泥酔の白雪姫(スノー・ホワイト)
日がすっかり沈んだ午後5時半。ひんやりとした陸上競技場に、6人の女子高生が走る。俺は芝フィールドの真ん中でその姿をじっくり観察しながらアドバイスを送る。
「さぁ、残り2000mだ。京子、漣、稲穂は気持ちよく上がっていこう! 涼風、信乃、サクラはキープだ!」
俺の声を確認したかのように、小柄な京子と続く漣と稲穂がペースを上げる。3分40秒ペースからのビルドアップで、この1000mは3分30秒に上げるつもりだ。ビルドアップの練習はペースを上げるので試合に向けていいイメージが作れる。北信越駅伝2週間前を迎えた今、やるべき練習だ。
先頭を走る京子のフォームは美しい。前は小柄な体でチョコチョコ小さい走りをしていたが、今は全身を使うダイナミックな走り。さすが県駅伝でぶっちぎりの区間賞、区間記録に肉薄した選手の走りだ。
漣の走りも柔らかくなった。少し前まで800mを専門としていた中距離ランナーとは思えないほど長距離のリズムをしている。稲穂は漣とは逆。力強さが出てきている。相変わらず体の線は細いが一歩一歩に力が出てきている。
3人ともエースに相応しい走りだ。俺がこの駅伝部を指導し始めた4月から一緒に頑張ってきたメンバー、ここまで育つとやはりしみじみと感じるものだ。
その3人から10秒ほどの後方に、涼風、信乃とサクラが走る。この3人は3分40秒ペースをビルドアップの上限としてこのまま残りの2000mを粘る。
「このペースでの体の動かし方を覚えるんだ! 苦しいけどキツイ顔するだけじゃなく、スパートかけられるだけの余裕は持っておこう!」
なんでこんなこと言うのかといえば、北信越駅伝でこの3人は3km区間を走る。いわゆる「つなぎ区間」のランナーだからだ。最低限のタイムで走ることと同時に、ミスなくいい流れでアンカーへとつなぐことが求められるのがこの3km区間だ。
県駅伝での二ノ丸高校のレースは漣の大失速からスタートし、サクラが追い上げた。だがその後の涼風で岸部高校、暁月高校との差をあまり詰められなかっただけでなく、信乃で更なる大ブレーキ。京子が区間賞の走りをしたものの時すでに遅し、といったところだ。
なんか自分で思い出してて胸が苦しくなってくるが、要するにミスにミスを重ねてしまったことが二ノ丸高校の敗因。
北信越駅伝では1区が京子だが県駅伝ほど上手くいく走りは正直期待していない。あれは上手くいき過ぎた。恐らく漣と京子が普通に走っても、他の高校とそこまで差がつかない。
だからやっぱり3区4区、3kmの「つなぎ区間」での走りが勝負の分かれ目なのだが…………県駅伝が終わったその時から、誰を選んだらいいか迷いっぱなしだ。
つなぎ区間候補の3人を眺めながら、俺は複雑な気持ちでいた。
最も持ちタイムがいいのはサクラ。自己ベストは稲穂とほぼ同じだが、ケガ明けなのが大きなネックである。靭帯のケガから治療、ファザーの力を借りて驚異的なスピードで回復したものの元通りには時間がかかりそうだ。
そして涼風。梅雨の時期に駅伝部に来て以来、10月下旬の県駅伝まで大きな成長を遂げたが最近少し伸びが鈍化してる。そりゃそうだ、いつもいつでも右肩上がりで伸びるほど陸上競技は甘くない。涼風がもう一段階上、それこそ3000mを9分40秒レベルに突入するためには彼女の中で進化が必要だ。でも北信越駅伝までには多分それは……間に合わない。
最後に信乃。県駅伝で転倒してしまい、二ノ丸高校の敗退をダメ押ししてしまった。持ちタイムは悪くないし、不注意で転んだわけでもなくただの不運だったので俺はしょうがないとは思っているが本人は絶対に気にしているだろう。父である歌和村教頭が「部活なんてやめろ!」と言っているのも、彼女の家庭環境も、かなりストレスになっているはずだ。でも……信乃の「負けられない気持ち」、それはチームの誰もが認めるものだ。
結局……、3人誰もがいいところを持っているし、その分だけ不安要素を持っているんだよな。県大会の前はサクラを欠いていたので、3人から2人選べるだけまだうれしい悩みなのかもしれないが。
