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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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都大路⑨ サクラ舞う季節は遠く

 1年マエの12月。

 テキサスから二ホンに来て、ショートホームステイを行っていたワタシ。ホストファミリーの家でエキデンを見てイマシタ。

 ナンデモ、全日本大学女子エキデンというものラシイ。

『先頭は明英大学、では11年ぶりの優勝へを向かって、最終区間を走っています!』

 テレビのキャスターの声ハ、トテモ一生懸命。マルで、ジブンのことのようデス。

『後続の城南大学に3分もの差をつけて圧倒的な優勝。それは確実なものとなりました!』

 コンなスポーツ中継をミタのは初めてデス。

 マラソンよりモ熱く、トラックレースよりモ臨場感がアリマス。

 日本ジンは、エキデンが好きナんデスネ。

 イッショに見てイタ、信乃トいうホストファミリーはハイスクールの2年生デス。

「サクラさん、そんなにこれが好きなんですか?」

 信乃ハ奥ゆかしい女性デス。きれいナ着物を着て、一緒にテレビを見てイマス。

「イエス。エキデン、とってもカッコイイ、デス」

「来年本当に二ノ丸高校に来るのなら、駅伝部に入ってみるといいと思いますよ。メンバーが足りないみたいなので入ってくれると喜ぶと思いますよ」

「リアリー? ソレは、日本にクルノが楽しみデス!」

 モトモト私はハーフ、母親は日本人デス。

 父親ハ年俸が良いコトモありアメリカで働いてイマスが、ワタシが日本のハイスクールに行くコトはサンセイでシタ。英語も、ニホンゴも、ドッチモ出来るヨウニなレバ、将来にヤク立つト言ってマス。

 ワタシも日本のホウガ、マッタリしててスキデス。ダカラ、ハイスクールは、日本にイキタイと思ってイマシタ。

「そういえば既に推薦で駅伝が強い子が入学を決めていると聞きました。その子にホストファミリーになってもらえるか、交渉してみましょうか」

「ワオ! それはイイコト、デス!」

 偶然、イイハナシガあったみたいデスネ。

「信乃モ一緒にエキデン、シマセンカ?」

「私は生徒会の仕事もありますので駅伝部は考えていませんね。でも走ることは得意なので、一緒に走れたらいいですね」

「デハ、セイトカイが任期満了シタラ、駅伝部ニ来てクダサイ!」

「なるほど。来年、駅伝に出れたらいいですね」

 ソレから、1年経ちマシタ。

 ホントウに信乃とエキデンをやるトハ、思わなかった、デス。

 ウォーミングアップを終えたワタシは、イヨイヨ襷と受け取るジュンビをする。

 来てクレタ板倉サン、イナホに、今のジュンイをカクニンする。

「涼風先輩、今中間点で16位だって。もう少し上げてくれるとは思うけど」

「オーライ。そろそろジュンビします」

 ウィンドブレーカーをヌギ、Tシャツランパンに、アームウォーマーと手袋。かなり厚着デス。

 デモ、ソレくらい寒カッタ。しかもカゼはサッキヨリ、強くナっていマス。

 ユキがフラナイうちに、レースがオワルといいデスが……

 私はランパンのヒモをキツク縛ル。

 その時、イナホが私をフアンそうに見てイルのに気づきマシタ。

「ワッツアップ?」

「ううん。最初の1kmは絶対に抑えて入ってねって言おうと思って」

「オーケー。分かってイマス」

 ワタシはシンパイショウなイナホに苦笑いシナガラ、肩をぐるんとマワシマス。

「ハシレなかったイナホのブンまで、走ってキマス」

「やめてよサクラ、泣いちゃうじゃん」

「もうサッキ、泣いてイタはずデス」

「バレちゃったか」

「メをミレバ、わかりマス」

 イナホの目は真っ赤になってイマシタ。ソンな目をミテ気付かナイわけナイデス。ずっと一緒デスから。

 サテ、ソロソロ、スズカゼがキマスね。

 目のマエで1チーム、マタ1チームが襷渡しをしていきマス。トップは……やはり横浜会鳳のランナー、同じ留学生みたいデス。セが大キイとイワレテいるワタシより、もうひとまわりもオオキイです。

