4-14 僻みと親近感
体育館に戻った静也と狩人と能徒。
三人はステージ袖から通されると、その先では既に休憩が終了した生徒会一行が生徒達の質問に答えていた。しかしまだ再開してまもない様子だったので大幅な遅刻にならずに済んだのだった。
ということで、ステージ上のそれぞれの席に座った三人に司会の人が気遣いをみせて特に触れることなく進行を続けた。
「―では質問や意見のある生徒の方は発言台にお願いします」
そうして次々と発言台に立つ彼らは思い思いに発言していった。
ちなみに次の議題は生徒達の学校における不満や改善提案についてだ。ざっくりとした議題ではあるが、その分自由度が高く生徒としてもざっくばらんに意見が出来るのである。
それから少なくはない生徒達からの意見や提案が飛び交い、生徒会側の回答の番となった。
「ということで回答を生徒会副会長の姉ヶ崎さん、お願いします」
呼ばれた唯はおっとりとしつつも凛とした雰囲気を纏わせて生徒会側の発言台に立った。そしてマイクを握る前に少しだけ静也の方を見てから生徒達に向き合った。
「それじゃ答えていくわね」
直後、体育館が何ともいえない空気に覆われた。その原因と、いったい何が起きたのかを察することが出来たのは生徒会だけだった。
「姉ヶ崎、全体に軽く魅了を使ったな」
「はいです。これで男子は人形も同然です」
生徒側の発言者は比較的に男子の方が多かった。また、その中には難ありなものや回答をすること自体が問題だったり足元をすくわれそうなものもあった。だからこうして性欲の能力であるところの魅了を使うことで唯の答えに納得させやすくしたのだ。
そんなこんなで唯が答えを言っていくと、男子生徒はことごとく頷いて納得を示すとともに発言台を下りていった。だがもちろん女子もいるわけで、その人達には魅了は効かない。だからそっちに集中した。
「さすがは姉ヶ崎様です」
「うん…… 不満や…改善提案なんて……底が…ない…からね。下手したら……クレーム…なんかも…あるし…… それで…いい回答が……得られなかったら……生徒は…怒る…から」
「はい。状況に応じて流すところは流すでいかないと身が持ちません」
と生徒達には聞こえない声の大きさで話している能徒と愛枷。
実際のところまさにその通りで、クレーム染みたものは器用に相手の出方を見て言葉を選んで答えていっていた。それが男子ならすぐに引き下がる。しかし同性ともなるとそうもいかず
「学校として彼氏彼女がいる生徒は公表の義務があると思います」
と執拗に言ってくる人がいた。
一見するとそんなことをして何になるのだろうという意見である。しかしそんなものでも唯はちゃんと答える。もちろんどこかに妥協点だったり、可否を判断するところがないかを探りながらである。
「あなたは三年生ですね。どうしてそう思うのですか?」
「そうとも知らずに交際をした人が可哀そうな目に遭わないためです。正直に自分の状況を公表して安心して付き合うのがベストだと思います」
「そうですか。そのように言うってことは、そういう経験があるからなのでしょう?」
「はい。私はもう二度とそんな目に遭いたくない。他の人も遭ってほしくない。だから提案するんです」
「なるほど。相手のことを知るという意味では大事ですね。しかしどうでしょうか。それを義務化したとて、絶対に守られるという保障はあるのでしょうか。それに、もしも誰かと誰かが付き合うってなった場合にはきっと確認しあうと思うんです。そうなったら純粋な気持ちで交際を始められるでしょうか」
「はい。学校で決めたことです。守られて当然でしょう。それに、確認したとしても純粋な気持ちに変わりはないと思います」
女生徒は確固たる自信をもって言った。しかし唯はその自信を聞いていながらも
「私は守られないし、気持ちは純粋ではなくなると思います」
と反対のことを言った。
無論、女生徒はむっとしたが唯は一切表情を変えずに言葉を続けた。
「学校単位でなら守られると思っているのでしょう。しかし規模を大きくして考えてください。どうしてかと言うと、学校や集団とは上位にあるもっと大きな集団の縮図であることがほとんどなのです。世の中に出て多くの集団を見た時に絶対に浮気をしていない人はいるでしょうか。答えはNOです。でも浮気をしてはいけないという決まりはありません。それは婚約という関係を結んだ後の、いわゆる不倫とは違うからです。あと、それを取り締まっていたらキリがありませんし。別に浮気を推奨したり肯定するつもりはありませんが、さっきも言ったように学校が縮図であるなら、そのようなことを決めても無駄だと思います」