3人は集団でひた走る。信乃、涼風、サクラが交互に先頭を変わりながら小集団を形成する。まるで三つ巴の戦いのように。
「ラスト1000mだ! 3人とも動きは悪くない、3人で3分30秒まで上げよう!」
そんなことを言うつもりはなかったのについつい言ってしまった。本当は維持するのが目的だったのに。
そんな俺の心配もよそに、3人はペースを上げる。しかも全く動きが変わらない。フォームを自分のものにできている証拠だ。
3人はそのままペースを維持してゴール。最後の1000mは3分28秒だった。え、ちょっと追い込んじゃったかも…… あまり疲労をためないようにしたかったけど、ついつい欲が出てしまった。
走り終わった6人に素早く上着を着させるとすぐにダウンジョグに入らせた。もう11月の新潟は、練習後にダラダラしてたらすぐに風邪を引くほど寒い。すぐに帰らせたかったのでミーティングの時間も削ろうと、俺はダウンをする選手に混ざりに入った。
「わりぃ、3km区間組のタイムは上げ過ぎちゃったよ」
「大丈夫ですよ、栃岡先生。今日はいい感じで上がれるイメージが作れました」
すぐに信乃が返事をしてくれた。額に汗がにじみ、色白の頬は血管で赤らんでいるが幸せそうな表情をしている。
「北信越駅伝に向けては順調そうだな」
「おかげさまです。ただ、私は3年生ですし、サクラさんや涼風さんの後輩選手が走るべきだとは思うのですが……」
信乃がそう口走った瞬間、「あー、もう!」と後ろから聞こえた。この声は漣……いや、聞き分けられるようになった。涼風だ。
「そういうのなし! 義理とか恩とか、速く走るためには必要ないっての!」
信乃は驚いたように、視線を後ろに向かわせる。
「涼風さん……」
「だから、本当に都大路に行けるメンバーを選ばないとだね! センセー!」
「そうだな、それを言われて安心したよ」
二ノ丸高校のいいところは「チームが本当にいい結果を出せるなら、誰がどの区間を走ろうと文句を言わない」ことだ。速く走ることだったり、上位大会を目指すことに執着してばかりいると、ついつい相手に区間を押し付けたり自分を優先させてしまう。
でも二ノ丸高校にはそれがないのだ。今まで、全く。俺は高校駅伝から色んなチームや選手に触れてきたが、こんなチームを見たことがない。こんなに心の距離が近い駅伝チームは前代未聞だ。
「ワタシ、サクラも同ジですヨ!」
サクラが急に横にやってきた。
「ニッポンに来テ、コンナに居心地ノいいティームに、出会エルとは思いまセンでしタ!」
前にサクラが「24時間ずっと部活していたい!」なんて言ってたのを聞いたが、まさにサクラも同じ気持ちだろう。リハビリの期間、みんなに会えず辛かったんだろうなぁ。
「………でもぶっちゃけ、そろそろ誰が3km区間を走るか決めないとなんだよなぁ」
駅伝部のみんなが優しくてついつい忘れそうになったが、真面目にそろそろ決めないと精神衛生的にもよくない。それは俺もそうだが、何より襷をつなぐ張本人の彼女たちにとってもだ。
「焦って決めてもしょーがないんじゃないの? どうせみんな走る準備は出来てるんだし、あとは私たち中心で決めてもいいくらいだと思う」
漣がナイスな一言を言ってくれた。
確かにそうだ。いくら俺のほうが経験があるとはいえ、一人で悩んでばかりいてもみんなが納得いく答えにはたどり着きにくいだろう。
「たしかにそうだな。よし、じゃあ京子が話の主導だな」
と、俺が京子に話を振った。
「やっぱりこういう時は、私が話を進めるんですね。了解です!」
駅伝部の活動を見終えた俺は自分の練習を始めた。時間は午後7時。新潟のど田舎なので暗いし、辺りには何もないし、おまけに寒いしでかなり寂しいのだが考え事をするにはちょどいい。
一人でウインドブレーカーのシャカシャカ音を立てながら暗闇の田んぼ道を走りながら、高校時代のこと――――――主に朝陽との恋愛について思い出していた。
最初は確か……同じクラスだったんだよ。
