十二話、わかっていただろう?
「そろそろ外に出ようか、魔物でもサクッと倒しに行こう」
あっさりと通達されたミルンの言葉は一般人からすれば常識外れでまだ壁の外に出た事のない四人にとっても抵抗が無いわけではない、しかし昨日の訓練室での騒動を考えたら外に行くしかないのも事実、そして力を試したいのも確かなのだ。つまるところ答えは簡単で各々返事をしたり、頷くなどして了承をした。
「緊張しているところ悪いが壁の外だからと言って魔物がうじゃうじゃいる訳じゃない、遺跡に入っても浅い階層ならあんたらの魔力考えたらそうそう死なないよ」
「それは……僕の魔力量でもですか?」
「基本的にはね、そうでなけりゃここにはいれないさ。ただしそれはあくまで魔力量の話だからね、油断するんじゃないよ」
ゆっくりと反芻する、地震の選んだ戦い方は接近戦、危険であると散々注意はされた、何代にも渡り体系化した魔法の中で淘汰されたのにはそれ相応に理由があるのだ、そのデメリットを覚悟した上で選んだ道だ。
「そうですね、そもそも少ない魔力で戦うために選んだ道でした」
「よし、じゃあ壁まで一気に飛んでくよ、出な」
パンっとミルンが手を叩いたところへ申し訳なさそうに男がやってくる。
「ちょっとお時間頂いても?ミルンさん」
「ああ、昨日の夜の事なら報告書をもう読んだよ。とりあえず今日はこの子らの研修をしながら軽く見てくる、その後どうするかについては追って連絡するよ」
「仕事が早くて助かります」
「そっちのセリフだよ、報告書が早かった事に免じて出来る限り希望に添えるようにするよ、じゃあ行ってくる」
「どうも、お気をつけて」
-----
大人の重い空気と打って変わって外に出て空を飛んでみれば早々に真中がまっすぐ飛んでいるだけなのに速さが苦手で酔ってしまったりと大変ですぐさま空気は緩んでいた。相変わらず統也の方は魔力消費を抑えるために断続的な加速を行なっていたが脚力も使っているために足に疲労が微妙に蓄積している。
「ちょっと……休ませて……」
「ほら、背中乗れ」
外壁を上から乗り越える許可は今回申請していない、遠視系の魔法が得意だったり魔法水晶を使うなどして対空は常に警戒されているため勝手に壁の上を通ることはできないのだ、かと言って外壁に扉を作ると開閉の労力、強度の低下などが考えられるため、外壁付近には地下通路が存在し壁外側にあるこれまた鉄製の拠点へと繋がっている、つまり階段があるのだ。
「おー、漢だねぇ」
「背負いながらの階段てしんどいけど、まあ真中担当はいつも統也だしね」
「ボク担当は緋色だもんね!今日も疲れたらよろしく!」
「寝ちゃう前にしっかり自分でベッドまで行く気は?」
「ある!でもできなくてごめんなさい!」
「本当に……ごめん……」
「大丈夫だって、まだ余裕あるから」
真中としては統也の負担になりたくないが、かと言って今下手に自力で動くには気分が悪すぎる。
やりたくない、がそれは仕事の進行に持ち込んでいい理由では無いからと受け入れる。受け入れてしまえばリラックスしすぎてしまうほどに慣れ親しんだ背中の暖かさに少し酔いも収まった気になる。
「余裕があって結構、適当に歩いてても魔物に運良く出会えるかわからないからさ、ちょっと遺跡までいくからね」
地下通路を抜けて壁外の拠点、その床に扉がある。
「万が一にも魔物が入ってこないようにね、閉めてしまえば床になるようにしてんのさ、開けるって考えが奴らには浮かばないだろうさ」
人間から見れば開閉できると見てとれるが魔物が知らずにぶち破って入るということは万が一にもない、通路も広くはないため大型の魔物はどうあっても通れない。少数人数で行動でき、戦力となれる魔法使いらしく、人間らしい生存戦略だ。
「まあそんなことは大事じゃない、知識として頭の片隅に入れてればいい。大事なのは今からだ、外に出る、んで遺跡まで入る。一本道になる遺跡入り口までは今回は足を止める時間はない、一切の油断もなくしっかりと周囲を警戒して行く、真中も少し落ち着いたようだから自分で歩け、いいね?」
「「「「はい!」」」」
返事を聞くとすぐにミルンは拠点の扉、こちらは普通の引き戸だ、それに手をかけ外へ四人も自然と緋色、鳴、真中、統也の順に並び付いていく。
