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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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都大路③ 近くで微笑みながら

「わぁ……すごい……」

 開会式の体育館に入った私の目に飛び込んできたのは人、人、そして人。

 色とりどりのジャージを来た駅伝選手が京都に集まっているのだと実感する。

 みんな速そうだ。どこもかしこも聞いたことある学校ばかり。私がいることが場違いに思えてくるほどだ。

「千香ちゃん、ビックリした?」

 となりにいる美希先輩は、そんな私の様子を見てニコニコする。

「本当に…… みんな速そうです」

「意外と向こうもそう思ってるものよ。端から見れば千香ちゃんだって速そうに見える。もっと堂々としなきゃ」

 全国大会での入賞経験がある美希先輩は全く動じていない。

 すごい。戦い慣れているんだと思った。

 ちなみになぜ美希先輩がここにいるのかといえば、稲穂ちゃんの代わりに開会式に出席しようというのだ。

 都大路は7人のエントリーが義務付けられており、出走予定メンバーは開会式にきちんと参加すること、と言われている。でも病床の稲穂ちゃんを連れてくるわけにはいかないので、代わりに美希先輩が来たってことだ。ルール的にグレーな気もするけど……

 美希先輩は珍しくピッグテールにマスクという誰だか分からない仮装をして、二ノ丸高校のジャージを着ている。前々からこのジャージ着てみたかったんだよねー、とノリノリで着ている。なんか状況を楽しんでいる気もしちゃうんですけど……

