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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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北信越駅伝 ③ぼっちハーフマラソン

「ふざけないでください!!!!!!!」

 キ――――――――――ン。

 拡声器を耳元に当てられたかのように、俺の耳元がズキズキと痛む。もう、うるさいではなく痛いというレベル。

「栃岡先生はデリカシーがなさすぎます!!! 県駅伝のときに続いて!! 今日も!!」

 目の前にいる越平稲穂と俺は、辺り一帯の選手と役員の注目を集める。

俺は長岡市陸上競技場から走ってきた汗と、ああまたやってしまったかという絶望感で満たされていた。

「いいから稲穂、ボリュームを下げろ!」

「今日は丈夫ですよ! 前回みたいなヘマはしません!」

 稲穂が怒っているのは、県駅伝のときにしでかした「女の子のあれやこれや」で今回も倒れないか心配だと俺が言ったことが原因だ。俺としては、稲穂のことが心配で心配でしょうがなかっただけなんだけど……女の子の気持ちって難しい。

「ごめんて…… んで、レースの様子だけど、京子は中間点の3kmを10分08秒で通過、6人くらいの先頭集団にいる様子だ。ここから徐々に集団は絞られていくから、残れるかどうかってところだな」

「京子先輩、いい感じですね」

「ああ。先頭の6人は恐らく、岸部、暁月、富山光陵、石川の星城、豊科東、大甲大四高、そしてうちの京子のうちだろう」

「あれ? でも今のなかで、京子先輩以外で6チームいません?」

「あれれ?言われてみればそうだな。 中間点で親父に見てもらってるはずだから、間違いじゃないんだけど……」

 この7校はレベルが突出しているから1区でそれなりにリードすると思ったが……1チームいない?

 岸部の横越が緊張でダウンしたとか? 暁月の今泉は実力者だけど駅伝は少し苦手だったような…… いや、それ以外のチームでも不測の事態が起こったとか? 様々な予想が俺の脳裏にわく。

 各県の駅伝やこれまでの記録会でデータは蓄積されているが所詮はただの記録だ。俺が話したわけでも、走りを実際に全員分見てるわけではない。

 ええい、予想したってしょうがない。そろそろ選手が来てしまう。早く次の中継所に行かなくては。

「稲穂、俺は次の中継所に行く。京子は前方で来るはずだから、襷を受け取ったら都大路を争うチームを確認しつつ、前を追ってくれ。あとは頼んだぞ!」

「はい、先生。お無事で! 目指すは区間賞です!!」

 稲穂に向かって親指を立てて、俺はペース速めに次の中継所に向かった。

 長岡市図書館を過ぎると風景が急に農村チックになってくる。建物の高さが低くなるとともに、田んぼや畑が目に入ってくる。

 それと同時にロードの勾配が徐々に急になる。次の中継地点まではほぼ上りだ。

 箱根駅伝の5区もそうだが、こうした極端な傾向を示すコースは選手の向き・不向きがダイレクトに影響してくる。どんなに速い選手でも上りコースへの適性がなければ、持ちタイムがはるかに遅い選手に負けてしまうこともザラだ。

現に箱根駅伝で「山の王」と呼ばれる選手は、圧倒的なタイムで5区を走るが平地でも圧倒的かと言われれば意外とそうでもない。まぁ、言うまでもなく大学生ではかなり速い位置にはいるけれども。

そんなことを考えていると走るのがしんどいことが分かった。あ、俺は上り坂への適性がないんだなぁ…… もしも大学4年で箱根を走るなら山下りの6区候補なだけあって上りは苦手意識をぬぐえない。

長岡鋼線の裏を通ると、一気に景色は田んぼ道になった。栃岡湯からもほど近いこの場所は昔からよく走っていたが壮大な景色にはうっとりしてしまう。

急に力が抜けたところで、俺は一度ライムでメッセージを確認することにした。タイム計測係の親父からのタイム経過を見るために。

「えーっと。第1中継所、1区終わった時点の通過は………岸部、石川の星城、うちの京子、富山光陵、長野の豊科東、暁月が20秒以内に中継ね。この書き方だと京子は3番手か!」

 すげえええええ!!! すごいぞ京子!!! 都大路内定組のなかでここまで走れるとはびっくりだ。

 岸部の横越は言わずもがな新潟県のエース。個人で全国入賞クラスの実力。そして星城の選手も、インターハイ決勝まであと一歩までいった選手だ。それだけの実力者に次いで京子が3番手…… 区間賞でもないし記録も分からないが、もはや新潟県トップクラスの実力だ。

