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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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オープンキャンパス

 今日は二ノ丸高校のオープンキャンパスの日だ。新潟県各地の中学生が、二ノ丸高校に説明会を受けて、そしてついでに授業を見学に来るという高校の見学会の日。

二ノ丸高校は私立でそこそこ進学実績がいいので、けっこう志願者数は多い。でも公立より学費が高いので大体が滑り止めになってしまう。最近は入試の成績優秀者の入学金をゼロにしたりとか奨学制度を設けてるみたいだけど、少子化のなか学校も必死になっている。

っていう理由があるので、オープンキャンパスにおいても「人気集め」が盛んに推奨されている。俺はそれ自体を否定するつもりはないがこの高校がもっと人気が出るためには学校の方針そのものを変えなきゃいけないとは思ってる。進学重視、学生生活や部活動は二の次。たしかに進路を考えるのは大事だけど…………それは納得がいかない。

色々と思うことがあるオープンキャンパスの日だが教員が悶々としていても中学生たちは興味をもってはくれない。ということで今日は俺も珍しく…………いや、いつも真面目だけど今日は特に一生懸命に授業を行っている。

「じゃあ、少子高齢化を迎える日本の問題について、率直な意見を聞きたいと思う。誰か、意見ある人いないかな?」

 積極的に生徒の意見を聞くことにより社会問題に対する考えを深める授業だ。生徒の挙手が全くないとかけていくしかないのでしんどい授業だが、今日は2人も手が上がっていた。

 1人目はこの高校の生徒会長である吉村。成績優秀で生徒会の仕事もばっちりこなす生徒の鑑とも呼べる健康少女だ。「先生!こっちこっち!」って頬を紅潮させながら熱い視線を送る。

 そしてもう1人は………………授業見学をしている中学生から挙手がある。

「えっと手を挙げてるのは吉村だけだな。吉村、これを答えてくれ」

「ってちょっと待てええええええいいいいい!!!!」

 いきなり教室の後ろで授業見学をしている中学生からツッコミがはいる。

「ああああああ!!!朱はすっこんでろ!!!! 今日は中学生の授業じゃないんだよ!!!!!」

 栃岡朱。俺の親戚の子であり、全中ランナー。都大路を決めた強豪校の岸部高校の特待生を無視して二ノ丸高校に見学に来ている。

「いや、だから!! せっかくカワイイカワイイ親戚の朱ちゃんが来てるんだからー!! 参加させてよー!!」

 自分が入りたい二ノ丸高校にきてよっぽど嬉しいのか自分から授業に参加したいと申し出る朱。学習意欲が高いのは大いに結構だが親戚の誰かさんに似て頭はそんなに良くない。恥をさらすだけなので正直すっこんでてもらいたい。

「朱、お前な………いくら親戚の俺が授業してるからって、オープンキャンパスで乱入はちょっといかがなものかと思うぞ」

 このとき、教室で授業を受けている生徒の間で一気にどよめきが走る。「えー、あの子、栃岡先生の親戚だったってこと!?」「か、かわいい……」「計算され尽されたアホ毛」「俺あの子タイプだわ」って…………おい! 最後の男子生徒! 朱はお前なんぞにはやらないからな!!

「えー、ホントにケチだなぁ。だから高校時代に意味不明なカタカナ語言って朝陽ちゃんにこっぴどくフラれてからは―――――――あ、」

 その瞬間、朱は一気に青ざめる。そう、俺の表情が急激に変化したことを確認したからだ。

「これから年末まで毎日風呂掃除と客間の片付けやりたいと、朱が言ってたってお袋に言ってもいいんだぞ」

 駅伝部のみんなにもやったことがないような形相、というか夏休み明けに校長に殴りかかったときにもしなかったような鬼のような顔で朱をにらみつける。

「はふっ、お、お兄ちゃ怖いよ~……」

 お調子者の朱もさすがに懲りたのか、タジタジとした表情になる。

 こんな夫婦漫才みたいな光景を見て、当然のことながら教室は一気に笑いに包まれる。普段はテストだの受験だの抑圧された暗い雰囲気の高校だ。こうしたはっちゃけたことが時々あるだけで、生徒たちは一気に盛り上がってしまう。

 しかしそんな穏やかな雰囲気の中で、名前の割に1人だけ穏やかでない生徒がぼそりとつぶやいた。。

「あぁムカつく………栃岡センセーも、あの親戚の子も……マジでムカつく…………」

 漣だった。彼女はさっきまで机に突っ伏しながら俺の授業なんてロクに聞かずに爆睡していたが、朱が授業に乱入し始めてきたあたりで起き始めて俺と朱のことをガン見していた。

「お、漣やっと起きたのか。漣に質問に答えてもらおうか」

「うっせー! そんなに仲良くうるさく話されてたらそりゃ起きるってのー!」

 なんかいつになく不機嫌だぞ、今日の漣は調子でも悪いのか?