二ノ丸高校普通科で二年生のときに分かれた文系クラス。当時はまだ駅伝部が男子で都大路の常連だったから、中学時代に県内10番くらいの実績と公立中学校校内10番くらいの成績を持つ俺は推薦で入学したんだが本当に勉強についていけなかった。いや、そもそもやる気がなかった。駅伝部の練習は朝も晩もみっちり追い込むので授業中は常に爆睡でノートもとれず…… テスト前は本当にいつも学校をやめたいと思っていた。
そんなときに心優しくノートを見せてくれたのが吉川さん……あ、いや、朝陽だった。当時クラス内では、今では考えられないくらいおしとやかな子で、男子の間では「B組の王女」と呼ばれたほどだった。ガラスの掠れたような小さな声で「あの……その……」としか話せず、美人ではあるが何を話したらいいか分からなかったので男子は誰も声をかけようとしなかった。あ、女子もそんなに話していなかったんじゃないかな。
俺と朝陽の距離が一気に縮まったのは今でも忘れない、2年2学期の中間考査の前だ。9月中旬のテスト期間、涼しくなってきた気象にテスト期間が加わり、昼休みの教室でアンニュイでも昼寝していたときのことだ。
「と、栃岡君……」
小鳥のさえずりかのように細く、割れそうな声。かの声の主は朝陽。しかし俺は安眠を邪魔されまいと起きずに机に突っ伏す。
「あ、あの、栃岡君……その机、、私の席なんだけど」
「えっ」
そう言われた瞬間、ガバッと起きた。俺が座っていたのは窓側の……あ、それより1つ通路側の席だった。
「うわ、ごめん」
しかもガッツリよだれついているし。我ながらドン引きだぞこれ。
「あははは、しょうがないよ。栃岡君も部活で疲れてるんだね」
なんて優しいんだ吉川さんは。ティッシュで俺のよだれを吹きながら苦笑いをしておられる。
「でも、ちょっと場所を考えるべきだと思うよ。本当に」
すごく毒舌!!! 持ち上げられて突き落とされた!!!!
「うぐぐ、ごめんなさい……」
「でも、栃岡君は本当に部活頑張ってるよね。いつも学校の大会結果で名前見るし、毎朝登校中に駅伝部を引っ張ってるよね」
え、意外と吉川さんって大会の結果とか覚えているんだな。しかもいつも俺の走る姿を見ているって……こんな美人にこんなこと言われると嬉しい。
「なんか驚いたよ、吉川さんって部活の結果とかクラスメートのことに興味ないと思ってたよ。学園祭のダンス『Everyday , 甲冑じゃ』もあまり乗り気じゃなかったみたいだし」
「あはははは……そう思われちゃうか。みんなのことは好きなんだけど、盛り上がるのが苦手なんだよね。1対1で話すのは好きなんだけど」
吉川さんは学園祭のダンスも、放課後の練習には毎回参加していたけど、自分から引っ張っていく感じではなかった。どちらかといえば、誰かがやろうとするものについていく人。
「それでも、俺みたいに部活を言い訳にして学園祭練習をさぼりまくってる人がいる一方ですごいよ! 前のテスト期間も俺とか野球部の連中にノート貸してくれたし、本当にお助け番長だよ」
「役に立てたなら、幸いかな。あ、今回のテスト期間も、栃岡君はなかなかマズそうだけど……」
「さすが隣の席だね…… はい、今回もノートを見せてくださることをお願い存じ上げます」
それから俺は毎回の昼休みと練習がない朝と放課後、吉川さんにみっちり指導をしてもらった。吉川さんは話してみると思いのほか軽い印象を受けたし、他のクラスメートの女子とも変わらない印象を受けた。たまに毒舌が入るのが地味にダメージだが…… それでも、大森含め男ばかりの駅伝部でしか青春を過ごしていなかった俺にとって、クラス随一の美人に勉強を教えてもらう、なんてことはなんだかすごく青春っぽかった。
そして無事にテストを乗り越えて、隣同士の席のまま12月に入った。都大路直前、5000m14分半くらいまで自己ベストを上げた俺は都大路1区10kmで大暴れしてやろうと、脳内は駅伝一色になっていた。
