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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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新潟県高校駅伝その8 フォトグラフ

閉会式が始まった。駅伝部のみんなは泣き止んで、ようやく落ち着いて顔を上げられるようになっていた。

 落ち着いてと言ったのは、さっきまでの彼女たちの様子が到底「平然」と呼べそうもない状況だったからだ。京子のゴールを見送った彼女たちは一斉にフィニッシュした京子のもとに駆け寄り、抱き合い、泣き合い……コース上でそんなことをしたので役員の先生方は激怒して即刻注意したが、それでもひたすら彼女たちは泣き続けたのだった。

 今まで駅伝部のみんなの泣き顔は……まぁ見てないこともなかった。京子は県選手権のときに何処からかホットミルクを持ってきてくれた後に復帰をしたいと言って泣き出した。漣だって、練習後に脱走してから吉村と追いかけた先で涙を流していた。稲穂も信乃も、いつもキャピキャピしてる涼風だって涙する姿は一度は見ているはずだ。

それなのに今日のレース後の涙は今までの中で一番と言っていいくらいの泣き方だった。一言で言えば……酷い泣き方だ。ワンワンと大きな声をあげてひたすら涙する。見てるこっちが気の毒になりそうなくらいの泣き方だった。本当に可哀想に見えてきてしまって……思わずそっと抱きしめてあげたくなるような気持ちに襲われた。とか言って情動の赴くままに本当に抱きしめてしまったら逮捕されかねないのでそこはグッと抑え込んだ。

ただでさえ中継地点で涼風にハグされたり、稲穂に変態発言ともとれる大声をあげられたりと散々な目に遭ってて今日はこれ以上何も起こらないでほしいと思っていたところだ。声をかけることすら我慢し、ようやく閉会式にまでこぎつけた。偉いぞ、栃岡。何も問題を起こしたくないことだしミーティングとかは学校に帰ってからで十分だ。

まだ目と頬の赤い駅伝部のみんなの顔を見ながら、そう思っていた。終わったらどんな言葉をかけてあげようか。都大路には行けなかったが、女子初出場で3位は大健闘だ。最後の最後まで必死に頑張ったことを十分にほめたたえたい。特に京子は受験勉強と両立しながら部長として頑張りぬいてくれた。顧問の俺としてもなんと言葉をかけていいものなのだろうか。駅伝部最後の部長に相応しい言葉を送ってやりたいんだが、なんて言えばいいんだろうな? 難しいな……

そんなことを思いめぐらせているうちに開会宣言が終わっていた。いよいよ準備発表だ。俺は体育館の脇に立ちながらその様子を見守る。

1位、2位、そして3位の学校には賞状が、そして1位にはさらに優勝トロフィーが贈呈される。アナウンスが指示をした。

「それでは、1位の岸部高校は2人、2位の暁月学園高校と3位の二ノ丸高校は1人、代表者が前に出てきてください」

 岸部高校の黒いジャージが2人、暁月高校の黄色いジャージが1人、そして二ノ丸高校からは部長である京子が体育座りから起立をした。岸部高校はエース横越と副キャプテン日隈が立った。二人はごくごく普通の女子高生の体格をしており、背が特別高いとか、がっちりしてるとかの印象もない。ごくごく、普通の体型だ。あんな体でよくあのタイムを出せるもんだなと思ってしまった。暁月高校は国体選手で中距離選手ながら実績的にはエースの寺門だ。たいそう浮かない表情をしているのは数十メートル後ろからチラッと見るだけでもわかった。漣との一悶着があったような選手だからな、この結果は当然納得のいかないものだろう。

 3人に次いで起立した京子はとても背が低かった。それは周りの選手と比較しなくても分かるくらいに。だけどその背中は頼りないものではなかった。部長として、そしてエースとしてチームを引っ張ってきた自信と達成感に満ち溢れた姿だった。

 4人は大会委員長の前に立つと一斉にお辞儀をした。そして岸部高校の横越からトロフィーをもらい、日隈が賞状をもらう。寺門、京子も賞状をもらった。何ともないただの単純作業に過ぎないが、それでも今日までの俺と駅伝部の努力がここに集約されているような気がした。

