白い吐息の季節のなかで
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァーーーーー」
教室棟の廊下を使っての軽いインターバルトレーニングを終了した駅伝部。吐く息は白く、いかに気温が低いかを物語っている。
慣れないトレーニングだ。これまでは体育館をランニングしたり、多少の雪でも外を走っていた。でも今は膝より高く積もった雪のせいでそれどころではない。
雪掻きも無意味だ。消雪パイプなんて便利ものも、二ノ丸高校付近の道には通っていない。こんな田んぼ道にそんなのあるわけない。
今はただ訪れる冬のなか、ただただもがく時季なのだ。
「んもー! 廊下ばっか走るの飽きたー!」
涼風が耐えきれない様子。廊下という単調な景色に、早くも嫌になったのだろう。
それに反応した漣。
「しょうがないでしょ! 外は大雪、体育館は他の部活、県営の陸上競技場までは車で1時間。こんな環境じゃここしか走る場所ないでしょ!」
漣も嫌そうな顔はしていた。12月に入ってから何度か行っていた廊下練習も、彼女にはキツいんだろう。
混乱する双子。京子は物憂げな顔をした。
「贅沢ばかりも言ってられないけど……廊下練習ばっかりだと、レースに向けての感覚は鈍りそうだね」
京子の言う通りだった。いくら「走ってる」とはいえ廊下の往復。全長100mもない場所を行ったり来たりというのは、確かにトレーニングとして良くない。
うーん……土日は新潟市のほうに練習行って、ビッグスワンででも練習しようかな。新潟市内はあまり雪降らないし、あそこはスタンド屋根つきの競技場だから雪もあまり積もらない。
でもそれまでの数日間はやっぱり廊下練習しかないのかな……
そのとき、ばっと稲穂が立ち上がる。
「こ、こうなったらみんなで雪掻きしましょう!!!」
けたたましく声をあげたのも束の間、すぐにサクラに否定される。
「リアリー? 徹夜シテも無理ダト思いマス」
「うぐぐ」
稲穂の提案は一瞬にして消え去った。ちょっと無理があったかな。
こうしていると千香も黙っていられない様子。
「じ、じゃあ生徒会の予算使って二ノ丸付近の道に消雪パイプを整備しましょう! それかうちの陸上競技場に水を撒けば!」
でもそれを却下するのは信乃のお仕事。
「千香さん」
「うっ」
「道路を勝手に改修するのは罰せられます。陸上競技場に水を撒いても、そこまで行けません」
そうなのだ。二ノ丸高校付属グラウンドである陸上競技場までは地味に走る。400mくらい? 冬はそこまでの道が車も通れないくらいの雪に閉ざされていて、なんだったら車両通行も禁止になっている。
どんずまりだ……
自然を前に人間は無力だと感じる。関東で箱根駅伝を目指すような大学にはこんな悩みは無縁なのに、都道府県対抗の競技はこんなにも苦しい。
都大路まであと少しとはいえ、東京体育大学からのピーキングは非常に難しい。いかに力を落とさずに、かつ調子を上げて次に挑めるか。そのためにはやはり外で練習したい。
うーん、一人で悩んでてもしょうがないな。とりあえず職員室に持ち帰って相談しよう。他の部活の先生も、同じような悩み抱えてるかもしれないしね。
さっと集合して解散にすると、「風邪は引かないで」と釘を刺して解散にした。
職員室に戻った俺は早速、駅伝部の良き理解者となった教頭のもとに向かう。
「お疲れ様です。駅伝部のトレーニング環境についてご相談があるんですが、いいでしょうか?」
「うむ、どうしたんだね?」
あの1件以来、教頭はよき相談相手になってくれている。
まぁ今まで部活指導に関わったことがない教頭なので正直行動が読めない。いきなり「遠征費を出す!」とか言われても駅伝部だけに支出割くわけにも行かないし、ていうかもはやポケットマネーを出してくる勢い。
さすがにそれはどうかと思うが、それでも協力的な姿勢はありがたい。
「なかなかトレーニング場所が確保できないんです。廊下でのランニングは危ないですし、トレーニング効率も落ちます」
「やはりただ走るだけではいけないのだな」
「はい。ですので、除雪車を使って学校の前の道を整備したいと思うんです」
簡単な除雪車くらい学校にあるだろう、と思って聞いたのだった。
さすがに雪国だ。トラクターみたいな大きなものじゃなくても、10万円以内で買える除雪機くらいあるはず。
しかしーーーー
「うーむ、今ちょうど除雪車が壊れていてな。人力で作業する他ないのだよ」
