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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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52/95

長岡の地で

 昨夜、信乃との一件をなんとか乗り切った俺は翌日、北信越高校駅伝大会の試走のために長岡市陸上競技場にやってきていた。今日は昼まで模試があったのでもう時刻は3時。いつもの部活よりほんの少し早い時間だ。疲労感もありアンニュイな気持ちになりがちな時間だが、ちょっといつもと雰囲気が違う生徒が1人いた。

「栃岡先生、運転お疲れさまでした。何かお飲み物はいりますか?」

 信乃。本名は歌和村信乃。二ノ丸高校の部活動をつぶしまくる原因である歌和村教頭のご息女であり、二ノ丸高校生徒会元副会長。そして県駅伝不出場のピンチを救ってくれた、救世主。いつもはクールで婚約者の河田のことばかり考えてるが、なんだか今日は様子がおかしい。

「い、いや大丈夫だよ。冷水器あるし」

「そうですか……… では、2人で日陰で少しお休みしましょうか」

「なんだよ貴族かよ!? 試走はしないのか!?」

 おかしい。どう考えても、いつもの信乃とは様子が全く異なる。なぜこんなにも俺に気を遣っているんだ……

 そういえば昨日、信乃に強引にお願いされて歌和村家まで行ったとき、歌和村家……というか歌和村豪邸の敷地に入ったときに信乃の母親さんが出てきてくれたんだよな。もう日本史の平安時代あたりの巻物に出てくるような十二単を着たそれはそれはやんごとなき人だったんだが、俺の顔を見るなり「まぁ、ようやく自分から男性と二人きりになれたのね」と意味深な発言をされた。

 そして帰宅後に明英大学の後輩であり、信乃との婚約者である河田に久しぶりに電話をした。新潟ロングディスタンスのときに違和感があったというのは大森のでっち上げの嘘だったので安心をした。県駅伝のことなんて全く話をしていなかったので駅伝話に花が咲いたが、信乃との婚約話ももちろんした。そしたら……

『あぁ、信乃ちゃんとの婚約話ですか? あれ、真面目に守ろうとしてるのなんて信乃ちゃんのお父さんくらいで、河田家もかなりビックリしてるんですよね。ちょっと時代錯誤が過ぎるというか』

 と、旧華族同士のやんごとなき結婚はどうやら歌和村教頭が一人で盛り上がってるだけだということが分かった。

「なるほど、信乃も大変なんだな。家の決まりを守ろうと頑張りすぎてる」

『栃岡先輩も女心が分かるようになってきたみたいですね! そういえば信乃ちゃん、俺と話すときはいっつも栃岡先輩の話ばっかりでしたよ。送ってほしいとねだったのも、多分それが目的なのかな~』

「それって…… 信乃は俺が減俸されたりクビ寸前であることを気遣ってくれているということか。そして信乃は歌和村家まで俺に送らせることで、教頭の好感度アップを狙ったのか」

『栃岡先輩、呆れるくらいに本当に鈍感ですね。駅伝部の子たちが本当に可哀想になってきた………』

 と、なぜか河田を呆れさせることになっていた。やっぱり俺はまだ、教師としても顧問としても生徒に対する目が甘いのかな。だから河田も呆れていたんだきっと。

 俺はもう少し生徒に対して、そして選手に対して今まで以上に距離を縮めないといけない。都大路最後のチャンスである北信越駅伝を前にして、もう一度気を引き締めなくちゃだな。


 長岡市陸上競技場で軽いウォーミングアップをすると、俺は駅伝部の生徒とコースの下見に出かけた。競技場を発着とする、長岡市にまたがるコースの下見だ。

1区と5区を走る京子と漣はこのどちらかの区間で走ることがほぼ決まりなので連れていく必要はないと思ったが、油断は禁物。全員がどの区間でも走れるように全員で下見をすることにした。陸上競技は常にいつ、何が起こるか分からない競技なので常に最善を尽くす必要があるんだ。

