1-13
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次の日、演奏が終わるとルーチェは走るようにして入江にやってきた。入り江の近くにある小さな家、それがリーオの家だ。ざっと見たところ、岩場にはリーオの姿が見当たらないから、きっと家の中にいるかもしれない。ルーチェはリーオの家に向かった。
「昼間っからぶらぶらしやがって!何しているんだ!」
家の中から怒鳴り声が聞こえてきたかと思うと、リーオが家の外へと蹴りだされた。
家の周りには竹で編んだざるが大量に散乱していた。
よほど痛かったらしく、リーオはその場でうずくまったまま動くことさえ出来なかった。
「ほら、何しているんだよ。さっさと働けや!」
リーオの父親らしい男が家の中から出てきて、更にリーオを殴ったり蹴ったりしていた。
リーオは何もできず、ただうずくまるしかできないでいた。
「何をするんです。この子は関係ないでしょう!」
リーオの母親が止めに入ったが、
「お前はどいてろ!!」
男は一喝すると、女を突き飛ばした。
このままでは、リーオは死んでしまうかもしれない。
ルーチェは焦ったが、助けを呼べるような人物は周りにいなかった。かといって、助けを呼びに行っても手遅れになるかもしれない。ルーチェが出てきても、意味は無いだろう。
ルーチェは肩から下げているアーディンを見つめた。
人の心を鎮める曲があったはずだ。ルーチェは親子の近くに座り込むと、深呼吸をした。緊張して、少しだけ手が震えた。焦る気持ちを抑え、心を落ち着かせるために、目を閉じた。それから、最初の一音を奏でる。その勢いで記憶のとおりに音をつむぎ出す。あの男の人が落ち着いて欲しいと願って。
男はリーオを2、3発殴ったが、やがてルーチェの思いが通じたのか攻撃の手を止め、
「ノマドのガキが」
と、ルーチェをひと睨みすると、家の中へ入っていった。
曲が終わるまで、ルーチェは手を止めなかった。
「どうもありがとうございます」
曲が終わるとリーオの母親はルーチェにペコペコとお辞儀すると、散らばっていたざるを手早く片付けた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。本当にありがとうございました」
リーオの母親は、手早くざるを背負籠に入れた。
「リーオ、大丈夫?」
「大丈夫だよ。このくらい」
母親に心配されると、リーオはむっくりと起き上がった。
リーオの顔は腫れ上がっていて、額から血が出ていた。蹴られたところもアザになっていた。
「こんなに腫れちゃって。どうしましょう」
「おふくろもざるを売りに行かないとだろ。オレは大丈夫だよ」
リーオは母の手を振り払った。
「そう、そうね。なら、行ってくるわね」
リーオの母親はそう言い残すと、どこかへ行ってしまった。
「リーオ、本当に大丈夫なの?」
ルーチェが声をかけると、
「いつものことだよ。大丈夫」
リーオは笑って言った。
「駄目だよ。僕の友達が薬草持ってるから。一緒に行こう」
「いいよ。ちょっと待ってたら、血も止まるしさ」
リーオは鼻で笑ったが、
「駄目だよ。骨折れてたりするかもしれないだろ?」
真剣な目をしたルーチェをみて、渋々うなずいた。
途中、小川が流れている所でリーオは額の血を洗った。
「いつも、あんなに殴られてるの?」
ルーチェが訊くと、
「親父は酒ばっか飲んでるんだ。酒が切れるとああやって殴られる。おふくろはざるを作って、売って親父の酒代稼いでるよ」
リーオはぼそぼそと答えた。
やがて、ルーチェは宿まで来るとドアを開けた。
「入って」
ルーチェの言葉にリーオは一瞬ためらったが、入ってきた。
崩れそうで急な階段を昇り、暗い廊下を歩いて、ルーチェはドアの前まで来るとノックした。
「ルーチェ、今日は早いんだね」
フェルセが出てきた。
「フェルセ、薬草分けてよ」
「どうしたの?」
ソルシェが首を傾げた。
「友達が怪我して」
ルーチェはフェルセにリーオを見せた。
「ああ、これはひどいね。丁度薬草の整理をしていたところだから。入って」
フェルセは部屋の中へと招いた。
ルーチェの後に続き、リーオも中に入った。
「こんな怪我、どうしたの?」
「ぶつけたんだ」
ルーチェが口を開く前に、リーオが言った。
「……そう、なんだ」
フェルセはリーオの傷の様子を見ながら、薬草を細かくしたものや、薬草を煎じた液を塗りつけていった。
「僕はリーベ人でもルンカ族でもないから治癒系の魔法を使えないけどね。薬草はこれで大丈夫だと思うよ」
治療の後始末をしながら、フェルセは言った。
「ありがとう。ちょっとしみたけど、効いてると思う」
リーオは礼を言った。
「それは良かった」
ルーチェが安心して笑った。
「じゃあ、オレ帰るよ」
リーオが言うと、
「送ってくよ」
ルーチェが立ち上がった。
部屋を出ると、廊下にミロンドとアイリーがいた。
「父さん、それに母さんも」
退院してきたんだ。
ルーチェは今すぐにでも母親に飛びつきたいという衝動に駆られたが、友達の前ではさすがに恥ずかしかった。
「ルーチェ、明日ここを出るから」
ミロンドが言った。
「……分かった。もう、夏至だもんね」
せっかく友達ができたのに。
ルーチェはリーオを見た。
「あ、あの、オレも一緒に連れて行ってください!」
リーオがミロンドの前でいきなり土下座して頼み込んだ。
「君は?」
ミロンドが不思議そうな顔でそれを見る。
「リーオっていうんだ。友だちになったんだよ」
ルーチェは説明した。
「リーオ君、顔を上げてほしい」
ミロンドはその場に腰を下ろした。
リーオはミロンドに言われたとおり、顔を上げ、座り直した。
ミロンドは少しだけ考えていたが、やがて口を開くと
「リーオ君はラーデン人だ。ラーデン人にはプラティ族と違って守ってくれる神様がいる。そのことに感謝してほしい。そして、ラーデン人であることに対して、誇りを持ってほしい」
ミロンドはリーオをまっすぐ見て言った。
「オレはもうこの生活が嫌なんだ。親父は酒浸りで、おふくろは酒代のために稼いでいる。見てて嫌になるよ。こんな生活続けるのなら、逃げたほうがましだよ」
リーオは叫んだ。
「今はそうかもしれない。けれども、母親を助けて働いてほしい。今を変えるのは、リーオくん、君しかいないんだ。変わることは大変だけど、変えていくほかないんだ」
「どうやって変えていくのさ」
「それは君が考えるほかないんだよ。 リーオくんがどんな生活を望んでいるのか、俺には分からない。君にしか分からないことだろ?」
「そうだけど、でも、分からないよ……」
リーオはがっくりとうなだれた。
「ねぇ、リーオ。僕はリーオのことが羨ましいよ」
ルーチェが言った。
「どうしてだよ」
「だって、自分の家がちゃんとあるんじゃないか。帰れる場所があるのはうらやましい」
ルーチェは答えた。
リーオは何も言わなかった。




