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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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エピローグ 翔べ、駅伝部!

 3月中旬。二ノ丸高校の職員室。

 暖かい春の日差しが差し込む職員室に、彼女はやってきた。

「失礼します。3年生の藩内京子です。あの、栃岡先生いませんか?」

「ここにいる。入っていいよ」

「よかった、失礼します!」

 先ほど終わった卒業式から帰っていた俺のもとに、クラスでの集合を終えた京子がやってきた。

「お疲れ様です」

「こちらこそ。制服をまともに着るのも今日で最後だっけか」

「ええ。無事に卒業できたので、あとはテーマパークに行く時しか着ませんね」

 背が低い京子はまだ制服を着れそうに思えたが、それも今日でおしまいだ。ブレザーにはピンクの花飾りがついている。

「結局どうするの? 卒業後は。1月に来てくれた時は国立行きたさそうだったけど」

「はい。センター試験も受けて、国立の二次も、私大も受けたんですけど。やっぱりお話をいただいた明英大学に進学しようと思います」

 京子も寺門と同じ、明英大学か。

 教育学部に行きたいと話していたから明英大はぴったりだろう。それに駅伝も強いから、4年間しっかり取り組めるだろう。

「都大路5区で日本人トップの区間2位の選手を放っておくほど、母校の首脳陣の目は節穴じゃなかったんだな」

 ちなみに前から後輩のマネージャーの夏純は目を付けていたらしく。監督に直談判して京子を勧誘したんだという。

 あの日、クリスマスの都大路。

 京子は必死にラストスパートをしたものの最後のスパート合戦に完敗。二ノ丸高校は11位でのフィニッシュとなった。8位は同じ新潟の岸部高校。スパート合戦は、藤沢が制したのだった。

 京子のタイムも下りとはいえ15分42秒とかなりの好成績だった。もっとも、区間賞の選手は15分30秒を切る留学生だったから、それには及ばなかったんだけど。

「そういえば信乃は?」

「進路の先生と教頭先生含めて三者面談してるみたいです。先に競技場に行っててほしいと」

「それにしても信乃が浪人するなんて、前じゃ考えられなかったよな」

 信乃はセンター試験でかなりの成績をおさめたものの二次試験の点数が足りず東京帝国大学に合格できなかった。センター利用で超難関私大も合格していたけど「一度頭を冷やしたいです」と言って入学を拒否。教頭と進路指導担当がかなり慌てていて、卒業式を終えた瞬間に三者面談をやっていた。

「信乃ちゃんも、焦って進路決めたくないみたいですよ。『1年間じっくり、自分と向き合いたい』って言ってました。信乃ちゃんらしいですね」

「もともと進路設計がかなり特殊だったからな。まぁ一浪するくらい大学受験じゃよくあることだから、それくらい問題ないと思うけどな」

「信乃ちゃんと会ったら、そう言ってあげてくださいね。きっと安心しますよ」

 京子はニコニコ笑いながら、俺にそう告げる。

「そうだな。って、そろそろ競技場に行くか」

 今日はこの後、二ノ丸高校の陸上競技場で卒部式なるものを予定している。駅伝部員全員で、京子と信乃の門出を祝おうというのだ。

 学校の中は卒業式の雰囲気でいっぱいだった。俺も何度か、卒業生と写真を一緒に取ってあげて、そのたびに京子が不機嫌そうな顔をする。そんなに早く陸上競技場に行きたいのかな?

