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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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旅支度

 2学期の終業式。俺は体育館の壁に寄りかかりながら、校長の話に耳を傾けていた。

「えー、来週日曜日には駅伝の全国大会、都大路が行われますが――――」

 キーンと冷える体育館に響く校長の声。紹介してもらえるのは嬉しんだけど、早く終わらないかななんて思いながらその話を聞いていた。

 思えばこの人、今考えると本当に何したいのか分からなかったな。

 大森から駅伝部の監督を引き継いだかと思えば育成失敗、その後何年も駅伝部を放置。廃部になろうとしたそのとき責任をなすりつけるために俺を雇用。そして教頭が俺を退職させようとしたらその味方について俺をクビにしようとして――――

 校長がいなければ俺がこの駅伝部で都大路に出れるなんてありえなかったわけだが、一方でこの校長にはマジで酷い目に遭わされているわけだ。ああもう、なんだかな。責めるにも責められないこの気持ち。

……まぁもうどうでもいいや。都大路には出れるし、教頭も完全に部活動には賛成だし。駅伝部がなくなるなんてありえないだろう。

 今は、都大路で入賞という結果を残すことだけに専念すればいいんだ。

 この土日はいい練習が出来ていた。土曜日は10000mのペースランニングでじっくり身体を作った後、日曜日は2000mと1000mのインターバル。寺門も手伝ってくれたおかげかいい雰囲気で、集中しながらトレーニングできたと思える。

 そしてここにきて信乃の調子も上がってきたようだった。東体大記録会前はインターバルトレーニングで離れ気味だったが、2000mなんてサクラと小競り合いしながら稲穂と涼風を追いかける様子も見られた。

メンバーが発表されて信乃も吹っ切れた部分があったのかもな。さすがにもうメンバーとして使うことは出来ないだろうがどこかで1本レース走らせてみたかった。

 ……まぁこれで教頭と少し話しずらくなったというのは否めないけどね。ずっと娘である信乃のことを応援してたわけだし。

 ぶつくさ考え事をしていたら、演説中の校長からキラーパスが飛んでくる。

「えーではここで、駅伝部顧問の栃岡先生と、部長の藩内さんから一言もらいましょうかね。お二方―?今日いますよねー?」

 はい?なにこの急な無茶ぶり!

 話振るなら終業式の前に伝えておいてくれませんかねぇ!

 ……まぁいいや。

 こないだの全校雪かきの感謝も伝えたいと思っていたところだ。それにこういう舞台で自分たちの決意を伝えることも、アスリートとしてあるべきことだ。

「はい! 今向かいます」

 かるーくジョギングしながらステージの方に向かっていく。

 なに話そうかなぁ。というか何分話そうか。話過ぎてもだめだしなぁ。

 なんて思いながらステージに上っていく。

 でもこの時点でなんか、全校生徒の方から声が聞こえる。

「うおーお似合いお似合い」

「やっぱり運命の二人、うらやましー!」

「あのカップル本当にお似合いだな!」

 ん? 何の話だ?

 カプールって何? ネオジオン?

 なんか最近、京子はじめ駅伝部員と話すとコソコソ話が聞こえるんだよな……

ステージを登ったら校長のほかに、京子が既にいた。

 彼女は全身をカタカタ震わせながら、うつむく。何を話したらいいのか分からないと言わんばかりの京子の表情。

 この様子を見る感じ、まずは俺が話してから緊張をほぐした方がいいかな。

「まずは私の番ですね」

 俺は校長からマイクを拝借する。

「みなさ―――――」

 一言発した、その瞬間だった。

 キイイイイィィィィィィィイイン!!!

