夏合宿in妙高高原③ 決まった行き先
――――夕食後のミーティング
俺はある決心をしていた。
そう、部員達に「ある目標」をインスパイアすることを……!
「今日のミーティングの内容は『秋シーズンについて』だ。が、まずは俺からみんなに話をしたいと思う」
部員達は不思議そうに顔を見合わせる。そういえば、こんなに真面目に話そうとするのは結構初めてかもしれない。一呼吸置いて、落ち着いて話し始める。
「お前ら、駅伝は好きか?」
……ポカーン
は? ちょ、え? どうしたの?ってかんじのリアクションをされる。
「センセー……どうしちゃったの?」
「だから漣、お前は駅伝が好きか?」
時速150kmのストレート並みのシンプルかつ大胆な質問だ。
「それは……うーん、駅伝っていうか、走るのが好きなんだよね、長距離を」
「具体的に」
「しつこいなぁ…… うーん、800mなんて中距離だけど、体が燃え尽きるくらい全力でトラックを走り抜けるのが好き」
漣は何かに取り付かれたような嬉しそうな表情をしている。
やっぱり思ったとおりだ。でも、
「仲間はいらないのか?」
「ちょ、そんなことは言ってないじゃん。ゴールをしたらセンセーやみんながいる、だから走れるんじゃない」
漣はうざったそうに、それでも嬉しそうに話す
「その言葉を聞けて嬉しかったよ」
「なんかすごくキザなんですけど……」
とにかく漣の意思を確認できた。それだけで良かった。
次は、
「京子、お前は駅伝が好きか?」
「は、はい。そうです。だから受験があるのに戻ってきたんです」
京子は答えを用意しておいたようである程度落ち着いて話す。
「じゃあ襷をつなげれば、どんなに遅くてもいいのか?」
「え? あの、いや、そういうことじゃないですよ。やっぱり県駅伝に出るんなら本気でやりたいし、春の県大会のままじゃ終われません」
京子もやっぱり、強い子だ。
さすが漣と2人で頑張ってきただけある。
「涼風、お前はどうだ? やっぱりラクだから駅伝部に入ったのか?」
「失っ礼ね! そんなことないわよ」
「いやでもお前あのとき……」
涼風は確かに「ラクだから」という理由で駅伝部に来たはずだ。
「……まぁ最初はラクだったから入ったのは事実だけど」
「妥協するな!」
「でーも! 京子先輩や稲穂、サクラ、そしてお姉ちゃんと一緒に部活やってるの、すごく居心地がいいの。体操部にいたときじゃ考えられない。だから私はみんなのために頑張りたいと思った。走るのも嫌いじゃないし」
根はいい子なんだな。ちょっと安心した。これでようやく心から信頼できる。
「稲穂とサクラは―――――」
「「駅伝がスキ! みんなでガンバリたい!」」
聞くまでもなかった。
これでメンバー全員の意思が確認できた。
よし、決まりだ。
「センセー、なんでこんなこと聞くの? 秋シーズンの目標を決めるんじゃ――」
「目標は決めた。都大路だ」
「「「「「えええええええええええええ!」」」」」
「……さすが、さすが先生です!」
「都大路って全国大会じゃん……」
「そんな目標立てて大丈夫なんですか!?」
「お姉ちゃん、都大路って何?」
「エキデン! エキデン!」
予想通りかちょっと下回るくらいのリアクションだ。
でも充分だ。
彼女達には充分すぎるほどのポテンシャルがあるんだ。
「京子だって言っただろ? 『どうせやるなら本気でやる』って」
「いやでもそこまで本気じゃ……」
京子はタジタジの様子をしている。ま、無理はないか。
「センセー、無茶だよ! 新潟県には暁月高校とか、岸部高校みたいに強豪がいるんだよ!」
暁月高校は漣のライバルの寺門がいる高校だ。県大会の毎年優勝し、都大路へは十年連続出場を果たしている。
岸部高校も強豪だ。暁月高校が強すぎて都大路には出れていないものの、ここ数年は急速に力をつけている。この間の県選手権だって、5000mで4人が入賞した。
そんな高校が頂点に君臨しているわけだ。弱小校の二ノ丸高校が、都大路に出れるなんて夢にも思わないのが普通だろう。
しかもメンバーは5人ギリギリ。普通の人なら全国を目指そうなんて夢にも思わない。
「そんなこと諦めて、来年のインターハイに向けて頑張ればいいじゃん」
漣のそう言うのはもっともかもしれない。県大会で辛い思いをした、彼女だから言えること。でも、
「お前はそれでいいのか!」
俺は一喝した。漣はビクっと肩を動かす。突然のことに驚き声も出ないようだ。
沈黙が走る――――
ちょっとやりすぎたかな……
「すまん。でもな、お前らが一番やりたいのは、本当は駅伝なんじゃないのか? 仲間のために走りたいって、みんな思ってる。だったら繋ごうよ。襷を、京都まで」
沈黙はまだ続く。
黙りこくったまま、みんなうつむいて、目を泳がせる。
やっぱり無駄なのか?