それから、と唯が続けた。その間の女生徒は話したいけど話せないという様子で聞いていた。
「お付き合いをする前にそのようなことを確認するのは確かに一種の安心に繋がるでしょう。しかし、そう思うのは個人差や男女差があります。また、人によっては不信感を抱かれていると思われる可能性もありますし、面倒だと思われることもあります。特に男子はそういうことは嫌います。面倒だからです。となれば純粋さよりも先に気持ちの歪みに繋がってしまい、付き合えたとしてもその歪みにより破局する未来も十分にあり得るでしょう」
「でも、そんな男子ばかりじゃないと思います」
「そうでしょうか。では聞いてみましょう。男子のみなさん、そのようなことを問われたとしても何も思わずに純粋にお付き合い出来ますか? 出来るという方は挙手をお願いします」
そうして唯が全校の男子に向けた多数決をとることにしたのだった。そしてその結果は明らかだった。
「これが答えです。お分かりですね?」
もはや男子全員が手を上げなかった。つまり、女生徒が言ったことは男子にとって面倒で厄介なものであることが証明されたのだ。
「同じ女性としてその気持ちは分からないでもないです。だって好きになったらその人のことを知りたいし、本当に大丈夫かな?といったような不安もあるでしょうから。しかし、それを学校として義務化するのはよろしくないと思います。個人でやる分にはかまいません。ですが、この男子達の状況を見てやろうと思うのであればですが」
回答を終えた唯は何とも言えない無言の時間を作りだした。それにより気圧された女生徒は口を閉じた。
「他に特になければお戻りください」
唯は終了を悟った。だが、彼女は口を開いた。そしてその声はもはや議題とか関係なく唯個人に向けたものだった。
「……あなたはいいですよね。全校の男子の憧れの的ですから。誰でも選べるし、自分が好きになった時にはもうその人も好きでいる。そうではない私のような女子は不安なんですよ」
その女生徒は心の底から思っていることを口にした。それに対して体育館の雰囲気は二極化した。
方や面倒で僻みの塊だなという男子の雰囲気。もう方や、理解出来なくはないし唯の異常なまでの男子人気を良くは思っていないという女子の嫉妬にまみれた雰囲気だ。
それらを察した唯は彼女の言葉を飲み込んだうえで答えた。
「私は自分で自分がいいと思ったことはありません。だって私にも追い求めているのになかなか靡いてくれない人がいます。私は誰も彼もを選べるような人ではありません。むしろ、本当に選びたい人だけは選べない。それでどれだけ努力を重ねれば振り向いてくれるのだろうという終わりのない課題をし続けているのです。少し靡いたかなと思えばそんなことはなくて、まだ努力が足りないんだって自分を責める日もあります。だから私もみんなと同じなんです。誰かが誰かを好きになるということは、もちろん嬉しいこともありますし多くの不安が生まれます。今までよく知っている自分のことばかりだったところからあまり知らない誰かのことを考え始めるんです。しかも好きだから考えるんです。些細なことで一喜一憂して、叶った時は良かったと心の底から喜び、そうではなかった時は悲しむ。そしてそれでも楽しかったんだって思うでしょう。それが恋なんじゃないでしょうか。だから私も皆さんと同じです。無敗の恋なんてありません。それはいくら私が男子の憧れの的でもです」
唯は今まで誰も見たことがないし聞いたこともないような真剣な様子と声音で語った。そしてそれは二極化していた一同の心にすっと入って鎮静化させるとともに、あの唯でもそうなんだという親近感を抱かせた。
それから発言台にいた彼女は少しだけ考えている様子を見せたが
「……分かりました。変なことを言ってすいませんでした。今日私が言ったことはせずに頑張ってみようと思います」
と言って発言台を下りた。
「他に質問や意見がある方はいますか? いなければ私は下がりますよ」
司会が全校生徒に問う前に唯が問うた。だがあの回答の後ゆえに続けて何かを言おうとする人は現れなかった。
「それじゃ下がります。もし何かあれば個人的にでも生徒会室にでもいらっしゃい」
唯はまるで母親のように大人の余裕を見せて自分の椅子に戻ったのだった。
それからまた少しの休憩に入った。




