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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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東体大記録会① 渋谷に来たよ駅伝部

 ここは渋谷区、代々木公園。1周1kmちょっとのランニングコースに1kmを測って、今は前日刺激の1000mを行っている。

 いっせいに走る部員たち。俺は慣れない土地でのペースを教えるために先導をしている。1km3分20秒ほどのペース。彼女たちにとって楽ではないペースも、5000m13分台ランナーの俺からすればジョギングみたいなものだ。

 市民ランナーや、ウォーキングをする一般人に混じってのランニングは危険をともなう。余裕を持ちながらも、注意は怠らない。

 GPS付きのランニングウォッチが点滅し残りわずかであることを伝える。それを確認すると、メンバーを見渡す。

 京子、漣は相変わらず余裕そうだ。稲穂もまずまず、表情は悪くない。それ以外のメンバーもそんなに苦しくなさそうだ。

 そのなかで……涼風は、やけにいつもより余裕そうだ。

 まったく息が上がっていないし肩の位置も低い。フォームがいいのはいつものことだが、それに加えて余裕さが感じられる。そのフォームでこのペースいけちゃうのか?

「ん、センセーどうかした?」

 呼吸1つ乱さずに笑顔を見せる涼風。

「調子良さそうだな」

「まぁね~! よく分かんないけど、今日はめっちゃくちゃ身体軽い!」

「飛ばしすぎるなよ。こういうとき、動かしすぎが怖いからな」

 身体を心理的・肉体的にも動くようにするのが刺激の目的だ。彼女の様子ならこのまま数分なら余裕で走れそうだ。でも、無理は禁物。1kmなら1kmでやめないと。

 そのとおりに1km地点で時計を止める。タイムは3分18秒。まぁ、こんなもんだ。

 ジョギングで整えながら集合場所に戻る。コート姿の朝陽が、体育座りから立ち上がる。

「みんなお帰り。早く着て、そのままクーリングダウン行くんでしょ?」

 オフィスカジュアルな服装の彼女はポットからお湯を入れて稲穂に渡す。稲穂は昨日から喉の調子が微妙、と話していた。寝ていたら痛くなったのだという。

「よっし、ウィンドブレーカー来たらもう行くぞ。長居は禁物だ」 

 部員を急かすように、俺はゆるく走り出す。急いでついてくる部員。全員ちゃんと、ついてきているな。

 集団になりながら緩いジョグを始める。周囲にはペースランニングをする市民ランナーなどが見られる。

「代々木パークは、NYのセントラルパークみたいデスね!」

 サクラは、どこか欧米の雰囲気があるこの公園に親しみを感じているようだ。

「うん! 老若男女、色んなレベルの人が走る場所は新潟にはないからね」

 京子もこの光景には親近感を覚えているようだ。

「小さい頃にお父さんと色んなマラソン大会に行ったけど、やっぱり、走るスポーツは万人受けするんだね」

「ミヤコはフルマラソン、出てみたコトないデスか? グアムマラソンでは、何サイからデモ、デルことができマス!」

「そうなの! 私はまだフルマラソンまでは…… でも、走ってみたいな。長い距離の方が、得意だし」

「ミヤコなら、デキマス」

 その会話を終始、背中で聞いていた。

 京子はもう高校を卒業する。卒業してからは駅伝をやるのも、トラックに専念するのも、マラソンをやるのもありだ。やはり京子もそこらへんは考えているのだろうか……思わず、京子の母親との会話を思い出してしまった。

 クーリングダウンを終えると代々木公園を出た。今日のホテルは東京体育大学の近くにとってあるので、とても近い。

 ホテルのロビーに駅伝部は集合し、一時ミーティングをする。

「今は午後3時。夕飯は6時くらいに食べに行くから、それまで部屋でまったりしててくれ」

 適当に指示を出したところで、信乃が手を挙げて質問をする。

「栃岡先生、やはり全員5000m出場は変わらないのでしょうか?」

「ああ、明日は全員、5000mだ」

 漣の指摘でエントリーミスに気づいた時には遅かった。急いで大会事務局に連絡したが「エントリーミスには対応出来ません」とのことだった。

 しかもよりによって3000m9分台と5000m15分台を間違えていたので、京子・漣・稲穂のベストなんて15分30秒くらいになっていたのだ。そりゃ最終組になるわ……ていうかそんなに層厚いのは全国入賞候補の岸部だって無理だ。実業団かよ。というか事務局もおかしいと思うでしょそこ……