ということで栃岡車と朝陽者の二手に分かれてコースの下見に車で行くことにした。栃岡車には駅伝のポイントが分からなさそうな涼風、サクラ、信乃。何も言わなくても大丈夫そうな京子、漣、稲穂を分乗させた。稲穂はサクラに「車代わって!お願い!!」とせがんでいたが………あれほどまでに露骨に嫌われる朝陽もよっぽどだな。サクラは俺の車に乗ることが決まって終始ニヤニヤが止まらなかった。朝陽の高圧的キャラは生徒にも及んでいたのか、これは問題だな。

俺は自分への反省と朝陽への心配をよそに、車で試走に向かった。

 まず陸上競技場を出て、すぐに巨大な橋を上ることとなる。これは大手大橋、長岡市の中心名物であり夏には「長岡大花火大会」の舞台ともなる。車で登っていくが、これがなかなか長い橋だ。

「ナカナカ、上り切りマセンね。イッタイ、何ミーターあるんデスか?」

「ミーター……あ、メートルのことか。大手大橋は全長878mの大きな橋だ。麓からてっぺんに行くまでがだいたい500mくらいだから、ほぼ1kmのアップダウンだな」

 ここで、姉である漣が帰りの5区を走ることが決まっている涼風が突っ込んでくる。

「へぇー。結構長くてしんどそう。でも帰りは下ったらすぐなんだろうな……」

「いや、意外とそうでもないんだな。下って橋の下まで着いたら、トラックを含めて残りはだいたい800m、1km弱だ。橋でリードされても全然逆転できる距離だぞ」

「そんなにあるの!? もしおねーちゃんが県駅伝みたいに最初から飛ばしたら、橋で疲れ切って最後はリアルゾンビだね。1区の京子先輩も走りにくそう……」

「1区の場合は競技場を出てからすぐにこの橋だから、中間点もいかないうちに500mほどの長い下りになる。そこで頑張ると、6㎞の最後なんて粘りがきかなくなるだろう。1区も5区も橋があるから、それを以いかに楽に走るかが問題だな」

 二ノ丸高校の近所には大きな橋なんてないが、棚田が広がる田園風景で長い坂は何度も走っている。選手たちは言わば「坂の恐ろしさを知っている」ので、慣れてはいると思う。

 そんなことを考えていると長岡の市街地に入る。巨大スーパー「ウオナナ」の隣を通りすぎて駅に近づき、徐々に周りには背の高い建物が多くなる。

 そして大型商業施設を兼ねた長岡駅が見えたところで右折し、すぐにまた左折する。都市と一体化した小川が流れる横の気持ちのいい道を走ると、急に道は下る。

「うえぇ!? なんでここで下るの!?」

 コースをあらかじめ確認してなかった涼風はこのまま地下都市に連れていかれるんじゃないかくらいの恐怖に包まれる。

「安心てください、涼風さん。これは線路の下です。上には信越線と上越線、そして上越新幹線が走っているのです。ですよね、栃岡先生?」

 うん、パーフェクトな回答だ信乃。しかし、いちいち俺になぜうるうるした目を向けてくるんだ……

「そ、そうだぞ。お、中継点が見えてきた!」

 話をしてるのもつかの間、1区から2区への中継点である長岡市立図書館が目に入ってきた。ベージュ色の建物の図書館は巨大で、300mくらい離れててもすぐ分かる。

「ココまでガ、1区……… とっても、ロングでシタ!」

「確かに、長かった~! 同じ駅伝って言っても、3区とか4区の3㎞とはわけが違うね」

「涼風は想像がつかないかもしれないけど、この間の県駅伝では涼風と同じくらいの自己ベストの子でも1区を走ってる子はいるぞ。もちろん涼風だって、みんなの他の調子が悪ければ走ることになる」

