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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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都大路試走 ①降り立つ都

「今日も東海道新幹線をご利用いただき、ありがとうございます」

 落ち着いたアナウンスが聞こえる車内。仕事終わりに乗るサラリーマンや、旅行に行くのではないかと思われる老夫婦。東海道新幹線には色んな人がいる。

 そんななかで騒がしい駅伝部。金曜の夜から都大路が開催される京都に向けて移動中なのだ。

 涼風はやけにハイテンションだ。

「うほぉー! そろそろ富士山見えるんじゃない!?」

「バカじゃないの! 夜だから見えるわけないでしょ!」

 ありがとう漣。こんな雑なギャグにツッコミしてたらLPが底をついてしまう。

 俺の後部座席には漣、涼風、稲穂、サクラ、千香がいる。こちらは下級生チーム。修学旅行以来だと思われる東海道新幹線にテンション上がりまくりなのだ。

 一方で俺の隣には京子、信乃の上級生。そして朝陽がいる。3年生の2人は勉強に夢中だから俺と朝陽は黙っていた。

 窓を食べた流れる景色……も暗闇で見えない。前の座席においてある雑誌や通販冊子にも興味を持てない。どうしようかと思った挙げ句に週刊スポマガの高校駅伝特集を眺める。

 そこには各チームの自己ベストが書かれていた。各都道府県の代表、そして二ノ丸高校のようにブロック代表のことが書かれていた。

 大体どのチームも断トツエース格の選手がいて、そこに2、3番手が続いていくという感じだ。1人だけのエースなんていうチームはない。まさに高校駅伝の全国大会という感じだ。

 二ノ丸高校の自己ベストを眺めてみる。

              3000m

 藩内京子(3)        9:39

 歌和村信乃(3)       9:53

 常磐漣(2)         9:42

 常磐涼風(2)        9:59

 吉村千香(2)        10:30

 越平稲穂(1)        9:38

 サクラ・ハーネント(1) 9:46


 うちにはエースがいない、というのはハッキリ分かった。誰も9分30秒を切っていない。都大路に出るチーム、しかも入賞を目標に掲げるチームでこれは稀だ。

 しかし圧倒的な安定感がある。出走メンバーの平均は9分40秒台中盤、しかも今走ったらもっと出ると思われる。こんな伸び盛りのチームはないだろう。

 来週の土日には東京の東京体育大学で記録会に出る予定だ。正直スケジュール的にはキツいがみんなにはもう一皮向けてほしい。

 京子漣稲穂あたりは9分半を切れるかもしれない。そうすれば都大路入賞に向けて大きな自信になる。

 そのためにもこの京都への試走は大事にしなくちゃな。

 そう決意した俺は、週刊スポマガを閉じて、そっと眠りについた。

 京都駅直前のトンネルで朝陽に叩き起こされると急いで身支度をした。危ない危ない。

 降りた京都駅のホームはさすが12月というだけあってひんやりしていた。新潟ほどでは、ないけれども。

 京都駅南口を出て西に歩くこと5分。東寺の近くまで来ようかというところにニチヤクの選手寮がある。

 ニチヤクと明朝体で書かれた表札。静かすぎる京都の夜にひっそり佇むそれは、まるで夜の不落城のようであった。それくらいのオーラがあった。

 ニチヤクは実業団トップクラスのチームだ。どちらかというと古豪に分類されてしまうのだが実業団駅伝でも優勝経験がある。そして今はこの夏に世界陸上に出た板倉を擁している。