 都大路無い内定組では、今のところ二ノ丸高校がトップ。先頭集団トップに暁月、そしてそれから離れて大甲大四高ってところだな。

二ノ丸は1区でいい位置で、県駅伝区間賞の稲穂に襷を渡せた。恐らくここでまた都大路無い内定の暁月には差を広げられるだろう。稲穂、調子良さそうだしガンガンいってもらいたい。

「足取りが軽くなってきた……!」

 京子の快走に心が躍る気分だった。

リュックに入れておいたミネラルウオーターをガブリと飲み、再び第2中継所に向かって走り始めた。


 第2中継所には意外とすぐ着いた。中継所は民家の駐車場にテントを張っただけの簡素なもので、応援の保護者や観戦の人もどこの中継所より少ない。

 そんな場所だから信乃のことはすぐに見つけられた。長いロングの黒髪をポニーテールにした信乃は、一人中継所で佇んでいた。

「おーい、信乃。元気?調子はどうだ?」

「…………」

「信乃!」

「うわぁ!? は、はい!」

 呼ばれていたことに気付きもしなかったようだ。信乃は。

「緊張し過ぎだ。体を動かしてないと、頭まで動かなくなるぞ」

「でも、アップをし過ぎると良くないかと思いまして……」

「ちょっとジョグしたり動きづくりするだけなら大丈夫だ。すぐにバテるほど、信乃は初心者ランナーじゃないさ」

「そう……ですね! 今、岸部の九十九里さんから聞いたんですが、二ノ丸は結構いい位置なんですね」

「この暖かいコンディションで京子もバッチリ動けたみたいだ。暁月、豊科東との差は開くだろうし、信乃は目標通り10分を切ろう」

 信乃の目標タイムは10分だ。下手に勝負をして出し切れずに次のサクラに渡しては流れが悪くなりかねない。県駅伝での失速もあるし、深く考えずにロードレースのつもりでタイムだけを目標にするように言った。

「そのつもりです。私は大丈夫なので、栃岡先生は次の中継地点に行ってください!」

「え、いや、あと5分くらいは話せるけど」

「い、いいから早く次の中継地点に行ってください! 私はバッチリ走ります」

 ん? なんか少し信乃は俺のことを急かしていないか?

 明らかに俺に視線を合わせようとしない。

 強がりな信乃のことだから何か隠し事があるんじゃないのかな…… ひょっとして、アップでどこか怪我してたり!?!?

「信乃、ちょっと隠し事してないか? 俺に」

「ええっぇええ!? そ、そんなことないですよ!」

「まさかケガしてるとか? そんなことあったら今すぐに走るのをやめ―――」

 その瞬間、信乃は大きなため息を1つした。

「先生……」

「し、信乃?」

「そんな大げさなものではないです。タイムにはまず影響しません」

「なんだ、それなら―――」

「ただ栃岡先生の雇用には影響するかもしれません……」

「なにそれ!?!? 超怖いんだけど!?!?」

 いきなり死を宣告されたような気分だ。教員1年目にして早くも2回も懲戒免職になりかけた俺には不吉な予感しかしない。

 1回目は春の県大会の後。この時は誰にも連絡せずに仕事をさぼってしまったので俺に非があるのは当然のことだ。

 しかし2回目、これに限っては俺が悪いわけではない。体操部に連れ去られた涼風を取り返すために体育館に乗り込んだはずが、体操部顧問の花形と鬼ごっこ。なんとか花形を撃破したものの駆け付けた教師の誤解により謹慎処分。

そして都大路に行けなかったら二ノ丸高校をクビになるっていうのにまだ何かあるの!? 怖すぎだろ!?

「い、嫌だ―!!! クビにはなりたくないー!!」

「と、とにかくここから早く立ち去って、都大路に行ければ問題ないんです! 先生、私を信じてください!」

 このことについてじっくり信乃に聞きたいのは山々だが…… ていうかブラック企業をほんの数年で辞めて人生もうあとがない社会人に向かって、突然雇用の話をする女子高生って何者だよ!?

でもしかし、今は北信越駅伝。俺の雇用問題で選手に気を遣わせている場合ではない。

強がりかもしれないが信乃も大丈夫と言ってくれてるし……ええい! 俺は信乃を信じる!