二ノ丸高校には、もう昔の姿はないのか?
駅伝をやるのは、彼女達にはムリなことなのか?
「じゃあ私が1区を走ります!」
突然、京子が声をあげる。笑顔で右手を挙げながら。
「じゃあ私が2区です!」
稲穂はジャンプしながら嬉しそうに手を挙げている。
「私は3区。稲穂のあとは私が繋ぐ。中距離だもん、3キロ区間じゃなきゃ」
「姉貴! さすがです!」
漣はヤレヤレと言いたそうな顔で手を挙げる。
「はーい、私が四区。お姉ちゃんが順位落とすからゴボウ抜きするんだから」
「ちょっと涼風! 私がそんなに遅いわけないじゃない!」
瓜2つの姉妹同士顔を向い合せる。
「わかんないよー。また寺門さんに負けるかもしれないし」
「お……お前!」
姉妹はいつもケンカするな。まったく、困ったものだ。
そうは思いながらも内心この関係には期待もしていた。
「ジャア、ワタシが5区デスネ。ミヤコ先輩には及びまセンが、ナガイ距離はジシンがありマス!」
おぉ、本命が来てくれた。アンカーがサクラなら安心だ。それにしても、日本語が上手くなったな。
「先生は、ゴールで待っていてください」
「おいおい俺はスタートから見守るぞ。京子が緊張したら、また走れなくなっちゃうからな」
俺もちゃっかり手を上げてみた。
「冗談キツイです、先生」
「わるいわるい」
駅伝部員全員で笑った。幸せだ。学生のときみたいに、またチームで、夢を目指せる。
今度は選手じゃないけど関係ない。
信じあえる仲間がいる。それだけで、充分だ。
五人の仲間。
そう、五人の―――――あれ? 1人、足りなくないか?
そのときいきなり部屋の戸が開いた。
見つめる一同、視線の先には――――
「もー、スポドリの粉買ってきたわよ。ってあれ? ミーティング中だったの?」
そうだ。朝陽を忘れてた。
「お、おかえり」
「早かったですね先生」
「コンビニは混んでましたか?」
「ごめんなさい買い物させて」
「荷物持ちます!」
「スポドリよりお茶派デス……」
駅伝部のみんなは寄ってたかって朝陽に気を遣う。数時間前までは考えられなかったような光景だ。
「ちょ、みんな様子が変よ? あ、そういえば。ミーティングで何が決まったの?」
「「「「「都大路を目指すことが決まりました!!!!!」」」」」
5人で息を揃えてそう言った。
「えぇ! 私が居ない間に何が起こったの!」
驚くのも無理はない。だってちょっと前まではあんな駅伝部だったからなぁ……
「と、とにかく良いコトね。頑張りましょ!」
朝陽は苦笑いを隠し切れないながらも無理やり作り笑いに変えてごまかした。
さすが養護教諭。生徒の相手はお手の物。アドリブにも強い。
「とりあえず今日のミーティングは終わり! 解散!」
「「「「「ありがとうございましたー!!!!!」」」」」
ドタドタドタと木造の床を鳴らしながら部屋を出て行く部員達。
あっという間に、ミーティングルームは俺と朝陽だけになってしまった。
「翔、どうしたの? なんで駅伝部はこんなに変化を遂げているの?」
さっきまで苦笑いずくしだった朝陽の顔が急に真面目になる。
「ちょっとな。みんなで目標を決めたんだ」
「もしかして、大森先生に会ったから?」
朝陽はクロスカントリーコースにいた時、大森の存在に気付いていたのか。
「そうだけど、なんでお前は大森と話さなかったんだ?」
「翔がずっと話していたし、それに私はあの人のことが昔からあまり好きじゃない」
やっぱりなというかどうせそんな感じだろうと思っていたがやっぱりそうだった。
「でもまぁ良かったんじゃない? みんなの顔も生き生きしてたし」
「だよな」
朝陽にもそう言ってもらえて感無量だ。
「じゃあ団結力を深めるために明日は私から重大発表をします」
朝陽は不敵な笑みを浮かべながら俺を見つめる。
重大、発表? お前もしかして!
「あの手紙を……ここに持ってきたのか!」
「うん。翔が高校時代にくれた113通のラブレターを全部持ってきたよ。明日の夜は朗読会ね」
朝陽はニヤニヤしながら巨大な紙袋を見せる。その中身は察した。
「おいバカやめろ! お前それをしたらどんな目に遭うか分かっているのか!」
「交渉決裂!」
朝陽はそう言うと呆然とした俺を後目に部屋を出て行ってしまった。
追いかけることもできず棒立ちする俺。
あぁ、なんてこった。
あのラブレターは……
あのラブレターだけはマズイんだああああああああああああ!