 予期せぬマイクの高音が二ノ丸高校の体育館中を突き破る。

 体育館中から生徒の悲鳴が聞こえてくる。

「ぎゃあああああ!!!!」

「私この音むりいいいい!!」

「音量さげろよおおおおおお」

 やべぇ。この数秒で何人もの生徒を地獄に送った気がする。

 ていうかどんだけマイクの音大きかったんだ……

 今度は少しだけマイクから離れてみて、話を始める。

「し、失礼失礼。駅伝部顧問で、2年4組副担任の栃岡です。まず皆さんに、ありがとうを伝えたいと思います。大雪の除雪のことです。大会直前は練習量を落としますけど、外を走れないのは逆効果です。みなさんの雪かきのおかげで、順調に調整ができています。本当に、ありがとう」

っと、雪かきしたのは全校生徒ってわけでもなかったっけ。

「春から本当に色んなことがありました。年をとると1年が経つのが早く感じるって言いますけど、今年は特にそうでした。年の瀬だからか、余計にそんなこと思っています。

 実は都大路を目指し始めたのって夏休みからなんです。夏に、前駅伝部顧問の大森先生っていう人に会って、また都大路を目指したいと思った。それがきっかけ」

 言いながら思い出した。そういえばそうだった。あの合宿からだった。

 妙高での合宿。そこで俺は、無理やりながらもみんなと都大路を目指そうと思った。

「県駅伝で3位になって都大路出れないと思ったときは、もう終わったと思いました。でもそれから北信越駅伝で3位になって、追加での都大路出場が決定。奇跡としか、言いようがない結果です」

 俺は、息を大きく吸い込んだ。

「人生って、何が起こるか分かりませんね。本当に。僕もこの歳になって5000mの自己ベストを更新できるなんて思いませんでした。何が起こるか分からない都大路、全力で臨んできますね」

 勢いよく礼をした。

 さて次は京子だ。

 京子は未だにカタカタ震えながら、それでもマイクに歩み寄る。

 マイクの前に立つ京子。しかしマイクは小学生程度の身長の京子の頭上の上にセッティングされている。

「あ、あははは……」

 身長が足りていないのだった。彼女は苦笑いしながらマイクの先端を上向きから下向きにする。

「こんにちは。駅伝部部長の藩内京子です。こうして都大路出場のご挨拶ができることは、まだ……まだ信じられていません。たまに朝起きた時に、頬をつねっちゃうくらいです」

 教員や、3年生のクラスメートから笑い声が聞こえる。京子、笑いをとるのがうまいな。

「春はまだ3人だった駅伝部でインターハイを目指しました。でも県大会も抜けられなくて、それで一度は引退したんです。でも駅伝部に人が増えた時に、やっぱり駅伝に出たいって思って、また駅伝部に帰ってきました」

 京子、ちゃんと話せるようになったな。

 感心していたその時だった。彼女の口から、衝撃的な言葉が出る。

「私の父は、日本記録保持者のマラソンランナーでした」

「なっ」

 京子、なんでそんなことここで言うんだ!

 それは京子自身があれだけ隠していたことじゃないか。俺にも、駅伝部にも。

 そんなこと話してまた発作が起こったら――――

「私はその姿を追いかけて走っていたんです。でも、それは辛いだけの道のりでした。だから春の県大会では、辛くて、一歩も動けなくなってしまって、栃岡先生や、漣さんや稲穂さんにご迷惑をおかけしました。

 わたしにとって走ることは、そんな意味しかなかったんです」

 京子の母親が言っていたことを思い出した。「夫が、あの子に走ることを教えたんです」という言葉。それを正直に受け取った娘が学んだことは、走ることだけではなく、父を追いかけることもしてしまったということか。

「でもそれはちっぽけなことだって最近気づきました。父のことは尊敬してますけど、それとは別のものを駅伝部(ここ)で見つけた気がします。この駅伝部で一緒に走って、勝ち目のない勝負かもしれなかったけど、楽しくて。気づいたらこんなに遠くまで来てしまいました」

