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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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チームメイト

 ここは新潟県最大の陸上スタジアム、ビッグスワン。国際大会も開かれるほどの大きなスタジアムも冬には新潟県中のアスリートの練習場所になる。

 室内練習場に集合した駅伝部をサークル状に座らせてミーティングをしていた。

「都大路の区間を発表する。


1区 漣

2区 稲穂

3区 涼風

4区 サクラ

5区 京子


補欠 信乃 千香」

 自分の名前が呼ばれると、はい、と返事する部員たち。

 半分は予想がついていたのかリアクションはまぁまぁだ。メンバーからもれた千香は本人の予想通りだったが、信乃も「そうですよね」と言わんばかりの表情。

 急に取り乱したりしなくてよかった、と安堵してしまった。みんな覚悟は出来ていたのだ。

「都大路は当日朝に最終オーダーを提出するからまだ区間変更は可能だ。でもここから変える気は基本的にない。区間配置の理由はこれから話すが、その前に何か質問は?」

 黙る部員たち。今さら、異議申し立てはないのだろう。

 話を続ける。

「1区の漣は納得だろう。タイムも実力も今はチーム1だ。都大路の1区は先頭にどこまでついていけるかが最大の課題だし、前に出なければいいだけの話だ」

「都大路の1区ってそんなに速いの?」

「試走で見たと思うが、あの上りのコース6kmの区間記録は18分58秒だ」

「3000mでも9分半のペースを2回連続、しかもひたすら上りのコースで…… やっぱりケニアからの留学生?」

「日本人だよ。インターナショナル記録は18分35秒」

「ひぇ……ホントに同じ高校生なの……」

「今年も高校生トップクラスが出場する。規定により留学生は出てこないがインターハイ決勝レベルの区間だぞ」

「ワーオ、デハ、私モ走れませんネ」

 サクラも留学生だったなそういえば。もはやそんな気しなかったけど。これはサクラがこれから速くなっても起用できない、かな。

「2区は稲穂。東体大記録会のタイムは涼風のほうが上だが、レース経験を考えれば稲穂を長い区間に持ってくるのに異論はないだろう。中学時代には、都道府県対抗駅伝の補欠にもなってるし全国の雰囲気も分かる」