「そんな」
なんでまたタイミングが悪いんだ。除雪車さえあれば二ノ丸高校の前の道路の雪を一掃できたと思ったのに。
「新たに購入の予定はないんですか?」
苦しい顔で教頭に聞いた、その時であった。教務室にいた教員の一人が口を挟んでくる。1年生の学年主任、バスケ部の先生だ。
「うちの部活のボールも買い換えたいと思ってたんですよ。駅伝部のために買うなら、ついでにお願いしますよ」
彼がそんなことを言うもんだから他の部活の顧問まで参入してくる。
「それならサッカー部にフットサル用のゴールを購入しましょうよ。この前生徒が壊しちゃって」
「野球部のチューブトレーニングを導入したいのでーーー」
いつしか職員室中から、部活を持つ教員達の要望が溢れていた。
あれが欲しい、これが壊れた、それを予算でなんとか。
そう言われると耳が痛い。駅伝部の要望として除雪車を買う、なんて要望はスケールが大きいのではないかと思った。
でもそれ以前に、論点がズレている。話の収集がつかなくなっているじゃないか。駅伝部の要望を聞いてもらおうと、俺が直談判しているのに、それに便乗して不平不満を言われてる。たまったもんじゃない。
教頭も教頭で苛立ちを覚えたようだ。ゴホン、と低く咳払いをする。
「ともあれ、今の時期にすぐ購入は出来ないようだ。しょうがないが、土日に強い練習を入れるなどして工夫してもらうしかないな」
「そう……みたいですね」
これ以上騒動を大きくしたくないというのは俺も教頭も一緒のようだ。俺はそれ以上の抵抗を止めて自席に戻る。
まったく。
せっかく部活動が自由に出来るようになったのに。文句だけダラダラ並べていて一体何になるんだ。部活動推進の前は、お金がなくても反対されてても、何とかしようという雰囲気があったはずだ。
部活が推進になったからといって教頭は教頭だ。管理職としての立場もあるし、部活動だけが暴走する状況なんて絶対にあってはいけない。過ぎたるは尚及ばざるがごとし、なんて説教くさいけど、ちょっと教員達も場をわきまえて欲しい。
くーっ。これで週末まで強い練習は出来ないか。
しかし痛い。東体大記録会からまともに長距離らしい調整が出来ていない。強豪と呼ばれる九州勢なんて、今日もトラックで練習できてるんだろうな。もちろん織田新子のいる神戸だって。
やるせない思いが俺を襲う。このままで都大路はなんとかなるのか?5000mのタイムが上がってきて入賞目標の尻尾が消えてきたってのに。
くそう。こうなったら何でもやってやるわ。俺はあーだこーだ文句を言うだけの連中とは違う。自分の力で、やれるだけやってみるんだ。
思い立ったが吉日。俺は仕事も中途半端にデスクを出ると、トレンチコートを羽織って玄関を出るのだった。
二ノ丸高校を発着で1周1.3kmのランニングコースは既に作ってある。そのほとんどは深い雪に覆われている。
でも、その100mだけでも除雪できたらジョギングやスプリントの練習くらいできるだろう。アスファルトの上を走るのは大事だ。それくらいなら明日の練習までにはいけるんじゃないかな。
高校の玄関にあるスノーダンプを1つ肩に担ぐ。久しぶりに担いだそれはまずまず重いが、これから味わう筋肉痛に比べれば大したことなかろう。
車の出入り口から重いスノーダンプを使ってガシガシと1m弱もある雪をどけていく。
表面にあるのはモコモコした雪で、これは昨日今日で積もったものだろう。30cmくらいの層になっている。
その下にはシャーベットのような氷の層。これは一度溶けてから、再び固まっているので氷に近くなっている。これが結構厄介で、削りにくいし重い。
「スノーダンプよりも、スチールスコップの方が削りやすいかもな」
スコップを手に持つ。そして高度をつけて、今度は勢いよく削っていく。やはり大型のスノーダンプとは違って軽いし削りやすい。
そしてスコップで地面を削り続け、やっとの思いでアスファルトの黒が見える。ここまでざっと10分弱はかかった。
にしてもまだ50cmくらいしか進んでないぞこれ。一気に100mやるのは無理だな。明日の朝も来ることにしないと。
え、しかも明日の昼って雪予報じゃなかったっけ? だとすると部活の前に授業終わってから来ないとだ。
次々に嫌な気持ちが頭に浮かんでいく。やり始めたはいいものの途方もない作業だということに気付く。
えぇい!もうやり始めたものはしょうがない!