 そして玄関に来た時に、俺を男子生徒が呼んでいることに気づく。

「栃岡先生! 最後に写真撮ってください!」

 振り返るとそこには柏木がいた。そうか、柏木も今日でいなくなっちゃうのか――――

「柏木、卒業おめでとう」

「ありがとうございます。先生、進路決まったんですよ」

「よかった! どこ行くの?」

「埼京大です」

「難関大じゃないか。おめでとう」

「入学したらフェンシング部に入ります。部活、やり足りなかったので」

「結構部活盛んだからな。まぁ、やり過ぎて単位落とすなよ」

「栃岡先生じゃないんですから」

「うわ! お前!」

「冗談ですって。先生みたいに、好きなことを好きだって自信持てるような人間になりたいって思いますよ。周りの人と調和しながら」

「褒めるのが上手になったな」

「本心ですよ。藩内さん、写真お願いできる?」

 柏木は京子にインスタントカメラを手渡した。京子はそれを慣れない手つきで持ち、そして俺と柏木に向けてくれる。

「いいかな? はい、チーズ!」

 ――――パシャリ。

「ありがとうございました~ 先生もお元気で」

 元気よく手を振っていった柏木。彼もまた、二ノ丸高校で学んだ色んなことももって、大人になっていってくれるのだろうか。

 用事が終わったのを確認すると、京子は俺の前に来て視界に入ってきた。

「そろそろ行きましょう、陸上競技場」

 俺と京子は靴を履き替えて、二人で陸上競技場へ歩き始めた。

 外はかなり空気が暖かく感じられた。といっても実際の温度は寒く、日差しがあるからそう感じるだけのこと。

 それでも道路の雪は一切姿を消し、遠くに見える山が雪に覆われているに過ぎなかった。もう春がすぐそこまでやってきていたようだった。

「そういえば栃岡先生―――――――都道府県対抗駅伝、あまりいい結果ではなかったみたいですね」

 都道府県対抗駅伝。

 その言葉を聞いた瞬間に、俺の嫌な記憶が一気に蘇る。

 都大路が終わった瞬間に稲穂の風邪を移されて年末は死にかけていた。年明けに完全な練習不足の状態で出た村上の元旦マラソンで10km35分でしか走れず高校生に完敗。調子を上げなきゃと焦って練習した結果、雪道で足を取られて捻挫。ただでさえ雪で走れなかったのに、大会前の1か月の走行距離が100km未満という状態。

 本当に走れないからメンバーを変えてくれと県のコーチに頼んだが、補欠の安田木工所の選手が疲労骨折のためメンバーチェンジは拒否された。さすがに骨折してる選手を走らせるわけにはいかないので、俺は泣きそうになりながら都道府県対抗駅伝に出たのだった。

 俺の運は二ノ丸高校の都大路で使い果たしていたと思う。結果、47人中区間47位。8.5kmという短めの区間なのに、一番遅い1kmのラップが3分15秒という落ちっぷり。あまりの死にっぷりに後ろから上がってきた栃木代表の河田に心配されるし、最後の方で救急車に追われるし。

