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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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北信越駅伝 ④不器用でも、君と

 第三中継所に来た俺は、すぐに彼女たちのもとに駆け付けた。

「サクラ、涼風、京子! すまん、遅くなってしまった」

 長岡市立図書館に隣接された中継地点に、3人は集まっていた。1区を走り終わった京子とサポート役の涼風が、サクラに寄りそう形でいた。

 どうやら襷渡しの練習を練習している様子だった。汗のせいか、濡れているハチマキを輪っかにして襷に見たたてサクラの肩にかかっている。恐らく、1区を走り終えた京子のものだろう。

 俺は真っ先に京子の両腕を掴む。

「京子! いい走りだったじゃないか!」

「はい!ありがとうございます! 区間3位でタイムは20分20秒くらいでした」

「もう電話で聞いただけで泣きそうになったよ。頑張ってきて、よかったなぁ!」

 もう俺は泣きそうになっていた。自分が育てた選手が、苦労に苦労を重ねて北信越の舞台で3位になるだなんて……

「そんな、先生、まだ早いですよ」

 その声は妙に震えていたように思えた。でも京子は、構わずに話し続ける。

「今、二ノ丸高校は、いい位置にいます。でも、本当に大事なのはこれからです。豊科東も追い上げてくる機運がありますし……」

 それに、と京子は続ける。

「最終5区の5km、ここまでもつれ込んだら、本当にどうなるか想像もつきません」

「京子が言うと、妙に説得力が出てきて怖いな」

「そんな、脅すつもりで言ったんじゃありません。ただ、襷のつなぎ方次第でレースも大きく変わりかねません」

 京子は妙に悲観的だった。まぁ、京子は冗談でもない限りレースに楽観的になることなんてまずないだが。

「すみません。なんかネガティブになってしまって」

「心配ないさ。まぁ、聞いているのは俺だけみたいだし……」

「え?」

その瞬間に俺と京子は、涼風とサクラの方を見る。

彼女たちはペアストレッチをしていた。仲良さそうに、お互いに背中合わせになりながら腕を持って抱えあい、背中を伸ばし合いっこしていた。

サクラが涼風のことを持ちあげる。

「ウェル、スズカゼ! なんでエキデンは、リレーするノニ、バトンじゃない、デス?」

「うーん、やっぱり日本で駅伝は生まれたから襷なんじゃないかな」

 サクラは背中で抱えていた涼風を下ろす。

今度は涼風がサクラのことを背中で抱える。

「デモ、ナラなぜ、ハチマキじゃないデス?」

「うーん、ハチマキだともらった時に頭につけないとだからじゃない?」

「ウェル? でも、ジャパニーズとイエバ、やっぱりハチマキデス!」

「でもでもほらほら、いちいちつけるの、めんどくさいじゃん? 特に信乃先輩みたいに髪長いとチョー大変だよ」

「ワーオ、そのトオリ、デス! ジャパニーズの知恵はすごいデス!」

 ……試合前に何のんきな会話してるんですかあなたたちは。ハチマキでリレーする駅伝がどこにあるんだよ。

 そして京子も俺と同じことを思っていた。

「涼風さんもサクラさんもすごいですね……すごく浮世離れしてます……」

「もう少し現実に戻ってきてほしいんだが……」

 やれやれ、とため息をつきながらサクラと涼風のもとに歩み寄る。

「サクラ、緊張するのも分かるが、駅伝は待ち時間の使い方も大事だぞ」

「コーチ! ウェル、それはどういうことデスカ?」

「襷が回ってくるまで待つ時間も大事だってことだよ。おしゃべりもいいけど、体動かしておかないと気づかぬうちに固まっちゃうぞ」

「ムムム、ソンなにトークに集中していたデスか……」

「あはは、言われないと気づかないものだよ。涼風と一緒に動き作りでもやってくるといいさ。まだ中継まで15分くらいはある」

「イエス! チュウケイジョの周りはセマイですガ、ソウします!」

 サクラは、そばでぼーっとしていた涼風の腕をつかむ。

「スズカゼ、イッショにやるデス! トゥギャザー!」

「あわわ!? ちょ!? ちょちょ!?」

 彼女たちは中継所の奥、図書館に併設されている市民体育館の方へと消えてしまった。

