第三話.
タカは朝、仕事に出掛ける。それを見送るミナと琴奈。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃ~い」
タカはまんざらではない。帰ってきたら『おかえりなさい』を言ってくれる人がいるんだ。なんかいいじゃないか。そう思いながら出社。そして仕事中も妙なにやけ顔になっていた。
……そう感じていたのは、ある日、夕方、この商店街に帰って来るまでだった。
その日は魚屋のおやじに、
「タカさん、奥さんにこれ、買っていかない。お嬢ちゃんにはこっちだ!」
こんな感じに軽い冷やかしがあったぐらい。それぐらいはアパートに帰った時の『おかえりなさい』という、自分を待っていた顔を二つも見られる喜びに比べたらなんてことはなかった。
が、段々、日々エスカレート、というのだろうか、商店街の店の人にどんどん知れ渡っていったのだ。
「だんな、いつのまに結婚してたの?」
「お嬢さん、可愛いわねぇ」
「もういっちょ、おまけしておくよ」
商店街のいろんな人から言われるようになっていった。
タカはすっかり有名人になっていった。そう、昼間よく、ミナと琴奈はなかよく歩き回っているのだ。もちろん、最初はそのミナと琴奈がどこに住んでいるか分かる人はほとんどいなかったはずだ。タカとの繋がりを知っているのは極わずかなものだけのはずだった。……が、噂というのは広がるのは早いものだ。
うっかり、「僕の子供じゃないですよ」というと今度は不倫とか、連れ子だとか言う話になっていく。また、隠そうとすると、誘拐?なんて話にもなった。
「ミナ、いい加減なんとかしないとやばいよー」
「なにが?」
「商店街の噂、聞いてないの?」
「噂なんてすぐ消えるって。琴奈ちゃんは消えないからね」
「あたりまえだよ……。ま、まだ、連絡無いの?」
「うん」
「……」
タカは会社から帰ってきてすぐにそう言い出してそのまま玄関先に座り込んでしまった。玄関先、と言っても八畳一間のアパートなので、タカは部屋にいるのと同じようなものだ。会話に支障がない。
「そ、それに……」
「なに?」
「なにって、ほら……、例の転勤の話。もうすぐなんだよ」
「あ、そうだっけ?」
「そうだっけ、じゃないよ」
「じゃあ、休み取ってよ」
「な、なんで?」
「私達でも、親、探してみましょうよ」
「うーん。そうだなぁ。うん、そうしよう。じゃないとこの部屋もいつまでモツかわからないからなぁ」
二人は部屋の中をゆっくり見やる。そこはタカが一人で住んでいた時の殺風景な部屋はなかった。壁は落書だらけ。しかもお星様ばっかり琴奈は書く。柱にもだ。一週間かからずこの状態になったのだ。最近は隙間を探しては星を書いているらしい。
「こりゃ、敷金、返ってこないどころか、余計に取られるな」
「自分で掃除すれば大丈夫よ」
「なんか、その言い方、僕一人でやれって言っているみたい……」
「そお?」
タカは苦笑い以上出来なかった。