「いいから少子高齢化を迎える日本について答えてくれよ」

「え、えぇえ!? いきなり答えられるわけないじゃん、そんな、バカじゃないの!?!?」

 バカはお前だろと言い返したくなったが、高校教師として授業をする俺は必死に堪えた。

「いや授業聞けよ………じゃあ吉村、答えてくれ」

「お! やーっと私の出番ですねっ!」

 よいしょっ、と小さく言って席を立った吉村に、教室の後ろで授業を聞いていた中学生の視線が集まる。吉村はこの授業の前にはオープンキャンパスに参加する中学生の前で、スライドを使った手の込んだ学校紹介をしていた。

 吉村も吉村でこの高校の部活がなくなる現状は危惧しているに違いない。3年の柏木に殴られたときは相当ショックを受けてたみたいだが、やはり部活にやる気のある新入生に入ってきてもらえば何か変わるんじゃないかと思ってオープンキャンパスに向けて気合を入れてきたのだろう。

 そういえば生徒総会以来は俺の授業にも妙に気合いが入っている。急に学習意欲が上がった理由は分からないが、テスト前でもないのにしょっちゅう質問しに来たり、授業中に絡んでくる。

 うん、いいぞ。そういう学習意欲高い子は先生好きだぞ。

 さてさて、席を立った吉村。これに答えてもらおうか。

 吉村は俺の顔を一瞥し、オープンキャンパスに来た中学生の方に向かう。

「少子高齢化を迎える日本では、税収や民間貯蓄の減少に伴う国・企業の国際競争力低下が懸念されます。財政や金融面からのアプローチが期待されますが、現在に至る改革を見ても抜本的な解決とは言い難いでしょう。持続的な物価上昇を導くためには、移民受け入れの準備を整えつつも、やはり少子化を解決できるような日本人のライフスタイルのパラダイムシフトが求められると考えられます」

 ――――――――吉村の完璧すぎる回答に中学生含め教室は完全に沈黙してしまった。漣なんて呆然としている。

「ぶ、ブラボー……」

 驚嘆したのか朱が何かぼそっとつぶやいた。なんだその感動詞は。

 その瞬間にチャイムがなってしまい、政経の意見交換の授業はただの吉村の独断所となってしまった。

 授業が終わってからすぐ後、職員室に戻る前に俺は漣に絡みに行く。

「漣、別に完璧に筋の通った回答は出来なくても、何か言えるようにはしといたほうがいいぞ」

 今日の授業のことだった。漣は英和辞典を枕にして座る。視線は俺なんかではなく黒板をまっすぐ見つめている。

「うっせーな、あたし千香みたいに頭良くないし……」

「ったく、同じ中学で同じ陸上部出身で全中まで行った2人がどうしてこんなになってしまうんだが…………」

 このとき、自分で言ってはいけないことを言ってしまったと思った。なんでお前は出来ないんだと言われるほど嫌なことはない。それは選手を導く存在である指導者なら、なおさらだ。

「別にいいんじゃん、中学時代なんて、もうどうでもいいじゃん」

「お前なぁ…………まぁ、ちゃんとしろよ」

 漣への申し訳なさもあってそれ以上は深入りをしなかった。


 そして、部活の時間になった。

「――――――で、なんでアンタがいるのよ!!!」

 部活動の時間になってオープンキャンパスに来ていた中学生のほとんどが帰ってしまったが、約1名だけ問題児が残っていた。

「えー、いいんじゃない? 漣せーんぱいっ!」

 朱は両手にピースして漣にニッコリ笑顔で語りかける。

「なんでほとんどの中学生が帰ってるのにアンタだけが帰らないのよ! 良い子は家に帰る!」

「いやぁー、だってこの後お兄ちゃんに長岡まで送ってもらう予定だしー。それに朱は、お兄ちゃんに恋をしちゃうイケナイ子なのー☆」

「あムカつく!ムカつくうううう!!!!!」

 漣の怒りというかイライラはもはや頂点に達していた。これ下手すりゃ憤死するぞ。

「いいから早く練習するぞ………朱、部活は来ていいとは言ったけど邪魔していいなら帰ってもらうぞ。今は北信越前の超大事な時期だ」

「うぐぐぐぐ、分かったよ。お兄ちゃんに言われるならしょうがない。最後の都大路のチャンスだもんね」

 朱はさっきまでのおちゃらけた雰囲気とは一転して一気に真面目な顔になった。全中で入賞までいった彼女だ。全国大会への切符への挑戦の意義は、駅伝部のみんなほどにわかっている。