 3番にミオボエのあるユニフォームと思っタラ、岸部高校のセンシュでした。カノジョはシカ、ヒグマと言った気がシマス。サザナミとスズカゼと同じフタゴのクジュウクリ姉妹に襷を渡シテから、小さく、ガッツポーズをしてイマス。ヨウヤク満足のいく結果、出たミタイデスね。

「52番、準備」

 イヨイヨ二ノ丸高校が呼ばれマシタ。私は中継所にスタンバイに向かウ。

 遠目に見ルト――――――見えマシタ。エメラルドグリーンのユニフォーム。スズカゼデス。

 カナリ集団がコンザツしてイルようデス。見ルト、5人ほどが連なってイマス。

 スズカゼはかなりジュンイを上げたンデスね。

 ワタシよりハルカに、競技歴が短いノニ。走ってきた距離も半分イカのはずナノに。

 これはやはり才能デスね。

 ワタシはテキサス代表になったこともありマス。デモこの前の記録会デハ、スズカゼにも、イナホにも、カンゼンに負けてシマッタ。

 イッタイ、何処からあんなチカラが出るノデショウか。

 ワタシは中継所にタツ。隣のセンシュと押し合いナガラ、スズカゼを待ツ。

「スズカゼ! カモン! ファイティーン!」

 私はスズカゼのコトをオウエンして、中継所でマチます。

 スズカゼは最後の最後、トッテモきつそうな顔をシナガラ、チュウケイジョに飛び込んでクル。

「サクラあああああ!!」

 スズカゼのスパートはスサマジイ。サザナミのソレを、ウワマわるくらいデス。

 スズカゼは集団ノ全員をフリキリ、私にタスキを突きダス。ワタシはそれをガッチリと受け取ると、チュウケイジョから走り出シタ。

「頼んだああああああ!!!」

 スズカゼの大声が聞こえマス。

 ソノあとに続いて、モット大きい稲穂の声が、沿道から聞こエテきマシタ。

「サクラあああああああああああ!!! 頑張ってええええええ!!!!」

 イナホ……

 ワタシはそれを聞イて、思わずワラってしまった。

「そんナニ、大きなコエを出さなくテモ、分りマス」

 スズカゼもそうデス。そんなに声を出さなくテモ、ソンなに必死にならなくても、ワタシには分かりマス。チームだから。仲間だカラ。

 でもソウヤッテ、ヒッシになってくれるミンナのために、頑張ラナイトですね。

 ワタシは烏丸通の下りザカを、大きなフォームで下ってイッタ。






「だいぶ手を焼いているようだな、栃岡翔くん」

 赤いジャージを着た謎のランナーは俺の名前を呼んだ。

「なんで俺の名前を?」

「中学生の頃から君のことは知っている。一緒のレースを走ったこともある」

「俺はあなたのことを知らないです。人違いではないですか?」

 そうだ。俺はこの人とこんな風に話したことはないはずだ。

「そう思いたいならそう思ってればいい。君が覚えていなくても僕は知ってるんだ。まぁじきに思い出してくれるんだろう」

 なんだよ、その釈然としない回答は。

 でもこの人は俺のことを、京子も含めた駅伝部のことを知っているということは分かった。少なくとも新潟県の陸上に精通したトップランナーであることは分かる。

 しかも京子のことはよく知っているようだ。そしてテクニ電工のチーム関係者。思い当たる人は一人だった。

 でも彼はもうはるか昔にいなくなっているはずだ。じゃあいったい、この人は誰なんだ……

「このあとは京子を走らせるのか?」

 ランナーはじっと俺の目を見て聞く。

 彼は俺よりも少し身長が低く、170センチ前後の身長のようだ。

「考え中なことをは分かっててそんなこと聞くんですか」

「そうだ。それでどうするんだ?」

「走らせたいです。でも、走れる状態じゃないのはあなたも分かってるんでしょう。彼女が苦しむ姿はもう知ってます。だからそんな姿見たくないんです」

 多分この人は京子のことを知っている。それでいてあえて聞いている。