「うひぃ………」

 涼風はここにきて初めて、高校駅伝の底知れなさを知ったようだった。

俺は涼風のいいところはこうやって率直に意見を持てることだと思う。難しいこと考えずに「大変そう」と思うことで、それが漠然としてるけど確実なやる気に繋がってくる。思い付きで始めた駅伝部だったかもしれないが、練習で漣と京子、後輩の稲穂、サクラやサクラについていけなかった時でも、言い訳せずに愚直なまでに頑張れる。俺は涼風が駅伝を飽きるんじゃないかと心配していたがその愚直さは俺の想像以上だった。それほどにこの駅伝部は魅力に富んでいたってことなのかな。

車を走らせているうちに市街地を抜けて山の方に進む。長岡鋼線という重工業系の工業を横目に過ぎると、一気に見渡す限りの棚田が広がる。ここはなだらかな上り坂になっている。

「え、一気に田んぼが出てきた!? 弥彦みたいじゃんここ!」

「ワーオ! 急二、二ノ丸高校ミタイな田んぼミチになりマシタ! 2区ノ後半はゼンゼン、前半とコースが違いマス………」

「前半も少し上っていたんだが、後半はもっと傾斜がきつくなるぞ。しかも見渡す限りの田んぼだからペースが分からなくなる。前半で波に乗れないと、後半だけ上げようと思っても苦しいぞ」

 この区間は4㎞ということもあり、言い換えれば前半に早めに突っ込んでも最後までバテなければそこそこのタイムは帰ってくるという意外と走りやすいコースだ。そう考えれば一番適性があるのは漣なんだけど……まぁ、ラストスパートの適性を考えれば5区のほうが向いているのでそっちがいいだろう。

 この区間を走るのは稲穂だ。京子と同じく長い距離向きの選手ながら、スピードもある。最悪1区で京子が崩れても立て直せるだけの力があるし、それを後押しするかのように走りやすいコースだ。稲穂なら追い込みきれないということもないだろうし、いける。

 田園地帯のど真ん中にある中継地点を通り過ぎるとその後は下りのコース。巨大室内スポーツ施設フェニックスジムの隣を過ぎると下りが終わり、再び市街地に入る。

 3区から4区への中継地点は再び長岡市立図書館だ。中継地点500m手前から2区の行きを逆走するかたちとなる。3区は前半が下りだがスピードがつきすぎるほどでもなく、むしろ上手く使えば流れにのりやすいだろう。

 そして4区は再び線路の下をくぐり、長岡の中心道路を駆け巡る。ひったすら平坦なコースだ。建物も多いし信号もあるので距離感がつかみやすく、ここはこのコースで一番走りやすい区間だろう。

ということは、誰が走っても3区と4区は非常に走りやすいコースか。駅伝は個人の特性を見ながら区間配置を考えるけれども……誰が走ってもいいとなると、逆に考えるのが難しい。これは少し困ったかもな。

商店が立ちながらぶ賑やかな大手通に来ると、そこが4区からアンカーまでの中継点となる。場所は長岡駅の目の前。バスロータリーも近くて車通りが激しいのに高校生の駅伝なんてできちゃうのはこの長岡市長が駅伝大好き人間だかららしく、駅伝を使って町おこしをしたいとも考えているらしい。長岡には長岡大花火もあるのに、それを差し置いて駅伝で町おこしをしたいと考えるなんてどれほど駅伝が好きなんだ市長は。今回で運営ノウハウを学んで来年からは誰でも参加できるローカル駅伝大会にしたいと言ってるようだが…………そ、それもそれでちょっと楽しそうかもな。

5区のコースは中間点から大手通を直進し、大手大橋を渡ってそのまま陸上競技場に入る。直線のシンプルなコースだが、大手大橋以外にも小さな橋があり小刻みなアップダウンが選手を苦しめるコースだ。漣がこれに耐えられれば最後は何があっても勝てると思う。しかし………もし最後に都大路を争う相手が800mランナーとかラストスパートのきく相手だと、手ごわいな。


