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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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18/95

夏合宿in妙高高原④ 不幸の手紙(ラブレター)

 合宿3日目はとてもいい練習が出来た。

 午前中の12キロ走や午後のインターバルトレーニングといい、部員全員が設定タイムを上回る走りをした。

 今一番調子がいいのはサクラだ。もともと速い選手だけど県選手権以降は格段にレベルアップをしている。昨日のミーティングでは5キロ区間の5区をやりたいと言っていたが、このままいけば最長区間である6キロの1区を任せてもいいだろう。

 その後は稲穂、京子、漣、涼風、という具合だろう。稲穂はサクラに負け時と必死に頑張っているし京子も着実に体力を戻している。漣も怪我から復調気味で、涼風も初心者なのになかなかの走りだ。

 みんなで決めた「都大路の出場」という目標。それが本当に叶うんじゃないかと思い始めてきた。


 練習終わりの帰り道、練習で追い込みきった選手達は既に限界の様子を呈していた

「もーマジキツかった! あともう一日あるんでしょ? ムリムリ!」

 駅伝の合宿なんて人生初の涼風は早くもお帰りムード。

「「「「…………」」」」

 みーんな静か。いつも反撃する漣も今日はゲンナリだ。やっぱりみんな疲れてるんだな。

 これが合宿と言ってしまえばそこまでなんだが……最後までいい練習がしたかったなぁ。

 部員達の足取りはすこぶる重く、ジョギングのスピードも遅かった。あの話題が始まるまでは……

「ねぇ、吉川先生ってもう宿にいるの?」

 その話題を始めたのは漣だった。朝陽は今日の午後練習が終わるとすぐに宿に戻っていた。おそらく「アレ」の準備をするためだろうが。それを漣は疑問に思ったのだろう。

「し、知らないなー。ほらあれじゃないかまたスポドリ買いに行ったんじゃないか? あいつ最近ダイエットにハマってるみたいだしなーはははは」

「栃岡センセー、センセーには聞いないけど・・・・・・?」

 しまった。例のことで完全に動揺してしまっている。

「いやいや、勘違いだよ。俺も疲れてるんだよー。あはははは」

「……」

 凛とした目を細めた漣は完全にドン引きしていた。

 とにかく早く帰ろう。俺は集団の先頭に立って部員達を先導し始めた。部員たちは当然のことながら驚く。

「え、ちょ、先生どうしたのー?」

「センセイがクルイマシタ!」

「と、栃岡先生!」

 ヤバイ。事を収束させるどころか悪化している。俺は焦って更にペースを上げてしまう。

 だがそんな俺に並走する者が現れた。稲穂だ。

「先生、昨日はミーティングの後、吉川先生と何を話していたんですか?」

 稲穂はマジで深刻そうな顔で俺を見つめる。

 もしかして、感づかれた? もういいや苦し紛れでも言い訳しよう。稲穂なら単純そうでごまかせそうだし。

「いや、あの、朝陽が不幸の手紙を持ってきたとかいうからさ、ビビッちゃってさ。はははは」

「とぼけないでください。『ラブレター』って言ってませんでしたか?」

「「「「「!」」」」」

 うっわやべぇ。本当にばれそうだ。

「……じゃあ栃岡先生と吉川先生はやっぱり」

「学生時代に恋人同士だったんだわ」

「その時に栃岡センセーが渡したラブレターを」

「今日、ミーティングでヒロウする、というコトですネ」

 京子、涼風、漣、サクラの順番に、部員達はなぜか息ピッタリに俺を封じ込める呪文を唱える。

 ヒヤヒヤしたので先導する俺の走るペースが衰え始めたその時、

「「「「「宿に急げえええええええ」」」」」

 と叫びながら猛ダッシュをし、俺のことは置いていってしまった…… もう終わりだ。


 フラフラの脚で宿に着いた頃にはもう遅かった。

 ミーティングルームには倒れている部員達の姿があった。近づいてみてようやく気付いたが彼女達は限界まで笑い転げていたのだ。

 そしてミーティングルームの中央のイスに腰掛けていたのはかつての恋人――――吉川朝陽だった。

「遅かったわね。翔」

 朝陽は不気味な笑みを浮かべながらこちらを見ている。

「お前、部員達に何をした!」

「決まってるじゃない。あの『ラブレター』を読んだのよ」

 やっぱりだ。コイツは本当に悪魔だ。

 朝陽は手にもっていた手紙をたたむと、バッグの中から違う手紙を取り出した。日焼けして茶色くなった封筒だ。

「次はバレンタインのラブレターね」

 やばい。反射的に朝陽の方に駆け出し、その手紙を奪おうとする。

 しかしどうしたことだろう。朝陽まであと3メートルとなったところで急に俺の足は上がらなくなった。

 なんだ。トラップか? 視線を落とした先には―――――稲穂、サクラが俺の両足を掴んでいた。

「お前達……! どうして!」

 稲穂とサクラの目はうつろでもはや常人の目ではなかった。

「うへへへへ…… ダメですよ先生。楽しみの途中なんだから」

「そうデスよ…………タノシミ……タノシミ……」

 ダメだ。イカれてやがる。

 彼女達がかける脚への重圧に耐え切れず俺はとうとう跪いてしまった。もう、これまでだ……

「じゃあ読みまーすぅ。2月14日。今日はバレンタインです。朝陽がくれたチョコはとーっても甘かったよ。だってラブズスウィート。つまり『愛の味』がしたんだからね!」

 ……

 うわあああああああああああああああああああああ!!!!!!