 ぶつかりながらも人込みをかき分ける彼女たち。ごめんなさいごめんなさいと謝りながらそれでも進む。

それを見て急に不安になった。

「まじで大丈夫かあいつら……」

 京子はそばで微笑ましく見つめていた。

「なんか子煩悩みたいですね、栃岡先生は」

「縁起でもないって。はぁ、俺がパパなら、京子みたいに思慮深い子が娘だったらいいのに……あ―――」

 自然な流れで言ってしまったが思い出した。

 京子には、父親がいない。

 京子の父親は5年前に亡くなっている。それは京子の母親から聞かされていたことだった。

 変なこと言ってしまった。早く京子のフォローをしないと―――と思った瞬間、京子は勢いよく俺に向かって話す。

「先生!!」

「は、はい!」

 京子がこんなに語勢を強めることは今までなかったので、当然驚く。

「先生のことは本当に尊敬してますし、本当に大好きです。でも、お願いですからレースのときだけは『父親』の言葉は口にしないでください」

「み、京子?」

「でないと、私、もう何もできなくなってしまうんです……」

 どういうことだ? 父親の話題は触れてほしくないってことか?

 いや、でも京子は父親のこと自体に触れられるのはもう大丈夫なはずだ。夏休みに漣と話はつけてるし、それは京子も受け止められるようになったはずだ。

 じゃあなんで……

 ええい! なにはともあれ今のは俺のせいだ! 男ならまず謝る!!

「京子さん、すみませんでしたあああああ!!!」

 全力で腰を90度に曲げる俺。

「配慮に欠けた発言をしてしまい、すみませんでしたあああああ!!」

 あまり全力で謝ったせいか、あたりのアップ中の選手、監督の目を引いてしまう。

 それに気づいて慌てふためく京子。

「あわわわ栃岡先生! レースのときだけでいいんです! 普段は大丈夫なんですから!」

「そ、そうなのか?」

「そうです! 悪いのは栃岡先生じゃなく、いつまでもしがらみを抱える私のせいなんですから……」

「なんか……すごく訳アリみたいだな」

「この駅伝部は、みんなそうじゃないですか」

 京子は俺の顔を見上げる。上目遣いのその顔はしっかりと真実をとらえていた。

 なんせ顧問の俺も、いつまでも箱根駅伝の幻に捕われているんだから。

「京子に言われちゃ敵わんな」

「お互い様です。さ、栃岡先生は漣さんのところに走ってください。結構時間使ってません?」

「え? ああああああ!!!!」

 見ると時計は、3区の到着予定ギリギリを指していた。

 まずい。このまま走っても漣のスタートには間に合わない。ここまで既に結構走ってるのに全力で走らないと間に合わないペースだ。

「あああああ……試合前に漣に会う計画が……」

「すみません!私のせいで……」

「終わったことだし、もういいんだ! 俺のフルパワーで行く。京子はサクラをスタートラインまで見送ってくれ!」

「はい! 急いでください! まだ間に合います!」

 京子に返事を返す時間もなかった。

 駐車場のコーンをハードルのようにして飛び越える。

 点滅しそうな信号をダッシュで潜り抜けて、中継地点の長岡駅にダッシュする。線路の下をくぐると遠回りになるから近道をいかなくては。

 生徒のことを子ども扱いするくせに、自分は満足にサポートもできてないじゃないか。

漣はああ見えて放っておくと急に寂しがる。強がりだけど、仲間がいないと心細い。なんとも高校生らしいのが漣だ。

だからレース前には一言でいいから触れておきたかったんだ。

それがこのままだとギリギリ。沿道には人が増えてきているのでスピードを上げて走りにくくなっている。やはりお昼どき、観戦する人も増えている。

次の中継点までの近道はないし……このままだとジョギングペースでしか走れないから後続のサクラにも追い抜かれてしまう。

こうなったら、恥を捨てるしかないかな。

俺は沿道を潜り抜けてコースに入った。

駅伝コース上は誰も人がいなかった。それもそのはず、あと数分で選手がやってくるのだから。

沿道の観客は俺のことを指さす。なんだあいつは?なぜサングラスで大人が疾走している?

「か、関係者でーす!!」

 ……あながち嘘ではないだろう。おおかた、沿道の観客は俺のことを係員か何かだと思っているはずだ。自分に自分で言い聞かせる。

 このまま、中継所まで突っ切るぜ!

