祭り気分の渡り廊下
「い、イナホ……」
豪華なドレスに身を包んだサクラは、横たわりながら稲穂を見上げる。
「サクラ様! やっと会えたのに……」
騎士の衣装に身を包んだ稲穂はやるせない表情だ。
「ようやく、ロンバルディアを脱して会えたと思ったら……こんなことになるなんて!」
「モウ、ワタシは、長くないデス」
サクラは消え入りそうな表情だ。金髪ハーフの彼女はその衣装のせいもありまるでお姫様のようだが、華やかな様子などなかった。
中世革命による戦乱の世、ローマから逃げた彼女は敵国マルセイエスに捕らわれてしまった。騎士稲穂の奮闘もむなしく……戦いの最中に彼女の懐に飛び込んだ矢が、サクラの致命傷になってしまった。
「どうすれば……何をしている護衛兵!医師を!医師を呼べ!」
「イナホ、ソンナこと、ムダです。もう、遅いデス」
「そんなの……分かってます」
地面に拳を押し当てる稲穂。
「だと、思いマシタ。あなたは、医学がキライなヒト」
「第一の騎士のことをよくご存じで」
「モチロン、デス」
サクラはもう蚊の鳴くような声だった。もうかつて半島を治めていた強い女王の姿など、なかった。
「イナホ、サイゴにひとつ、お願いデス」
「サクラ……様?」
「幼いヒビ、オナジ年のアナタとニワを駆け回るコロカラ、スキでした」
「なっーーー」
不意を突かれた稲穂は頬を赤らめる。
しかし彼女は忠誠尽くすきし騎士の身分。動じることは許されない。毅然とした態度を貫く。
「し、しかし王族と騎士とは結ばれてはいけない決まりが、王国にはあります!」
「分かってマス。ダから、死ぬマギワの、王女のサイゴのネガイ。キスを、してホシイのデス」
「サクラ……様」
「サァ、ハヤク」
稲穂は倒れるサクラの手をとった。
そして肩を己に引き寄せる。顔を近づけ、暗がりの荒野でもその顔がはっきり分かるまで距離を縮める。
「サクラ……」
口づけをしようとした、その時だった。
サクラの首からは力が抜け落ちた。
壊れた人形のように、急に据わらなくなる首。握っていた手からは力が抜けてするすると稲穂の手を抜ける。
「そんな……サクラ……サクラあああああ!!!」
メガホン並の稲穂の声だけが響き渡る。亡骸は五月蝿いとも言わず、嫌がりもしない。
嗚咽の声が聞こえる。演技とは思えない、稲穂の声だった。
マイクのスイッチが入りナレーターの女子生徒の声が聞こえる。
「それは母国に帰る夢を果たせず、結ばれることもない、儚い愛の物語でした。これにて1年7組の小噺は終わりなり、です」
終わった直後には喝采が起こった。惜しみ無い拍手が、暗がりの教室から聞こえる。
そして拍手が鳴りやまないうちに教室の電気がついた。担当の男子生徒が出口の案内をしている。
今日は二ノ丸高校の学園祭だ。11月下旬の月曜日の休日を利用した、1年で最も盛り上がる学校イベント。
さすがの受験重視の教頭も学園祭まで弾圧すると命を狙われかねないどころか本当に爆発予告が届いたらしく「はめを外しすぎないように」としか言えないらしい。ていうか爆発予告とか恐い……物騒な学校だ。
俺は演劇が終わった稲穂とサクラに会いに行った。
彼女たちは舞台裏で講演を終えた喜びを分かち合っていたのだが、俺の姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
「お疲れ様!かなり完成度の高い劇だったな。何人か本当に泣いてたぞ」
「イエス!アリガトウございます!」
11月だというのに汗をびっしょりかいたサクラは、とてもやりきった表情だ。
「コレも、ゼンブはイナホの脚本のオカゲデス!」
「稲穂、すごいじゃないか! 主役兼監督、駅伝の翌日とは思えないよ!」
「そんな……先生、正直照れます」
えへへ、と稲穂は照れ臭そうにしていた。
「姉貴や京子先輩もステージの出し物やってるみたいですよ! 涼風先輩はかき氷作ってるとか」
「涼風は季節外れすぎないか!?」
新潟ならもう雪が降ってもおかしくない時季だぞ。
「涼風はちょっと顔を出すだけにしとくよ……」
「それがいいと思います……栃岡先生の副任の2年5組も、あとで行きますよ!」
「お、ありがとう。お化け屋敷でブラック企業時代の俺をモチーフにしたゾンビが出てくるらしいから、楽しみにしといてくれ」
「なんですかそれ!? 逆に見たいですよ!?」
稲穂は笑いを堪えきれなくなったようだ。
無理もない。働きすぎた俺をモチーフにするとかブラックジョークにもほどがあるだろ。
俺は稲穂のクラスをあとにし、他を回ることにした。
廊下を歩いていると生徒が俺に次々と声をかけてくる。
「あ……栃岡先生……!」
「ホラホラ、チャンスじゃん! すみませーん、栃岡先生!」
「お、どうした?」
話しかけてきたのは2人の女子生徒。宮内と前川だ。いつも2人でいる仲良しなのだが、宮内は俺のことが嫌いなようであまり話しかけてくれない。いつも拒否反応のように顔を赤らめて、話しかけさせようとする前川と喧嘩する。
「ちょ、まだ、心の準備が……」
「いいじゃんいいじゃん! 先生、宮内さんが言いたいことあるんだってー」
「ねぇ何言ってんの!やめてよ!」
なに俺、露骨に嫌われてない!?さすがに目の前で生理的に無理みたいなこと言われたら傷つくよ!?
