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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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都大路⑦ 涼風吹くや北大路

 先頭の横浜会鳳の佐名木さんが、2区の留学生キャサリンへと襷を渡す。

 これだけ差をつけて留学生に渡せればかなり勝利は確実なものになるわね……

 引き続いて福岡の古賀知高校や、あの兵庫の垂水実業も襷渡しをしていく。

 タイムはとても速い。まだ19分30秒くらいだ。1区ってかなりキツいコースなのによくここまで走れるなぁ。

「52番、準備」

 係員の声が聞こえる。中継所スタンバイの合図だ。

 おねーちゃん思ったより速いな。これなら本当に区間一桁なのかもしれない。やっぱり長距離めちゃくちゃ得意なんじゃん。

 苦笑いをする。本当にどこまでも速くなっていっちゃうな。陸上に関しては追いついたと思ったら追い越されてばっかり。

 でも今はその勢いに、私も乗らせてもらうよ!

 中継所になだれ込むように次々とランナーがやってくる。ゴールタイマーを見る限り、おねーちゃんはギリギリ20分台で帰ってこれそうな感じ。

 中継所もかなり人が多い。

「すみません、すみません」

 申し訳なさそうに入っていくけど、

「痛いっ!」

 急に誰かに脚を蹴られる。

 なに今の!? これって妨害じゃないの!?

 見ると中継所は押し合いへし合い、自分の襷渡しの場所を確保しよう必死になっている。

 ――――カオスじゃん。

 そう思ってしまった。マジで女の闘いだ。

 ふふん、今こそ私の本領発揮ね!!

 私はその押し合いへし合いの中に飛び込んでいく。

 隣の選手は―――――大阪東陽高校の子か。身長は私と同じくらい、体はやっぱり細い。

 その選手に背中で押す。バスケで言うところのスクリーンアウト的なやつね。小学生のときミニバスをやってたのがこんなところで活かされるなんて。パワーフォワードやってたのが役立ったわね。

「おねーちゃーん! ラストファイト!」

 気付けばおねーちゃんはもう100mくらいの位置まで来ていた。本当の最後のラストスパート。

 おねーちゃんは周りにいた集団にわずかばかり先行して中継所に走り込んでくる。

「涼風―! 受け取れええええ!」

 両手で襷を広げて私の取りやすいようにしてくれる。

 どこまでも面倒見いいんだから。おねーちゃん。

 私はそれをがっしり受け取るった瞬間にランウォッチのスタートボタンを押す。

「いってくらあああ!」

 威勢のいい声を上げて中継所を飛び出していった。

 おねーちゃんの苦しい息の音が遠くなっていく。あんな音聞いたことない。

 本当に限界まで追い込んだな。そう思った。

 私は襷を肩にかける。そして、外れないようにキツく縛るといよいよレースの走りに移っていく。

 10mくらい前にいるのは水色のユニフォーム……鹿児島の要高校だっけ? 入賞候補ではあった。

 あれにピッタリ着くのは無謀ね。というかみんな最初は速くなるから、ここは落ち着いて入って―――――

 と思った矢先のことだった。

 後ろから来た青と白色のユニフォームの選手に抜かれた。

ケニアからの留学生、マルシャンだった。彼女は私なんかと比べ物にならないくらい大きなフォームで走り去っていく。

 嘘ぉ!? さっきの中継所でおねーちゃんより5秒くらい後ろだったけど!?