「ほら千香ちゃん、あれ、あのチーム」

 美希先輩が指差した先にはーーーー垂水実業という高校がいた。

「あのエースが、漣ちゃんのライバル、織田新子だよ」

 垂水実業の選手はみんなベリーショート。髪型変えられないのかな? 同じ高校生なのに、まるで別世界に住む住人のような印象……

「ああいうのって顧問の先生がさせてるんですか?」

「大体そう。短く切れって言われて、従わないとハサミで切られるんだって」

「それって体罰じゃないですか?」

「さすがに、やりすぎだよね。でもあそこに残ってる子達はそれすらも受け入れている」

「強い意思があるってことですね」

 そこまでして何のために駅伝を……とは思ったけど、そんなことは胃の奥に閉じ込めた。そんな質問はここでは厳禁。ここは日本一を決める場所なんだから。

 ……そんなこと思うってことは、私はアスリートじゃないのかな。

 ちょっぴり残念な気持ちになった。生徒会のみんなや、家族からも「生徒会長ランナー」と期待されている私。

 でも競技レベルも意識も、駅伝部のみんなには及ばない。それは自分が一番よく分かっている。

 やっぱり私なんか駅伝部員にふさわしくない。

 開会式の前、うつむきながら席に座って考えていた。

「なーに浮かない顔してんだよっ」

 そんな声が聞こえたのもつかの間。いきなり首もとに温かい何かが触れる。

「うわ、なんですか?」

 振り替えるとそこには栃岡先生がいた。先生はほうじ茶のホット缶を私の首もとに当てていたのだった。

「あはは、ビックリしちゃいましたよー」

「わりわり。開会式まで時間あるし寒いから、全員に飲み物買ってきたんだ」

「渡し方でビックリしちゃいましたよ。ではいただきますね」

 私はそう言って先生からほうじ茶を受けとる。

「千香は全中出てるから、色んな学校の選手見てもビックリしないだろ」

「そんなことないですって。もうビクビクしまくりですよ」

「あははは、ごめんな」

 先生はそう言いながら私の隣の監督者席に座る。

 ペラペラとプログラムをめくる先生。他校の選手の持ちタイムを見ているようだ。

「いやー二ノ丸は3000mのベストこそ速くないが、5000mはやっぱり速いな。東体大で3000mを走れてればどんなタイムが出てたのか」

「たしかに5000mもいいですけど3000mも走ってみたかったですね」

「千香だって10分切れたと思うぞ。そうすれば駅伝メンバーになれてもおかしくなかった」

「いやいや、私なんていつも皆さんに遅れてばっかりですし……ただの人数合わせですよ」

「何言ってんだよ」

 栃岡先生はプログラムから目を離す。そして、私の目を見ながら言う。

「そんなこと言わないでくれよ。ただの人数合わせなら誰だっていいんだけど、千香を連れてきたのはメンバー候補として加えたかったからだ」

「わ、私がメンバー?」

「稲穂みたいに倒れる人が明日のスタートまでに出るかもしれない。そのときでも全国で結果が残せるように千香を選んだんだ」

「それでも私がメンバーなんて、ちょっとおかしいですって。皆さんとは距離が離れています」

「いや、だからーーーー」

 気がつけば栃岡先生を困らせていた自分に気付く。

 私、何言ってるんだろう。こんな大事な開会式の前に先生の手を煩わせて……

 その時いきなり左頬にぶすっと指が当たる。

「千香さん、そういうのは禁止です」

 信乃先輩だった。先輩は指をぐりぐりと私の頬に押し込む。

「7人で5区間を走るんですから走れない人がいて当然でしょう。駅伝部に入った以上、走る走らないで議論するのは無駄です」

「……すみません」

 正直、信乃先輩にはいつも圧倒される。

 容姿端麗、成績優秀。生徒会の議論では副会長という役割を上手く使って論理的に進行をしていた。そしてついに都大路のメンバーにまでなった。

 一方私は成績は真ん中くらい。勢いで引っ張ってきた。思えば性格が全く違う。

「あんまり浮かない顔してると、もっと指をぐりぐりしますよ」

 先輩はそう言いながら力を強くする。

「た、タイム!ターイム!」

 なんとか信乃先輩のぐりぐり攻撃から逃れた。あ、危ない。

 栃岡先生はそれを見て、クスクス笑う。

「千香、信乃に一本とられたな」

「反則過ぎません!?」

「ごめんごめん。でも信乃の言う通りだ。駅伝を走れる人も走れない人もいるし、速い人も遅い人もいる。それでも俺たちはチームで楽しくやってるんだ。だから駅伝部(ここ)にいていいんじゃないか?」

 栃岡先生はそう言って、ニコっと笑う。

 その笑顔は……反則だ。目を合わせられないですよ。そんなやさしい顔。

 私よりも倍以上の時間も駅伝に向き合ってきて、私よりも何倍も苦しい体験をしたのは言われなくても分かる。

 大学4年間を費やしても箱根駅伝に出られない。その境遇は本当に想像を絶する。だって、24時間365日走ることだけを考え続けている生活の末がそれって……報われなさすぎるよ。勝負の世界は夢があるのに、敗れた人には残酷だ。

 そんな経験した人から「ここにいていい」なんて言われたら、嬉しいんです。すごく。

 生徒会長とか色々やって、部活動改革を進めてきました。結果的にですが、公約は実現したつもりです。

 でも私が本当に心から求めていたのはこんな言葉だったのかもしれないです。

 反則過ぎますよ。先生。

 だけどそんな先生を、いつまでも信じていたいんです。






 

 

「お兄ちゃんおっかえりー!」

 体育館から出ると朱が待ち構えていた。朱は観客席で開会式を見守っていたのだった。

「寒かったろ。ごめんな、待たせちゃって」

「いいのいいの! 長い方が雰囲気あるじゃん?」

「それは助かるな」

 俺は朱に微笑むと、朱もニッコリと笑い返すのであった。

 朱含めて、駅伝部全員で開会式会場の京都市体育館を出る。西京極の陸上競技場のとなりにあるこの体育館からニチヤクの寮に戻る。

 俺たちはバス停に向かって歩いていく。

 歩いていると京子が俺の隣へ歩調を合わせる。

「今日ってこれからニチヤクに帰るんですよね?」

「そう。夕飯は鍋だから、食材買ってこないとなんだよね」

「試合前に鍋って、ちょっと意外ですね」

「厳密にはパスタと鍋だけどね。パスタで必要な量のグリコーゲンを摂取したら、あとは楽しく話しながら鍋を囲む。そうすることで食べ過ぎないことにつながるんだ」

「食べ過ぎなければ身体が軽くなりますね」

「そうそう。明日は冷えそうだから、体に余計なもの入れて血の流れを悪くしたくないんだ」

「なるほど……明日は雪予報ですからね」

 京子はそう言いながら空を見上げる。

 空を囲わんばかりの曇天は明日とは言わず今にも雪が降りそうだった。

「明日は交通機関も乱れそうだ」

「そうですね……って、うわぁ」

 京子がリアクションをとった視線の先には長蛇の列のバス停。

 見ると、高校生だけじゃなく陸上ファン、大会役員もたくさんいるみたいだ。

 しかもかなり長い。ニチヤク寮のある東寺付近までいくバスは増便もないようで、かなり待ちそうだ。

 待つにも寒いし、しょうがないから京都駅まで出ることにした。

 俺は駅伝部を引き連れて進路変更をして京阪の駅へと向かった。ちょっと遠回りになるが観光だと思って、京都駅経由で。買い物もしたかったしね。

 電車に揺られて10分ちょっと。一度乗り換えると京都駅までたどり着いた。

 京都駅はかなり賑わっていた。土曜の午後っていうのもあるのかな。

 京都駅北口周辺で適当に買い物を済まそうと歩いていると、きれいなクリスマスツリーが歩道にあるのに気付く。

「見て見て!このクリスマスツリー!」

 陽気な涼風がクリスマスツリーに反応する。

 それを見て気づいた。そういや今日はクリスマスイブだっけ。

 都大路でそんなこと完全に忘れてた。

 百貨店の前にある5mほどのクリスマスツリーを駅伝部員達はスマホで撮影する。キラキラ光るそれはとってもきれいだ。

 ジャージ姿の俺たちの周りにはカップルとカップル、そしてカップルばかり。はぁ、なんだか場違いだな。

 彼女欲しくてしょうがないって思うわけじゃないけど、こういうときに隣に女性がいてくれたらなとは思うよな。

「ねぇセンセー!」

 急に隣で呼ぶ女性の声がした。漣だった。

 いやちょっと待って!隣に女性がいてほしいとは思ったけど高校生はダメ!捕まる!

