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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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パンケーキの隠し味

 東京遠征明けの月曜日。今日は定例の全校朝会の日だ。

 遅刻するのも怖いので朝練はしなかった。東京は結構疲れたからな。

 朝会開始の10分前になり徐々に生徒が体育館に集まり始める。月曜日なだけあってか、ちょっぴりアンニュイな雰囲気を漂わせながら。

 俺は一足早く体育館を訪れていた。特に担任とかは受け持っていないからこそこういう場所で生徒と関わらないとね。

 1年生はやっぱり集合が早い。そのなかに一際、異彩な雰囲気の女子高生がいた。

 ナチュラルな金髪の髪に、カラーコンタクトのような青い目。すらりと伸びる脚は白い光沢を放っているようだ。

 一見すると外国人だが、よく見るとどことなく日本人のようにも見える。彼女の名前はーーーサクラ・ハーネント。二ノ丸高校駅伝部の生徒だ。

 いつも人気者のサクラの周りには、今日も複数名の女子生徒がいた。もちろん、稲穂もいる。

「サクラちゃん!昨日、駅伝部って渋谷で大会だったんだよね」

「イエス!トーキョー体育ユニバーシティで、記録会デシタ!」

「やっぱり渋谷とか原宿とか出歩いたんでしょ?いいなぁ~」

「ウェル、アンマリ賑やかナノは苦手デスので、ずっとテレビで鑑定団見てマシタ」

 東京に来てまでお宝の査定見てたの!? あ、でも面白いよねあれ。

「勿体ないよー! せっかくなんだから、稲穂ちゃんみたいにカワイイ服でも見れば良かったのに」

「ハハハ、そうデスね。今度はそうシマス!」

 サクラはニコッと笑顔を作った。

「ところでさー、パンケーキ昨日行ったんだよねー。そしたら紅茶すっごく美味しかったの!」

 サクラと話していたクラスメートは、次の話題を降り始めた。

 次々に談笑していくクラスメート達。もちろん稲穂もそこに混じっていたが、サクラは1歩下がって、愛想笑いもしないまま。

 サクラはそういう話題苦手だったのか?アメリカ出身だからコーヒーの方が好きとか?

 なーんか、少し引っ掛かるな。

 体育館に生徒がぞろぞろ集まり始めた頃、主催の生徒会が集合を開始する。

 声を出すのは爽やか系生徒会長・吉村千香。

「えー、メーデーメーデー。全校朝会の開始が3分後に迫りましたので、そろそろ整列お願いしますねー!」

 めんどくせー、だりーなどの声と共に整列する生徒達。みんな、なんだかんだ真面目だな。

 よっし、俺は脇にでも腰掛けとくか。校長のお話短いといいなぁ。


 今日の授業は2コマだけだった。ラッキーだね! 2年生の現代社会と、1年生の倫理だけ。

 しかも今日は部活なし。アクティブレストってことだ。都大路前なのでさすがに遊んでばかりいてほしくないので、各自ジョグくらいはしてねと釘を刺しておいたけど。

 ということで今日は放課後、自分の好きなペースで仕事出来る。いやー都大路直前まで授業準備であたふたしたくないしな。本当の直前は学校を公欠になるし仕事は早めに片付ける必要がある。

 コーヒーすすりながらエクセルをカチカチする放課後。なんか教師っていうよりサラリーマンな感じだな。

 システムエンジニア時代に身に付けたブラインドタッチは今日もキマっている。加えてショートカットキーの使い方は恐らく学校1なんじゃないかと思ってる。

 知ってる?セルを選択した状態でCtrlと1を同時に押すとセルの書式設定が開けるんだ。んでもってCtrlとHomeで……よっし!A1セルに戻った!こうやって業務効率化を図るってすごいよね!さすが元システムエンジニーーーー

 って、何を時間無駄にしてるんだ。業務効率化ツールで遊ぶことほど時間の無駄はないぞ。誰かにニヤついてる顔見られなくて良かった。特に朝陽、あなたには。

 あー集中切れたからトイレ行ってこようかな。席立ったついでに駅伝部の練習を見てこよう。

 駅伝部の練習は学校の廊下を往復ジョギングだ。外は雪が30cmくらい積もって走るのが無理なのだ。この時期は駅伝部に限らず、こうやって学校の廊下を走るのが日常茶飯事だ。

