失踪届けを出してあの手この手で探そうとするだろ? それはどうするんだ?」
「それもご心配にはおよびません。陰陽院の上層部は政府の上層部と繋がっています。それも国家の治安を維持するポストの方や警察のトップ層の方、それから総理大臣ともです。ですので、一般市民が警察にそのような要請をしても最終的に捜査は打ち切られます。死体や証拠も出ない、捜査も打ち切られる。そうなってしまえば一般市民にはもう何も出来ません」
「その、死体が出ないってのがやっぱり信じられないんだよな。どうやっても何かしらが残ると思うし」
「そう思われるのは当然です。しかし、これから行く処理場でおこなえば絶対に何も残りません」
そう言われても静也はまだ信じられていないようで表情は晴れなかった。
「実際にご覧になったら理解出来ると思います。ただ、ここまで来てから聞くのも今更ですが、本当に見られるのですか?」
「もちろんだ。俺達が倒した奴の後処理がちゃんとしているから今の俺達があるんだ。だから俺にもその仕事を見ておく義務がある」
「そうですか。では最初に言っておきますが、実際にご覧になった小牧様はもう二度と見たくないようでして、見学された時には嘔吐しておられました。それでもご覧になりますか?」
頷いた静也を見た能徒は、それならともう何も言わなかった。
それから少しの沈黙が流れた後に静也があることに気が付いた。
「ところで月乃も来てるのか?」
「いえ、星見様もやはり見たくないようでして今日は私と無波様だけです」
「そうか。でもなんか月乃の匂いがした気がするんだよな」
「星見様の匂いが分かるのですか?」
「まぁな。なんかこう、なんとも言えないんだけど月乃の匂いなんだ。……こっちか?」
並んで後部座席に座っている静也がその匂いを辿って能徒に近付いた。そして能徒の顔に接近すると、頬が触れたところで止まった。
「な、無波様。私の匂いを嗅いでらっしゃるのですか?」
能徒は思わず赤面した。それと同時に急接近した静也の匂いが鼻腔をくすぐって胸の奥が熱くなり、心臓の鼓動も速くなっていった。
「なんかこの辺りなんだよな。少し我慢してな」
「……んっ」
静也は真相を明らかにするためにさらに鼻を利かせた。それにより能徒の首筋に鼻が触れ、頬だけでなく静也の体も触れてしまっている能徒は小さく甘い声を発した。
すん…すん…と首筋の匂いを嗅ぎ、その周辺も嗅いだ静也だったが
「やっぱりここだ。能徒の首筋……いや―」
「あ…っ……」
首筋にあった静也の鼻はそのまま上っていって耳の裏側に到達して止まった。
今の静也は匂いに夢中になっていて気付いていないようだが、静也はいつの間にか能徒に覆いかぶさるような体勢になっており、体も密着してその匂いを堪能していた。
そんなことをされている能徒は漏れ出す甘い声を抑えながらも、この状況を喜んでいた。そして能徒もいつの間にかそんな静也の背中に手を回して抱き付くような体勢になっていた。
「無波様…無波様……」
その声は夢中の静也には聞こえていなかった。
そんな能徒の顔は、まるで上手くいったとでも言っているかのような達成感に満ちていた。
実は全ては能徒の思惑通りに進んでいた。
月乃は絶対についてこないと思っていたからこそあえて行くか行かないかという問いを投げかけて行かないと言わせた。また、能徒は前々から静也が月乃の匂いに対して愛着があるということは普段の様子から気付いており、昔に月乃本人から匂いを嗅いでくるから困るなんてことも聞いていた。
だから能徒は秘密裡に月乃の匂いを調べあげた。それから月乃の匂いを完璧に模した香水を作りだすことに成功したのだった。無論、普通の香水であれば月乃はおろか他のメンバーにもバレてしまう。
しかし、普段身近にいる月乃の匂いなら怪しまれない。特に月乃本人には絶対に。なにせ自分の匂いなのだから気付くはずがないのだ。
それにしてもものすごい嗅いでくる。それこそ耳の裏側に付けた香水が取れてしまうのではないかと思われるほどに。また、その奥にある能徒自身の匂いも嗅がれているような気がした能徒は恥ずかしくなりながらも、やはり嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「!?」
幸せな気分を味わっていると、能徒はあることに気付いた。
なんとも言えないじっとりとしたもので下着を濡らし始めていることに。しかもそれが布地に浸み込み始めると、今度はねっとりとした粘度のあるものに変わったのだった。
また、体全体も感覚に対して鋭敏になってしまっており、少し布が擦れただけだったり静也の息が当たっただけなのにさらに熱く甘い声を発してしまっていたのだった。
このままだとまずいかもしれない。いや、非常にまずい。そう思った時だった。
「まもなく到着です。ご準備をお願いします」
と運転手の声が耳に入った。それにより現実に戻された能徒は、もっとこのままでいたいという気持ちを抑えて静也を自分から剥がした。
「あ、ごめん。つい」
「い、いえ。そろそろ到着します。ご準備をお願いします」
静也もそれにより我に返った。もちろん能徒に謝っていたが、そんな能徒は名残惜しいと思いながらも平静を装って返答したのだった。
もっと遠かったらどうなってしまっていたのだろう。
そう思った能徒だったが、さすがに車内で事におよぶのは良くないと思い、今回唯一の失敗は車内で二人きりだったことだと断定した。
「まさかこんなに効果があるなんて……」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
能徒は乱れた髪を直し、メイド服も整えるといつも通りのきりっとしたメイドに戻った。それでもやはり下着の湿り気は収まらず、スカートに浸み込まないようにと願うばかりだった。
「あの、無波様」
「ん?」
「……いえ、やはりなんでもありません」
不思議そうな顔をした静也。
能徒は少しだけ気になった。香水の向こうにある自分本来の匂いはどうだったのだろうかと。でもそれを聞いたら、いや、聞き方を間違えると香水を付けたのだということがバレてしまいそうなので口を閉じたのだった。
「お疲れ様でした。到着です。お荷物を運ぶのを手伝いましょう」
タクシーが停車した。そして二人が出た先にあったのは古びた工場だった。