目を引くのは大自然、多くの大木、整備されていない地面には木の根が張り巡らされ凹凸が激しく木漏れ日が幻想的な雰囲気を醸し出している。ミルンは今回入る、普段からよく使われる遺跡への入り口へ足を止めず、しかし警戒を怠らないよう歩く、それが止まったのは異常事態があったから。
「あそこ、見てみな」
ミルンが指差した先には、まだ遠く離れているが大きい、今までみたどんな生き物よりも大きい生物がいる。
「黒い毛皮に人型、筋肉質、と見ただけでこれだけの情報が得られる。近い生き物としてはゴリラだね、図鑑でしか見れないが見たことはあるかい?」
「はい、あります」
統也だけがあると答え他の三人は首を横に振る。
「近づけばあの筋肉の塊と向き合わなければいけない、さらにゴリラに近いとすれば相手に気づかれた場合物を投げられることに注意しなければならないわけだ、まあ色々と最悪の場合を考えるとキリはないが、答えとしてはこうさ」
ミルンがなんの合図もせずに、ただ魔法を瞬時に使い、遠距離のままそのゴリラのような魔物の足元に鉄の刃を構築し両手両足を一閃した。
崩れ落ちた体で転がり、周囲を見渡したそれと目が合う。顔の真ん中に真っ赤な丸、おそらく目であろうそれは突如現れた敵と痛みと憎しみに溢れ、口らしき場所からは無数の触手が伸び、何を叫んでいるのかよだれを撒き散らしている。
「ひっ」
「うわぁ!」
「……無理……」
「きもいな」
緋色と鳴は驚きを、真中はせっかく収まってきた酔いの気持ち悪さが戻ってきたような嫌な思いを、そして統也は単純な嫌悪を浮かべる。
「簡単に見せたけど今の奴はなかなか強いんだ、今日あんたらが狩るのはもっと雑魚にするとして、統也あいつの心臓を抉れ」
「えっ?」
「えっ?じゃない、あんたは魔物を魔力消費を少なくするため近接戦で倒すんだろう?肉を切る感触も、確実に心臓を潰す経験も、今やるべきだ」
わかっていただろう、自分が選んだのはそういう道だと、逃げてはいけないのだと。
どろりと足にまとわりつくのは弱い事を認めて、弱いままであればそんな事をしなくて済むという人間らしさ、それを振り払い一歩踏み出す、二歩、三歩、進むごとに抵抗は減り何十歩と歩いて覚悟を決めた時には魔法使いらしさを手にしていた。
戦う覚悟は持っていたはずだ、それでは足りなかった、生き物の命をその手で奪う覚悟。四肢を奪われ動く事も出来ずただ喚く魔物の憎しみのこもった視線を真っ直ぐに受けとめ、生唾を飲む。
可愛い生き物をその手にかける罪悪感とは違う、憎しみを受け止める覚悟、それを手に統也は魔物の背に飛び乗る。
踏みしめたのは魔物ではなく魔力障壁、魔物も魔力をもっているのだから当然だ、攻撃に使わなかったのか、四肢を失った事で使えなかったのかはわからない。待っていても拉致があかないのでその魔力すらも右手の魔力消滅の力で消し去る。
「うぎゃるぎゃがゃがぁあ!」
言葉はわからないが死にたくないと言っているとも憎しみの声をあげているとも取れる魔物の上、その命を刈り取るため、心臓を突き刺すための剣を作り出す。
「悪いな」
言葉と共に突き刺した剣は、それでも分厚いきんにくに阻まれ届かない。
「ごぎゅがるぁ!ごばあぉあ!!」
いたずらに痛みと恐怖を与えるだけだ、魔物は人類の敵で、見た目はおぞましい怪物であってもせめて早く殺してやりたいと思った。そして統也は移動と同じように突き刺す動きに魔力による加速を乗せ、その心臓に刃を届かせた。
肉を断つ感覚が、筋肉と違い滑らかに刺さった心臓の感覚が手に残る。
「気分が悪いな……」
「だろうね、誰もしない戦い方にはそれ相応の理由があるものさ」
「統也、大丈夫?」
「顔色悪いよ?」
「…………」
「俺はトドメを刺しただけだから大丈夫、って言いたいけど結構精神的に来るなこれ、みんなこそ大丈夫か?」
緋色と鳴も顔色が悪く、真中はへたり込んでしまっているほどだ。
「「大丈夫」」
「……平気……」
まだ自分たちは何もしていないと言えるようなレベルでしか動いていないのに、四人とも疲れが出ていた。
「さてと、悪いけど今日は甘やかしてやれないからね、覚悟決めて遺跡まで行こうか」
統也だけは先ほどまでよりも強い瞳で頷いた。