 渡り廊下を歩きながら憂鬱に外を見る。空から綿埃のように落ちていく雪。1つ1つの粒は大きい。

 時刻は4時半で空は暗かったが、意外にも明るいものだ。それくらい白銀の雪が目の前の視界を覆っている。空からの光が乱反射して無限の輝きを放っているのだ。

 真っ白に輝く外の世界。俺はしんしんと降る雪を見つめていた。

「……さみーな」

 気温、3℃だっけ? 教務室は暖房で生ぬるいからウトウトするけど外は冗談抜きで寒い。一気に目が覚めちまった。

 寒いから早く屋内入ろっと……

 はーっと手に息をあてながら教室棟に入っていく俺。

 教室棟に入ると、いくつかの運動部がジョギングしていた。横幅が4mほどのそこそこ広い廊下をたくさんの部活が往復で走る。野球部の強張った声、女子バレーの高い声ーーーー

 こうして見ると、陸上って何も声出さないのが不思議になるなぁ。どこの部活も走るときは声を張り上げるのに、プロの陸上部や駅伝選手は淡々と走る。うーんなんか不思議。意外と声出した方が速くなんのかな?

 なんて思いつつ周りを見渡してみたが駅伝部の姿はないな。いつもみんな1階を走ってるけどもう帰っちゃったか。

 ちょっと残念。もう少し、早く来れば良かったかなー。教務室でダラダラしてるんじゃなかった。

 踵を返して仕事に戻ろうと教室棟を出た、そのときだった。いよいよ暗くなり始めた空のもと、降り積もる雪のなかーーーーなんか焦げ臭い臭いがする。

 暖房のせいか? いやでも焦げ臭くはならないだろう。

 誰かサンマ焼いてる? でも校内で焼かないか。ていうかシーズン過ぎた。

 まさか……タバコ!? おいおいマジかよ。二ノ丸高校みたいな進学校でタバコなんて非行あってはならないぞ!

 急に教師としての血が騒ぎ始めた。そうだ、駅伝部や学校のこと、今まで頑張れたのはやはり生徒を思う心。その気持ちが本物なら子どもの非行は止めるべきだ!なんとしてでも!

 この焦げ臭い匂いは……特別教室棟か!理科室の方か。教員は職員室にいたし、化学部も活動してない。ひょっとしてここでタバコを吸ってる生徒が……

 理科室に近づいていくごとに増していく煙っぽさ。しかも甘い匂いまでする……?

 まったく、どんなタバコ吸ってるんだよ。ヒドイ時代になったもんだ。

 そして理科室のドアに手をかける。ちょっと様子を覗こうか……いやいや、タバコは現行犯逮捕が基本だ。ここは一気にドアを開けよう!

「こ、こらー! タバコを吸う生徒は逮捕だぞー!!」

 開けた瞬間、もくもくとした空気が視界を覆う。霧みたいなこの空気はとても甘い匂いがしている。

 ……って、もしかしてこの粉って!白い粉って!

「も、もしかして麻薬使ってるのか!うわー!吸っちゃったよー!!うわああああ」

「コーチ、ドウしまシタ?」

「へ?」

 煙っぽい視界が開けてくる。そこに見えるのはカタコトの日本語を話す金髪の生徒。サクラがいた。

「サクラ……タバコを吸ってたのは、サクラだったのか?」

「ホワッツ!? ナンでソンナこと、言うんデスか」

「こんなに煙たくて焦げ臭いならタバコと思っちゃうだろ」

「タバコならヤニの臭いがシマス。料理シテたら、『パウダー』がコボレテしまって」

 シュンとしたサクラの視線の先には名伏き粉ーーーーではなく、ホットケーキミックスの粉。

 なるほど、この甘い匂いの正体はホットケーキの粉か。はは、料理なんてしないからてっきりヤバい粉かと思ったよ。

「こんなにコナが舞うノデ『フンジンバクハツ』しそうでシンパイでシタ」

「一体何作ってたんだよ。せっかくの休みなのに」

 理科室の黒い机の上には無数の焦げた固まり。甘い匂いを発しながらも食べ物とは思えない形をしている。

「なにこれ?隕石?火山岩?」

「シ、失礼デすね! ……パンケーキ、デス」

 パンケーキ?