「えへへ……そんなに褒めますか……」

 鼻の下を伸ばす稲穂。ちょっと褒めすぎ、だったかな。

「3区は涼かーーーーー」

 と言いかけた瞬間に涼風の邪魔が入る。

「待ってましたああああ!!!」

「黙ってろ! 3区は涼風。東体大のタイムはまぐれじゃないし、実際チーム3,4番手の力はある。3km区間のうち、流れを崩さないように前の方に配置する」

「あれ、この区間て折り返しあったよね?」

「そうだ。最初は下りだが折り返してからはずっと上りだ。最初突っ込み過ぎると北大路通りに行く前に力尽きてしまうから、注意が必要だな」

「なるほど……雰囲気に飲まれないことが大事そうだね」

 涼風もそういうこと言えるようになったか……と少し感動した反面。漣みたいに最初飛ばす展開にならないか不安になった。まぁ性格も全然違うし、大丈夫だろう。

「4区はサクラ。一番駅伝の経験がないサクラだが、ここまでくると集団はバラけてロードレースに近くなる。自分のペースで、バッチリとタイムを狙ってくれ」

「イエス。自己ベストヲ狙う、ソンナイメージですネ!」

「はは、そうかもな。ホントに自己ベスト出しちゃってもいいんだぞ」

 サクラには駅伝を難しく考えてほしくなかった。北信越駅伝でも4区でいい走りをしたし、今回も期待したい。

「そして5区は京子だ」

 そう俺が言うと急に緊張感が漂う。

「正直、京子をセカンド・エース区間である5区に使うかは迷った。でも都大路は勝ちにこだわりたいんだ。出し惜しむのは、なしにしよう」

「本当に、私でいいんですか?」

 京子は不安そうな顔をしていた。

 無理もないだろう。ようやくコースをジョギングくらいは出来るようになったとはいえ、前の試走では一度倒れている。

 精神的なトラウマはなかなか克服できない。俺もみんなもそう思っている。

「京子には酷なこと頼んでいる自覚はある。京子が走る最後の5kmは……今朝白さんが走れなかった、5kmだから」

 京子は、やっぱり気づいていましたかという顔をする。

 父親が亡くなったコースを娘が繋ぐ。たいそうドラマじみたことだが俺はそんな意識なんてなかった。コースはコース、選手としてここを走り抜けてほしいのだ。

 2区みたいな4km区間の方が無難だとは思った。でもやはり、今の駅伝部でタイムを狙って勝負するには京子を5区に置くしかない。

「俺は勝ちにこだわりたい。勝負がすべてじゃないけど、ここで安全策に走ったら負けていった学校にも申し訳ないんだ。暁月(あかつき)、とかな」

 北信越の最後の最後で涙を飲んだ暁月のことを少し気にしていた。勝った相手にどうこうというのはあるが、やはり今まで勝手に悪者扱いしてた寺門には申し訳ない。

 因縁のライバルほど、いなくなると寂しくなるものだ。

「今日は暁月もトラックで練習してるみたいだから、いい刺激になるだろう」

 じゃあ今日の練習はじっくり10000mのペースランニング、と続けてウォーミングアップに出掛けさせた。

 都大路まであと1週間。でも焦ってスピードを上げてはいけない。最初はキロ4分かけていいから、全身持久力を強化するんだ。

 スクワットや体幹トレーニングなどを交えつつウォーミングをする部員たち。県大会後に少し教えただけでみんな取り入れるようになった。こういう素直さは、タイムの伸びに直結してくる。