俺はスノーダンプを再び手に持って作業を再開する。
100mじゃなくても、80mでも50mでもいい。とにかくアスファルトの上を走ることが大事なんだ。やれるだけやってみるんだ!
「ああぁ!くそ!」
苛立ちを雪にぶつけるように、スノーダンプで雪を掻き分けていく。
外は真っ暗で、数少ない街灯に照らされた雪だけが道しるべ。意外と明るい。
道路には駅に向かうスクールバスや、送迎の保護者の車が行き交う。端から見れば何やってんの状態なんだろう、な。
部活の生徒がぞろぞろ帰り始めてきたとき。一人黙々と雪掻きをする俺に近づく女子生徒二人がいた。お揃いのモコモコしたマフラーを付けている。
彼女達は、1年生の宮内と前川だった。
「栃岡先生、こんなとこ雪掻きしてるんですか?」
宮内が驚いたような顔で話しかける。
俺はスノーダンプの手を止めずに、それに答える。
「そうだよ。少しでも外を走りたいと思ってな」
「除雪車って壊れちゃったんですよね」
「ああ。お陰で人力作業だよ!」
勢いよく道路に退けた。
そのとき
「わ、私も手伝いますっ!」
宮内と一緒にいた前川が急にスチールスコップを手に持つ。いつも大人しめな前川の急な行動に驚く宮内。
「いやいや、もうスクールバス来ちゃうって!」
「でもでも!栃岡先生ばっかりこんなことやるのおかしいよ!」
宮内はなれない手つきで雪を退けていく。
そんな様子見てられない。俺は前川からスコップを奪う。
「大丈夫だよ。家に帰らないと親御さん心配しちゃうだろ?」
「で、でも!」
「すみません栃岡先生!ほら、なっちゃん帰るよ!」
やってきたスクールバスに吸い込まれるように駆け出していた宮内と前川。
「栃岡先生さようなら!明日朝やりますねー!」
「すみません!お先に失礼します!」
大声出しながら丁寧に挨拶する二人。
「ありがとな!助かる!」
その様子を見届けた俺は再び作業に戻るのであった。
ーーーーおかしい、か。
前川が言った言葉が耳にエコーしている。
部活なんて自分の好きでやってることだし、雪かきなんて自分の独断だ。前川が言ったそれは多分、誤解なんだろう。
「俺、ばっからしいな」
こんなド田舎で一人雪かき。
笑えてくる。除雪車使えって話だよな。
でも、それでもーーーー
「ホント、諦めが悪いんだから」
ガリ、ガリ、と雪かきする音がもう1つ聞こえた。
その声の主はーーーーコート姿の朝陽だった。
彼女はスコップ片手に必死に雪かき作業をしている。
「な、なにやってんだよ」
「仕事片付いたから合流してるの」
「そういう問題じゃなくてーー」
ザクザクと雪をかいていく朝陽。
真面目な表情をしているのでこっちも冗談めかしてなんて聞けない。
「なんで手伝うんだよ」
「私だって副顧問だもん」
「……ありがと」
「ほら、ごちゃごちゃ言わずやる!朝が来ちゃう」
それからは二人で黙々と雪かきをした。
気温が下がってくるので、掻き分けていく雪も氷始めて硬くなる。さっきよりも力を込めてやらないと。
普段こんな力仕事しないんだろう。朝陽は、明らかにペースが遅くなりながらも懸命に雪かきを続ける。
「ったく、教員はどいつもこいつも!あったまくるんだけど!」
朝陽はストレスをぶつけるように、雪を道路に投げた。
「さっき教務室いたのかよ」
「そうよ! 口動かす前に、身体動かせってのーーーよいしょっと」
ズサ、
道路に朝陽の退けた雪がまた放り出された。
朝陽も思ってることは一緒だったんだな。