「とはいえ、駅伝の選考である今回の記録会が5000mというのは意味あることだ。3000mでは都大路のキツさが再現できないし、みんなならトラブルなく走れてしまう」

「5000mという無茶ぶりに対応しなさい、ということですか」

 信乃はやれやれ、という表情だ。

「ごめんて…… だがここで崩れるようでは都大路のメンバーは任せられない。みんなの実力が発揮できるのがこのレースだと思う。みんなの力を、見せてくれ」

 そう言って解散した。各自、外出は危ないので俺か朝陽と同行すること、という条件付きで。

 俺もホテルの1室に入る。部員たちを解散させた後、シャワーを浴びるために服を脱ぐ。

 上裸になって浴室へと向かう。冬とはいえ汗でベタついている。早くシャワー浴びないとなーーーー

 と思った次の瞬間。いきなりホテルのドアが開く。

「先生! 姉貴と3人で表参道にいきましょう!」

 稲穂だ。いつもと同じ特大ボリュームで叫ぶ。

 ノックもせずに入ってきたので、彼女たちの視界にパンツ一丁の俺の姿が目に入る。

「あ、これは」

「せせせせ先生!少しは格好をわきまえてください!私だって女子高生ですよ?」

「ノックくらいしろよ! いいからドア閉めろ!」

 すぐにバタンと閉まるドア。あぶねぇ。

 ふぅと一息つく。稲穂は中学時代から全国には出てたみたいだが、やっぱり外泊は慣れていないんだな。

 さっとシャワーを浴び終わるとすぐに着替えた。服装はもちろんジャージ。着替えを持ってくるのが面倒というのもあったが、「大会に来ていることを忘れない」という意識の問題もある。

 稲穂と漣も、はめをはずさないようにしなくちゃな。

 俺と同じくジャージ姿で現れた漣と稲穂。彼女たちを連れて、山手通りから井の頭通りを通って渋谷方面に向かう。

 左手には東京体育大学のキャンパスが見える。

「今日も東体大記録会がやってて10000mと1500mがある。夕飯の帰り道くらいに国内トップレベルの選手のレースがあるから寄っていこうか」

 それを聞いて稲穂は、え、と声を漏らす。

「長距離のレースだけで2日間もやってるんですか!」

「東体大記録会は日本トップの大会だからな。規模だけで言えば世界でも有数なんだぞ」

「やっぱり駅伝ってすごいんですね。日本の文化です」

「そうだな。駅伝がなければ、こんなに大規模の記録会もないだろう」

 駅伝トークで盛り上がる俺と稲穂。しかし一方で心穏やかでないのが漣だ。

「ったく、せっかく東京まで来てなんで駅伝の話してるの?」

「姉貴!姉貴は東体大記録会に出れることが嬉しくないんですか!?」

「嬉しいけど! 今は東京楽しみたいじゃん! まったく、せっかく朱と賭けて『都大路決めたからセンセーは私たちのもの!』と言えたのに。意味ないじゃん!」

「それはそうですけど……」

 騒ぐ漣と稲穂。ものすごく田舎の子にしか見えないぞ。でも最後の方は何言ってるんだろう。朱との賭け?

 ……とはいえ、彼女たちを見てると上京した頃を思い出しちゃうな。

 自分の住所が関東圏であることを、自分の郵便物を見てニヤニヤしちゃったり。誰にも言えなかったけど実はちょっと誇らしかった。大学の部の友達は意外と関東出身が多かったから、あまり理解されなかったけど。

 そういえば大学の部の友達はどうしてるかな。ほとんど関東で就職したから街中でばったり会うことなんてあったりな。はははーーーー

「え、栃岡!?」

 いきなり後ろから呼ぶ声がする。明らかに俺だ。

 恐る恐る振り向く。

 そこには大学の駅伝部の同期である木林(きばやし)がいた。

「やっぱり栃岡じゃん! どうしたのこんなところで」

 マジかよ本当に再会!?