 陸上競技場についた俺たちはもう一度コースを確認すると、今度はジョグで試走を始めることにした。京子と漣は競技場を発着とする1区と5区、信乃とサクラと涼風は3区と4区のコース、そして稲穂は2区のコースだ。稲穂はコースは分かっているだろうが女の子1人では危ないということで一緒に走ってやることにした。

 2区のスタート地点である長岡市立図書館まで車で移動すると、ジャージ姿の俺と稲穂は一緒にジョグを開始した。日が傾きかけるので、稲穂も冷えないようにウインドブレーカーを着てのジョグだ。

 長岡市立図書館をスタートした俺たちは、市街地を淡々とジョグし始めた。2区のコースは大通りではないが交通量の多い道路ではあるので信号では一時停止しつつ走る。

「先生! 先生はジョグのときに信号で止まったら、時計は止める派ですか? それとも動いたままですか?」

「俺は動かしたままだな。走りは止まっても運動は止まるわけじゃないって考えてるけど」

「なるほど、さすが!! 先生です!!!!」

「ははは………どっちでもいいと思うけど……」

 久しぶりに他愛もない会話をしながら長岡鋼線の横を通り過ぎ、田んぼ道に入る。傾きかけた夕日が一面に広がる田んぼを照らしている。刈り取られた水田はオレンジ色に染まる。

「綺麗だなぁ」

 美しい夕日に俺はうっとりしていたが、ゆっくりしているとすぐに陽が沈んで暗くなってしまう。早く3区への中継点まで走らなければいけない。

「あ、そういえば栃岡先生、中継点まで行ったらまだ長岡市立図書館まで戻るんですか? 他の区間の人達は吉川先生が迎えに来てくれるみたいですけど」

「今日はこのまま温泉に行くぞ。朝陽がもう温泉まで荷物を運んでくれてるはずだから直接行くぞ」

「でも今日お金ないです……」

「大丈夫だよ、俺の実家だから」

「えっ」

 稲穂は本気で耳を疑ったようだ。

「栃岡先生のご実家って、旅館なんですか?」

「そういうことだ。先祖代々続いてる旅館だぞ。ちゃーんとお湯が沸き出ている」

「それは!!! すごいです!!!!」

 笑顔いっぱいに喜ぶ稲穂がいた。無邪気なこの笑顔、守りたいと思えるな。

「あ、だけど、ちょっと問題児がいるから気を付けてくれ」

「も、問題児ですか?」

「ああ。今、中3の義理の親戚の子がいて、その子の両親がシンガポールに仕事に行かなくちゃいけなくてうちで預かってるんだ。陸上もやってるんだけど」

「ひょっとして、栃岡 (あかり)って選手ですか? 長国中学で、3000mが9分30秒台目前の選手。県のトップではあることはもちろんのこと、全中1500m7位の超実力者…………」

 そう、俺の親戚の子はめちゃめちゃ速い。誰かさんに似て早熟と言われて大学で伸びなくなるのがすごく心配なくらい今めっちゃ速い。

「一度、大会で一緒に走ったことあるけど速かったです。そして可愛かった………」

「ま、まぁうるさいやつだけど、悪い子じゃないから仲良くしてくれよ」

 朱は悪い子じゃない。それはそうなんだけど………うん、まぁ心配してもしょうがない。駅伝部のみんなの対処能力を信じるしかない。

 このとき、俺はあえて言わなかった。栃岡朱はマジで俺の命を脅かすレベルの中学生だということを………


 ジョグを終えた俺と稲穂は温泉宿「栃岡湯」に向かった。規模としては大旅館というほどでもないが、客室は20部屋と結構多い。おそらく北信越駅伝の斡旋宿にもなってるんじゃないかな?