 そういえば朝、全校町会の前になんか話してたな。

 稲穂や他のクラスメートがパンケーキに紅茶の話をしているのに加われないサクラを思い出す。

「サイキン、キヅいてしまいマシタ」

 真っ黒焦げのパンケーキを撫でながらサクラは話す。

「ワタシ、留学しにキタとき、みんなとは違うソンザイだっとト思いマス」

 二ノ丸高校の生徒も高校生だ。いくら普通に日本語を話せてても、どうしても外国人ってことで見ちゃうだろう。サクラは完全な金髪、駅伝や記録会でも完全に雰囲気が違ったっけ。

「デモ、二ノ丸ハイスクールにキテ、半年、みんなトノ距離がチヂマッテる気がシナイのデス! どこか違うソンザイ、そんな風にカンジマス」

 そうか?普段稲穂や他の部員と普通に話していそうに見えるけど。別にみんなの輪に入れないわけでもないし、いじめなんて絶対ない。

「そ、そうかな……」

「このキョリカンは、留学生とか、ソウイウ問題じゃないデス! 最近はイナホ、オシャレになってマス。でもソレニ比べてワタシは、ジョシリョクが皆無デス! 休日は家でスウェットスーツに、家で鑑定団見てマス」

 好きだな鑑定団!東京でも見てる番組変わらないじゃん!

「マサに、アスレチックス一色のワタシ。コノママではイケマセン!ジョシリョクをカクトクする必要がアリマス」

「だからみんなと同じになるために、パンケーキ作ろうってことか」

「ザッツライト! ダカラこの休みにリカシツを借りてるのデス」

「なるほどな。でもサクラ、料理下手すぎじゃないか? ホットケーキを焦がした人なんて見たことないぞ」

「ムムム、アメリカでもニホンでも、タマゴ割ったコトもないデス」

「えー……」

「あ、アメリカでは、タマゴを生でタベル文化がないのデス!」

 それにしたって、こりゃ全く料理したことないんだな。

「しょうがないな。少しだけだけど、手伝うよ。こんなの料理ってほどのことでもないし」

「ホワッツ!? 火をツカッテ、タマゴもワッテる、これがリョウリじゃない!?」

 めんどくせぇ……

 そりゃ料理なんだろうけど、そんなに大したレベルじゃないってことだよ。

「本当に料理したことないんだな……」

 さっきからウルウルしっぱなしのサクラ。さすがにその様子はちょっとかわいそうだ。練習終わってからずっと、一人でホットケーキ作ってたんだろうし。

 1度二人でホットケーキ作ってみるか。

「じゃあサクラ、まずはタマゴと牛乳を混ぜよう」

「ホワッツ? ミルク、必要ナンですか?」

「当たり前だよ! バッサバサになるでしょ!」

 そもそも材料をよく見ていない!? これは黒焦げの塊が出来るわ……

 学校の自販機に売ってた牛乳を買ってくる。プロテイン飲むときにも自販機の牛乳は便利だよね!

 サクラがそーっと、タマゴに割れ目をつける。

 パカっーーーーーポトン。

 ボウルの上にタマゴが乗っかった。

「コーチ……やりマシタ! タマゴ、初めて自分で割りマシタ!」

「逆にさっきまで使ってなかったの!?」

 一体何を使ってホットケーキ作ろうとしてたんだ。

「そしたらよぉーくかき混ぜるんだ。色が均一になったら、今度はホットケーキを徐々に入れていく」

 サクラは意外にも手際よくホットケーキミックスを加えていく。うん、これなら大丈夫そうだ。

 そしてボウルの中の色が均一になり、ドロッとした感じになる。生地の完成だ。

「そして加熱したホットプレートに、お玉一杯くらい乗せていくんだ。やってみる?」

「イエス!意外と、デキソウです!」

 サクラは真剣な目付きで、しかしどこか嬉しそうな顔でそーっとホットプレートに生地を流す。

 きれいな丸型になったホットケーキ。

 加熱していくごとに生地はみるみるうちに膨らんでいく。とてもふっくらと。

 おお、かなり美味しそうじゃないか。温度が調度よかったのか非常にふっくらしている。

 甘い匂いが立ち込める。そろそろ食べられそうだ。

 こんがり焼けたときに取り出して、バターとハチミツをかける。まるでパッケージのようにふっくらするホットケーキはとても美味しそう。

「うまそうだ!いただきます!」

 プラスチックのフォークで、ホットケーキを切って刺す。ホカホカと湯気が立って美味しそうだ。

 それを大きく口を開けてほうばる。

 甘い香りが口一杯に広がる。そして耐えきれないほどの苦味が口を覆い尽くしていーーーー

「おえ!苦い!なにこれ!?」

「オウ、イイ忘れてマシタ。フックラするヨウにジュウソウを入れておきマシタ」

「目を離した隙に余計なもの入れた!?」

「シカモ『重曹ドーピング』の効果がアリマス!」

 重曹ドーピング。それは重曹を摂取することで、中長距離のパフォーマンスが有意に上昇するデータがあることから付けられた名前だ。

 しかし実際のところやる人はほとんどいない。スポーツマンシップ的にフェアじゃないってのもあるが重曹って食べ物じゃないからだ。添加物だよ?胃液が大変なことになっちゃうんじゃない?