「ひ、久しぶり!関東に遠征でな。明日は東体大で記録会なんだよ」

 あ、そういえば教員に転職したこと言ってなかったっけ。

「俺、新潟の母校で教員やってるんだよ。それで教え子をーーー」

「知ってる知ってる! 月マガでちょっと載ってたぞ。13分台も出したんだよな! 大学時代の練習が今ごろ開花するとはな~」

 意外と俺のこと、しっかり見てくれてたんだな。

 同じ部活で汗を流した仲間だ。結果を出したら誉め合うものだ。

「1年目で都大路に出るって、スゴすぎだろ栃岡!」

「みんな才能あるからな。木林こそ、今年も大分国際マラソン走ったんだろ?」

「まぁな、市民ランナー続けてるよ」

 ニコニコ笑う木林。同じ明英の河田みたいにカッコつけた笑顔じゃないけど、子どものような笑顔は何年経っても変わらない。

 木林は漣と稲穂を一瞥する。そして、なにかを思ったかのように俺に声をかける。

「明日は俺も東体大観に行くよ。俺の推し、明英大マネージャー3年生の夏純ちゃんも来るみたいだしね」

「大学の部活にベタベタ張り付いてるなんて老害と思われるぞ木林」

「しょうがないさ。明日は二ノ丸高校も応援するよ」

「恐らく公認ファン1号だ。それはありがたいな」

「また明日だ。俺はラーメン食べて帰るわ」

 俺も、また明日と一言言う。木林はそう言ってセンター街へと消えていった。

 横には漣と稲穂が呆然と立ち尽くす。

「センセーの周りって、センセーみたいな人ばっかりなんだ」

「それどういう意味だよ」

「いや、みんな駅伝バカっていうか……学生の頃からああだったの?」

「まぉな。年々ひどくなってる気もするけど」

 ゴホンゴホン。生徒の前で余計なこと言ってしまった。

 25歳独身高校教師、駅伝が好きすぎて結婚できないという噂が学校で広まらないことを祈るばかりだ……

 逃げるようにしてその場を立ち去るとパノレコ渋谷まできた。ここはデパートみたいに中でいくつもテナント出店をしている。

 実はここには、アディノ、ディアバランスと並んで大人気スポーツメーカー・イフシンのオフィシャルショップもある。漣と稲穂が来たい服屋を見るついでに来ようと思ったのだ。