 彼に相談すれば何かヒントが掴めるかもしれない。そう思って俺は、自分の今の現状を包み隠さず正直に話した。

「だからこそ走らせたいと思ったんじゃないのか?」

 ランナーは板倉のような厳しめの雰囲気で、質問に即答していく。

「そうです。でも状況が状況です」

「ちなみに聞くが、なぜ走れないと思うんだ?」

「父親の死のトラウマです。京子の脳内には、それが今でも深く刻まれている。治療は行ったと思ったんですが不完全でした」

「では君は―――――その父親の死について、君はどう思う?」

 彼は急に不安そうな表情を浮かべた。さっきまでの様子とは打って変わって、俺の反応をすごく気にしているようだった。

「不慮の事故なんでしょうがないですよ。人の最期ってそうやって、やってくることも多いと思います」

 俺はもう両親側の祖父と祖母が亡くなっていた。人っていつか亡くなってしまうものだ。だから、それに関してあーだこーだ言うものじゃないってのは、この歳になればなんとなく分かっていることだ。

「そう……だな」

 彼は腑に落ちない様子だった。でも彼には納得してもらうしかない。

「終わったことはしょうがないです。人生って、そうなんだと思います」

 ランナーは、ふっと笑った。そうだな。君の言う通りなのかもしれない。私も少し考えすぎだったかもしれないな。

 そう言ったような気がした。

 そして彼は深くため息をつき、再び表情をもとに戻す。余裕のある表情を浮かべる。

「ひとつアドバイスをしよう。京子の先日の治療が足りなかったなら今君がすればいい。体の話なら大会の直前までストレッチするのに、なぜ心の話になると放っておくんだ?」

 ランナーは論理的に、さっきまで泳がせていた視線を俺の目に向ける。

「京子さんを大事にしているからです」

「勘違いするな! 大事に扱うことと、大事に想うことは全く違う!」

 ランナーは急に逆上した様子を見せた。

 さっきまでの穏やかな様子とは打って変わって、説教でもしようかという雰囲気すら見せる。

「え、え?」

「本当に大事に想っているなら彼女を走らせろ! 死に物狂いで君の気持ちをぶつけるんだ!」

 今俺は、京子のことを本当に大事に思っていない。彼は俺にそう諭したように思えた。

「俺の気持ち……京子を大事に想う気持ちってことですか」

「そうだ。君はここまでひたむきに、生徒達の可能性を信じて、疑わず、否定せず、全力で応援してきた」

 ランナーは一体どこまで俺のことを知っているのか分からないが、でも俺はそんな、褒められるようなすごいことをやってきたわけじゃない。

「俺は必死にやってきただけです。ひょんなことから駅伝部の顧問になって、今まで無我夢中でここまで来た。ただの結果論です」

「だがな、その必死にさに救われてきたのが駅伝部の子たちなんだよ。京子しかり、漣くんも、稲穂くんも、みんなだ」

「なんで京子だけ呼び捨てなんですか」

「当然のことだが? というか、そんなことは気にするな! 男は小さいことを気にしないものだ!」

 ランナーは急に取り乱した様子をしながら、必死にごまかそうとする。

 京子は呼び捨て、俺含め他のみんなは君付け、ね。もしかしたらだけど正体が分かってきた気がする……

 俺が彼の招待に気づき始めているのを察したかのように、彼は大きく咳払いをして会話を続ける。

「彼女たちは春から大きく成長したよ。もう立派なランナーだ。一人で走っていない、誰のことを想って走れる。それを君から学んだんだ」

「俺から、ですか。教えた記憶ないんですが」

「子どもは自然と学ぶものだ。では君に聞こう、君がこうしてここまでこれた、その原動力はなんだ?」

「それは……なんでしょう。上手く言葉に出来ないです」

「人間ベタだな。それだから彼女もろくすっぽ出来ないんだよ」

 めっちゃ失礼だぞこの人! いくら速いからってそれはないだろ!