 漣を見送りさえすればもう競技場に帰るだけだ。そしたらタクシーでも使えばいい。もちろん学校のお金で。

 もう1段階ペースを上げる。この区間は3kmなので短い。すぐに中継所まで行けるはずだ。

 交通規制された道はとても走りやすかった。信号で止まることもなければ、車なんて一台もない。

 いやぁ、都大路を思い出してしまう。気持ちいいんだよなこれ。周りがスローモーションのように止まっているのに、自分は道路を駆け抜けている。

 なんか県陸協から誘いを受けた都道府県対抗駅伝も走りたくなってきたぞ。短い距離しか任せてもらえないだろうが、新潟ロングディスタンスの時よりも距離は踏んでるし、実業団ともいい勝負できるんじゃないかな。

 一歩踏みしめるごとに推進力を感じる。薄いレーストレーニングシューズが足に見事にフィットしている。指の先から爪先まで全身の動きが連動していると感じる。

 恐らく、1km3分くらいのペースだろう。フルマラソンなら日本記録、箱根駅伝なら区間上位のペース。漣にいち早く会いたい、そんなタイム・プレッシャーで一段とペースが上がっている。

 気付いたら中継所が目に入ってきた。最後の第4中継所は長岡駅の目の前にある。さすが長岡市長が駅伝大好きなだけあって、こんなダイナミックな運営が出来てしまうのか……

 既に中継所はかなり盛り上がっていた。さすがにまだランナーは中継点には現れていないものの、コース脇では選手がアップしているのが遠くからでも分かる。

 漣はさすがに分からなかった。というのも、コースには既に黒山の人だかりでコース脇までよく見えなかった。これでは沿道に入れないぞ。

 沿道で人が途切れてるポイントを見つけてそこから入ろうかと思ったけど入れず……結局、俺は中継点までたどり着いてしまった。

「すみません!高体連の関係者です!」

 本当のことだけど都合のよい嘘をつきながら、選手控え所へと入っていく。

 第4中継点には漣しかいない。目立たないので見つけるのがかなり大変だ。

なにせ平均くらいの身長の漣だ。信乃みたいに背が高かったり、サクラみたいに金髪だったりすれば一発で見つかるんだけど。

 たくさんの女子選手をかき分けながら漣の名前を呼ぶ。

「漣!漣、どこだ!」

 正直かなり視線を浴びる。無理もない。いきなり中継点から汗だくのサングラス男が現れて、女の子の名前を叫んでいるのだから。

 とは言え、もうここまできたんだ。最後の最後で恥ずかしがってどうするんだよ!恥を捨てろ、高校教師栃岡。漣は、俺を待ってーーー

「ひょっとして栃岡先生、じゃないですか」

 不意に目の前にいた女子選手に話しかけられる。セミロングを地味なポニーテールでまとめた彼女は、上目遣いで俺の顔を確認する。

「て、寺門……」

 そう。暁月のエースで漣の……ライバル?であり中学時代の先輩の寺門だった。ちなみに昨晩は栃岡湯で痴女騒動を起こしている。

「悪いな。今ちょっと急いでるから、あとでな」

「さ、漣さんなら……!」

 やけに大きい声だった。振り絞ったように出したその声に、俺だけでなく周囲の選手、関係者の視線が集まる。

「漣さんなら、いま、お手洗いです」

 自分で言えたことでほっとしている顔を、寺門はしていた。

「そうか、分かった。いないのに叫び続けても無駄だな」

「届かない叫びは、雑音と同じですよ」

 寺門のその言葉を意味深長に捉えずにはいられなかった。

 自分が思うように言葉を伝えられないから。だから、相手に気持ちが届かない。当たり前のことだ。なのにそれが、今はものすごく難しく感じられた。

「寺門、あのさ」

 言い返されると思ってなかったのか、寺門は驚く。

「漣、新人戦でお前に会って、寺門をスパイクの犯人だと勘違いしたんだ。それから俺に泣きついたんだ。『ショックだった』ってさ」

「………………」

「俺はあの時、走れなくなったことがショックなのかと思ってたんだ。だから、駅伝でお返ししてやろうって言ったんだよ。でも、それは間違いだったと、いま気付いたよ」

「それって、どういうことですか?」

「漣は、寺門に踏まれたことがショックだったんだなってことさ」

 寺門はハッとした表情になる。ショートヘアの髪が、肌寒い11月の風に揺れる。

「俺も鈍感だし、漣も不器用だから確信は持てない。でも、そうだといいなって思うし、そうあってほしいと俺は思う」

「それは先生の勘違いだったら、どう責任とるんですか?」

「その時は、二人まとめてお説教だな」

 寺門は、それまでの真面目な表情を崩して「本当に不器用なんですね」とほほ笑む。もう3年生の彼女にそう言われると、まるで後輩と話しているような気分になってしまう。

「不器用じゃなかったら、こんな仕事やってないさ」

「なるほど。栃岡先生が、中学時代の顧問だったら良かったですね」

「ははは、そうきたか」

「では私はウォーミングアップの続きに行くとします。本番では、血を血で洗えるような試合にしましょうね!」

「うわ!出たカルトクイズ! 『本番は熱血な試合にしましょう』ってことだな!」

 寺門はリズムよく髪を揺らしながらアップ上へと姿を消した。もうなんなんだよ!

