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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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22/95

新人戦~サクラの悲劇~

 いつの間にか夏休みは終わった。

 新学期も始まったばかりなのだが地区新人がすぐに幕を開けた。そして今日はその二日目。

 俺はプログラムの二つ目に行われる予定の、女子三千メートルに出場予定の稲穂とサクラと話していた。

「とりあえず、今日は九分五十秒くらいでいいからな」

 稲穂とサクラの目を見て微笑む。

「センセイ、笑顔がブキミです・・・・・・」

「ちょ、なにその反応!? せっかく優しい笑顔で送り出してあげようっていうのに」

「先生! 昨日の始業式の先生を見たら、誰だって怖いし不気味に思います!」

「昨日? あぁあれか」

 昨日、それは始業式のことだ。

 大森からの告発で校長の悪事を知った俺は、体育館に現れた校長の胸倉をつかんで怒鳴り散らした。「頭に血が上った」とはまさにこのことだ。

幸い、すぐに体育教師数人で押さえ込まれて大事件には発展しなかったものの、居合わせた数人の生徒がそれを目撃していた。多分、稲穂もサクラもそれを見ていたのだろう。

「だってしょうがないだろ。校長のせいで、駅伝部がこんなことになっちまったんだから」

「それでも、あれはないです!」

「イエス!」

「うっ・・・・・・」

 だってしょうがないだろ、とは大人気なさ過ぎて言えない。

 ばつが悪くなった俺は「ファイト!」と明るく一声かけるとその場を立ち去った。


 午前九時になった。女子三千メートルが行われる時刻だ。

俺はスタンドから稲穂とサクラのスタートする姿を見守る。

なんでスタンドにいるかっていえば二ノ丸高校の選手控え所がスタンドにあるということもあるのだが、最たる理由は俺が先回と同様に「スタンド監視係」に任命されたからだ。まったく、なんでこんな不名誉な係りになっちまうんだろうか。しかも連続で。

出場選手がバックストレートで流しを行うと、スタート係の指示で、選手達は一同にスタートラインにつく。

それを見て静まり返る競技場・・・・・・

『位置について』

 号砲の役員がマイクで声をかける。

「お願いしまあああああああああああああああああす!」

 選手のなかで人一倍大きな声を出したのは、もちろん稲穂。県大会が終わってから落ち着きを得たように見えた稲穂の声もここに来てなぜか元に戻っている。

 スタンドからは「今のどこの高校の子?」「何あの声?」など困惑または疑問の声があがっている。顧問として、すごく申し訳ない気持になった。

 ―――パーン!

 号砲が鳴った。

 選手は勢いよく、一斉に飛び出す。

 高校の応援の声、アナウンスの選手紹介の音声も相まって、競技場はとてつもない歓声に包まれている。

「大会って・・・・・・やっぱりすごいなぁ」

 久々に来た大会の迫力に圧倒されていると、いつの間にか最初の一周に到達した。

 七五秒。速い。ってか速すぎる。

 いくら一周目と言えどこれは三千メートルだ。普通に考えたらもたない。

 という俺の予想も当たり、二周目は八十一秒まで落ちた。先頭は十人くらいの大集団でけん制をしているのか? いやでも、いくらなんでも落ちすぎだろ。

内心苦笑いをしてしまった。

 いきなりのスローペースに耐え切れなくなったのか、千メートルを過ぎたあたりから二人の選手が飛び出した。エメラルドグリーンと黒のユニフォーム。二ノ丸高校のユニフォームだ。低身長のセミロングヘアー稲穂と高身長金髪サクラは遠目でも良く分かる。

 なんかもう予想通りの展開だ。

 集団から誰一人彼女達に付いていける者はおらず、二人で並走して独走。

 中間点を四分五十四秒で通過するとそのままのペースでゴールへと向かう。二人とも特に辛そうな顔をせず、淡々と走っている。他の選手の辛そうな顔を見れば、彼女達がどれだけ強いかは一目瞭然だ。

 ところが、ラストの百メートルに差し掛かったとき、急にサクラが前に出た。

 稲穂もそれに気付き、一気にペースを上げる。

 平凡なレースは一気に、抜きつ抜かれつの大混戦になった。

 そして二人はほぼ並んでゴール。電光掲示板に並んだタイムは――九分四十六秒。大会新記録だ。

 春の地区大会の京子が九分四七秒だったから、それすらも上回るタイムだ。

 スタンドからも感嘆の声があがる。十年ぶりの大会記録更新だそうだ。

 すごい。

 その言葉に尽きる。

 ほとんど調整しないで臨んだ大会なのに・・・・・・

 あれ? なんでだろう、心臓がバクバクしている。

 その高鳴りは俺の体中を響き渡らせる。九月の曇り空だが、なんだか体中が熱い。

 知らないうちにこんなに興奮していたなんて。

 やっぱり、あの子達はすごいな。


 レースが終わってから数時間後、稲穂とサクラがスタンドに戻ってきた。

「先生! 盗撮係お疲れ様です!」

「人聞きの悪い名前はやめろ! スタンド監視係だ! で、あのレース、結局どっちが勝ったんだ?」

「ワタシ、です」

 右膝に氷嚢を当てたサクラが照れくさそうに言った。

「本当か!」

「ハイ。最後、思いっきりムネを突き出してフィニッシュしマシタ!」

「なんか短距離選手みたいだな」

「先生! ワタシも同タイミングでフィニッシュしました!」

 涙目になりながら、返済を待ってくれとヤクザに泣きつくように迫る。

「いやお前も頑張ったよ。でもさ、その胸じゃあ・・・・・・」

 視線を稲穂の顔から、胸元へと落とした。

 稲穂もそれに気付いたのか、自分の胸元とサクラの胸元を見比べる。

「やっぱり・・・・・・アメリカンサイズだったんですね・・・・・・」

「単語のチョイスが無駄に上手いぞ! でもまぁ良かったじゃないか。合宿明けなんてボロボロだったのに、こんなに走れるようになって」

「はい! それはもう、その・・・・・・」

 それから続ける言葉には迷っていたようだった。

 なにか言おうと口をモゴモゴさせるけど、言葉にならない。普段は直球ストレートだけの稲穂だからこそ、そうなっちゃうのかな。

 でも、今はいいんだ。続きは都大路で聞かせてくれ。

 それで充分だ。

「よし、そろそろ八百メートルだな」

「はい! 姉貴も涼風先輩も、二人とも決勝に行きました!」

「本当かよ。涼風は良く頑張ったな」

 スタンドのベンチから立ち上がり、トラックが見える位置へと向かう。

 稲穂とサクラがここまで頑張ったんだ。きっと漣も涼風も・・・・・・!

 ウキウキする心を必死に押さえる。

 だが次の瞬間――

 ――サクラが、いきなり俺の目の前で跪いた。というか、うずくまった。

「なんだよサクラ、お笑いに目覚めたのか?」

 どうせギャグなんだろうと思った俺は構わずに先に進もうとした。

「センセイ・・・・・・」

 いつもよりずっと低い、サクラの声がした。しかも低いだけじゃなく、なんだか弱弱しかった。

 嫌な予感がした。しゃがみこんでサクラの顔を覗く。

「どうしたんだ。体調が悪いのか?」

 腹痛なのかと思い、ちょっと不安になる。

「センセイ・・・・・・」

 次の瞬間、耳に入ってきた言葉が、駅伝部の運命を変えてしまった。

「タテマセン」


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