 そして全員が賞状とトロフィーをもらうと、また一斉にお辞儀をし、元の場所に戻る。本当に単純な作業だ。

 次に区間賞の発表だ。

「区間賞は1区、岸部高校、横越さん。2区、二ノ丸高校、越平さん。3区、暁月高校、櫻川さん。4区、岸部高校、九十九里さん。5区、二ノ丸高校、藩内さん」

 呼ばれた5人は起立して体育館の前方に向かった。横越、京子はダブル受賞だな。区間賞の数では岸部もうちも変わらないのに、1位と3位っていうのもなんだかなぁ。

 さっきと同じ要領で賞状とメダルが機械的に渡されていく。それだけ。ただそれだけなのに、この駅伝を走ったすべての選手の顔が浮かんでくるようだった。

「ちなみに、5区を走りました二ノ丸高校の藩内さんの記録は、実業団ニチヤクで活躍しております占部選手の区間記録に1秒と迫る好記録でした。おめでとうございます!」

 ――――パチパチパチパチ……

 まばらな拍手が起こると同時に、体育座りをしようとした京子はビクッと肩を震わせる。そしてピクッと軽くお辞儀をすると逃げるようにして席につくのだった。うん、今のアドリブはしょうがないよな、京子。俺と同期で大森率いるニチヤク陸上部の占部と1秒しか変わらないだなんて俺も知らなかったことだったしメチャクチャ驚いている。とは言え、あの反応は京子らしかったな。俺はクスリと苦笑いをしつつも、それはそれで少し安心したのだった。成長した京子を見れたのは良かったけど、変わらない部分もあって逆に良かったと思えた。

 男子の表彰も終わり、最後から2番目の式次にあたる大会委員長の講評になった。が、俺は話半分に駅伝部のみんなに最後のミーティングでどんな話をしようか考えていた部分があった。ただ完全に話を聞かないのもそれはそれで教師としてどーなの的なところはあるし、仕方ない少しは話を聞くことにした。

「今回の駅伝は近年まれに見るハイレベルなレースとなりました。女子では1区の―――」

 そう言いながら大会委員長の何処ぞやの校長が延々とレース展開について話を始めた。二ノ丸高校の名前がちょくちょく出てくるのは嬉しいことだが、なんせ長い。自分がレースを見ていたことを誇示しようとしてるのか知らんが、女子も男子もこのペースで話をされるとぶっちゃけ疲れる。

 時計を見ながら、この話が10分弱続いていることを確認する。このおじさんのいる高校の生徒は可哀想だ。ただの説明に過ぎず要点のつかみにくい話を延々と聞かされているのだから。うちの河田校長も英語科のお菓子をつまみ食いするダメ人間だが話は短くて簡潔なことに定評があるので、このおじさんとは別のベクトルなんだな。

 イライラし始めて逆に話の動向が気になり始めてきたときにようやくレース展開の話が終わった。安堵の感情と共に次に移らないでくれ早く終わってくれと思っていたら、予期せぬ展開に移った。

「今回の大会では、男女ともに上位3校は来月開かれます北信越駅伝大会に出場します。特に女子は5年に一度のブロック枠をかけたレースとなります。従いまして―――」

 一瞬にして鳥肌が立った。

 北信越駅伝と、ブロック枠。俺はこの2つのことについて完全に忘れていた。

 高校駅伝は、県大会と全国大会だけではない。県大会の上位3チームが進めるブロック大会があるのだ。新潟で言えば、富山、石川、福井、長野の計5県で競う北信越高校駅伝に出場することになる。

 さらに今年はそれだけではない。通常は各都道府県から1校しか出れない都大路に、ブロック大会で都大路に内定している高校を除いたトップ校が都大路に出れる年なのだ。これは5年ごとの記念大会にのみ適用される特別ルールなので完全に存在を忘れていた。つまり二ノ丸高校が北信越駅伝に出場し、新潟県トップだった岸部高校や他県1位の高校に負けても、暁月高校や他県の2、3位の高校のなかで1位をとれば都大路に出れるというわけだ。

 か、完全に忘れていた。だから開会式のときに「今年は女子にはチャンス多い」みたいなこと言ってたのか……プログラムをもっとよく読んでおけば良かったな。

 ともあれこれで駅伝部の廃部はまだ決まったわけじゃない。もう一度北信越駅伝でのチャンスに賭けてみる価値は十分すぎるくらいある。みんなとのお別れメッセージはまだ先でいいな。これでももう少しハッピーエンドな駅伝部の未来を迎えられそうだ。

「ではこれで、閉会式を終わります」

 アナウンスの声を聴きながら俺はどんな練習プランで北信越駅伝に挑もうかをすでに考え始めていた。残り1月もないのでもう調整しかないのだろうかと思いつつ、もうひと踏ん張りしてみたい気もする。サクラの帰国も近いみたいだし、区間配置の再構成も視野に入れながら―――