 まだ1kmも走ってないのに一瞬で抜かれるとかありえない。本当に同じ高校生なのあの子。今までサクラしか留学生って会ってこなかったけど、もうプロ選手みたいな子だ。

 あんな子相手に張り合おうとしてもしょうがないか。確か区間記録保持者で、4kmを大体キロ3分一桁前半で走ってたし。

 ついていこうとするだけ無駄無駄。勝ちたいけどここは冷静にならないと。

 私は一度肩の力を抜いた。そして前の要高校の選手との差を開きすぎないように縮めていく走りをすることにする。

 最初の1㎞は3分15秒だった。ちょっと遅いけど、上りだしこんなものね。

 これでセンセーから言われた「飛ばしちゃいけない1km」は終わった。あとは好きにペースを上げていいと言われている。

 んじゃ私もそろそろ上げていきますかね。

 ちょっと風が強くなっていることに気づく。ひんやりとした風が、まだ温まりきっていない体には少しきつい。

 でも条件はみんな同じ。おねーちゃんだってこんな寒いなかでいい走りをした。あんなにいい走りをされたら、私だって黙っていられないんだから。

 一段階ギアを上げたことを確認する。いける。体動くじゃん。

 2週間前の記録会でようやく自分の殻を破れた気がした。今までチームの最下位的な存在だった私もようやく実績的なものを作れたんだって思った。

 今までクラスの子とも「駅伝部の大会どうだった」的な話をするのってあまり好きじゃなかった。だって私遅いんだもん。「全体で何位だった」とかの話をしても微妙なリアクションばっかりされちゃうし。

 それこそ「おねーちゃんに勝った?」なんて聞かれるのは一番嫌だった。勝てるわけないんだもん。中学からちゃんと練習して、全中も出て、磨いたスピードでトラックの県新人は優勝。来年は本当にインターハイで入賞とかしちゃうかも。そんなおねーちゃんと駅伝部でトップを張れるようになれるだなんて。

県大会が終わってから入った駅伝部は、多分長続きしないんだろうなと思いながら参加していた。もちろん最初から辞めようなんて思っていたわけじゃないのは本当。だけどここで今ほど駅伝を好きになれる姿なんてそれこそまったく想像できなかった。

 走るって、他の部活にいた私にとっては嫌なイメージしかなかった。だってつまんないじゃん。体操部では罰でよく走らされてばっかりだったけど罰ゲームだと思われてるんだよ。体操部で、走ることは。学校のみんなの話を聞く限りでもそんな印象しか受けない。

 でもここで出会った「走ること」って、絶対に他とは違うんだ。

 自分が成長できる場所だし、自分を表現できる場所。

 だから仲間と頑張れる場所。負けたくない場所!

 センセーみたいに駅伝が好きすぎる人を見てたらそう思えちゃったんだ。花方から全力で逃げて走るセンセー、新潟ロングディスタンスで死に物狂いで13分台を出したセンセー。その姿を見てたら、自分もあんな風にかっこよく走りたいって思えた。