「余計なこと言いますね! でもひとつだけ言えることがあります。このままじゃヤバいってことです」

「というと?」

「俺はこのまま終わりたくない。暗闇のなかで、自分の気持ちを裏切り続けながら生きるのは嫌だってことです。だから子ども達を一緒に走ることでそれを果たしてきたんです」

「君の原動力をもっと聞きたいな。具体的に」

「陸上をやるのが楽しい。目標を叶えたい。誰かと喜びを分かち合いたい。他にも色々あるんだと思います」

「そういったことを抱えていたのか?教師になる前は」

「いえ、今までずっとですよ。そういうものがほしくてたまらなくて、ずっと走り続けてきたんだと思います。中学の時から」

 そんな気持ちは今に始まったことじゃない。

 何もできない自分が嫌で。でもすぐには世界は変わらなくて。

 だけど、走ることなら他人よりも前に行けて。他人には見えない世界をたくさん、自分は見ることができた。

 そんなことを続けていたらいつの間にかこんな年齢になってしまった。

 それだけに過ぎないんだ。俺が今こうして駅伝部で顧問をやっているのは。

「なるほどな。さすが、京子を任せられる。君が京子に対して思ってくれることを正直に伝えてくれれば、僕はもうこの場を去ることができるよ」

「どういうことですか?」

「その言葉の通りだ。では最後に君に聞こう。京子に足りないことはなんだ?」

「京子に足りないこと……ですか」

 そんなもの色々ある、と思ってしまった。

学業成績だってトップレベルだけど信乃には及ばない。

競技力だってチームでトップレベルだけど漣ほどスピードはない。

みんなをまとめるリーダ的素質も千香ほどじゃない。

声だって小さいし稲穂に比べれば……

落ち着いた感じがありすぎて、涼風ほど気さくに話せるタイプじゃない。

堂々としてない心は、サクラとはまるで正反対だ。

人間の足りないところなんて、考えれば考えるほど思い浮かんでしまう。教員なんて職業をやってれば尚更浮かんでしまう。

「な、なんでしょうねぇ」

 ごまかすように苦笑いをしながら彼に聞く。

「自分の道に自信を持つことだと、僕は思うな。京子は気持ちが強い。でもそれは、誰かが常に一緒にいるからなんとか成り立っているだけのこと。京子にはまだ、自分で自分の道を切り開くこと、それが足りないんだ」

「でもそれって、とても難しいことだと思います。一人でできることってそうそうないと思います」

「それはそうだ。だがな栃岡くん、駅伝はチーム競技であるにも関わらず走るときは非常に孤独だ。彼女は今、その孤独に耐えられずに折れそうになっている」

 言われている通りだった。

 確かに京子は、今朝白さんのプレッシャーを一人で抱えて、一人で苦しんできて、都大路の試走に来るまで駅伝部の誰にも相談できなかった。

「確かに、新潟ロングディスタンス、県駅伝、北信越駅伝、東体大記録会でいい走りをしてたとき、彼女は父親のことなんて一言も言いませんでした」

「そうだろう。それは京子がずっと、仲間のことを想い続けてきて、自分の走りに仲間の気持ちを乗せてこれたからだ」

 ランナーは俺に背を向ける。

「京子はこれから西大路通を一人で走る。でも京子は一人であって、一人だけじゃない。そのことを、君の言葉で伝えればいいんだ」

 彼は俺に背を向けたまま、1歩、また1歩と歩きながら俺から離れていく。

「あの、ちょっと!」

 その呼ぶ声も虚しく、彼はペースを上げて走り始める。

「頼んだぞ、栃岡くん。日本最高のランナーと言われた俺が君に託す。たった一人のの娘の未来をね」

 その瞬間だった。

 勢いよく、彼の進行方向から突風が吹きつける。さっきよりもずっと強く、目を腕で隠さなければいけないほどだ。

「ちょっと、待ってください!」

 俺は必死に叫んだ。でも風は俺の声をかき消すかのごとく顔面に吹き付ける。

 やっと目を開けたその時、もう彼の姿はなかった。目の前には交通整備された西大路通だけがある。

「今朝白さん……今朝白健児さん」

 俺が彼の名前を呼んでももう届かないのだろう。もう彼は、俺の目には見えないところにいるのだから。

 ―――――っ。

 いきなり、目に入るものがあった。

 目にゴミが入ったのかな? と思い恐る恐る目を開いてみると――――水滴だった。

 うげ、ひょっとして。

 空を見上げる。

 ビルの合間から京都の空を見上げると、灰色の雲から粉雪が降っているのが分かった。

「いよいよか」


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