黙々と雪を退けながら、俺に同調してくれる人がいるんだなと、少し嬉しい気持ちになる。
……だからって目の前の雪が全部なくなるわけでも、なんでもないんだが。
とにかく黙々と雪をどかすことしか出来ない。
「まったく除雪車もないってどういう学校よ。歩いて来ることも出来ない陸の孤島になっちゃうじゃない」
「この時期だ。最寄り駅から2kmの道を歩く人はいないだろ。スクールバスも出てるし」
「こんな中でトレーニングするんだから、雪国の陸上選手は大変よね。翔も最近はあまり練習出来てないみたいだし」
「はは、バレたみたいだな。雪かきし終わったら俺も走りたいくらいだ」
最近は学校の階段を往復ダッシュしたり、たまにジムのトレッドミルを使うくらいしか出来てない。この雪かきだって、俺が走りたいという理由でやってるのもある。
「ほんと、ランナーの考えてることって…… あたしも走れば少しは気持ちが分かるのかしら」
やれやれと言わんばかり朝陽。
呆れ顔だけど、それでも雪かきを手伝ってくれるのはありがたい。朝陽は選手じゃないけど、何だかんだみんなで部活するのは楽しいんだよな。
それから朝陽の愚痴を聞いたり、駅伝部のことを話したり、朝陽の愚痴を聞いたり……で、気づけばかなりの時間を作業していたらしく時計はとっくに9時を回っていた。
進んだのは30mくらい。まだまだ全然足りない。
最低でも50mは確保したいと思ってたんだ。もう少しペースを上げれば、今日中になんとかいけるかな……
と策を練っているとき、朝陽の手が止まっているのが分かった。
もう疲れたのかな?話しながらとはいえ2時間くらい作業しっぱなしだ。
「もう帰るのか?」
「帰りたいけど、帰れそうにないわね」
「それって、どういうことだよ」
朝陽のそばに駆け寄ってみると、彼女はスコップを放り投げて地面にしゃがみこんでいた。
もしやーーーと思い、朝陽の腕を掴み、手袋をはずす。
朝陽の手にはマメがたくさんできていた。痛そうに、真っ赤なピンク色をしている。
「もう腕も上がんない、みたいだな」
「ハンドル握ったら川に落ちちゃいそうだわ」
「なんでこんなに無理するんだよ」
「除雪車もなしに、自力で雪かきしようとする人に言われたくないわ」
「……お互い似た者同士なのかもな」
「そう、かもね」
それっきり、雪かきしようという気持ちは薄れてしまった。朝陽のことを気にする余裕はあったが、俺も俺で腕がかなり死んでいた。お腹も減ったし。
今までの元気はどこにいってしまったのだろう。あれだけ頑張ってたのに、朝陽の様子を見て、急に自分達の愚かさを知ってしまった気分だ。雪には、自然には、勝てない。
とにかく朝陽は家に帰さないとだ。
「もうスクールバスもないぞ。車も運転できないだろうし、俺が五泉まで送っていくけど」
「いや、いやだ」
朝陽は俺のトレンチコートの裾を、ぐっと掴む。まるで子どものように。
「ーーーー今夜は一緒にいたいの」
朝陽は顔を見られないように、俯いて前髪で顔を隠したようだった。
「俺の家に泊まるってこと?着替えあるの?」
「雰囲気台無しじゃない。車にいつでもスペアはあるの」
「そうか。俺はもうちょっと作業して、夕飯買っていくから先にシャワー浴びててよ。ほら、家の場所分かるでしょ。冷蔵庫にビールも入ってる」
俺はマメだらけの朝陽の手に、高校近くのアパートの鍵を渡す。
「まったく…… 分かったわ。気を付けてね」
何か言いたそうな顔をしていた朝陽だったが、それ以上は聞かないことにした。何か買ってきてほしいものでもあったのかな?