 そんなトップチームに、今年初めて都大路に出るチームがお世話になる。実業団駅伝も終わったし大森曰くマラソン組以外はオフらしいけど緊張するな。

 俺はニチヤクの寮のインターホンを押す。ベージュ色の外壁にむき出しになったそれを押すと、すぐに聞き覚えのある声がした。

「栃岡先輩久しぶりです!入ってください!」

 河田だった。案内される通りにガチャリとドアを開けて、お邪魔する。

 カーペットが敷かれた廊下を通って食堂兼ミーティングルームの場所に行く。するとすぐ、ドアにつけられたのれんをくぐって河田が顔を見せるのであった。

「お久しぶりです、栃岡先輩。そして二ノ丸高校のみんな」

 さぁさぁ入って、と河田はミーティングルームに案内した。5人の女子が既にいた。

「紹介します。ニチヤク駅伝部の板倉さん、占部さん、加藤さん、鈴木さん、東海林さんです。他のメンバーと大森監督は徳之島に合宿行っちゃったんですよね」

 彼女たちは俺たちの方を見るとそれぞれ挨拶をしたり、手を振っている。

「初めまして。二ノ丸高校顧問の栃岡と吉川、そして駅伝部の生徒です」

 俺が紹介すると駅伝部のみんなはペコリと挨拶する。やはり実業団トップチームのニチヤクの前でみんな恐縮しているのだ。

 そんな彼女たちを見かねてか、ニチヤクの女子選手が一人声をかける。

「あなたたちが新潟を騒がせてる新生集団ね。私は暁月OBの占部、よろしく」

 陸上選手らしいショートヘアを茶髪に染めていた彼女。俺と同学年で、二ノ丸高校と北信越駅伝まで熱戦を繰り広げた暁月高校の元エース。といっても、もう7年も前のエースだ。

「栃岡くんも久しぶりだね。私、大学は関西だったからインターハイぶりだっけか」

「リアルにそのくらいだな。占部、活躍しまくっててすごいよ」

 未だに県の5区5kmの県記録を持っている彼女は大学入学後も活躍していた。全日本大学駅伝優勝メンバー、ハーフでも国内上位大会での入賞と、確実に世代では存在感を見せている。

「でも栃岡くんもすごいよ。13分台なんて実業団クラスの成績じゃん」

「あれは神様のおかげだよ。とはいえ、都道府県対抗もちょっとは狙ってるけどね」

 久しぶりすぎて会話が弾む。やはり昔の駅伝仲間が今も走ってるのは嬉しいな。

「栃岡先輩も占部さんも同じ新潟県民なんですよね。占部さんも今年の夏に板倉さんと新潟に行ったら良かったのに」

 そう言いながら河田はニチヤクのエース、板倉の方を見る。

 俺はその視線の先にいる板倉を見てドキリとする。

 板倉は31歳のベテランランナーで世界陸上のマラソン代表にもなった選手だ。俺はその実績を知っていたのもあるが何かと性格がキツいということを聞いており、少し話すのが怖かったのだ。

 板倉は河田に視線を向けられた視線を無視してよそを見る。

「……別に、来ても来なくても同じだったんじゃない」

 一瞬、ミーティングルームの空気が固まった。

 板倉は世界陸上本番で失速。なんとかゴールはしたものの順位は40番台と非常に悪い結果だった。もう年齢も年齢なので世界大会に出れる回数も少ないので本人もきているのだろう。