 うん、思い出すだけで泣きそうになるな。俺の久々の全国駅伝。

「す、すみません栃岡先生! 変なこと言っちゃいましたね!」

 京子は必死に自分が提供した話題について謝っていた。はは、生徒にこんな心配させちゃうなんて俺もまだまだだな。

「本当に自分の愚かさを知ったよ。速くなったと思った自分が甘かった」

「いえ今回はただの練習不足ですから……」

「そうだといいな。まぁ京子、関東は冬でも暖かいからしっかり練習できるぞ。走り過ぎに注意しなきゃいけないくらいだ」

「はい。しばらくあの大雪を見ない冬を過ごすって思うと、ちょっと寂しいですが」

 京子は遠くの山を見た。黒い山肌にはまだ雪が残っていた。針葉樹の木は深い緑色をしていた。

「こうやって厳しい自然の中だから、私は自分の至らなさとか、小ささを感じて生きてこれたんだと思います。東京に進学して、それを見失ってしまうのが怖いです」

「その時はいつでも新潟に、二ノ丸高校に帰ってくればいい。俺とか駅伝部のみんなに会って思い出せばいいさ」

「そうですね、いつでも戻ってきます」

「お土産も忘れないでな」

「そこはちゃっかりしてますね……」

 冗談も交えながら、競技場へ向かって歩いていく俺たち。いよいよ赤茶色のタータンが見えてきた。冬の間に積もって雪も、もうなくなりつつある。

 ホームストレートには駅伝部のみんなが集まっているのが見えた。

信乃もいる。三者面談終わったんだな。駆けだしながら彼女のことを呼ぶ。

「信乃―! 結局卒業後どうするんだー?」

 京子と同様に、ブレザーにピンクの花がついている。彼女もまた二ノ丸高校を今日卒業するのだ。

「そういうプライベートな話は大声出さないものですよ」

 信乃は呆れたようなため息をつくけれど、それでもそんな表情はすぐにやめて微笑む。

「浪人しますよ。都内の予備校に通いながら、じっくり進路を考えてみます」

「なるほど。信乃らしくて安心したよ。大学受験なら一浪くらいどうってことないよ。焦らず決めていけばいい」

「ええ、ありがとうございます」

 信乃は安心したように、朗らかな笑みを作ってくれた。

 今すぐに決めなくてもいい。思うようにいかないのが進学や就職だけど、自分の思った方向に進もうとすることは出来る。

 じっくり、今の大事な時間を使ってほしいと切に願った。

「また夏休みごろ駅伝部に遊びに来ます。栃岡先生にもご挨拶したいですし、朱ちゃんにも会いたいです」

「本当に後輩大好きなんだな」

「そんなこと……あるかもしれませんね。とにかく、今は卒部式やりましょう」

「そうだな。んじゃ、卒部式を始めるか!」

 俺が元気よく声を上げると、真っ先に漣が横やりを入れる。

「まずは1000mからいきましょうかね! ほらほら、みんな準備して」

 漣は俺の右腕を掴んで、ニコニコと笑顔を作る。

「なにその流れ!?」

 涼風もそれを面白がって便乗し、左腕を掴む。

「栃岡先生の都道府県対抗駅伝は散々だったって言ってたし! それにみんなでやれる最後のインターバルだよー!」

 涼風はニコニコと満面な笑顔を作る。

 稲穂はそれを見て微笑ましく笑う。

「そうですね!! 今年の都大路の入賞……いえ、まずは夏のインターハイのためにいいい!!!!」

 大音量が、俺たちの鼓膜を突き破らんとする。

 痛い痛い……

「オウノ―、コーチ、今日はペースランニングのツモリでしタガ」

 サクラは急に困った顔をしてストレッチを始める。そういう問題? そもそも卒部式やらずに走るつもり満々だった?

 信乃はそんな様子に呆れ顔をしながら、ランニングシューズの紐を締める。

「全く、今日はもう卒部式ではなく、みんなで1000mですかね。栃岡先生のために」

 信乃、ちゃっかりやる気満々じゃないか。受験疲れで走りたかったんだな。

 ていうか本当に1000mやるのな。まぁ1本くらいなら思い出作りに、いいかな。

「じゃあみなさん移動しましょう! スタートラインに!」

 千香がみんなを先導するようにジョグしていく。

 っておいおい、みんなランニングシューズは履いてるけど、制服だぞ? 俺もスーツだし。

 それでも俺の前を走る京子はとっても、とっても幸せそうに走る。

「こういうのいいですね、なんか。服装なんてなんでもいいんですよ」

 京子はそう言って、スタートラインに向かって走っていった。

 ……そうだな、そんなの気にせず、今は走ればいいか。

 ストップウォッチを持った朝陽が俺たちのことを追いかけてくれた。

「それじゃみんあ準備してー!翔、スタートお願い!」

 朝陽はストップウォッチを俺に見せる。ちゃんと測ってくれるんだな。

 よし、あとは俺がスタートを切るだけだ。

「みんないくぞ。オンユアマーク…… スタート!!」

 俺の言葉を合図に、駅伝部は、俺は走り出した。

 まだ冷たい新潟の春の空気を、力いっぱい吸いながら。


 5年間書き続けてきた小説もついに終わりです。とっても長かったです。


 書き始めたのは高校生、大学時代は更新をサボりまくってました。社会人になり、さすがに終わらせなきゃいけないと思って、ラストスパートをかけました(笑)


 書き始めた時、自分、陸上やめようかなと思ってたんです。



 栃岡先生は箱根駅伝に出れずに一度引退してますが、僕も目標だったインターハイに行けなかったんです。彼にどこか自分の姿を重ねてしました。そして、「選手ではなく監督として夢を果たす」姿を描きたいと思って、小説を書いていました。



 でも不思議です。



 信乃じゃないけど、人生って、走ることって本当に不思議なものだと思います。



 頑張っている二ノ丸高校駅伝部を書いていたら、自分も頑張りたくなってきたんです。



 僕はまた陸上を始めました。それを決めたのが2013年の夏です。ちょうどそのとき、栃岡先生が新潟ロングディスタンスで13分台を出して勝ちます。主人公に自分を重ねていました。




 一番書き直した箇所が多いのは46話「雨に濡れて」で、信乃が転倒したことを知った京子のセリフです。






「それに、卒業後も『私はずっと都大路を目指してました』って胸張って言いたいんです。だからレース中に折れることなんて、できません」







 自分で登場人物に言わせたセリフなのに、一番自分を励ましてくれました。それから幾度となく、自分を栃岡先生に重ねて励ましていました。


 就職して働きながらも陸上をしてたときは、栃岡先生がブラック企業で残業後に走って帰るところを書きました。僕のいた会社はあんな残業しなかったんですが(笑)



 栃岡先生が「京子の大路」を持ち出してからエピローグまでの流れは最初から決めていました。でも書き始めてから時間が経ちすぎちゃいましたね。最初は栃岡先生はガラケーだったのに、都大路ではスマホを使いこなしています。



 本当に時間をかけてしまいました。でもこうやって終えることができて幸せです。



 去年の冬に京都に泊まりに行って、昼に20kmのレースをやったあとに、夜中の2時スタートで40㎞近く都大路の試走に行ったのがネタに生きましたね~。





 また小説書けたらいいですね。とはいえ僕には陸上しかないので、また陸上のものしか書けそうにないですが。




 それではありがとうございました。



 新学期の授業の準備、しないとですね。




 日本のどこかの高校教師より。



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