長岡鋼線の近所にあるということで工場のおじさんでいつもにぎわっているが、今日は休日なので家族連れやご老人がたが多く利用している。

 俺がついたとき、すぐに玄関には母親が出てきてくれた。温泉宿の女将といってもやっぱり俺の母親。業務用の会話は一切ない方言で話す。

「翔、遅かったてぇ。朝陽ちゃんと駅伝部の子たちはもうお風呂に入ってるがーよ」

「ごめんごめん。このまま入るわ」

「バスタオルは店のもの使ってええて。あら、教え子の子も一緒だったがー」

 母親は稲穂にようやく気付いたようだった。稲穂は緊張しがちにあいさつする。

「こ、こんにちは! 越平稲穂、二ノ丸高校の1年生です! とち……翔先生には駅伝部でお世話になってます!」

「まぁまぁ、可愛い子らねぇ。朱と1歳差がーか」

 稲穂ははにかんだ笑顔になったようだった。褒められてうれしいのかな。

「あ、ところで朱は……」

 俺は気になっていた朱の行方を聞く。

「もうお風呂で待ってるてぇ、その………翔を待ってるんだと」

 それを聞いた瞬間、俺はぞっとしたと同時にあきれ返ると同時に怒りがわく。

「あいつ………ちょっと今日という今日はキレないとだな」

「またいつもみたいにおちょくられるだけらいや……」

「あ―――――!!! ちょっと風呂行ってくる!!! 母さん、バスタオル!!」

「はいはい、おめさんほんね、変わってねぇてぇ……」

「と、栃岡先生!? ちょ、タイムです!」

 俺は怒り半分呆れ半分で浴室に向かう。稲穂もドラクエみたいに俺の後ろを追うようについて来るのだった。

 そして浴室に着くと………そこにはお客が全くおらず、一人の女子中学生が佇んでいるだけだった。いるのはもちろん、朱だ。彼女はニヤニヤしながら脱衣所で体育座りをしている。

「おい、朱………お前こんなところで何してるんだ? ていうか、他のお客さんは?」

 体育座りをしたニヤニヤの朱は、ボサボサのショートヘアの髪だった。しかもさっきまで寝ていたのか頭のてっぺんにアホ毛だか寝癖が立ってる。

「うーんと、清掃中の看板出しといた。ブイ!」

「営業妨害じゃねーか! やめてくれ!」

 朱は面白くなさそうなリアクションをする。

「えー、だってお兄ちゃんが来るって言うから、昔みたいに体を洗いっこしようと思ったのにー……」

「栃岡先生が!? 女子中学生と体を洗いっこ!?!?!?!?!」

 稲穂が衝撃を受けたように大声で叫ぶ。

「ちょ稲穂やめろ! 朱は親戚の子だし、それに朱が幼稚園のちびっ子のころの話だろ?」

「栃岡先生は幼稚園児にも興味があったんですか!?!?!?!?」

「そういうふうに解釈するな!!」

 なんでこうも駅伝部の子たちは俺をロリコンにしようとするんだ? しかもどんどん対象年齢が下の方に広い人になってるじゃないか……

 誤解を招く発言をしまくって拡声器稲穂を大いに刺激する朱は止まることを知らない。

「ねぇー、お兄ちゃんのこと、あたしすっごく大好きなんだよ?? 結婚を前提にしたいですーってお父さんに話したら、笑ってくれたし!」

 それ絶対に苦笑いじゃね?

