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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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23/95

悲しみのミーティング

「先生、具合はどうですか」

 いつもは先生と呼ばれるはずの俺だが今ばかりは事情が違った。

 なぜならここは市立病院だからだ。

「えぇ・・・・・・かなり酷い状況です。幸い骨には異常がないものの、靭帯が酷くやられています」

「靭帯が・・・・・・」

「どうやら古傷のようですね。ちょっと走っただけでここまで酷くはなりません」

 顧問なのに、そんなことも知らなかった。サクラが古傷を抱えていたなんて、想像も出来なかった。負荷の高い練習ばかりさせてしまっていた。

クーラーからは冷たい風が出て、背中に当たる。試合を見ていたときのほとぼりはもう冷めた。

「思い当たる節はなかったのですか?」

「いえ特に。外国人なのでダイナミックな走りをしているから、アイシングをしているのかと・・・・・・」

 サクラはいつも丁寧にアイシングをしていた。それも、決まって右膝に。前に一回聞いたときがあったが適当にあしらわれたので気にもとめなかったが、こんなことになるなんて・・・・・・

「先生、ちゃんと走れるようになるには、どれくらいかかるんでしょうか?」

「そうですね・・・・・・リハビリも含めて、頑張って三ヶ月、というところでしょうか」

「はぁ・・・・・・」

 曖昧な返事をした。言い返すことも、素直に受け止めることも出来なかった。

 都大路の予選会の県駅伝は十一月の上旬、つまりは二ヵ月後。駅伝までに治すのは不可能だ。

 夢が、絶たれた。

「とにかく今日はお引き取りください。もう病院も閉まります」

「あ、すみません。では」

 急かされて診断室を出ると、病院の廊下は暗かった。もう誰もいない時間帯だ。

 憂鬱な気分に苛まれながらも一人病院を出ると、車を出した。

 コンビニに立ち寄って車に戻ると、着信履歴があったことに気付く

朝陽だ。やっぱりな。

 しぶしぶ発信をした。

「あ、もしもし」

『遅い』

「ごめんなさい」

『そんなことはともかく、サクラちゃんはどうなの?』

 相変わらず俺に対する扱いは酷い。

「うん。全治三ヶ月だって。駅伝は無理そう」

『そう・・・・・・』

「・・・・・・」

 会話は全く続かない。

 まぁ、続くほうがおかしいんだなこの場合。

「駅伝、どうしようか」

 答え方に困るような投げやりな質問をしてしまった。

『駅伝ね・・・・・・やっぱり合同チームかなぁ・・・・・・』

「それしかないのかな・・・・・・」

『せっかく最後の大会だっていうのにねぇ』

 最後の・・・・・・大会・・・・・・

「あ」

『どうしたの?』

「ゴメン。結局、駅伝部が廃部になることみんなに言ってなかった」

『・・・・・・・・・・・・』

 ヤバイ。これは取り返しのつかないパターンだ。

「なぁ、朝陽」

『消えろ』

「・・・・・・」

『タイミング的に最悪よ。あの子達の純粋な心にこんなショックな出来事が起こったら、何をするか分からないわ』

「そ、それは・・・・・・」

『特に漣ちゃん。あの子だって、次期部長だから張り切ってるのに。あれだけの怪我を乗り越えて新人戦も優勝したのよ。しかも大会記録で』

「そうなんだよな・・・・・・」

『とにかく、明日はミーティングを開くわ。責任をとって、翔の口からサクラちゃんのことと廃部のことを言ってもらいます』

「えぇ? そんなぁ」

『おやすみ。』

 ガチャ。ツー、ツー、ツー・・・・・・

 朝陽、ヒドイよ。それは一種の責任転嫁だよ。お前だって一応副顧問だろ。

 でも・・・・・・ここは俺の方が悪いのかな。実際、夏休み中に言うチャンスはいくらでもあった。

 だけど言えるわけがないだろう。あんなに楽しそうにキツい練習を乗り越えて、あんなに仲良く練習後のクーリングダウンをしていたら・・・・・・・話せるタイミングなんてないだろ。