それと同時に、吉川さんとの仲も結構いい感じになっていた。時々、下級生の女の子が俺のことを体育館裏に呼び出して「ダメだと思っているけど、ダメでもいいんです!」と意味不明な言葉を発してダッシュで逃げる不可解な事件に遭遇したが、俺の吉川さんへの思いは募っていった。
雪が積もり始めたある日、登校したての吉川さんはかわいらしいマフラーを外しながら言った。
「あともう少しで都大路だね、栃岡君。今日の新聞に栃岡君が乗っててビックリしちゃった」
新潟新報の特集を見てくれたんだな。朝から照れるじゃないか、ぐへへへへ。
「都大路ではチームの入賞もだけど、俺個人は1区で区間賞を狙ってるんだ。外国人留学生が速すぎて困ってるんだけどね……」
「でも本当に頑張って! 本番は寒いから、新潟県民の意地を見せてほしいなぁ!」
吉川さんはそう言いながら、窓の外に降りしきる雪を見つめた。
ひらひらと舞う、粉雪。気温がとっても低く、凍りそうな寒さのなかで降る雪はこのように小さくなる。
それが吉川さんの白い肌を連想させる。それはとても美しくて、はかなくて、それでも確かに形になっていて……
「白雪姫だ」
俺は言葉を発した。
「は?」
吉川さんはわけがわからずに俺を見つめる。
「と、栃岡君、急にどうしたの?」
「白雪姫。白雪と重なる白い肌の君のために、僕は区間賞ではなむけするよ」
「本当にどうしたの? 何を言ってるの? 寒くて血管が凍り付いたの?」
「付き合ってくれ」
「いきなり!!??!?!?!?!? ちょっと、ちょっと!! 待って待って待って!!!」
俺が急に告白をしたので吉川さんは大パニックを起こした。周りのクラスメートがそれに気づくと、一気に「もうこの際、付き合っちゃえよ」ムードへ。その数十後に吉川さんは受諾、晴れて俺たちはカップルとなった。
それからの俺は割と順調だった。都大路では区間賞こそ無理だったものの日本人区間3位の大健闘。インターハイ出場、クロカンはじめ全国大会での活躍など、本当にうまくいった。
でも…………なぜか朝陽とはみるみるうちに仲が悪くなった。大会で1位になるたびに「スノー・ホワイトよ、愛する君のためにトロフィーを」と朝陽に献上していたが、すごくウンザリした顔で「ありがとう」と一言言うだけ。当時の俺には理解できなかった。
そして高校最後の大会である福岡インターナショナルクロカンで負けたとき、電話で大会の結果を教えたら「もう電話かけてくんな中二病野郎」と言われて以来、着信拒否。破局した。
――――――それからブラック企業での社畜生活を経て教員に転職して朝陽に再開したわけだが…………まぁそんな黒歴史だったわけだ。
俺、ただの中二病の痛い人じゃん。なんだよスノー・ホワイトって。今の朝陽の腹黒さを考えれば、間違っても言えない呼び名だぞ。
急に泣きたくなった。朝陽もかわいそうに。仲良くなった男子と付き合ったのはいいものの、中二病全開で恥ずかしい思いをさせらえれたけど、俺の競技への影響を考えて切り出せずにいたんだな。申し訳ない。
急にジョグのペースが遅くなった。夜の田んぼ道に一人。今なら思いっきり叫んでもいいだろう。
どうせ誰も聞いちゃいない。こんな中二病野郎のことなんて――――
「うわあああああああああああああああ!!!!!!」
!!!???
ちょっと待って、俺は叫んでないぞ!?
ていうかこれは女性の声じゃない!? ひょ、ひょっとして女性を狙った犯罪か!?
急に冷静になる。声がしたのは前からだし、けっこう近くだ。
俺は前方へと歩を進める。すると、すすり泣きの声が聞こえてきた。
「もうだめだよ私………… もう強く生きれないよ……」
あれ、この声は
「朝陽」
田んぼ道の真ん中に寝そべってる朝陽がいた。
「こんなところでこんな時間に何やってるんだ……」
しかも両手に酒の瓶、額にはなぜかネクタイ。いったいどんな飲み方をしたんだ。しかもまだ8時だぞ。
「もう、だめ!! 男はシンジラレナーイ!」
けっこう古いぞそれ!
「あ、あの、朝陽さーん。養護教諭が何をしてるんですかー?」
「コンカツよ! バーカ!」
デイスイだよ! バーカ!