 そんな様子を見て安心しつつ、トラックを見つめる。

 ビッグスワンの上には雪が一切ない。整備が行き届いている証拠だ。

 今日明日はここで練習する。集中した練習が出来そうだ。

 よし俺も少しジョグするかーーーーと思い歩き始めたとき、ふと、同じ方向に歩いている女子選手がいることに気付く。

 漣みたいなショートヘアに、大きめな身長をしている。黄色と黒でデザインされたジャージの背中には「NIIGATA」の文字。あれは国体代表選手しか持っていないものだ。

 もしやーーー

「なぁ、寺門か?」

 振り返ったその彼女は、髪をかきわけながら返事をする。

「あ、はい?」

 やはり彼女は寺門だった。いつもと変わらぬショートヘアーーーではなく、若干長い。よく見たら毛先が肩まで届きそうだ。

「やっぱりな。なんでビッグスワンにいるんだよ。3年生だし受験とかあるだろうに」

「推薦でもう決まったんですよ。スポーツ強い大学にしたので、話は早かったです」

「へぇーそうだったか。やっぱり体育大?」

「いえ普通に経済学部です。明英大の」

「明英行くの!?」

 まじかよ寺門が俺の大学の後輩になるのか!まぁ明英大は長距離だけじゃなくトラックもフィールドも全日本インカレは出てるからな。

「そうか。今日は二ノ丸もみんなはペースランニングだけど、一緒にやるか?」

「いいんですか?私は他校の選手ですよ」

「学校は違うが、もう都大路を狙うわけじゃない」

「なるほど」

 寺門は納得するような顔をすると、あっと声を出した。

 何やら嬉しそうな表情を浮かべる寺門。

「どうした?」

「いえ。(れん)ちゃんと久しぶりに、全国駅伝の練習が出来るんだって」

 寺門は(さざなみ)と同じ出崎中学の出身。同じチームながらも、中学のときは漣のインフルエンザで全中駅伝には出場出来なかった経歴を持つ。

 漣もそのことはかなり気にしていたようだったが、寺門も思い入れが深かったんだな。

「今日は10000mだけど、一緒にできるか?」

「もちろんです。もう関東インカレの標準は切ってますから、今から走り込まないとです」

「オフも大事だぞ」

「北信越駅伝終わってから先週まで走ることもできませんでしたからね。誰か達のせいで」

 あははー、そういいますか。

 そういえば寺門って毒舌キャラだったな。気にしないでおこう……


 ウォーミングアップを終えてスタートラインに集合する駅伝部。アンド寺門。

 土曜日のビッグスワンの空はスカイブルーの青空で、この時期の新潟としては珍しい天気だ。

「み、美希先輩? なんで」

 寺門の姿を見た漣は急に混乱した様子だ。

「久しぶり。ペースランニングやるみたいだから、」

「なんで、私たちの練習に付き合ってくれるんですか。義理を返すのはこっちですよ」

 北信越駅伝以来、会うのが初めてなのだろうが、それだけじゃない。

 彼女たちは因縁の仲。中学生時代のーーーー

(れん)ちゃん、もうやめて」

 寺門は急に様子が変わった。

 俺も漣も、というか駅伝部全員が驚く。

「私はね、漣ちゃんと走りたいからここにきたの。そういうこと言わないで」

「……美希先輩……ごめんなさい」

 気まずそうな漣。寒空のビッグスワンのなか、漣の体は余計に委縮しているようだ。

「いいの。(れん)ちゃんは責任感とか、感じすぎ。もっとやりたい放題やればいいのに。栃岡先生みたいに」

「そこで俺出てくるの!?」

 なんというキラーパスだ。寺門、北信越のときより進化している気がする。

 このわけわかんない感じ、意外と明英大に適応してくれるかもな。いやなんでもない。

 寺門は自分で作った気まずい空気を自分で変えようとする。

「とにかく今日はよろしくね。いつもはライバルだけど、今日はチームメイト。走りの癖も指摘したいな」

 その言葉に稲穂が反応する。

「やっぱり寺門先輩って中距離選手だから、ランニングフォームには敏感なんですね」

「中距離も長距離も、短距離も関係ないわよ。筋力強化だけじゃなくランニングエコノミーの追及って大事なものよ」

「さすが、国体選手ですね。ランニングフォームの解析もやってるんですか?」

「ナショナルセンターでの合宿も夏に行ったわ。インターハイ・国体入賞クラスなら半額で行けるから、稲穂ちゃんも頑張ってね」

「はい!!! 頑張ります!!」

 稲穂はすぐに寺門に溶け込んでいるようだった。すごいな、この人に付け入って情報を得ていく感じ…… 江戸川記者みたいだ。

 雑談もほどほどにしてペースランニングをスタートさせた。

 最初は1キロ4分を上回る緩いペースで入る。最初から速いペースで入るのもいい練習だが、本番も近いこの時期に悪いイメージがついてはいけない。あくまで、いいイメージで練習を終えないといけない。

 ビッグスワンのトラックに雪解け水が広がっている。晴天の光がそこに差し込んでおり、トラックが光輝いていた。

 最近の天気はずっと曇りばかりだった。でも今日のこの風景を見ると異世界の気分だ。

 駅伝部は5区の京子を先頭に、4区のサクラ、補欠の信乃と千香、3区の涼風、2区の稲穂、1区の漣と続く。5区になるほど、集団はばらけて個人レースになる。そのための練習だ。