「分かったよ。俺はサクラのところに向かう。俺は信乃を信じる」

「こんなふうにしか言えなくてすみません。でも先生、ありがとうございます。県大会でうまくいかなかった分、ぶつけます!」

 元気よく信乃とハイタッチをして俺は次の中継地点へと向かった。

 なんか喉に骨が引っかかってる嫌な気分がしたけど、それをもみ消すように全力で走る。

 俺がスピードを上げると同時にどんどん気温が上がっていく長岡の田んぼ。上下長袖長ズボンの俺はちょっと暑くなってきた。

 かけていたサングラスを頭の上に上げて、目元で風を感じる。気持ちいい。やはり走るときは風を感じていたい。

 一気に良好になった視界。その先に、一台の車が見えた。

 ん? あの車どこかで見た気が……

 ヨーロッパの自動車メーカーの白い高級車、田んぼの風景に不似合いなそのボディに嫌な予感を感じてサングラスを下ろす。

 車はどんどんこちらに向かってきて、遂には俺とすれ違う。運転手のことは見えなかったが……こちらを凝視しているようだった。

「なんださっきの人。この先は中継所だから通行止めだし、何しに行くのかな?」

 さっきの信乃が秘密にしていたこと。それを思い出してしまった。

でも、今は都大路がかかった大事な大会だ。そんなことを気にしている暇などない。

進学重視の二ノ丸高校の方針によって次々と縮小していく部活動。駅伝部もなくなる危機になったが、「都大路出場」を条件に廃部を回避できることとなった。

俺が高校生の頃から続いている駅伝部。それがなくなることは、自分の生きてきた歴史がなくなるような気がしてしまう。

でもそれ以上に、今の駅伝部の彼女たちの居場所がなくなること。それはあってはならない。

京子は自分の居場所を、みんなのために残したい。そういう思いで受験と両立させながらここまでやってきたんだ。同級生が机に向かっている間に京子は息を切らして走り、テレビが砂嵐しか映らない時間も机に向かっていたと藩内ママから聞いている。

マジで人生かけてるんだよ京子は。5人で21km走る、それだけのために。

京子以外も同じだ。信乃も、父親である教頭に大反対されながら駅伝部に入った。

漣も稲穂も、京子と一緒に走ることが忘れられなかった。だから、トラックよりも駅伝を選んだ。

涼風は、きっかけは不純だが今ではみんなが大好きでしょうがない。サクラも、手術までして、そして国境まで乗り越えてみんなと襷を繋ごうと日本に来た。

俺は、駅伝部のみんながみんならしくいられるため。そのために自分のことすら投げ出す覚悟でいるんだ―――――

プルルルルル……

 第3中継所まであと1kmと迫ったところで着信があった。長岡市陸上競技場で待機している朱からだ。

「おにいちゃーん! ぼっちハーフマラソンは順調かなー?」

「ふふふ…… 5000m13分台ランナーをなめるなよ……余裕だ」

「今、競技場で中間点のライブ映像を見てるんだけど、稲穂先輩が4位で襷渡せそう!」

「うぐぐ、稲穂は差を広げられなかったのか。ちょっと誤算だな」

「でもでも、暁月と豊科東との差はそのまんまだし、まずまずなんじゃない?」

「中学生なのに冷静な分析するよな。ともあれ、今のところは大崩れしてないし、このままいけば都大路は固い」

「おおお、いいじゃんいいじゃん。そういえばさっき、週刊スポマガの江戸川さん?って記者さんに話しかけられたんだけど、お兄ちゃん知り合い?」

「江戸川?」

 思い出した。新潟ロングディスタンスの後に俺に取材してきた、突発的にキレる清楚系記者だ。この大会に取材に来てたのか。

「一度取材を受けたことあるけど」

「やっぱりー? お兄ちゃんのこと探してたみたいだけど、お兄ちゃんなら中継所を走りながら選手のサポートしてますって言ったら愕然とされてさ」

「驚かないことはないか……」

 いくら13分台を持ってるとはいえ、改めて自分の体力バカさを思い知る。

「俺はフィニッシュするまでにはなんとか帰るよ。朱、そろそろ1区を走った京子達がバスで帰ってくるころだから、みんな集めてフィニッシュにいるようにしてくれ」

「最後はみんなでお出迎え、ってとこだね。いいよ! 朱の統率力にまかせて!」

「無理させるなよ。頼んだ!」

 電話をプッツリ切ると、また中継所に向かって走る。

 次の中継所は図書館。1区のゴール地点でもあったが、今は最後の中継所になる。

 サクラ、もうちょい待っててくれ。

 俺のペースは、思いを乗せてビルドアップしていった。

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