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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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15/95

夏合宿in妙高高原① 曲がりくねった道の先

 もう少しで宿泊予定の宿に到着する。窓から見える景色も田園風景から木々が生い茂る森林地帯に移り変わってきた。

 ここまで数時間の長いドライブだった。合宿の費用を増やすわけにもいかず高速道路にのらずにきたので疲労感は強い。

 まぁでも部員達が大人しくしてくれたのが幸いだ。京子が帰ってきてくれたことによって部員達の結束力は高まり、漣と涼風もケンカしなくなった。このドライブ中もおしゃべり程度の会話しかせず平和な車内だった。


 さらに車を進めていくとスキー場も見えるようになってきた。冬ではないので斜面は草が生い茂っている。なんか違和感あるな。

 そういえば駅伝部員たちはスキーに行ったりするのかな。彼女たちが走っている姿はたくさん見るけどスキーしてる姿なんて想像できない。漣と涼風はスキー上手そうに見えるけどあとの3人はそう見えないよな…… サクラに至ってはやったことあるのか? っていうレベルだ。

 お前らってスキー上手なの? と部員を起こすのも兼ねて聞く。だが返事がない。

 まったく顧問が数時間も頑張リ続けて運転してるのにみんな寝てるのかよ。ちょっと礼儀知らずじゃないのか。赤信号で止まったときに後ろを振り返って部員達の顔を確認する。

 部員達は全員くたーっとして上を向いて口をあけて白目むいて泡をふいて……北海道の魚市場に並ぶ採れたてのズワイガ二状態になっていた。

「お前ら、大丈夫か!」

 返事がない。ヤバイ。本当にカニ状態だ。

 手を伸ばし、後部座席中央に座っていた稲穂の肩を揺すって声をかける。

 すると稲穂は目を覚まし数ミリほど目を開けて俺を見つめる。

「稲穂、しっかりしろ! まだ死ぬには早いぞ!」

「せん……せい……運転がグレートディバイディング山脈で……」

 ―――――バタッ

 稲穂は意味不明な言葉を発すると全身の力が抜けたように背もたれにもたれる。

「稲穂ぉおおおおおお!」


 ―――――30分後

「なんだよ車酔いだったのかよ」

 部員達は全員無事に目を覚まし、当時の車内の様子を正確に供述していた。

「一般道で行くといった時は『どうかしてる』と思いました。何時間かかると思っていたんでしょう……」

「休憩が一回もないとかどこの刑務所労働かと思いました」

「妙高高原に入る前にはもう手遅れでした」

「酔い止めも効かないとは前代未聞の悪運転です」

「グレーットディバイ――――」

 供述というかもはや半分俺への悪口になってるな。俺の運転ってこんなに酷かったのか?

 気分が回復してきた部員達は常盤姉妹を中心に更にヒドイ悪口をたたき始めている。さすがにもうこれくらいにしておきたいので俺も強引に話を切る。

「まぁ道が悪かったんだよ! 山道だったし!」

 ……部員達の耳には入っていないようだったが構わず今日の練習メニューの話を始めた。

「今日はウォーミングアップの後、宿の近くのクロスカントリーコースで80分のジョグ。ペースはキロ5分半。それで終わり」

「センセイ、合宿にシテハやけにラクなキがしマス」

「まだ初日だし、それにクロスカントリーコースは思ったよりも走りにくいぞ。足慣らしだ」

 クロスカントリーコースは不整地のランニングコースで、地面は芝だったりウッドチップが敷き詰められている。脚に優しいランニングコースだ。普段はロードとトラックしか走れない部員達だがここなら怪我を気にせず思いっきり長い距離を走れる。

 部員達を宿の玄関に集合させて給水用の水を持って移動する。もちろんジョギングで。しかもなぜか俺も走ってるし。いい運動かな。

「あれ、なんかいつもよりもかなり涼しい気がする」

 漣がボソッと言った。時刻は午後3時。平地にいたときはまだ暑い時間帯だが、妙高は高原地帯のせいか気温は二十数度だ。日差しは強いものの熱中症の心配は低いだろう。

 クロスカントリーコースに着くと体操を始めた。俺はマーカーを持ってコース整備に出かける。

 昨日まで降り続いた雨の影響でコースのいたるところが泥でぐちゃぐちゃになっている。彼女達が転倒しないように気をつけてコース整備をする。

 しばらく作業をしていると俺を追い抜いた女子選手達がいた。十数人ほどの集団で上下黄色のユニフォームを着ており背中には「ニチヤク」の文字。あぁ、有名な実業団チームじゃないか。たしか今年は世界陸上選手権のマラソン代表がいるんだっけな。あんな強いチームと同じ環境で練習できるって、駅伝部もついてるな。