「よし、今日は1000mを6本のインターバル。1本ごとに3’40、3’25、3’35、3’20、3’30、ラストはフリーだ。」

「ペース変化を付けて駅伝の揺さぶりに対応できる練習ってことだね、お兄ちゃん」

「あぁ。北信越駅伝はタイムだけじゃなく駆け引きも大事だ。最後をフリーにしてるのはラスト勝負で負けないことにある」

淡々と俺と朱はメニューについて考察をしていた。県駅伝が終わってからまだ1週間もたっていないが、じっくり回復に専念している余裕は駅伝部にはなかった。レストは最小限にして、県駅伝を超えるピークを北信越駅伝に持ってこなければならない。

「なるほど、駅伝が終わってから最初のポイント練習ってこともあって大事にいかないとだね。朱も頑張るよ」

「そうだな。って、おい! なんで朱もやるんだよ!!」

 朱の突然の練習やります宣言にビビる俺。

「え、全然練習やる気で練習着もランシューも持ってきたんだけど」

「都大路を目指す高校の練習だぞ? さすがについていけないだろ」

「またそんなこと言ってー! 朱はこう見えて3000mのベストが9分41秒、1500mも4分29秒がベストだから二ノ丸高校でも速いほうなんだよ!? 都道府県対抗駅伝でももうメンバー確定だし」

 二ノ丸高校でも速いほうって、朱はもう入学する気は満々なのか。ていうかさすがは全中こと全国中学校体育大会で入賞したレベル、速い。

 そしてこの自信満々な感じは中学生らしいというか、どことなく昔の俺に似てるな……

 っと、ここで稲穂が話に割ってくる。

「栃岡先生、私、よく知ってますけど朱ちゃんは本当に強い選手です。むしろ私たちが一緒に練習をお願いしたいくらいです」

 稲穂は中学のころから新潟のトップレベルの選手だ。朱とは1つ違いだが、県大会では一緒に走っていると思うし練習会とかでも一緒になってるはずだ。

「朱ちゃんはとても独特な走り方をしています。完全な踵着地で、体を大きくひねらせながら走るフォーム。いかに自分の体に合った走りかというものがわかります。栃岡先生に似た走りといえばそうなんですが」

「じゃあそのナチュラルな走りを見て、自分たちの参考にしたいということか」

 京子もここで加入してくる。

「先生、私もお願いします。今は焦ってはいけない時期ですが、確実に刺激がほしい時期でもあります」

 さすがにここまで言われてしまえば、ノーとは言えないな。

「栃岡先生、」

「うぐっ」

 信乃が俺の名前を呼んだ。なぜか生理的に拒否反応を示す。

「ちょ、別に、怒ろうとしたわけじゃないですよ!? 栃岡先生のご親戚とはいえ、あくまで朱さんは二ノ丸高校を見学に来ている中学生です。安全には十分注意を払ってください!」

「おー、そうだな」

 元生徒会の信乃は釘を刺したように思えたが、これも駅伝部への愛からなのだろう。そんな健気な信乃を見て、俺は微笑んでしまった。

「っていうことだ、朱。ヒートアップしすぎないように、みんなについていけよ」

「あーい! りょーかいりょーかい。今日はペースメイカーだね」


 そして2時間弱で練習は終わった。

 朱は宣言通り1秒の狂いもなくペースメイクを5本目まで行った。そう、最後の1本を除いては。最後の1本は設定フリーだったので出し切ってほしかったが、朱は最後尾からスタートしたかと徐々にペースを上げて漣と競ってフィニッシュ。タイムは3分1秒と圧巻だった。漣は北信越駅伝でアンカーなので、今日は出し切る練習をしてもらいたかったのだが、彼女の限界値が上がった気がした。

 練習後はすぐにクーリングダウンのジョグに行ったのだが、そこでは朱を含めて終始和やかな雰囲気でのジョグだった。稲穂とはすぐ打ち解けていたような朱でも涼風を除いて無口な人間が多い上級生とどう打ち解けるか不安だったが心配はいらなかった。やっぱりアスリート同士、女の子同士ってすぐ仲良くなれる。