 パノレコの1階に入ると、すぐにふっと香水の匂いがつく。匂いといっても全く不快感はない。高い香水の気がした。

「すご……知ってるブランド全部あるし、知らないお店もたくさん……」

 漣は既に圧倒されていた。まじで初めて来るんだろうなこういう場所。

 目の前には海外ブランド・ココの化粧品が売られている。

「お姉さん、ちょっとお化粧してみますか?」

 おおよそアラサーくらいの店員さんが、店を見ていた漣に話しかける。

「あ、いえ! 私、お金もってないですし」

「いいのよー。遠いところから来てみたいだし、記念に、ね?」

 ジャージの新潟・二ノ丸高校の文字が目に入ったのだろうか。漣に声をかける店員さん。

「生徒の化粧は学校外では校則違反じゃないし、行ってくるんだ漣」

「センセーまで? じ、じゃあお言葉に甘えて……」

 店員さんに薄く、頬にファンデーションを塗られる漣。元々白い頬は更に白くなる。

 そして軽く眉や目元にも手を入れていく。正味5分もかかっていない。本当に薄い化粧だ。

「じゃ、これで終わり。どうかな? お連れのお二人さん」

 化粧を終えた漣は俺たちの方を向く。

 あどけない顔は化粧で大人の風貌をかもしていた。いつもと違う漣。まるで、数年後の未来からタイムスリップしてきたような。そんな気持ちさえ芽生えた。

「姉貴! 似合ってます!」

「そうだな。今までより魅力2割増し、って感じ?」

「う、うるさい……」

 頬が赤い漣。塗ったのは薄いファンデーションだけのはずだけど、漣は自分の頬を赤くする化粧をしていたのだった。

 恥ずかしがってる漣を見て、店員さんも嬉しそうだ。

「あなたみたいな高校生見てるとね、なんだか嬉しくなっちゃうな。好きな男の子もいるんでしょ?」

「そそ、それは」

「いるんだなー。ガンバレ、女子高生は短いよ」

「うん、頑張ります。今はーーー」

 おちょくるように漣をかわいがる店員さん。なんか見てるこっちまでホッコリしちゃうよ。

 そんな様子を見ていた稲穂もウズウズしてきたのだろうか、俺のジャージの裾を子どものように引っ張る。

 まるでささやくような小さい声で、つぶやく。

「栃岡先生、あの、私、試着してみたい、ふ、服あるんですよ」

 稲穂の初々しい様子、見てて微笑ましくなるな。

「分かった分かった。順番に、な」

 稲穂に連れられてフロアを上がる。

「ここ、ここです」

 そこにはマーズという若い女の子向けのお店があった。あー朝陽がよく袋持ってたっけ。

 稲穂は「栃岡先生と姉貴はちょっと待っててください!」と言って店内に消えていく。

 一体なにをする気なんだろう……そう思った20分後、目の前にいきなり女子大生のような女性が現れる。

「……お待たせ」

 誰だこの人。

 ツーサイドアップっていうのかな。気合い入れた髪型にモノトーンの落ち着いた服装。いかにもデート服という感じだ。

「すみません誰ですか」

「稲穂ですよ!失礼ですね!」

「うそ!?」

 まじで高校生、それ以前に稲穂すらに見えなかった。

「悪い悪い、どっかの女子大生かと思ったよ」

「せっかくネットで調べて決めてから来たのに……それでもちゃんと悩んで決めたのに……栃岡先生って見る目ないですね!」

「あはは。俺、デート中の彼氏と間違われたのかと思ったよ」

「ええええええ先生が彼氏いいいいいいいいい」

 突然叫ぶ稲穂。土曜夕方のパノレコは騒々しかったが、あたり一面の注目を集める。

「まじでやめろそのフレーズ! 俺が変態教師みたいだろ!」

 逃げるようにして漣と稲穂を連れてフロアを立ち去る俺達。あそこまで注目を集めてたら居にくいというか、警備員に声かけられちゃうよ。

 俺はパノレコのエスカレーターをダッシュして登る。そしてお目当ての4階にやってきたのだった。

「ちょ、センセー速い!」

「先生!こんなお店で13分台ランナーが本気出しちゃダメです!」

 のそのそエスカレーターを上がってきたお化粧済みの漣、そしてデート服の稲穂をフロアで待つ。

「ごめんごめん。ここ、イフシンのショップでさ。最新のランシュー試したくて」

 俺たちの視界に入る売り場には、目を覆わんばかりシューズ、服、ランニングアクセサリが目に入る。

「なにここ……見たことないものばっかり……」

 呆然とする漣。

「驚いただろ。国内ナンバーワンのランニング・陸上専門店だ」

「え、あのシューズすごいです!」

 稲穂が指差すシューズは、「イフシン ウェスパーフリー1000%」。マラソン世界記録を生んだシューズだ。

「厚底シューズだけど中にはカーボンプレートが入ってるんだ。これがロイター板みたいにバネになって、1km2分50秒で42.195kmを走れることに繋がった」

「1km2分50秒って……3000mでも8分30秒……」

 まともに言葉も出ない様子の漣。また世界が1つ広がったかな。

 稲穂は目を輝かせながら俺にぐいと近寄る。

「先生!先生が履いたら、マラソン日本記録出せるんじゃないですか!?」

 マラソンの日本記録って未だに京子のお父さんである今朝白さんの2時間4分じゃなかったっけ? いや……13分台にようやく届いた俺には想像も出来ないタイムだ。

「はは、俺には無理かな……そもそもこんな靴を履きこなせる気がしない……」

「うぐ、確かに脚力強くないとかもね……」

 苦虫を噛んだように笑う漣。うん、こんなの履けるのは大人のトップランナーだろう。高校生の二ノ丸高校じゃさすがに難しいかな。

 ランニングギアは高いものを買えばいいというものでもない。アメリカの女子選手で5000m14分台を持っているレイア・ハサウェイが使っているスパイクは市販の土・タータン兼用品。普通のトップ選手はカスタムなんて当然だが彼女はそれが合っているのだという。うぅーん、不思議だ。