 なんて考えを巡らせていたら、ドタドタとサンビレッジ弥彦の体育館を揺らしながら俺の元に走ってくる女子高生がいた。

「ふざけんなあああああああ!!!!!!!!」

 彼女は勢いよくジャンプするとライダーキックのように空高く舞いつつ、片脚を伸ばして俺の懐にけりこんできた。案の定漣だった。

「ぐわあああああああ!!!」

 日曜日の朝8時の怪人のように俺は背中から倒れると、腹に乗っかった彼女に腹部をタコ殴りにされるのであった。

「この!クソ!ふざけんな!!!本当に都大路行けずに廃部になると思ったじゃねーか!!」

 漣の拳は手加減という言葉を知る由もなく俺の腹を殴り続ける。しかもみぞおち。

「うぐ、ちょ――――やめ、やめろ!マジでやめろ!」

 予め北信越駅伝のことは言っておらず彼女たちを大泣きさせてしまった罪悪感から怒られてもしょうがないという気持ちもあったので強い抵抗ができなかった俺だったが、彼女の拳は自然と徐々に弱くなっていった。

「この、バカ……本当に……もう、走れないと思ったじゃん……」

 漣は眉間にしわを寄せながら、何かをこらえるような悶々とした顔で俺の腹を殴り続けていた。しかしその力はとっても弱くなっていた。

 その表情を確認すると俺は漣の両肩をつかんだ。

「――泣いてもいいんだ、よく頑張った。ありがとな」

 ここまで追い詰めさせてしまった罪悪感と、まだ終わっていないという安堵の気持ち。俺の心の中では、その2つが複雑に絡まり合っていた。

「もう泣きすぎて泣けないんだよ、ばーか……」

 弱弱しい拳を一発、俺の腹にお見舞いすると漣は立ち上がった。そして俺に手を差し伸べる。

「さ、みんなで記念撮影してとっとと帰っちゃお。明日から練習でしょ?」

 俺はがっしりとその手をつかんで立ち上がる。

「そう……だな。明日はロングジョグで明後日はレスト。月曜日から本格的な練習をスタートさせるか」

 もう北信越大会への練習プランは出来上がっていた。もうこれ以上ないと思えるほどの練習プランが、俺の心のなかで。

 信乃はそんな俺の様子を見ると少し安心したようにつぶやいた。

「先生、父から一眼レフを借りてきました。これで撮りましょうか」

 信乃が持っていたのは最新型のスポーツ用一眼レフカメラ「SPOR-T」だった。めったに見ないモデルだったので思わず「変わったもん持ってるな」なんて言ってしまったが……でもあれ、このカメラ誰かが使ってなかったっけ? しかも日本で発売されたの一昨日くらいのはずだけど、メモリーがいっぱいだし……

「と、とにかく早く撮っちゃいましょうよ、ね。新潟速報社の記者さんが取材に来てるので、ついでに撮ってもらえるそうですよ」

 信乃はいつもより声を高くして集合写真をテキパキと指示していた。さすが生徒副会長だ。こういうときのリーダーシップは天性のものがあるな。

 俺たち駅伝部は2列になって並ぶ。もちろん選手が真ん中で、俺と朝陽の二人の顧問が両サイドという典型的な部活動集合写真の配置になったが、今回の立役者で真ん中に座っていた京子が反抗した。

「せ、先生。先生は中心にきませんか?」

 京子から提案されることなんてほとんどないし、言ったことも言ったことなので正直驚いてしまった。

「え、いや普通、生徒が主役なんだから生徒が真ん中だろうに」

「だって都大路は、先生がきっかけで目指し始めたものじゃないですか。先生がいなくちゃ、3位の賞状すらもらえませんでしたよ。それに、レース前に、一緒に最後に二人で写真撮るとかとらないとか、えぇっとその―――」

 俯いた京子は低身長なことも相まって顔が見えず、後半は何を伝えたいのかさっぱりだった。でも耳が真っ赤に燃えているから、何か言いにくいことがあったりするのかな。デリカシーに欠けると思われたらいやだし、空気を読んで京子に従うか。

「わ、わかった。顧問が真ん中になればいいんだろ。ほら朝陽も真ん中に来いよ」

 俺は朝陽を手招きしたが、朝陽はやれやれとため息を深くついた。

「本当に鈍感バカね。中心はアンタなの、ほーっら!」

 朝陽はそう言いながら俺の背中を蹴って、俺は跪くような体制になった。そして俺の右隣にはすっと京子がやってくる。

「先生、お隣失礼します!」

 その続けざまに左隣に漣、覆いかぶさるように稲穂、涼風、信乃に朝陽まで便乗してきやがった。

「いぇーい、センセーの頭上もーらい♪」

 涼風が元気よく俺の頭の上に頭を載せてくる。なんだなんだ、みんなどうしたんだ。どういう構図だよこれ。もはや部活の集合写真と呼べないくらいにカオスになってないか?

「おい、ちょっと、どういう―――」

「先生! 早くしないと新聞記者さんもお仕事がありますよ!」

 稲穂に諭されてそう言われればそうかと思いながら反射的にカメラに目を向ける。

「じゃあ、みなさん、撮りますよ!」

「「「「「「お願いします!!」」」」」」

「はい、チーズ」

 ――――パシャリ。


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