その夜は本当に朝陽をアパートに泊めた。別に昔から気心知れてる(知られてる)し、俺なんか朝陽の恋愛対象にも入っていないだろうから、もはや友達を泊める感覚だ。
とはいえ、20代中盤の女性を一晩同じ空間にいるというのはなかなかにメンタルが試される。俺がアパートに帰ってきたときにはお風呂上がりだったが、うちのボディソープからは考えられないいい匂いがした。なんの香水か分からないくらい甘いような香りは部屋中を立ち込めた。
しかも朝陽は寝言で「しょうが、しょうがーーーー」なんて言うからビビる。朝陽が異常なまでに生姜が好きだってことは都大路の試走のときに分かったことだが、さすがに俺の家で「しょうが」なんて言われると俺のことじゃないかと思ってビビる。
まったく、こうやって勘違いしちゃうものなんだよな男って。気を付けないと。
そうして夜は寝ても寝付けず、起きてるのか寝てるのか分からないまま朝になった。
朝練もないし8時くらいに家を出て学校に行くのが、今日はそれよりも早い出勤だった。最初のスクールバスが着くくらいの、7時20分での出勤。ちょっと早いけど、雪かきもやらなくちゃという気持ちはあった。
ところが。
歩道が通れないので車通勤をした俺の目に信じられない光景が待っていたのだ。
そう、二ノ丸高校の前の歩道に、おびただしい数の生徒がいたのだ。しかも彼らは全員スコップやスノーダンプを持っていた。
「なんで? みんな雪かきをしてる!?」
数にして100人は余裕で越えていた。1.5学年分くらいの人数だろうか、相当な数の生徒が雪かきをしていた。
しかもそれは学校の前だけじゃない。駅伝部がいつも使ってる、1.3kmの周回コースに沿っていたのだ。
事情が掴めないまま車を止めて、すぐに雪かきをする生徒に事情を聞く。
野球部所属なのだろう、坊主頭にピステを着た彼に問いかける。
「君たち、どうして雪かきを?しかもこんな早くに!」
「はい!駅伝部のためです!」
「駅伝部の……ため?」
「栃岡先生が一人で必死に雪かきするのを、昨日部活してたほとんどの生徒が見てたんです。栃岡先生だけ頑張ってるのはおかしい、みんなも雪かきしましょうって、SNSで回ってきました!」
SNSで?すごい拡散力だな、一晩でそんな。
でもいったい誰がこんなことしたんだろ……
不思議に思っていると、駆けてくる二人の生徒に気がつく。昨日話した、宮内と前川だ。
宮内は嬉しそうな顔だ。
「栃岡先生! これなら、雪かき終わるかもしれませんね!」
「SNS拡散したの君たちか?」
「君たちってか、前川さんです。なっちゃんって、人前では控えめだけど、やることはやるんです」
そう言うと前川は、小さく縮こまる。あぁ、言い出したのも拡散したのも、本当に彼女なんだなと思った。
思っていたより行動力あるんだなこの子。
「前川さん、ありがとな。今テニス部だったよね?駅伝部の歌和村さんとか吉村さんみたいに、生徒会みたいなことやるな」
「わ、私が生徒会、ですか!」
「ネットでもなんでも、これだけたくさんの人が同調してくれるってなかなかないぞ。今回は本当に助かったよ」
俺は前川に頭を下げる。
教員とか生徒とか、役割や立場なんて関係ない。お世話になった人には礼を尽くすものだ。
「そ、そんな栃岡先生!顔あげて下さいって!」
慌てる前川。1年生らしい、のかな。
俺は彼女の謙虚そうな顔に満足すると、前川が手に持っていたスコップを手に取る。
「これ、ちょっと借りていくわ。俺も手伝わなきゃな。前川さんは全体の指示と作業管理!マネジメントの基本だよ」
そう得意そうに指示して俺は、ひたすらに雪かきをする生徒のほうへ駆けていく。
「あ、ちょっと、栃岡先生!」
制止する前川の声は置いておく。始業まで時間がない。俺も混じらないと、終わらない。
駆けていく方向には部活の生徒ーーーだけでなく、制服姿の生徒もいた。
ていうかあれ、3年生の柏木じゃないか!生徒総会で暴れて、千香にビンタまでした。
柏木もなんだかんだ、こういうの好きなんだな。
「おぉーい柏木!先生も手伝うぞ!」
「遅いですよ、早く手伝ってください」
「悪い悪い」
俺は勢いよく柏木の隣で雪をかいていく。
彼は顔を紅潮させながら雪かきに取り組む。
「柏木は受験勉強いいのか?今は大事な時期だろうし」
「たまには運動しないと鈍るんですよ」
「やっぱり身も心もアスリートだったんだな」
「先生が言いますかそれ…… 昼は冬予報だったのが雨になるので、居間のうちに尚更片付けないとです」
雪予報が雨になったのか!これは今日の練習、久しぶりに外で走れるかな。駅伝部も俺も。
「よぉーし、俺も張り切るぞ!」
「いいですけど前の倫理政経のプリント、答え間違ってましたよ」
「まじか、そんなぁー!」
柏木にミスを指摘された……うわぁーん、また仕事増えた!?
うぐぐ、でも今日はちゃんと走らないとな。前川や宮内、柏木はじめ学校のみんなの恩も感じないとだ。
筋肉痛の腕を必死に動かしながら、俺はスコップを地面に刺していくのであった。