 河田は、またか、やれやれと言わんばかりの顔をしながらも、一方でしょうがないなと優しい顔をする。

「同じなら、もう考えても無駄ですね。栃岡先輩、駅伝部に最初からこんなところ見せて申し訳ないです」

 河田は急に、俺と駅伝部に向かって頭を下げる。

「いいんだ、いいんだって。とにかく自己紹介してさっと今日は休もう!」

 その後は駅伝部もニチヤクも順番に挨拶をした。板倉のあんな様子を見て怖がっていた駅伝部だったが、年の近い若手選手が話してくれたこともあってすぐに打ち解けられた。

「はじめまして。3年生の歌和村信乃です」

 その名前を聞いた瞬間、占部がはっという顔をする。

「あれれー? キミ、もしかして河田くんの結婚相手?」

「すみません、その話はとりあえずなしになりまして……」

「そうだったの? 他に好きな人が出来たんだ」

 盛り上がってる占部を河田が制止する。

「家庭の事情で、ですよ。それに信乃ちゃんの意思でもありますしね」

 そう言いながら河田は俺を一瞥する。

 そうだな河田。信乃は教頭の意思にしたがって結婚することに違和感を覚えたんだ。自分で自分の人生決めるのは良いことだよな。

「は、はじめまして! 藩内京子です! 一応、この部の部長です!」

 緊張しまくりな京子が自己紹介をする。

 と、その瞬間。ずっと口を塞いでいた板倉が口を開ける。

「藩内……もしかして……」

 京子は、どうしたんですかと言う。

「いえ、ただ、あなたが都大路を走ることは、あなた自身大丈夫なのかと思ったのよ」

 板倉は何かを察していたようだった。明らかに、京子について何か知っている様子だ。

「板倉さん…… 私は、あのことを振り切るためにここまで頑張ったんです。だから頑張り抜くんです」

 京子は板倉を向きながら力強くそういったのだった。

 俺は、その言葉の意味が、よく分からずにいた。

 ミーティングルームを出たあとは各自部屋に行くことになった。組み合わせは、1年生コンビ、常磐姉妹、受験生2人、吉村と朝陽、そしてなぜか俺と河田。

 俺と河田は大学の寮生で同じ部屋だった仲だ。数年ぶりにこうして同じ部屋に泊まるとは、予想も出来なかったな。

 11時を回ってそろそろ寝ようと思ったので、2段ベッドの上に登って俺は寝転ぶ。

 しかし河田はなかなか寝ようとしない。ずっと机に向かってパソコンをカタカタ。お仕事中のようだった。

「もう寝ないのか? 明日も朝練の引っ張りあるんだろ」

 スウェット姿の河田は、こちらを向かずに答える。

「練習の計画とか出来上がってないんですよ。それに来年から始まる男子部の活動も、まだ書類できてませんし」

 河田はパソコンを打つ手を止めた。

「栃岡先輩、本当にニチヤクで走らないんですか?」

「本当にって、全く考えてないよ」

「新潟ロングディスタンスでも栃岡先輩の走りを見ましたけど大学から明らかに進化してます。そりゃ駅伝部を見たいのも分かりますけど、もったいなさすぎます」

 大学時代からの完全な挫折から立ち直り、練習再開後1年もせずに13分台。しかもフルタイムで働いて部活も見ながらの結果。河田が声をかける理由くらい俺には分かっている。

「だけどな、俺もやっとまともな仕事に就けたからな。それに教員してても意外と走れるし都道府県対抗も走る気ではいるよ」

「でも、もう走りに全てをぶつける時間はないのかもしれないんですよ? 板倉さんだって32歳まで世界を目指せるんだから、栃岡先輩もまだまだマラソンにもチャレンジ出来ますよ」

 河田は必死だった。もちろん、スカウトしたいというチームの立場もあるが、それ以上に俺のことを思ってくれているのは分からない分けなかった。

 でもごめん河田。それには乗れないんだ。

「ごめん。俺、トラックよりもマラソンよりも、駅伝が好きだから。ニチヤクには入れないよ」

 言ってしまった。

 これでもう、俺は実業団選手にはなれないだろう。自分の走りに全力を注げる環境はなくなった。

 しばらく沈黙が続いた。でもそれを破ったのは河田だった。

「やっぱり、本当に駅伝バカですね。マラソンの何が面白くないんですか」

「駅伝は面白すぎるんだ。物語がある。チームで1つ、メンバー各自で1つ、俺とメンバーで1つずつ、メンバー同士で……いくらでも物語が生まれる。マラソンが悪いと言ってる訳じゃないが、駅伝は教師として惹かれるんだよ」

「クサい言葉ですね」

生徒(みんな)によく言われるさ」

 それっきり河田との会話はなくなった。その日はそれっきり深い眠りについた。


 翌日。

 京都の朝は肌寒かった。もう12月、新潟より南とはいえ、背中をさすような冷たさはやはり京都だと思った。

 空は青かった。澄みわたるその青さは、曇天続きの新潟県では考えられない色をしていた。

 車を走らせること15分、俺たちは都大路のスタート地点、西京極陸上競技場に来ていた。土曜日なので一般利用のアスリートがたくさんいる。西京極陸上競技場は京都で一番大きい競技場だけあって賑わうのだ。

 その中にはチラホラ、都大路の試走と思われるチームもいた。女子だと鹿児島学院とか、名古屋栄、神戸の垂水実業もいる。去年の1,2,3位のチームだ。やっぱりどこもこの土日にターゲットを絞って来ているんだな。