 陸上用品なんてこだわり過ぎたらキリないからな。二ノ丸のみんなは気にしすぎる様子もないから、いいんだけど。

 店内のシューズを見たり、試し履きする漣と稲穂。新潟じゃサイズなかったりするからな。色々試してみてくれよ。

 そう思っていると、店内に誰かやってきたようだ。

 10人ほどの女子選手の集団。真っ赤なジャージに身を包んだ彼女達は全員、岸部の藤澤みたいにベリーショートの髪だ。

 胸には垂水実業の文字がある。え、垂水実業って兵庫の代表じゃん。去年の都大路準優勝校。3000mの平均タイムは9分10秒台、インターハイでは2人が表彰台に上がった。

 確かエースの織田は明日の5000mにエントリーしてるんだっけか。最終組、京子と漣と稲穂と同じ組。

 元々最終組に二ノ丸高校が出ても勝負にならないことなんて分かっていたが、同世代の高校生にあたるとさすがに怯んでしまう。

 俺は垂水実業の様子を見ていた。

「なんや、店の品は神戸と変わらんな。来る意味なかったんちゃうか」

 あ、あれはエースの織田だ。神戸ってことはイフシン神戸オフィシャルショップ? だったら品揃えが同じなの全然普通じゃないですか……

 織田はさっきのウェスパーフリー1000%を見ていた、漣と稲穂を見つけたようだ。

「二ノ丸高校っちゅうんか。新潟の高校は岸部と暁月くらいしか知らんわ。ま、都大路には出ぇへんのやろ」

 思いっきり聞こえる声で話してるし。腹立つけど、いちいち相手にしてられるほどこっちも子どもじゃーーーー

「ああん? なんつった?」

 さっきまで笑顔でシューズを見ていた漣が、急変してキレ始める。子どもかよ!やっぱり子どもだったのかよ!

 それに気付いた織田。

「なんや、聞いとったんか」

「あったり前でしょ! うちらだって都大路に出るの! そのための東体大記録会!」

「あーそいえば5000mのわてらの組に聞いたことあらへん高校あったな」

「悪かったわね! んまぁ、世間知らずもいいとこよね。ググカスってやつ? 検索も使えないの?」

 おお、久しぶりに見たぞ漣がマジでキレてるところ。気分いいからもっとやってくれ。

 しかし、隣にいた稲穂はさすがに不安そうな様子で漣を制止する。

「あ、姉貴! 相手は垂水実業の2年生エース、織田(おだ)新子(にいこ)さんですよ! 3000m9分3秒、5000m15分40秒、インターハイ入賞。世代最強と呼ばれるランナーです!」

「だからなによ!同世代なら喧嘩売っても文句ないでしょ!?」

「ふーん、(さざなみ)言うんか。偉そうな口聞いてはるけど、ベストはなんぼなんや」

「さ、3000mが9分40台、5kmは駅伝で16分50秒……」

「なんや、5kmは周回遅れやないかい」

 どっと笑う垂水実業のメンバー達。うっわ性格悪っ! 女はギトギトしてるなんて言うけど、ここまでとはな……

 織田は呆れたように一息つくと、漣の横を通りすぎて反ろうとする。

「ほな、また明日の5000mでな。周回遅れにならんように頑張りや」

 そのままゲラゲラ笑いながら帰っていく垂水実業のメンバー。ああくそ、俺もなんか言い返したくなるじゃん!くそ!悔しい!

 教え子をバカにされることはムカつく。あんなに頑張って上げたタイム、散り散りになって掴んだ都大路、それらを侮辱された気までした。

 俺は漣と稲穂に近寄る。

「おい、あんな性悪女のことなんて気にするな。トップでもああいう人間はゴロゴロいる」

 漣の肩に手を置く。

 彼女の肩は小刻みに震えていた。え、ひょっとして泣きそう?

 やめてやめて店内で。俺が泣かせたみたいじゃん。

 恐る恐る漣の顔を覗く。よかった、泣いてない。

 だが顔も目も真っ赤にしていた。

「ねぇ、センセー」

「ど、どうした」

「ひっさびさにキレちゃった……かも」

 漣の拳には力が入り、血管は浮き出ていた。

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