「ゆ、有香のバカ……」
「いいからチャンスじゃん!ホラ!」
前川は宮内の背中を強引に押す。宮内は俺の顔を見るなりあたふたすると、拒否反応のように顔を真っ赤にさせる。
「あの、その、栃岡先生……」
「お、おう」
「み、都大路おめでとうございます!! 雑誌で先生の活躍見ました! は、走るのも速いんですよね」
「週刊スポマガ見たんだ…… 高校生読んでるんだ……」
スポーツ紙を高校生読むのか……まぁあれはどっちかというとスポーツ専門雑誌だから、高校生に悪いものはないんだけど。
あたふたしている宮内を見て前川はため息をつきつつ、援護に入る。
「宮内さん、栃岡先生に出し物のカフェテリアに来てもらいたいんですって」
「そうだったんだな。確か1年1組だったよね君たち」
「そ、そうです! 振袖カフェをやってるので……その、お時間あれば、是非、来てください!!」
宮内はセミロングの髪を、何度もなびかせながら頭を下げる。
「あ、ありがとう…… 今日は順番に全部のクラス見る予定だから、安心してくれ」
「ほ、ほんとですか!! ありがとうございます!! それでは!!」
宮内はそう言いながら仲良しの前川の手を強引に引っ張り、一目散に逃げていった。
と。こういうのって学園祭っぽくてなんかいいなと思うが……でも宮内、俺のこと嫌ってるみたいだし、そのせいか会話もおぼつかなかったぞ。
ひょっとして宮内が誘ってくれたのは……罠なんじゃないか!? 最近なんかセクハラ事件に巻き込まれることが多くなってきたし、俺を貶めようとするには絶好の手段のはずだ。
ええい、1年生宮内、気を付けなければ。あ、カフェテリアくらいは行ってあげるけど。
その後、てくてくと渡り廊下を歩いていたとき、少し休憩しようと中庭のベンチに行くことにした。
普段と違う学校の雰囲気は疲れる。ちょっと外の空気を吸いたい。
渡り廊下を一歩出て、中庭に入ろうとしたその時だった。
目の前にしゃがみながら顔を覆う生徒がいた。
「なっーーーーーー」
思わず踏みそうになったので慌てて体を逸らす。危なかった。スカートを履いてるあたり女子生徒だし。
彼女はとても背が低くて髪の毛もおかっぱ頭なので小学生のようだ。
ていうか、これって
「み、京子さーん……?」
「…………」
京子なのは間違いないんだ。髪は彼女独特のナチュラルな赤みがかった髪をしているし。
「栃岡先生、京子さんは落ち込んでいるのです」
横に立っていたのは信乃だった。いるとは思わず本当に腰を抜かす。
「うぉ!?信乃!?」
「お化けを見たみたいな驚き方はやめてください。ところで、私達のクラスの出し物はダンスだったのですが……京子さんは全く振り付けが分からず、踊れなかったのです」
う、さすがに北信越駅伝翌日の学園祭で出し物はしんどかったか。勉強と部活もやってたらダンスなんて練習する時間はないだろう。京子はそういうの、あまり得意じゃないだろうし。
気の毒だとは思ったがしょうがない。部活と勉強、それから学校行事との両立。これは本人が選んだ道だ。たまには全てが上手くいかないことを経験するのも本人のためだ。
「ところで信乃が着てるそれが、ダンスの衣装なのか」
その衣装はブレザー制服をモチーフにした、ヒラヒラが付いた某大人数アイドルの衣装を真似たものだった。
「へぇ、良くできてるじゃないか。生徒が自作で作ってるようだけどすごい」
「家政学部に行く予定のクラスメートが作ってくれたものです。私はこういうの好きじゃないので早く脱ぎたいんですが……」
「そうかな? 俺はかわいいと思うけどな、信乃のそういうの」
「な、か、か」
信乃はスカートの裾を小さく掴む。短く切った前髪で、視線が見えなくなってしまう。
「かかかか、かわいいとか、その……」
よく見ると腕が小刻みに触れているようだった。急に気分でも悪くなったのかな?