 駐車場付近に集合する。

「今日はまず、全体のコース下見を車でやってから走ろう。午前中は1区と5区を回ろう」

 ニチヤクのハイエースでチーム全員を乗せて西京極をスタートする。もちろん俺が運転手、助手席には朝陽。

 俺は運転する前からビビりっぱなしだった。

「関西圏運転するの初めてなんだよ。マジで不安だ……」

「大丈夫じゃないの? 東西あってもここは日本よ。交通ルールは同じだし」

「そうだよな!ははは!」

 俺の不安も関係なく意外とスムーズに運転できた。都大路は繁華街を通らないコースなのでそれほど神経使わないのだ。

 西京極を出てしばらく行くと左折。そこから西大路通りをしばらく行くと、鉄道の下を下る。

「なんだ、栃岡センセーが煽るから都大路ってすごくキツいのかと思ったけどそうでもないじゃん。路面もきれいで走りやすそうだし」

「漣、都大路はここからだ」

「えっ」

 漣は気づいたようだ。鉄道の下を通った時から、明らかにコースが変わっているのを。

「待って、ずっとこれ登りなの?」

「ああ。女子の1区はここから、傾斜が変わらない坂だ」

 そう、これが都大路最大の特徴。1区2区は半分以上が坂なのだ。

 これがランナーにはキツい。特に1区は前半が平坦なコースなので飛ばしすぎには十分注意しなければならない。

 2区は1区ほどではないがタフなコースだ。前半は上り、、後半は北大路通りを下るという分かりやすいコース。

 そのまま車を3区に向かって走らせる。烏丸通りのコンビニ、ウィークリーの中継点を過ぎてからしばらく下って折り返す。

 それから北大路通りで4区に移る。金閣寺の付近を通ったらそこからは下り。今までがタフなコースなだけあって気持ち的には楽に感じられた。

 ここまできてから、サクラが口を開く。

「ユウメイなシュライン、テンプルは直接メニ入りマセンが、トテモ、キョートらしいコースデス」

 反応するのは仲良し稲穂だ。

「うん! やっぱりサクラは金閣の近くを走る4区がいいの?」

「イエス! ヤッパリ、走るナラこういうトコロが、いいデス!」

 1年生は初めて来る都大路は修学旅行気分、てとこかな。まぁそんなもんだろ。

 西大路通りの1区中継所、平野神社を過ぎてずっと下ると最後の中継所だ。4区は半分以上緩やかな下りだったが、5区は最初から下り。1区で上った分を下ると考えると、他の区間よりもずいぶん精神的に楽な気がした。