「あとはお兄ちゃんの意志だけ! ほらほら、私をもらってよ~」

 朱は中学校の体操着を脱ぎ始める。

「おい、何してるんだ。ここは男湯だぞ」

「いとこは四親等だから、結婚できるんだよ? それに15歳以上なら法的にも問題なし! さぁ、今こそ一夜を………」

 朱の妄想がマックスになってる。半袖ハーパン姿になった朱は俺に抱き着きながらグフフと不気味に笑っている。

「おい、朱ちょっといい加減にしろ」

「…………」

 やばい。本当にやばい。稲穂ですら虫の息ほどの声を出せなくなってるくらいやばい。

 と、そんなときに………「彼女たち」が男湯に入ってきた。先頭は漣っぽい。

「ちょ、さっきの大声、い、稲穂だよねー? こんなところで何して…………きゃああああああああああああああああ!!!!!!!」

 俺と半袖ハーパン姿の朱を見た漣はジェットコースターに乗ったかのごとく絶叫する。

「ちょ、その、栃岡センセーが、あ、明らかに、幼い子と、そ、その、ハ、抱擁し、ハグし合ってあばばばばばばばば」

「うおー! センセー、うちらが知らないそんな可愛い子と関係をっ!!」

「栃岡先生、見損ないました」

「エッと………欧米フウの、アイサツにハ、見えマセんケド………」

「先生、これはお父様にお話しておく必要があります」

「翔、あなたもう手遅れね」

 駅伝部のメンバーだけじゃなく朝陽までいるし!? ていうかみんな超誤解してね!?

「ち、違うんだ!! これは親戚の子で……」

「親戚の子って、さささささサイテ―――――!!!!!」

「そういう方面なんだ~、栃岡センセーもアブノーマルぅ!」

「栃岡先生、尊敬するのやめます」

「ハハハハハ………ソレはないデス……」

「教員失格ですね、懲戒免職で勘弁します」

「もうあたしだけが顧問でいいよ。ついでに退職して」

 ひどい言われようだ! 今までで一番ひどいかもしれない!

「えっと………おい、朱! お前のせいで誤解されてるぞ!!」

「へへーん、誤解も恋の始まりのうちー♪」

 この野郎、楽しみやがって! 中学生のくせになんて知識豊富になっちまったんだ!

「せっかくお風呂には誰もいないとか、不思議だよね、お兄ちゃん! 一緒にお風呂はいろー!」

 調子に乗りまくってる朱だったが、ここで栃岡家最恐の人物が現れる。

「そうね、朱ちゃん。なんで男湯が使えないのかしらねー」

「はふっ」

 急に俺の背後に現れた俺の母親に気づいた朱は言葉を失う。

「不思議ですねー、おばさーん」

「そうねー、じゃあおばさんがその謎を解く前に、ここを出てってくれないかしらねー」

 俺の母親は女将に似合うものすっごく優しい声だったが、方言がない時点で怒りの度合いは察することはできた。

「は、はい」

 朱はご自慢の健脚で男湯を去っていった。

 その後、俺は男湯で汗を流すとすぐに帰り支度をした。晩御飯も食べたいが、早くみんなを家まで届けないといけない。

「母さん、俺もう帰るから。みんなを届けないといけない」

「ほんねぇ、高校の先生はいそがしいてぇ。夏休みもちょっとしかいれんかったのに」

「ははは、普通の仕事よりはマシだって。まぁ、北信越駅伝のときも泊まりにくるからそのときはゆっくりするよ」

「まぁーま、仕方ねぇてぇ。体も気ぃつけてなぁ」

 母親には少し申し訳なかったが、しょうがない。顧問という役目を追っている以上はこの子たちを最後まで面倒見なくてはならないのだ。

「あ、そういえば、朱が来週、二ノ丸高校の体験入学行くってゆうてたんがけど」

「まじで!? あいつ、岸部から学費免除の特待生のスカウト来てたんじゃ……」

「翔の指導を受けたいんがって。んまぁ、それがいいんじゃねぇがか? 家族が近くにいると安心ら」

 朱………めっちゃ嫌な予感する。

「初耳なんですけど………」

「そう、聞いてねぇかったが? ほんね、あの子は」

「まぁ中学生だしな。ついでに駅伝部を見学してもらうか」

「は?」

 えっ。俺と母親の会話に、若い女の子の声か何かが聞こえたような………

 ま、まぁいいや。今日はもう帰るか。

「あ、」

 玄関を出ようとしたときに、俺はあることを思い出した。

「と、栃岡先生、どうしたんですか?」

 京子が恐る恐る聞いてくる。

「俺の車、長岡市立図書館におきっぱなしだった……」

「「「「「「ええええええええええ!?!?!?!?!?!」」」」


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