「とにかく危ないから道のわきにどけろって。ここじゃ轢かれるぞ」
「いいの! いいんだって! あたしの魅力に惹かれてほしいの~」
完全に自分に酔ってますね、朝陽さん。
俺は強引に朝陽を道端にどかすと、放っておくわけにもいかないし歩かせることも不可能だったので、お姫様抱っこで二ノ丸高校まで連れていくことにした。
お姫様抱っこを30分、かなり腕が死んでいるが朝陽が無事だったのでとりあえず安心した。
「まったく、何がどうなればああやって田んぼ道の真ん中で寝ることになるんだよ。車が通ったら冗談抜きで危なかったぞ」
「だってぇ~、出会い系で知り合ったオトコが急に態度変えるんだもん~。せっかくのただ飯がまずくなっちゃった~」
駅伝部が北信越駅伝に向けて頑張ってるときに何をやってるんですかあなたは…… 副顧問とはいえ、駅伝部の先生なんだから自覚をもってください。
とはいえ、県駅伝の打ち上げも相当飲んでたし、ひょっとしてストレス溜まってるのかもな。朝陽も俺と同じで若い教員だ。
「なんかあったのか? この間も飲み過ぎてたみたいだし」
「お前のせいだー!!」
横になった朝陽に、急に腸脛靭帯あたりを軽く蹴られた。
「は!? なんで!?」
「中途半端に優しいし、かっこいいし、そのくせ鈍感ラノベ主人公だからハーレム気取りだし…………遠距離恋愛なんてしたくなかったから振ったんだけど、本当はいつまでも一緒にいたかったんだよ!!!!」
カミングアウトだった。
ここまで泥酔していて、こんなに上手い冗談を朝陽が言えるわけがない。
「それって…… 朝陽はやっぱり、俺のことまだ好きなのか?」
「いわせるなー! ばかばかばか!」
朝陽は半泣きだった。ぐしゃぐしゃになった口紅を拭うと、それは頬まで広がっていた。
「大学時代に結果が出なかったの、ホントはすごく心配してたし、ずっと明英大の応援をしてたんだぞ!! なのになんで、最後の予選会でああなっちゃうのよ……」
予選会………俺がエースには程遠い走りをしたことだ。好きになる前も、好きでいたときも、別れた後も、朝陽はずっと俺のことを見てくれていたのか。
「もうキッパリ諦めたと思って養護教諭やってるところに現れるなんて卑怯だよ!! 教師なんて絶対ならないと思ってたのに、なんでそんなにいい先生になって現れるの!」
「すべてはブラック企業のせーーー」
「ずっと、ずっとランナーでいてほしかったのに……… 他のオトコに逃げようとしたけど、翔は本当に素敵なの!!」
朝陽はてっきり他の男といい感じになってるのかと思った。
でもなんだそりゃ。完全に俺にゾッコンじゃないか。
なんで……俺はあんなに中二病で痛いことしたのに…………
「翔の必死で、ストイックで、でも時々バカで……そんな姿を見るのが、好きだったの!」
朝陽―――――
「ごめん」
2人しかいない職員室、俺は朝陽に断罪した。
「俺、バカで。人の気持ちが分からなのに、自分が活躍しようとするから……」
朝陽は急に立ち上がった。
「ほんとだよ! このやろー! このやろー!!」
ポカポカと頭を殴ってくる。見ると――――ボロ泣いている? 目を背けてしまったが、確かにそんな感じだった。
「このー! お前にはこうだ!!」
朝陽は突然、竹刀を手にし始めた。それは花方が俺を本気で追いかけまわした時のものだった。
「うわ、ばか、やめろ!!」
「かくごー!!!!」
朝陽は思いっきり、俺の後頭部を竹刀で打った。すると、急に気分が遠のいて――――あれ――――――
――――――うぐ。
椅子に座った俺は、体を起き上がらせる。
こ、ここはどこだ? 職員室の自分のデスクか。俺は昨日残業してたのか。
でも机の上には何もない。ていうかノートPCすらない。PC使わずに残業って、考えられない。
ていうか、昨日の記憶がない!? 駅伝部の練習を見たことは覚えてて、京子に区間配置を話しておけよーと行ってからジョグに出かけて……それからどうしたんだっけ? 記憶喪失?
怖すぎだろ。しかもなぜかジャージだし。家に一回帰らないと……
俺は席を立つと、ふと、机の上に付箋が張ってあるのに気付いた。
「えーっと、なになに? 『白雪姫は、キスをしないと目覚めない』って?」
白雪姫って、中二病かよ。って!!!! これ俺が高校時代、朝陽に言ってた言葉じゃん!!
鳥肌が立った。目覚めたら机の上、記憶喪失、そして謎の付箋…… 怖い、怖すぎる。
と、とにかく家に帰ってシャワー浴びて駅伝部の朝練に行かなきゃ―!!!!
俺は勢いよく職員室を抜け出した。