 この区間を走ることになるのは、京子、漣、稲穂のいずれか。彼女たちに注意を喚起する。

「この区間を走ることになる3人は、よくコースを見ておくんだ」

「へぇー、結構気持ちいい下りだね。これなら前半飛ばしていけそう」

「ですが姉貴、最後は平坦な道が1km以上続きます。最後に足を残せるかもポイントですよ」

 都大路の入賞争いは毎年3校ほどがギリギリのデッドヒートを繰り広げる。トラックまでもつれ込む展開は稲穂も熟知しているのだろう。

「うぐぐ、北信越みたいなトリッキー作戦が通用する場所じゃないし、私は不向きかも……」

 漣の言うことも分からなくなかった。漣は力があるとはいえ、それは上手く走れてこそ。都大路のように緊張がピークに達する場所での作戦は工夫しないとだな。

「あはは、まぁ漣も、弱気になるな。そんなこと言ったらどの区間も走れないぞ」

「はぁ、もう、なんか自分が嫌になりそう……」

 苦笑いをするしか、俺には出来なかった。

「京子はどうだ? 都大路のイメージは出来たか?」

 さっきから声が聞こえない京子に話しかける。が、返事はない。

 おかしいな。こんなところで寝るわけがないし。

 後ろを振り返るわけにもいかないので、もう一度語りかける。

「おーい、京子?」

「……はい」

 やっと返事をしたよ。

「コースはどうだ? 結構ここは走りやすいんじゃないか」

「……そう、ですね」

 やっぱり元気がない。先日の体育館での練習の時から、どうも様子がおかしい。

 受験疲れなのかな。

 ハイエースはJRの高架をくぐって、西大路通りを更に南下する。

 そしてすぐ西大路三条の交差点に差し掛かった時、稲穂が「あ、」と声を出す。

「栃岡先生、ここって、あの場所ですよね。5年前に……」

「5年前? この場所?」

「栃岡先生ほどの人が知らないわけがないじゃないですか。この場所での、あの事件」

「あの事件って、なんだ? テロとかか?」

「とぼけないでくださいよー! マラソンとか、駅伝好きなら忘れもしない大事故ですよ。ほら、ハーフマラソンのーーー」

 稲穂がおもむろに話し出そうとした、その時だった。

「やめて!」

 京子が突然声をあげる。

 怒声にも似た声だった。俺も稲穂も、車内にいた誰もが驚く。

「み、京子……?」

「稲穂さん、やめてください」

「どうしたんですか急に、私はただ、京都ハーフのーーー」

「やめてください。これ以上、それについては聞きたくないです」

 明らかにいつもの京子ではなかった。信乃のように淡々と、漣のように冷たく話す。後輩にも敬語を使ってしまうような京子はいなかった。

 なんだよ、急にどうしたっていうんだ。

「京子、どうしたんだ。何も稲穂をそんなに言うことないだろ」

 バックミラーで後部座席を確認すると、稲穂が怯えているのが分かった。

 京子は今まで後輩を感情的に怒ることなんてなかった。ましてや今日、理由も分からず怒るなんてあり得ないことだ。

 西大路通りを左に曲がって五条通りに入る。競技場まであと少し、5区も半分ほどが終わっている。

 しばらく続いた沈黙を、京子が破った。

「栃岡先生、稲穂さん、本当にごめんなさい。都大路(全て)が終わったらお話しします」

 京子はそれっきり黙りこんでしまった。

 俺も、助手席に座る朝陽も何も言えない。開いてはいけないパンドラの紐を掴んでしまった気分だ。京子の心のなかにある、とてもとても深いものに。

 それからすぐに西京極陸上競技場に着いた。五条通りに入ったらそれほど走ることなく一瞬で着いてしまうのだ。

 全員を車から下ろして軽くウォーミングアップをさせる。10分ほど軽く動かしたら、朝陽を留守番にさせて俺とその他メンバーでコースに出る。

「都大路は最初、100mのスタートからスタートするんだ。トラックを1周してからコースに出る。特に最初の100mは女子でも13秒台に近いタイムでみんな走るぞ」

 そう都大路のスタートはとにかく速い。マジで速い。男子だったら12秒台出てるんじゃないかというレベルの速さになる。

「そのあとは石畳の通路を出てから五条通りに出る。最初は転倒に注意だな」

 二ノ丸高校は春先の漣のセルフスパイク事件、それから県駅伝での信乃の転倒と何かと転ぶ。特に雨が降ったときにここは非常に転びやすくなるので注意だな。

 阪急の高架を下ってしばらく走り、そして西大路通りに入る。ここまでは高架の下以外、ずっと平坦だ。

 JRの高架までもう少しだ。そこを過ぎれば、急にダルい登り坂になる。

「漣、稲穂、京子、1区を走るとき次のJRの高架までは力を使いすぎるなよ」

 漣、稲穂がそれぞれ了解の返事をする。

 しかし……京子の返事がない。

 なんかさっきから京子の様子がおかしいし、気になる。憧れの都大路で緊張しているのか?

 先頭を信乃に譲ると、俺は集団走の後方に移動して、京子のもとに駆け寄る。

「京子、どうしたんだ。いつもの緊張か?」

 見ると京子はとても具合悪そうだ。冷や汗をかいているような顔の青白さは、先日の体育館練習の時のようだった。

「栃岡……先生……まだ……いけます……」

 あまりペースも速くないのに息は絶え絶え。明らかに異常だ。

「いけるって、どう考えても具合悪そうじゃないか」

「私は……あれを……越えないと……いけないん……です」

 あれ? あれを越えるって、なんだそれは?

 とにかくもう京子は走らせてはいけない。県大会の時のような京子の様子から、もう彼女は走れないと判断した。

 早く朝陽を呼んで車で拾ってもらおう。ニチヤクの寮で休ませないとだ。

 そう思って京子の肩に触れようとしたその時だった。

 京子の肩から力が抜ける。

 赤みがかったショートボブが、視界から消えていく。

「おとう……さんーーーーー」

 西大路三条の交差点で、京子は倒れた。

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