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約束の日  作者: P.N.なの
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第五話.



 商店街を少し抜けると小高いところに公園がある。この町自体が少し高いところにあり、その公園の向こうは緩やかな崖になっており、下の方に隣町の町並みを見ることが出来る。


 その公園のベンチに三人は座った。いや、タカは、ミナと琴奈の座る後ろに立った。その方が崖下の町並みが綺麗に見えるから……。琴奈は疲れたのか、うつらうつらしている。


「や、やっぱりさ、警察に預かって貰った方がいいよ」


「なんで?」


「だって、僕はもうすぐこの町からいなくなるし、さ」


「だから、なの? もういいよ。すぐに、明日にでも行っちゃえ。遠くへ、遠くへ。で、もう帰ってくんな」


「……」


 そう言い捨てるミナにタカはなにも言い返せなかった。恐かったこともある。しかし、それ以上に、ミナは本当にこの子を心配していたんだ、ということを感じた。と同時にタカは自分自身、全然この子のことを考えていなかった、邪魔と思っているところもあった……。


 そう思うとなにをどうしたらいいか、なにを話したらいいか、余計に分からなくなった。タカはその場で目を閉じたままになってしまった。ベンチに座っているミナも隣に座って寝ている琴奈の頭を抱えて寄り添い、やはり黙ったままになってしまった。


 ゆっくり空が暗くなっていき街灯に明かりが灯っていくのが分かる。三人のいるベンチのすぐ近くには街灯はなかったが、ぼんやりお互いの姿は見えていた。それでも沈黙は続いた。辺りは暗くなったが、風もなく、地熱のせいかまだ暖かい。




    *




 沈黙を破ったのは、琴奈だった。


「……ねぇ、おねぇちゃんたち……」


「あ、起きた?」


 その琴奈の小さな声に素早く反応したのはミナだった。


「おにぃちゃんがとおくにいっちゃったら、さみしくないの」


「んー、そうね、やっぱり離れ離れは、寂しいわよね」


 ミナは、意識してか、タカのほうを見ずにそう答えた。


「そっか、やっぱりパパとママもはなれていてさみしいよね……」


 琴奈はうつ向いてしまった。凄く寂しそうだ。


「え?」


 ミナはなに気無しに言った言葉が、琴奈を深く落ち込ませてしまい、ビックリしていた。ミナが『どうしよう』、という思いで振り返ってみると、タカは一部始終を見ていたにもかかわらず、夜空を見上げているだけだった。


「タカ!」


 ミナは小さい声、そして強い声でそう呼んだ。


「ん? ああ、そうだね」


 ちょっと間の抜けた声で答えた。もしかしたらなにも聞いていなかった? そうミナが思った時だった。


「ね、琴奈ちゃん。お父さんとお母さんのいる場所ってどこかわかるかい?」


 タカは夜空を見上げたままゆっくりそう言い出した。


 琴奈とミナがその声に空を見上げると、そこは黒と白だけのアートが広がっていた。今日は一段と空気が澄んでいるのだろうか。最近こんなに星が見えたことはなかった。


「わあ、なんか、今日すごく星が綺麗」


 ミナが見上げながらちょっと裏がえった声でそう驚いた。


 琴奈は大きなアートを首まで動かし隅々まで見ている。なにかを探しているようだ。


「あそこ!」


 しばらくして琴奈がそう言って空の一箇所を指差した。白鳥座のある方向だ。そういえば、今日は織姫と彦星が一段と光って見えている。


「そうだね。よく知ってるね」


 タカは幼稚園の先生みたいに言った。


 ミナはちょっと微笑んだ。『タカって子供と会話するの、なんかうまいなぁ』と思ったからだった。と同時に『この子、織姫(ベガ)と彦星(アルタイル)の場所、よく知っているなぁ』とも思った。そして『それはお父さんとお母さんじゃないでしょうがっ』と突込むミナもいた。