 だからそんな先生に見ていてほしいんだ。今日の私の走り。

 今の位置は……15番くらいかな。3人くらい抜かれちゃった。

 でもここからどこまで順位を上げられるか。あと3kmもないけど、それでも今の私に出来ることをやりたいって思うんだ。

 そろそろ4区も下りに差し掛かる。そしたらもう一段階ギアを上げて勝負に行こう。

 私は堀川通へと入っていく道路を見据えながら、スピードを上げる準備をした。








「漣でかした! いい走りだったぞ!!」

 1区を区間12位で走り切った漣を俺は大いにべた褒めしていた。

 漣は未だに顔を真っ赤にさせながらなんとか笑顔を作る。本当にきつかったようだ。

「このコースきつすぎ! 3回くらい死ぬかと思った!」

 占部は笑いをこぼしながらそれに同調する。

「タフな坂だよね。でも最初に冷静だったおかげで最後のスパートが効いたって感じかな」

「そうかな……えへへ。冷静っていわれたことあんまりないや」

 漣は県駅伝の1区で暴走して大撃沈をしている。

「本当だよ。県大会では冷静さのかけらもなかった」

「うっせーな! せっかくいい気分だったのに!」

 漣は俺の懐にチョップを食らわせてくる。

「ごふ……」

「本っ当に一言多いんだから」

「それにしても解説で双子のことが言われてたぞ。『二ノ丸高校は双子リレーです』ってな。終わったら涼風と一緒に取材受けるかもな」

「なによそれ。っても入賞したら本当にそうなりそうね」

 1区の漣のスタートが好調だったこともあり二ノ丸高校は入賞を十分に狙える位置にいる。

 今日はこれから天気が悪くなりそうだし本当にどうなるか分からない。ひょっとしたら初めての都大路で入賞、なんていう快挙になってしまうかもしれないな。

「ところでさ、センセー。第4中継所行かなくていいの? 京子先輩とは少しでも一緒にいてあげたほうがいいと思う」

「んまぁそろそろ移動しようと思ってたけど。なんか漣、必死だな?」

「今朝の京子先輩すごく不安そうな顔をしてて、緊張してたから。センセーも気づいてたと思うけど」

 確かに今朝の京子はとても緊張していた様子だった。その様子を見て今朝白さんのトラウマを思い出さないことはなかったけど……

 それでも緊張するのは京子だけに限った話じゃなくてみんなそうだ。さっきなんてあの涼風でさえも混乱気味だった。

「でもそんなに心配することでもないぞ。都大路なら誰でも緊張するって」

「そうなのかもしれないけど、なんか嫌な予感するの。またあのトラウマのようになるんじゃないかって」

「トラウマか」

 都大路の試走のときに急変した京子の様子。あれを思い出さないわけはなかった。

 もしもこのレース中にあんなことになったらと思うと怖くてしょうがない。

「じゃあ漣も一緒に第4中継所に行こう。歩けば1kmくらいだし」

「ううん、私なんて置いて先に行って」

「先にって、朝陽がもう現地にいるから大丈夫だと思うけど」

「吉川センセーだけじゃなくて、センセーが一緒にいなきゃダメなんだって。ほら早く、私はゴール地点に行くから」

 漣は少し焦っているようにも感じられた。京子をなんとかしてあげてくれ、そう言わんばかりの不安な表情。

「分かった。占部、あとは頼んだぞ」

「りょーかい。ほら、キロ3でいってらっしゃい」

 時間は無駄にするなってことね。本当にそのペースでいける、かもな。

 俺は占部に礼を言うと中継所の平野神社前をあとにする。

 漣に言われたことを気にしていたので本当に1km3分ペースで走ることにする。なに、この都大路の緊張感ある雰囲気の中で走ればそんなに難しいことではないさ。

 平野神社前の横断歩道を渡って緩やかに走り始める。まずは暖機運転。これからペースを上げていこう。そう思ったその時だった。

 抜かれた。かなりのスピードで、俺のことを抜き去る人がいた。

 すぐに前を見る。そこには見覚えのある赤いジャージにウェスパーフリー1000%……って、

「さっきの謎のランナー!?」

 そう。俺が西京極陸上競技場から第1中継所に向かうときに2分50くらいのペースで俺を抜き、その後に西大路三条の交差点で見えなくなってしまったランナーだ。

 なるほどここまで走ってきたってことか。練習ついでに都大路を観光か?上等だ!

 歩道にはまだ観客がまばらなことを確認すると一気にスピードを上げる。

 赤いジャージを着た謎のランナーのペースは恐らくさっきと変わらない。なんて速いんだと驚くと同時に、それなら追いつけると思った。

 俺も2分50秒まで上げればいいんだろ?

 実は俺の1500mの自己ベストは3分50秒台前半、どちらかといえばスピードタイプのランナーだ。最近はスピード練習なんてまともにしていないけど底力では自信がある。

 もう車道は交通整備がされていたので車が1台も通っていない。前のランナーに追いつくチャンスだと思って車道に出て走る。

 ランナーとの距離は縮まっていく。

 よし! さすがにこのスピードで追いつけないってことはないよな。

 ついにランナーの顔が見えそうな位置まで上がってきた。ランナーはサングラスをしていて顔がよく見えないが、顔つきからいって40歳くらいだろうか。意外と歳がいっていた。

 しかし彼、とても脚が細い。女性芸能人の桐山さんじゃないかっていうくらいに細い。あれだけ細ければ体重が軽いから速く走れる、ってことか。持って生まれた才能ってことかな。