 サクラもサクラで、顔を青白くしながらホットケーキを口に入れる。

「ハハハハ、ヤッパリ、自分で作ったモノ、美味しいデス……」

「もう食うな!まじでやめろ!」

 サクラはその後も、俺の目を盗んではホットケーキミックスに何かを加えていた。


 出来上がったのが全く膨らまないホットケーキだったときは

「オウ、クエン酸とサロメテール入れすギマシタネ!」

 と、充満するガスのなかで美味しくもないものを食べるし。サロメテールって薬じゃん。もはや食べ物ですらない。


 なんかジャリジャリするなーと思ってたら

「オウマイゴッド、シュガー、入れすぎました!」

 とドロドロの砂糖の塊を口に入れようとするし。もうホットケーキとハチミツの区別がつかない。


 アミノカリューやブルースウィート、ナチュラルマッドなどニチヤク製品をぶちこむし。板倉さんまた怒っちゃよ?


 思うんだ。料理が下手な人って味覚音痴な人は少ない。どんなに味覚音痴だって、食べられないものは作らない。

 でもサクラは違う。彼女は食べられないものを作るんだ。

 料理が下手な人の共通点は「メニュー通りに作らない」だと俺は思う。もちろん他にも原因はあるだろうが、少なくともサクラはそうだ。

 料理が出来ないのに型破りを探していく。それはただの形無しだ。基本もできていないのに応用を求めてしまってはいけないのだ。

 そしてみるみる時間は過ぎていき……

 サクラが失敗作を作りに作った。その結果、学校が閉まるギリギリの6時になった。もうホットケーキミックスの残りも無ければ学校の牛乳自販機も売り切れそう。もう潮時だった。

「サクラー。俺ももう疲れたよ。次でラスト1回ね」

「ウェル、時間がタツのはハヤイデス」

 しょぼんとする俺とサクラ。

 そのときだった。

 懐中電灯の光が廊下を照らすのが分かった。と、戸を開いてヘルメットを被った女子生徒が現れる。

 生徒会会長の千香だ。安全第一と書かれたヘルメットはボーイッシュな顔になんか似合ってる。

「おーお疲れ様です。実験中でしたか?」

「ああ、結果的にはマッドサイエンティストの実験になってるな」

「え?」

「あ、いや、なんでもない」

「ワーオ、チカ! ホットケーキ作りマショウ!」

「サクラ楽しそうなことやってる!やるやる~」

 千香は懐中電灯もヘルメットも放り投げてホットケーキ作りに向かう。かなりキャピキャピした様子は年相応の女の子な感じだ。

 千香は「私お菓子作り好きなんだ~」と言いながらサクラと話す。良かった。なんとか食べ物を作ってくれそうだ。

「かき混ぜるのは私に任せて!温度低いとダマになっちゃうんだよね~」

「ワンダホー! ドーリでサッキから、ウマクいかないわけデス」

 問題そこじゃないからな!

 千香も千香で、隙あらば余計な添加物を加えようとするサクラをバッチリ監視している。

「そんなもの入れたら苦くて食べれないよ~」

「オウノー、マタ失敗するトコロでシタ」

「サクラっておもしろーい!」

「ハハハハ、コマリまシタ~」

 パンケーキ作りを始めてから初めてサクラが笑ったように思えた。ニコッとした笑顔は朝みたいな作り笑いじゃない。もっとこう、自然に出ちゃった笑顔だ。

 さっきまでの実験教室が嘘だったかのようだ。そこにいるには年相応の女の子二人だ。

 サクラは自分のことを「女子力がアリマセン!」なんて言ってた。でも違う。着てるものが何でも、休みの過ごし方がどうでもいい。同じくらいの年齢の仲間と話せてればいいじゃないか。仲間との距離なんて自分で勘違いしてるだけじゃないか?

 出来上がったパンケーキを食べさせ合うサクラと千香を見てそう思った。なんかこういうの、女子高生らしいっていうか。若い女の子って気がする。

「栃岡先生、なーに鼻の下伸ばしちゃってるんですか?」

「俺が変態みたいな言い方するな!」

 全く油断も隙もないけれど。

 呆れため息をつきながら、ふと窓の外を見る。

 校舎の光に照らされた雪が空から舞い降りてくる。もう冬だと言わんばかりに勢いが増していくように。

 都大路まであと2週間弱。大雪に不安を覚えつつ、最後までこの子達のために走り抜けようと思った。

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