 黒歴史だ。黒歴史だあああああああ!!!!

 これは高校時代に俺が朝陽に事あるごとに送りつづけたラブレターの記憶……そう、俺がいわゆる中二病に冒されていたときの哀しくイタイ記憶だ。部員達が笑い転げるのも無理はない。

「バレンタインってなんであるか知ってるかな? 世界中の恋人達が愛、すなわちラブの響きをフィアンセに響き渡らせるためだ!」

 なんだよコレ。なんなんだよ。

 本当に俺が書いたのか?

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ

「ボクは君に会ってから知ったんだ。この胸が、ハートソウルが、ユーをウォントしているんだ!」

 うっわキモ。何だよこの文章。本当にコレを俺が書いたのかと思うとぞっとする。

 しかし身が凍るほどの寒気に戦っている俺とは対照的に、部員達は爆笑していた。

「うける! うける! あっはっはっははははは!」

「栃岡先生が、こんな文章を、書いていたなんて、涙が出ます……面白すぎて」

 止められないなこの状況。俺は完全に抵抗するのを諦め、その場に蹲って泣いていた。


 ―――――どれくらいの時間が経ったのだろう。

 真っ暗闇の中、目をこすって腕時計のライトをつける。午後6時。宿に戻ってきたのが5時だから1時間も寝っ伏していたのか。

 ここはミーティングルームだ。立ち上がって入り口に近づいて部屋の明かりを付ける。

 ぱっと目の前が明るくなった。思わず目を瞑る。

 徐々に目を開けていくと視界に入ってきたのは――――――駅伝部員。全員、疲れた顔で寝ていた。

「みんなすやすやとお休み中よ。もう少しでご飯だから起こしに来たの」

 入ってきたには朝陽だった。目下の悩みをすぐに問い尋ねる。

「おいお前。ラブレターはどこにやった!」

「全部燃やしてきた」

 燃やしてきた? あれだけ楽しそうにしていたくせに、か? 朝陽のことだからもっと何か利用するんじゃないかと思っていたが随分と潔いな。

「どういうつもりだよ。あんなにネタになるもの、お前があっさり捨てるなんて悪女キャラには似合わないぞ」

「悪女キャラってなによ。淑女キャラって言いなさいよ」

 到底そう呼べる立場じゃないだろお前は。ミーティングルームのカーテンを閉じた朝陽は珍しく憂鬱そうな顔をした。

「もう駅伝部員だった頃のことだし。いいじゃないの?」

 駅伝部員だった頃。まだランナーだった、速くなりたいっていう一心だけで走った、遠い日のこと。

 あの頃、俺は嫌いだったんだ。自分よりも速く、長い距離を、楽しく走る奴を見ていることが。だから怪我なんてしないように細心の注意を払ったし、故障してもムリして走ってた。

 今の俺はランナーじゃない。自分で練習することも許されない指導者。選手が走るのを指くわえてみてるだけの存在、なのかもしれないな。

 でもこの部活に来た頃から思っていた。俺は選手の走りを見てるだけじゃないんだって。顧問として、背中を押してるんだって。

 選手がいい結果を出せば俺も嬉しい。選手が記録更新できなかったら俺も悲しい。それは俺が選手と一緒に伴走しているからだ。上り坂も下り坂も、ロードもクロスカントリーコースも一緒になって走っているから、かもしれない。もちろん実際に走っているわけじゃなく気持ちの問題なのだが

 朝陽は俺が考え込むのを見て、そっと微笑んだ。

「走ってる時に後ろを振り返るって、ランナーとしてカッコ悪いよ?」

 だから朝陽も過去を振り返るのをやめたのかな。でも――――

「でも、駆け抜けた距離を忘れないから、ゴールが見えてくるんだ」

 駆け抜けた距離―――――つまり過去。勝利、栄光、挫折、敗北、諦念、改心…… もう覚悟はできたんだ。

 俺は全部を受け入れる。そして決めた。また一歩、踏み出そうと。

「あなたはもはや詩人ね。だから都大路を目指す気になったのね。……そういうところ、スキかも」

 え?

 鋤じゃないよな。数奇でもないよな。好きってことだよな。

 朝陽からこんなことを聞くなんて。十年ぶりくらいだろうか。

 ―――――ゴクリ

 さっきまでの一連の流れで朝陽が再び俺に惚れた可能性はなきにしもあらず。これはフラグたってるだろ。

 行くなら今しかない!

「朝陽―――――」

「隙がありすぎ! 手紙は実は燃やしてません! 来年の合宿でも披露します!」

 えぇ……隙、だったの?

 えええええええええええええええええええええ!

「だってどういう反応するか見たかったんだもん! てへぺろ!」

 う、うぜぇ。いっそこの手で殺めてしまいたいほどだ。

「お前いい加減に……」

「あ、いっけなーい。晩ご飯の時間だ―。早く食堂にいかないと! 栃岡先生はみんなを起こしておいてくださーい」

 完全に棒読みなセリフを残して朝陽はミーティングルームを去って行った。昨日のように。茫然と立ち尽くした俺は去りし醜い女のことを憎み始めたが、一つのフレーズを思い出した。


 「来年の合宿でも披露します!」


 駅伝部が今年で廃部になることは朝陽も知っているはず。それなのに来年「も」って、一体どういうことなんだろう。

 きっと口が滑ったんだろう。あいつは昔からお調子者だからな。

 俺はため息を一つつくと食堂に向かってゆっくりと歩き始めた。

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