 明日のミーティングで、駅伝部がなくなるなんて俺の口から言えたもんじゃない。

彼女達だって辛いのは分かる。でも、まだ俺も気持の整理がついていないんだ。

俺だって辛いんだよ・・・・・・


翌日、身が入らない授業をこなした俺は、ミーティングが行われる教室に向かった。

外では雨が降りしきる。昨日は曇り空だったのに今日は本格的な雨だ。昨日振らなくて良かったな。

いつもより重く感じる戸を開けて、教室に入る。

 部員達と朝陽は静かに席に座っていた。が、いつものような騒がしさはない。涼風さえも暗い表情だ。

「じゃあ、ミーティングを始めよう」

「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」

 もうみんな、何が起こったか分かっているのだろうか。

「昨日までの地区大会お疲れ様。みんなは良く頑張ってくれた。でも、一つ大変なことが起こってしまったんだ」

 俯いていた部員達は一斉に顔をあげた。一瞬、息の詰まる思いがしたが、踏みとどまることなく話し始める。

「稲穂から聞いているかもしれないが、サクラが右膝の靭帯を痛めた。全治三ヶ月。駅伝への出場は絶望的だ」

 やっぱりな、という空気が流れた。

 選手達は再び俯き始める。

 でも、もう一つ言うことがあるんだ。

「今日はもう一つ、みんなには不幸なことを話さなくてはいけない」

 え? という表情でお互いの顔を見合わせ始める部員達。

「駅伝部は、今年度いっぱいで、なくなります」


「――ふざけんなよ」

「お姉ちゃん!」

「ふざけんなよ、センセー! なんで今まで黙っていたんだよ!」

 今にも涙がこぼれてきそうなくらい、漣の目は潤んでいた。

「それは、お前にショックを与えたくなかったからで・・・・・・」

「なんでだよ! そうとわかっていれば、サクラも無理することなんてなかったのに!」

 もっともなことだ。

 俺は何も言い返すことが出来ない。

「姉貴、サクラはもともと古傷があったんです! だから――」

「稲穂! あんただって悔しくないの? 駅伝部がなくなるんだよ?」

「でも陸上部と一緒になっても、駅伝には出られます!」

「それじゃ嫌なんだよ! うちは・・・・・・このメンバーじゃなきゃダメなんだ! みんなで一つの目標に向かう、この部活じゃなきゃダメなんだ!」

 悲痛の叫びを終えた漣は、机に突っ伏した。

 俺が声をかけようとしても「うるさい」と言って、何も聞いてくれない。

 どうすることも出来ない。

 その場の収拾もつけられない。

 ――ダメだ。

 俺は顧問失格だ。

 合宿の時に、「みんなで都大路に行こう」って言い出したのは、俺なのに。

 それなのに足を引っ張るなんて。

 土下座しても済まされないだろう。

 体が引きちぎられそうな思いがした。

 教室は葬式のように静まり返った。聞こえるのは、漣が泣く声だけだ。

 雨の音と、泣く声。どちらも寂しい音だ。


 ――ガラッ

 いきなり教室の戸が開いた。

 俺を含め、全員の視線が集まる。

 そこに立っていたのは、制服をきちんと着た、黒髪ロングの女子生徒だった。凛とした瞳は教師の俺でも思わずたじろいでしまう。

 突然の訪問に、困惑する俺たち。

「き、君は?」

「二ノ丸高校生徒会、副会長、三年七組の歌和村信乃(かわむら しなの)です」

 よく見ると、たしかに腕には「生徒会」とかかれた腕章をしていた。

 でも生徒会の役員が、何の用なんだ?

「この教室、使用許可をとっていませんね?」

「え? いや、保健室の吉川先生がやってくれていると思ったんだけど」

「知りません」

「えぇ・・・・・・」

 朝陽め・・・・・・

 俺の心のマグマだまりが、膨れ上がってくるのが分かった。

「じゃあここを今すぐ出ればいいんだね。ごめんな」

「いいえ。その必要はありません」

 じゃあなんで来たんだよ、と言いたくなったがここは我慢。今は相手のほうが立場が上だ。

「私が許可します。なぜなら――」

 なぜなら? もったいぶってんじゃねーよ。

 信乃は生徒会の腕章を取り外し、そばにあった机の上に置いた。

「私が駅伝部に入るからです」

 それまでの真面目な顔とは打って代わり、可愛らしくニッコリと笑った。

「「「「「ええええええええええええええええ!」」」」」

 驚いた俺たちは、目玉が飛び出そうになった。


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