 それが今朝白(けさじろ)さんのトラウマを解消することにつながった、ということだな。

「私が走る予定の最終5区の5kmは、私の父、今朝白健児が走れなかった残り5kmなんです。私の父はゴールまであと5kmの西大路三条の交差点で、亡くなりました。

だから、これを走ることができれば、私は本当の意味で高校を、高校駅伝を卒業できると思っています。二ノ丸高校の3年生代表として、駆け抜けてきます

応援よろしくお願いします」

 京子は全校生徒に向かって、深々とお辞儀をした。

 俺はその様子を見て、成長したなと思ったが、一方でまだ何か抱えている京子がいるんじゃないかと思ってしまった。

京子はまだ父親の後ろ姿を追い続けていて、だからここで父親のことなんて話したのかもしれない。だとしたら彼女を5区に起用するのは―――

いや、考えすぎだ。もう彼女自身も決心はついているはずだ。

マイクから立ち去る京子の姿を見て、余計な考え事をしてしまったなと思った。

 司会役の教頭が、咳ばらいをして進行をする。

「次は校歌斉唱です―――――」


 終業式が終わってから、午後は部活になった。とはいえ、明日から京都入りする俺たちは練習の前に荷物のチェックをしていた。

 各部活共通の備品庫。ここには、駅伝部の冬用の装備が眠っていた。

「ゴホ、ゴホ! 何よこのボアコート! ホコリまみれで着れたもんじゃないわよ!」

 漣がキレながらボアコートを下していく。

「これ俺が都大路に出たときに着てたやつだ」

「えっと、栃岡先生が高3に出た都大路が最後で、栃岡先生は社会人4年目だから――――8年間、このボアコートは放ったらかしってこと?」

「そーゆーことだな」

「こんなの着れるわけないでしょおおおおお!!!!」

 さすがに今からクリーニング出しても遅いか…… うーん、陸上部かサッカー部から、ボアコートは借りないとだな。

 信乃が呆れながらボアコートを段ボールに戻していく。

「いったい、どんな備品の管理なんですかこの学校は。お父様にも注意しないといけませんね」

「いや、とっておいてもいいものだってあるぞ。例えばこの記録集とかな」

 俺はずらりと並んだ「駅伝部年間記録全集 2012年版」を手に取った。

「見ろ見ろ。『長岡シティロード10km 2位 栃岡翔』、『高田トラック競技会5000m 2位 栃岡翔』すごくない、俺??」

 信乃はそれを見て、目を丸くする。

「さすが栃岡先生です。でもなんで全部2位なんですか?」

「1位が全部今朝白さんだったんだよこれ……」

 長岡シティロードの10kmでも30分台で走って、高田トラックの5000mでも14分20秒くらいで走ったってのに。今朝白さんは10kmを28分台、5000mも13分前半で軽々走っちゃうんだもの。勝てねぇ。

「ん、この写真なんですか?」

信乃が指さした写真は、俺が北信越総体5000mで優勝した時の写し―――

「うわああああそれはだめえええええ!!!」

 俺はそれを奪い返そうとしたが、信乃はそれを千香にパスする。

「え、このツーショット! めっちゃ貴重じゃないですか!!」

 そこに映っているのは優勝トロフィーを持って右眼を隠している俺と、顔を真っ赤にしながらそっぽ向いている朝陽。俺は高校生らしい短髪だしやっぱり童顔だ。朝陽も朝陽で、二ノ丸高校の制服を着て、素朴な感じだ。なんていうかその、純朴な感じがする。

 ってかてか! なんでこんなもの記録集に載ってるんだよ!!

 騒ぎに加わろうと、うじゃうじゃ集まってくる駅伝部。

 稲穂はなぜかワクワクした表情だ。

「吉川先生が初々しい!でも栃岡先生のこのポーズなんですか?」

「そこは触れちゃダメ!」

「あれれ? でもこの時はもう付き合ってるはずなのに距離離れてないですか?」

 あはははー。結局手も繋げなかったっけな。

「それはいいから――――。って、あれ?」

 稲穂の声を聴いて、ちょっと違和感を覚えた。

「稲穂、ちょっと声低くなってないか?」

 いつもと声が少し違うのだ。そういえば今週は一度も大声を聞いていない。

「あ、ちょっと、備品庫がホコリっぽいせいですね」

「それにしてもそんなに声が変わるか?」

「や、やだなぁ。栃岡先生、気のせいですよ。それにしてもこの写真――――」

「うわああああもうやめてえええええ!!!」


 俺はその時まだ気づいていなかった。

 この都大路の準備には、重大な不足があったことを。


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