最終話.
太陽が地面に八つ当たりしているかのような、ものすごく良い天気の日。今まで雲に邪魔され続けていて、その鬱憤を晴らすような太陽だ。
タカはガラーンとしたアパートの真ん中に座っていた。部屋の中を見回す。壁や柱に付いた傷、落書を消した跡が今もわかる。そしてそこにいた、琴奈のことを思い出していた。
結局あれから一ヶ月ほど経つ。交番にも届けたが、琴奈は今も見つからない。本当に見つからない。迷子の届けも出ていないという……。
「本当に織姫の……」
わからない。でも、そう思うしかなかった。
タカはその思いと部屋との名残惜しさで、昨日の晩、荷物を引っ越し先に送り出してからずっと一人でここに座っていたのだ。座ったまま少し寝た。やっぱり眠い。
腕時計を見るために左手をすっと上げる。何か軽く感じる。ここに琴奈がぶら下がったりしていた。その重さはもうない。
「あ、そろそろ行かないと……」
ちょっと座りすぎて痺れた足を引きづりながら、玄関を出る。外は眠気が飛ぶ眩しさだ。
「くーっ」
タカは後ろを振り返ってみる。そこには薄暗い狭いなにもない空間があるだけだった。今は、単なる空間だ。
タカは心の中で『じゃあな』とつぶやいていた。
外は、肌が痛くなる様な陽射し。心地よいといえば心地よいのかも知れない。駅までは結構ある。駅に入ってしまえば、陽射しも気温も関係ない、構内という年中変わらない気候がある。誰も待ち受けていない自動改札を抜けて、多くの知らない人と目を合わせないように電車に乗り込む。
そして乗り換えの為の駅に着く。
「タカー!」
ここには目を合わせ話をしたい人が待っていた。
「ミナ! 待った?」
「新幹線の時間、はっきり覚えてなかったから早めに来てたの。ほら、もう電話も止めちゃったでしょ、タカ」
「ああ、そうか。えっと、あと二十分ぐらいだよ」
構内にある時計を見てタカが言う。
無言のまま、二人は改札を抜け、ホームに向かった。新幹線はもうとっくに来ていた。しかし、出発までは時間がある。
二人はホームで向かい合って立った。
タカがようやく声を出したのは出発五分前であった。
「なあ、ミナ」
「ん?」
その声でうつ向いていたミナがタカの目を見た。その目は少し潤んでいた。
「あの子……」
タカがそう言うとミナは視線を下げてしまった。
「……」
また沈黙。
その時、その二人の横を老夫婦が慌てて通りすぎていった。
「ほら、はようしなさい」
「待って下さいな、乗るのはおじいさんだけですよ」
「じゃが、見送りはするんじゃろ」
「はいはい。明日でも明後日でも何度でも見送りしますよ」
意識せず聞こえてしまった会話だが、二人には緊張をほぐすものになった。
「ははは」
「ふふふ」
「ははは、……さて! そろそろ乗るかな」
「……そうね、そんな時間ね……」
そこから新幹線の扉の所まではやっぱり無言になってしまった。タカの荷物はほとんどを先に送っているため小さい手荷物だけ。その荷物を持って新幹線の中に入った。そして振り返った。そしてこうつぶやいた。
「大阪か、遠いな……」
「……」
ミナはタカのその台詞にちょっとうつ向いて、なにかを考えているみたいだ。
「ミナ?」
「……」
「……」
「ほら、あれ見て」
ミナが急に元気を出して背筋を伸ばし指を指した先は路線図だった。新幹線の停まる駅のみを一列に並べた簡略図だ。
「顔に手を近付けて、東京を人指し指、大阪を親指で指してみてよ。……ほら、こんなに近い!」
ミナは路線図のある後ろを向いたまま、そう言った。後頭の影に見えるミナの右手は「C」の形を作っている。そしてわずかに震えている感じだった。そして振り向きちょっと震える声で呟いた。
「私達にも琴奈ちゃんがいたらよかったのにね……」
タカは大きくうなずいた。
「ミナ、夏休み、絶対帰ってくるからな、約束」
うん、という言葉は聞こえなかった。声は構内アナウンスによってかき消されたのか……、元々発っせられなかったのか……、タカの唇が制してしまったのか……。
約束した日がきっと一番嬉しい……、そう、嬉しかった。
また会う、また会える。
新幹線が発車し、構内から出て陽射しが当たるまで、タカは扉のところにいた。その後もしばらく扉に寄り掛かり、ホームの方を見ていた。
*
その夜、それぞれの夜、夜空を見上げていると織姫と彦星の間を流れ星が流れた。それはそんなことありえないと思いながらも、タカとミナには、それが琴奈に見えていた……。
☆おしまい☆
一応「七夕」がテーマです。彦星と織姫が一年一回しか会えないけどきっとそれは約束しているから大丈夫なんだろうって。距離は関係ないだよって。でもそれだけじゃ耐えられない。耐えられる理由はきっと琴奈ちゃんのような存在がいるはず、そんな気がして……。
達成出来そうでも、出来なくても、約束したその瞬間ってやっぱりいいですよね。その後は約束破られないかな、とか考えちゃうから実はけっこういや。やっぱり、その約束した瞬間がスキ。
でも、琴奈ちゃんはなにしに来たんでしょうか? ふふ。
携帯があまり普及していない頃のお話です。ベースを書いた時は携帯ありましたよ、ええ、ありましたとも。
最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございました。