「どうしたんだ?」
「かわいいとか、その、言われたこなくって」
いつもクールな副会長は、自分とは無縁だった言葉に戸惑いを感じているようだった。
「信乃はいつもキリッとしてるからな。女子生徒にも人気あるようだけど」
前に涼風のクラスメートが信乃に告白したとか聞いた気がする。男気あるわけじゃないけど、かっこいい系女子は女子に人気がある。
「こういうのも、悪くない、でしょうか……?」
「俺は結構好きだよ。信乃は朝陽もキリッとしてるけど、もう少しお洒落してもいいとは思うんだけどね」
「吉川先生、ですか」
信乃は少し残念そうなため息をつく。さっきまで紅潮していた顔も落ち着きだったいつもの信乃に戻っていた。
「栃岡先生は吉川先生と仲良いですよね。下の名前で呼び合ってますし」
「冗談じゃないよ……今まで何回殺されそうになったと思ってるんだよ……」
夏休みのラブ○ター事件、駅伝部が解散になる前に電話したとき、それから……あとなんかあった気がするけど、思い出せない。
とにかくことあるごとに、いや何もないときでもおちょくられたり脅迫されたり。やりたい放題されている。
「あいつ、選らそうに人を虐げるし、いつも俺のこと見張ってる気がするんだよな……」
「それって、それだけ、栃岡先生に気がある……ってことなんじゃないでしょうか?」
信乃はやけに積極的だ。
駅伝部で恋愛事に興味があるのは稲穂くらいで、あとのメンバーはそういう系の話をしてるところは見たこともない。だから信乃が妙に詮索したがるのは意外に感じられた。
「信乃、ひょっとして……」
俺はそばにいた信乃の顔を、立ち膝で覗き込むようにして見つめた。
「なっーーー」
急に視界に俺が入ってきたのか、信乃はビクッと体を震わせる。
「ひょっとして、朝陽のこと嫌いなの? ほら、試走とか大会のときもみんな朝陽じゃなくて俺の車乗りたがるし」
「はぁ……」
信乃は急にため息をついた。張りつめていた何かを急に、吐き出すかのように。
「栃岡先生は本当に人を安心させることができますね」
「え!? なにそれ誉め言葉!?」
急になに言い出すかと思えばそんな……よく分からないぞ今日の信乃は。
「まぁなんでもいいよ……ところで」
「は、はい?」
「北信越駅伝のときに言ってた『俺の雇用問題』って、どういうことなんだ?」
信乃は北信越駅伝の中継前、俺の雇用問題に関わることがどうこう言ってた。それを聞こうと思っていた。
「それですか。先生、父の独断で、都大路に行けなかったらクビになりそうだったんですよね……?」
「それか。んまぁ、色々あってな」
完全に口喧嘩と化していた直談判。その時に「都大路に行けなかったらクビ」を言い渡されていたのだった。
「私も知って驚きました。本当に申し訳ない父で、すみません」
信乃は申し訳なさそうに頭を下げる。ダンス用に結えたポニーテールが頭と共に垂れる。
「まぁ結果オーライだよ。都大路に行けたから廃部は回避できたし」
「はぁ……でも先生、まだ大事な問題が残ってるんですよね?」
「さすが、勘がいいな。メンバーがまだ足りない」
県駅伝や北信越駅伝の出場には5人以上でよかったが、都大路に出るには7人を揃えないといけない。これは北信越駅伝のレース後に赤寺先生から言われたことだった。
「7人目のメンバーが必要なんだ」
「でも先生、他の部活から助っ人、というわけにもいかないんですよね?」
「当然だ。そんなのは俺たちの駅伝部じゃない」
都大路を目指し、ストイックで苦しい毎日を送る。そしてみんなで引っ張り合い、競い合い、高め合う。
それこそが二ノ丸高校駅伝部なんだ。今さら他の部活から誰か助っ人を連れてくるのは……その人にも、駅伝部のみんなにも失礼だ。
「候補はいるんですよね?」
「もちろんだ。そう言う信乃も、彼女しかいないと思っているんだろう?」
「そうですよ。栃岡先生は占い師みたいですね」
「生徒の考えも想像できなくて、高校教員はつとまらないさ」
信乃はほくそ笑んだ。
「京子さん、行きますよ?」
信乃はそばでしゃがむ京子の肩をポンポン叩く。
「ふぇえ!? し、信乃さん!?」
「7人目のメンバーを探しに行くんです」
「で、でもダンスの練習をしないと……」
「それは後! 断捨離ですよ」
「そんなああぁぁぁ……」
信乃は京子を立ち上がらせた。