 まぁ漣とはさすがに仲良くは見えなかったが………でも、駅伝部の後輩たちや俺に向かって冷たい言葉をかけるようにどことなく愛のある言葉遣いになっていた。なんだかんだ人懐っこいんだよな、漣は。その辺は涼風と共通点と言えるのかもしれない。

 クーリングダウンが終わるとすぐにミーティングを行った。もう日も暮れているので早く帰らせたかった。

「よし、今日はいい感じで最後はみんな上がってこれたな。まぁサクラと涼風と信乃はみんな同じくらいでこなせちゃったからメンバー選びがまた難しくなっちゃったけども」

 そうなのだ。早いとこ北信越駅伝で走るメンバーを決めて彼女たちを落ち着かせてやりたいのだが、なかなか決められないでいる。本当は記録会で全力で走らせて決めたいんだが時間がなさすぎる。普段の練習だけで最適なメンバーを選ばないといけない。

「ウェル、ワタシは、ヘーキです! 本番マエにキュウに体調ガ変わるコトもあるノデ、ジックリ決めていいト思いマス!」

「私も同意見です。3人全員が万全の体調ならむしろうれしい悩みです。風邪も流行る時期なので、焦って決めるのは逆効果です」

「あたしも同意見かなー。それに、私たち3人は走ることが目的じゃなく、都大路に行くことが目的だから。たとえ走れなくたって都大路にいければ一片の悔いなしっ!」

 涼風が最後にオヤジみたいなことを言ったが、それはこの上なくうれしい言葉だった。メンバーとして選ばれることは目標ではなくあくまで通過点。目標は都大路に行くこと、それだけだ。

 京子もそれを見てにっこりと笑顔になる。ショートボブ……というかおかっぱ頭の小学生のような京子の笑顔は、どこか部長としての安堵感が見えた。

「それじゃ、今日の練習も終わりにしよう。明日は朝練なしで、夕方から動こう。夕方までだらけすぎるなよ」

 最後に漣に「気の抜けない時期に気を抜くバカなんてこの駅伝部にいるわけないじゃん」と一蹴されてしまった。あー、はいはい。


 ―――――そして練習後、俺は朱を長岡まで車で送って行った。地味に片道地味に1時間半くらいかかるので帰ってからの授業準備とか考えると走れないじゃんとか思ったが、かわいい姪っ子のためならしょうがない。

 道中では二ノ丸高校駅伝部についての話をした。メンバーの特徴や、春の大会の成績。廃部になるかもしれないことも、もちろんだ。

「教頭って人、サイアクだねー。全国行けないと廃部って頭おかしいんじゃないの? まぁ朱が各県の県駅伝の結果を分析すると、二ノ丸高校は大誤算がなければ都大路にはいけると思うんだけどね」

「実際、他の都道府県の2位以下って長野を除けばそうでもないんだよな。まぁコースの特徴とかあるけど、それを差し置いても長野とうちと暁月高校の争いになる」

「新潟県の層が厚すぎなんだよ……… 普通、3000mで10分切ってる選手が6人もいたら北信越なら都大路余裕で行けるって」

 朱もそう言ってるが、今年の新潟県のレベルはかなり高い。ずば抜けた選手は横越くらいしかいないが、圧倒的な層の厚さがある。

「まぁ油断は禁物だな。漣がアンカーっても結構博打なんだ。あいつ、800mの選手だから」

「ねぇ、お兄ちゃん」

 弥彦のように一面に田んぼが広がる農道で信号に引っ掛かり、車は一時停止した。エンジン音だけが物静かな車内に聞こえる。

「どうした?」

「常盤漣さんって、どうして3000mがメインじゃないの? 中学のころは全中駅伝メンバー、しかも2年エースと呼ばれてたくらいなのに」

 朱は漣の中学時代の話を出してきた。そうか、朱が中1の時に漣は中3だったからギリギリ知ってるのか。

「それは俺にもよくわからないな」

「ていうか、駅伝部なのに800m専門って謎すぎるでしょ!? 800mが専門なら普通に陸上部のほうに入れば練習相手もいるのに」

 言われてみればそうだ。今まで全く気にしたことがなかったが、冷静に考えればかなり引っかかる。

「さぁな……… よっぽど独りが好きなんじゃないのか?」

「ねぇ、お兄ちゃん」

 朱が急に真面目なトーンになった。こんな朱の声は聞いたことがなかったので驚く。

「最近参加した県中学の練習会で、コーチの人から聞いたんだけど………」

「ん? どうした」

「―――――漣先輩のいた中学、漣先輩が2年生のときに全中駅伝を出場辞退してたんだって」

「――――え?」


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