「せ、センセーなんで頭抱えてるの?」

 漣に指摘されて気づいたら頭を抱えていたようだった。

 なんとか誤魔化し笑いをする。

「あはは、ごめん。どうした?」

「いや何でもないけど……ただ一緒にこうしていられるって、なんか素敵だよね」

 うん、確かにこんなにきれいなクリスマスツリーを見れたのは嬉しいな。

「そうだな。俺も嬉しいよ」

 恋人はいなくても、奇跡的に出れた都大路で京都に来て、たまたま京都駅まで来たらキレイなクリスマスツリーを見れた。それは嬉しいことだ。

「ほ、ほんと!?」

「ああ。一緒に来れて嬉しいよ」

 そうだ。恋人なんていなくても駅伝部みんなで都大路に来れた。このクリスマスツリーはそんな奇跡みたいな軌跡の象徴なのかもな。

 漣もそれを感じ取ってくれたようだ。彼女は顔を赤くしながらもじもじしている。

「じゃ、じゃあさ!先生は高校生の彼女、アリ?」

 急に目を輝かせながら聞いてくる漣。

 え?なんでそんなこと急に聞くんだ?

「いやダメでしょ」

「え?」

「教師と生徒の関係でそういう話題は論外だよ。大体俺は今恋愛沙汰とか興味ないし」

「でもさっき一緒に来れて嬉しいってーーー」

「都大路にみんなで来れて嬉しいってこと? もちろんみんなで来れて嬉しいとは思ってるけど……」

 俺がそう言った瞬間、漣は一気に顔を真っ赤にさせた。

「うわあああ!!バカ!忘れろおおお!」

 急に俺のみぞおちに拳を突き出す漣。

「え、なに!?」

「いいからこの会話忘れろおおお!!」

 ブンブンと拳を振りかざす漣。

 さっきの何倍も顔を真っ赤にしながら。そして完全に冷静さを失いながら襲いかかってくる。

「うわああああ助けてえええええ」

 クリスマスツリーの周りをぐるぐる回りながら漣から逃げる俺。

 そんなふうに騒いでいると、どこからともなく呆れた声が聞こえてくる。

「なんやどこでもやかましいやっちゃな……」

 この独特な関西弁女子の声で、思い出さない相手はいなかった。

 クリスマスツリーの前には赤いジャージ集団、垂水実業。その中心にはエースの織田がいた。

「あはは、どーも。お買い物かな?」

「わてらはイフシンのオフィシャルショップに行ってたんですわ」

 どこ行ってもスポーツ屋行くんだな…… 京都ならもっと神社とか行かないのかな?

「そ、そうかそうか」

「ところで区間オーダーの噂聞きました?」

「う、噂?」

 うちは無名の弱小校だからそんな情報網なかったな……

「どういうことだ?」

「横浜会鳳の1区はやっぱり佐名木はんやわ」

「ん?誰それ」

「先生知りまへんのか。今年のインターハイの決勝のレースをめちゃくちゃにした原因とも呼ばれてる人や」

 今年のインターハイ、女子3000m決勝。そういえば、1周ごとにペースが5秒ほどずれるめちゃくちゃなレースになり、実力ある選手がボロボロ負けていったと聞いた。

「んまそれのお陰でわても入賞できたんやけど……そのペースをめちゃくちゃにした原因が、先頭で走ってた佐名木はんなんや」

「原因って、何か心理操作でもしたのか?」

「なんなんやろな。せやかて、気づいたらめちゃくちゃなペースになってたんや。わては不調で、後ろでレース進めてたから無駄にバテずに済んだけど……普通にレースしてたら敵わん相手やわ」

 なんだそれ。全国にはわけわかんない相手がいるもんだ。

 俺のことを追いかけまわしていた漣も、そのことは耳に入っていたようだった。

「なによその相手…… そんな相手と、明日は走らなきゃなの」

「おお漣、久々やな。明日の1区は漣なんか」

「そうよ。何か悪い?」

「相変わらず愛想悪いな…… まぁ明日の1区は気を付けやっちゅーことや」

「なるほどね。まぁ全国の舞台は楽勝じゃないってこと」

「加えて明日は雪予報。こりゃアームウォーマーだけじゃ足らんかもな」

 織田はそう言いながら、イフシンの袋をぶら下げる。

「んまぁこの手の装備は雪国の人の方が強そうやけどな」

「そうだといいけど。明日は頑張りましょ」

「お互いにな」

 漣と織田はそう言うとがっちり握手した。

 気付いたら仲良くなっていた。こういうのもちょっと微笑ましい、のかな。

「それじゃまたな。風邪には気ぃつけてな」

 あははと苦笑いしながら織田含め垂水実業の一行に手を振る。なんだ勘づいているのか?

 のんきに手を振っていると、俺の頬に冷たい何かがあたる。見ると、それは水滴だった。

 ……雨か?

 いや違う。これは―――

「ねー見て! 雪―!」

 涼風が空を指差した。

 そこにはひらひらと綿埃のような雪が降ってきた。

「……いよいよ本番か」

 ホワイトクリスマスが、京の都にやってきたのだった。

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