 いよいよそのランナーとの距離が5mほどになる。話しかけられるくらいの距離であることを確認して声をかける。

「あの! 練習中なんですか?」

 2分50秒くらいのペースはかなりキツい。こうやって話しかけるのも本当は無理なくらいに。

 まともに会話なんて出来ないくらいに呼吸が喉を圧迫する。こんなペース、レースじゃない限りそんなに維持できない。

 それにしても、謎のランナーは俺の話なんて聞いちゃいないかのように平然と走る。

 シカトされたのか? 少しイラつきながらもランナーに聞く。

「あの! そこのあなた!」

 ようやくそのランナーはこっちを向いてくれた。でもこっちを向いてもサングラスしている顔じゃ、誰か見当もつかない。

 ランナーは若干ペースを落として俺との距離を縮めてくれた。

 そしてサングラスを外して頭の上に装着する。予想通り40歳くらいの顔立ちだけど、かなり絞れている印象を受けた。肌の焼け具合から言って相当走り込んでいるんだろうと思う。

 彼は俺に近寄った。そして俺の足元を指差して言う。

「靴紐ほどけそうだよ」

「え、本当ですか。ありがとうございます」

 俺は視線を下に落として靴紐を確認するが―――――そこにはガッチリ締まっているランニングシューズがあった。全くほどけている様子もない。

 なんだ見間違いしたのかな、と思って俺は視線をランナーのいた位置に戻す。

 しかしランナーの姿はなかった。

「え?」

 もしやと思ってロードの先を見ると、彼はもう20mくらい先を走っていた。

 きたねぇ! よそ見している隙にペース上げやがった。

 しかもランナーは相当ペースを上げている。俺は2分50秒くらいのペースのはずなのにそれより速い。1kmで言うと、2分40秒くらいなんじゃないか?

 なんだあのスピード…… あんな服装でそんな速度を出すなんて、実業団選手でも相当上のレベル、トラック長距離の日本代表クラスじゃないと無理だぞ。

 くそ、頑張って離れないようにしないと――――――と思ったその時、渡ろうとした交差点の信号が点滅し、赤に変わった。

 前のランナーは信号が変わり切る前に横断歩道を通り過ぎていく。まるで俺の追走を振り切るかのように。

 俺は赤になった信号で止まった。もう追撃を諦めてランウォッチを止める。

 何だったんだろう、さっきのランナー。追いかける俺をあざ笑うかのような走りだった。

 でも俺はなぜか不思議な気分になった。そうだ、俺はあの人に一度どこかで会っているような気がするのだ。

 高校時代か? いや大学時代? それともブラック企業時代かな。絶対に一度は見て、軽く話した記憶があるんだ。

 でも全然思い出せない。思い出せそうで、思い出せないんだ。

 うーん……ふとした瞬間に思い出す時があるのかなぁ。宿題にしとくか。

 信号が青に変わったので歩き出した。第4中継所まで歩いてほんの数分という位置まで来ていて、もう視線の先に中継所が見える位置まで来ている。色とりどりのジャージを着たランナーがウォーミングアップで歩道を走る姿も見えてしまうほどだ。

 さて、京子にどんな言葉をかけようか。

 その時突然に携帯電話の着信音が聞こえた。慌てて、ポケットに入っていた携帯電話を手に取る。朝陽からだった。

「もしもし」

「翔? 今どこ!」

「どこって、中継所のすぐそばだけど」

 朝陽はなにやら慌てていた様子だった。

 悪い予感がする。

「そう。すぐに第4中継所の救護室まで来て」

「救護室って、どういうことだよ」

「京子ちゃんがさっき過呼吸になって。今は落ち着いてるけど、レースを棄権しようかって話してた」

「なんだと―――――」

 悪い予感は的中してしまった。

 漣が不安がっていたのが、ずばり当たってしまったじゃないか。

「すぐ行く、あと1kmだから3分かからない」

 俺は電話を切って再びペースを上げて走り出す。

 京子を5区に持ってきたのはやはり失敗だったか。

 しょうがない後悔の気持ちを抑えようとしながら、俺は救護室へと急いだ。

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