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プラティズ レコード  作者: 荒屋敷ハコ
第一章 ~ルーチェ~
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 次の日、演奏が終わるとルーチェは走るようにして入江にやってきた。入り江の近くにある小さな家、それがリーオの家だ。ざっと見たところ、岩場にはリーオの姿が見当たらないから、きっと家の中にいるかもしれない。ルーチェはリーオの家に向かった。

「昼間っからぶらぶらしやがって!何しているんだ!」

 家の中から怒鳴り声が聞こえてきたかと思うと、リーオが家の外へと蹴りだされた。

 家の周りには竹で編んだざるが大量に散乱していた。

 よほど痛かったらしく、リーオはその場でうずくまったまま動くことさえ出来なかった。

「ほら、何しているんだよ。さっさと働けや!」

 リーオの父親らしい男が家の中から出てきて、更にリーオを殴ったり蹴ったりしていた。

 リーオは何もできず、ただうずくまるしかできないでいた。

「何をするんです。この子は関係ないでしょう!」

 リーオの母親が止めに入ったが、

「お前はどいてろ!!」

 男は一喝すると、女を突き飛ばした。

 このままでは、リーオは死んでしまうかもしれない。

 ルーチェは焦ったが、助けを呼べるような人物は周りにいなかった。かといって、助けを呼びに行っても手遅れになるかもしれない。ルーチェが出てきても、意味は無いだろう。

 ルーチェは肩から下げているアーディンを見つめた。

 人の心を鎮める曲があったはずだ。ルーチェは親子の近くに座り込むと、深呼吸をした。緊張して、少しだけ手が震えた。焦る気持ちを抑え、心を落ち着かせるために、目を閉じた。それから、最初の一音を奏でる。その勢いで記憶のとおりに音をつむぎ出す。あの男の人が落ち着いて欲しいと願って。

 男はリーオを2、3発殴ったが、やがてルーチェの思いが通じたのか攻撃の手を止め、

「ノマドのガキが」

 と、ルーチェをひと睨みすると、家の中へ入っていった。

 曲が終わるまで、ルーチェは手を止めなかった。

「どうもありがとうございます」

 曲が終わるとリーオの母親はルーチェにペコペコとお辞儀すると、散らばっていたざるを手早く片付けた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です。本当にありがとうございました」

 リーオの母親は、手早くざるを背負籠に入れた。

「リーオ、大丈夫?」

「大丈夫だよ。このくらい」

 母親に心配されると、リーオはむっくりと起き上がった。

 リーオの顔は腫れ上がっていて、額から血が出ていた。蹴られたところもアザになっていた。

「こんなに腫れちゃって。どうしましょう」

「おふくろもざるを売りに行かないとだろ。オレは大丈夫だよ」

 リーオは母の手を振り払った。

「そう、そうね。なら、行ってくるわね」 

 リーオの母親はそう言い残すと、どこかへ行ってしまった。

「リーオ、本当に大丈夫なの?」

 ルーチェが声をかけると、

「いつものことだよ。大丈夫」

 リーオは笑って言った。

「駄目だよ。僕の友達が薬草持ってるから。一緒に行こう」

「いいよ。ちょっと待ってたら、血も止まるしさ」

 リーオは鼻で笑ったが、

「駄目だよ。骨折れてたりするかもしれないだろ?」

 真剣な目をしたルーチェをみて、渋々うなずいた。

 途中、小川が流れている所でリーオは額の血を洗った。

「いつも、あんなに殴られてるの?」

 ルーチェが訊くと、

「親父は酒ばっか飲んでるんだ。酒が切れるとああやって殴られる。おふくろはざるを作って、売って親父の酒代稼いでるよ」

 リーオはぼそぼそと答えた。

 やがて、ルーチェは宿まで来るとドアを開けた。

「入って」

 ルーチェの言葉にリーオは一瞬ためらったが、入ってきた。

 崩れそうで急な階段を昇り、暗い廊下を歩いて、ルーチェはドアの前まで来るとノックした。

「ルーチェ、今日は早いんだね」

 フェルセが出てきた。

「フェルセ、薬草分けてよ」

「どうしたの?」

 ソルシェが首を傾げた。

「友達が怪我して」

 ルーチェはフェルセにリーオを見せた。

「ああ、これはひどいね。丁度薬草の整理をしていたところだから。入って」

 フェルセは部屋の中へと招いた。

 ルーチェの後に続き、リーオも中に入った。

「こんな怪我、どうしたの?」

「ぶつけたんだ」

 ルーチェが口を開く前に、リーオが言った。

「……そう、なんだ」

 フェルセはリーオの傷の様子を見ながら、薬草を細かくしたものや、薬草を煎じた液を塗りつけていった。

「僕はリーベ人でもルンカ族でもないから治癒系の魔法を使えないけどね。薬草はこれで大丈夫だと思うよ」

 治療の後始末をしながら、フェルセは言った。

「ありがとう。ちょっとしみたけど、効いてると思う」

 リーオは礼を言った。

「それは良かった」

 ルーチェが安心して笑った。

「じゃあ、オレ帰るよ」

 リーオが言うと、

「送ってくよ」

 ルーチェが立ち上がった。

 部屋を出ると、廊下にミロンドとアイリーがいた。

「父さん、それに母さんも」

 退院してきたんだ。

 ルーチェは今すぐにでも母親に飛びつきたいという衝動に駆られたが、友達の前ではさすがに恥ずかしかった。

「ルーチェ、明日ここを出るから」

 ミロンドが言った。

「……分かった。もう、夏至だもんね」

 せっかく友達ができたのに。

 ルーチェはリーオを見た。

「あ、あの、オレも一緒に連れて行ってください!」

 リーオがミロンドの前でいきなり土下座して頼み込んだ。

「君は?」

 ミロンドが不思議そうな顔でそれを見る。

「リーオっていうんだ。友だちになったんだよ」

 ルーチェは説明した。

「リーオ君、顔を上げてほしい」

 ミロンドはその場に腰を下ろした。

 リーオはミロンドに言われたとおり、顔を上げ、座り直した。

 ミロンドは少しだけ考えていたが、やがて口を開くと

「リーオ君はラーデン人だ。ラーデン人にはプラティ族と違って守ってくれる神様がいる。そのことに感謝してほしい。そして、ラーデン人であることに対して、誇りを持ってほしい」

 ミロンドはリーオをまっすぐ見て言った。

「オレはもうこの生活が嫌なんだ。親父は酒浸りで、おふくろは酒代のために稼いでいる。見てて嫌になるよ。こんな生活続けるのなら、逃げたほうがましだよ」

 リーオは叫んだ。

「今はそうかもしれない。けれども、母親を助けて働いてほしい。今を変えるのは、リーオくん、君しかいないんだ。変わることは大変だけど、変えていくほかないんだ」

「どうやって変えていくのさ」

「それは君が考えるほかないんだよ。 リーオくんがどんな生活を望んでいるのか、俺には分からない。君にしか分からないことだろ?」

「そうだけど、でも、分からないよ……」

 リーオはがっくりとうなだれた。

「ねぇ、リーオ。僕はリーオのことが羨ましいよ」

 ルーチェが言った。

「どうしてだよ」

「だって、自分の家がちゃんとあるんじゃないか。帰れる場所があるのはうらやましい」

 ルーチェは答えた。

 リーオは何も言わなかった。



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