 思い切りため息をつく。なんか疲れた。

 ―――――ピロリロリン♪

 ケータイのメール受信の着信が鳴った。

 漣に会えてないどころか、順位も確認できてなかったのか俺は。

 えっとなになに、3区終わった時点は……

 

 岸部

 星城 +30秒

 富山光陵 +18秒

 二ノ丸 +15秒

 暁月 +8秒

 豊科東 +28秒


 えええ!?!? 暁月がこんなに追い上げてきたの!?!?

 前後のタイムを見る限り、信乃はそんなに遅いわけじゃない。これは暁月が追い上げてきたんだ。

 暁月の3区は完全にノーマークだった。このまま差を詰められたら、5区に渡る頃には厳しいタイム差になっているかもしれない。

 漣の実力は未知数だが、それ以上に寺門の実力も未知数だ。県駅伝のときは国体直後で十分に練習が詰めていなかったのに5km17分前半の走りをしている。展開次第では、今日はもっと早く走るだろう。

 まずい。一気に焦りが出てくる。

 漣、最近はラスト1kmで勝てるようなスパート練習をたくさんやってきたけど、それ以前に決着がついたら―――――

「このアホ顧問がああああああ!!!!!!」

 心配していたのもつかの間。いきなり、背後からエルボーをくらう。

 俺はそのまま地面にノックアウト。グッシャリと、サングラスの割れる音がした。

「あああああ!!! 3万円もしたバークレーのサングラスが!!」

 振り返るとそこには漣がいた。やはり犯人は漣しかいない。二ノ丸高校に俺をいじめる女性は多いが、直接暴力を振るうのは漣だけだ。

「んなもんつけてるから変態に思われるんでしょう!?」

「マジで何てことしてくれたんだ……まぁそんなことより! 次の中継、気を付けろよ」

「うぇ、どういうこと?」

「3区の中継時点で後ろとは8秒差。サクラがどう走るかは分からないけど厳しい戦いは必須だ」

「うひぃ~、思ってたよりましだけど、厳しい展開だね」

「漣!」

 俺は両手で、漣の右腕を掴む。

「な、ちょ!」

 突然だったからか、漣の体がびくりと動く。

「とっておきの作戦を教える」

「へ?」

 漣の耳に近づそっとつぶやく。そして伝え終わると同時に、みぞおちをぶん殴られる。

「バッカじゃないの!?!?!?! なんで今までのみんなの頑張りを無駄にしなきゃいけないの!?!?」

「む、無駄にはならないだろ! それも作戦だよ!」

「呆れた。もういいよ、私はそんなの無視して全力で走る」

「漣! 俺たちにはもう後がないんだぞ!」

「だからそんな作戦なんかに乗れないよ!」

「頼む漣!! 俺を信じてくれ……最後になるかも、しれないのなら……」

 思いが詰まり半泣きだった。でも、俺が漣に耳打ちした作戦は切り札とも呼べる作戦なんだ。

「センセー…… はぁ、分かったよ。前回の県駅伝でセンセーの言ったこと守らなくて失敗しちゃったからね。今回は守るよ」

「漣……! 頼んだぞ寺門にリベンジして、都大路に行くんだ」

「分かった。寺門先輩に、絶対勝ってくる。そして栃岡先生も――――――あーいやなんでもない!行ってきます!」

 な、なんだ急にどうしたんだ……ひょっとして寺門のことを俺が言いだしたから取り乱してるのか?

 でも、レースに気持ちが向かっているようで一安心だ。凛とした漣の目、あれなら戦える。

 気がつけば先頭、岸部高校の先頭ランナー・九十九里……どっちだっけ? 双子の片割れが走ってきた。

 襷を受け取るのはセカンドエース藤沢だ。

 もう少しでサクラもやってくるだろう。運命の5区まで……襷リレーは近かった。


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