 タカはゆっくり自分の顔の前に手を持ってきた。そしてこう言った。


「じゃあ、今度は手を顔の前に持ってきて、……そう、こうして人指し指でお父さんを、親指でお母さんを指差してごらん。あ、片目つむったほうがいいよ」


「?」


 ミナはタカがなにをしたいかよく分からなかった。それは琴奈もそうだった。しかし、二人はなんとなくタカの言うままに手を動かし星と星を指さした。すると二人の指は不恰好な「C」の形を作っていた。


「ほら、琴奈ちゃん。お父さんとお母さんの距離がわかったでしょ」


 一瞬分からなかった。


 しかし琴奈はそのままその空を見上げている。いや、今は、真後ろに立つタカの顔を反り返らんばかりに見上げている。見上げながらも手も上にあげ、その指を見ているようだ。そしてやがて琴奈の顔は、みるみるうちににこやかになっていった。


「わぁ。こんなにちかい~! わーいわーい」


 ミナも、自分の「C」の形をしている指のほうを見て『あ、なるほど!』と思った。確かにその距離は3cmほど……。しかし、同時に『いいの、こんなことで』ともちょっと思った。


 更に、タカは両腕を左右におもいっきり開いて、


「それに比べて、おにぃちゃん達は、これの何倍も何倍も離れちゃうんだぞ。な?」


 そう言ってタカはミナのほうを見た。突然、演劇に巻き込まれたミナは、


「そ、そうよ」


と、精一杯の即興の作り笑いとこの台詞しか出なかった。やっぱりどこか騙しているようで、ミナはちょっといやだった。


「でも……」


 琴奈はそれでもちょっと元気を失う要素を見つけたのだろうか。また元気がなくなる。


「どうした?」


「ちかくてもなかなかあえないの、パパとママ。いちねんにいっかい」


「どういう状況なのかよくわからないけど……琴奈ちゃんの言う通り、一年に一回しか会えないとしても、その日に会って、次、会うことを約束するんだよね?」


「うん……」


「会う約束をした日もすごく大事な日、嬉しい日だよね。だから、その日が二人にとって一番大切な素敵な日なんだろうね」


「いちねんにいっかいだよ……」


「その間は、琴奈ちゃんが二人の間を繋いであげなくちゃ。寂しくないように、さ」


「あたしが、つなぐの?」


「多分、琴奈ちゃんがいるから、一年に一回で我慢出来るんだよ、二人は、さ」


 そうタカは言いながらちょっと照れていた感じだった。その台詞の後、しばらく沈黙があったので、タカはちょっと不安になってしまった。


 ミナも、いまいちタカの言いたいことが分かったような、分からないような、そんな感じだった。


 ヒロは、少し考え、もう一言付け加えた。


「えっと、おにぃちゃん達は琴奈ちゃんがいないから、一年に一回しか会えないんじゃ我慢できないよ?」


 ミナはそれにはそっとうなずいた。


 タカが『失敗かな?』と苦笑いしながら、そっとミナの方を見た時だった。


「うん!」


 琴奈は凄く元気な声をあげた。


「ありがとう! あたしはあたしらしく、いったりきたりすればいいんだね」


「そ? そう、そういうこと」


 タカはちょっとビックリしながらもそう答えた。


 ミナは微笑んで見ているだけだった。作り笑いじゃなく、いつの間にか心から微笑んでいた。


 琴奈は、すくっと立ち上がり、二、三歩前に歩み、振り返った。そして、たぶん今までの中で最高の笑顔を見せてくれた。後ろに広がる星空と夜景よりも輝いていた。


「ありがとう、わたし、いそいでかえらなきゃ!」


 そう言った瞬間だった。


「なんだ?」

「なに?」


 思わず二人とも同じように叫んだ。琴奈の後ろの星空と夜景の白が強くなったのだ。思わず、二人は目を閉じた。閉じるしかなかった。閉じても視界は赤い。まぶたの血管がはっきり見えるようにも感じた。


「!」


 先に目を開けられたのはミナだった。


「! 琴奈ちゃん!? どこ行ったの?」


 その声に目を開けたタカもミナと一緒に辺りを見回す。


「琴奈ちゃん? おーい」


「どこー?」


 辺りを探したが琴奈は見つからなかった。


 どうしても見つからなかった。


 次の日も見つからなかった。






 次回、最終話です。 7/7 投稿予定 ^^/

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