 寺門はその外側を走って1人ずつアドバイスを送る。今は、信乃だ。

 俺はそばで走りながら彼女のアドバイスに耳を傾けた。

(しん)ちゃん、身体が浮いてる。重心が高いと疲れるから、一度肩回して力抜いて」

「なんですかその幼稚園児アニメの主人公みたいな名前は…… でも、ありがとうございます」

「それと、体大きいしそのランシューは薄すぎるよ。力逃げちゃう」

「なるほど、薄ければいいわけじゃないんですね。ロードではアディノのカスタムで対応しますが」

「あーなら大丈夫かもね」

 なかなかハイレベルなアドバイスを送りながら、寺門は余裕そうにアウトレーンを走っていく。やはりセンスあるな。

 ペースランニングは5000mを過ぎてから少しペースを上げる。キロ4分を切ってからみんなの動きは少しずつダイナミックになっていく。

 寺門は後方の漣のそばを走る。漣と寺門の並走は北信越駅伝ぶりだな。

「漣ちゃん、都大路の1区はここからきついよ」

「美希先輩、1区走ったことあるんですか?」

「試走で、タイムトライアルだけどね。でもね、本当にきつかったなぁ」

「美希先輩でもかぁ……」

「でも最近は前半スローペースで、高架橋をくぐってから一気にペースアップするのが例年の流れだよね。あ、でも今年の1区はーーーー」

「こ、今年は?」

「今年はちょっと厄介な子がいるみたいだから…… 気を付けてね」

「え? あ、そうなんですか」

 なんか変な声が聞こえてきた気がするけど。

 なんだろう? 事前のタイム調査では、3000m9分を切るほどのけた違いの選手はいないし、3000m9分10秒前後の選手が母集団だ。

 まぁそれでもおかしい展開にはならないだろうな。きっと。

 ペースランニングは残り3000mを過ぎると少し苦しいペースになる。3分30秒台のペース。

 京子の作るペースは1周ごとに2秒ずつほどのずれがある。これは俺がこっそり指示した内容だ。ペース感覚に敏感になるのもいいが、それなりに揺さぶりには対応しないとだしね。

 苦しいわけでもないが少しダメージもある、そんな練習も40分もすれば終わってしまう。最後は軽く3'30を切るくらいまで上げると、そのまま全員でゴールできた。

 一人くらい、調子が悪くてやめてしまうかと思ったけど、そんなことなかった。みんな順調じゃないか。

 息を整えつつ1周流す。みんなで走れたとはいえ、みんな不安もあったのだろう。どこかしら安堵の雰囲気もある。

 俺はジョグするみんなに合流して一緒にクーリングダウンのジョグを行う。

「みんないい感じだな。ビッグスワンでの練習は集中できただろう」

 ちょっぴり疲労感のある顔を見せた千香が、安心したように微笑む。

「まだ強い練習ではないですが、初めて、一緒にポイント練習できました」

 頬を真っ赤にしながら、えへへと笑う千香。やっと駅伝部の練習がこなせて嬉しかったんだろう。

「それに今日は、美希先輩がいたから、中学思い出しちゃったんですよ」

 そういえば千香も同じ中学校だったな。

 寺門はそれに気付いたように、話に割ってくる。

「私も千香ちゃんと走れて嬉しかったよ。本当、昔から何も成長してなくて安心しちゃった」

「それを言うなら『なにも変わってなくて安心しちゃった』じゃないですか?」

「うふふ、そうだね」

「ですよね!」

 そういうことだったの!? 全く分からんなこの毒舌キャラ……

 寺門の顔は満足そうだった。なんというか、今まで見たことない顔だ。

 そりゃ俺が寺門と関わり始めたのなんてつい最近だけど……でも、こんな自然な笑顔をする子ってイメージなかったからビックリだ。

 寺門は、あ、と声を出す。

「そうだ。栃岡先生、お願いがあります」

「ん?どうした?」

「私を二ノ丸高校の都大路に同行させてください」

「えぇ!?どうして!?」

「サポートは1人でも多い方がいいですし、去年も一昨年も都大路は走ってます。女の子の気持ちも分かりますよ」

「サポートが増えるのは嬉しいんだけど……でもなんで、急に」

「もう一度、最後に都大路に行きたいんです。漣ちゃんや千香ちゃん、それから二ノ丸高校のみんなと。一緒にいたら、楽しくなっちゃって」

 一緒にいたら楽しくなった、か。

「遠足気分はお断りだぞ」

「安心してください。最後まで勝ちにこだわります」

 寺門はそう言うと息を大きく吸った。

「二ノ丸高校駅伝部、ファイ、オー!」

「寺門がそれ言う!?」

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