 鼻歌交じりでコース整備を終えてスタート位置に戻ってくると、夕暮れも近いのですぐにスタートさせた。

 彼女達は慣れないクロスカントリーコースに終始苦笑いを浮かべていた。途中で靴にはかなり泥がつくので、Tシャツの背中には斑点模様ができている。俺も高校生の頃は、チームメイトたちと誰が一番汚れが少ないかっていうのを勝負して優勝した奴が一番エコロジーな走りをしているっていうコンテストじみたことをやっていたなぁ。うん。今思い出して彼女達には言えないあたり俺も大人になったんだなと実感する。

 練習が終わった頃には外は暗くなり始めていた。選手達にテキパキとクーリングダウンをすると宿まで戻ってきた。

 宿に着いてしばらくすると、玄関にはエンジン音がした。朝陽がやってきたのだ。

 今日まで二ノ丸高校では特別補習があってので朝陽も学校にいなくてはいけなかった。授業が終わると真っ先にやってきたのだろう。お疲れ様。

 一段落してから宿主の老夫婦のおいしい夕食を食べ終わると、すぐにミーティングを開始した。

 議題は「今シーズンの振り返り」だ。サクラと涼風はちんぷんかんぷんなのが残念だが、漣と稲穂にとっては成長の場にしてほしいと思った。

「私は県大会の準決勝でああいうことがあったけど……でも仕方ないよね。ちゃんとスタートが成功してれば接触事故なんて起きなかったし」

「姉貴が頑張ったのに私は全然自分の走りが出来なくて、本当にまだまだだなって思いました」

 なんで悪いところを言い合う会みたいになってるんだよ。こんなの、未来の自分に役立たないじゃないか。

「おい、悪いところを見るのも大事だけど、もっとなんていうかこう、良かったところを確認するのも大事なんじゃないのか? なんかお前らすごくネガティブだぞ」

「でも、初めての県大会だったので、悪い記憶しかありません……」

 稲穂は俯きながら申し訳なさそうな顔をする。中学時代のトップ選手が思うように結果を出せないのも無理はないのかもな。

「でも、ひとつくらいはいいところがあったはずだぞ。ほら、『北信越にいくんだ』っていう強い気持ちを持ってスタートラインに立てて、しかも入賞まで出来たんだ一年生なのに良く頑張ったと思うよ。反省点も多いけど、ここまで出来れば合格点だ」

「本当……ですか?」

 稲穂は照れくさそうに笑うとセミロングの髪の毛先をいじり始めた。彼女が女の子らしい仕草を見せることは今までなかったので、ちょっと微笑ましくなった。

「じゃあタイムを残せなかった私はやっぱりダメだったんだ」

 ハイパーどんよりテンションな漣がいた。

「な、そういうことじゃないって。稲穂の頑張る姿勢が結果的に入賞につながったって話」

「じゃあ私は頑張っていなかったってこと? 私だって頑張って、それで準決勝に――――」

 気持ちがこみ上がってきたようだった。それは多分、自分をスパイクで踏んだ犯人に対して、自分を見捨てた神様に対してなのかもしれない。

「違う。お前は頑張ったよ。誰にも負けないように、ひたむきに」

「でも結果が出ないなら意味ないじゃん」

 漣はまだ納得していない様子だ。

「結果なんてすぐに出るものじゃないだろ。何回も何回も挫折を経験して、それでようやく一人前になれる。強い選手はみんな辛い経験してるよ」

「…………じゃあ先生も?」

「え、俺?」

 俺の選手生活。輝かしい高校時代とは打って変わって、期待された大学では失敗、挫折の繰り返し。ようやく手にした箱根駅伝の予選会出場も自分の走りがダメで敗退………… 漣にああ言ってみたものの、自分に思い当たる節はなかった。

「俺は強い選手じゃなかったから、思い当たる節はないのかな」

「でもあんなに強かったのにそんなこと言うなんて。自信なくしちゃうじゃん」

 強かった。俺は確かに強かった。でもそれは高校時代だけのこと。実際、俺は才能で走っていただけなんじゃないのか。

「もう栃岡先生なんて知ーらない。いいよ。どんな結果になろうとも、私は私なりに頑張る。今そう決めた」

 ミーティングはそれっきり終わった。俺のせいで流れがグダグダになってしまったので朝陽が強制終了させた、という感じだが。朝陽が来てくれて助かったと心から感じてしまった。まったく情けない限りだ。


 ミーティングの後はしばらく時間をおくと風呂に向かった。

 着替えをしながら、ふと鏡で自分の上裸を見る。20代中盤にしてはかなり締った体なんじゃないかと自負しているが、やっぱりこれは現役時代の名残なのだろうか。

 ミーティングのことといい今日は昔のことをよく思い出してしまう。ため息をつくとタオルと洗面道具を持って戸を開けた。

 が、次の瞬間、顧問初日のデジャブが起こってしまった。人生に一度あれば十分というかむしろないほうが望ましい現実的に起こったら99パーセント不幸なあの日の出来事のデジャブだ。

 狭い浴槽に肩まで浸かり、顔だけひょっこり出して俺の方を見つめていたのは、

「み、京子、なんでお前がここにいるんだ…………!?」

 京子。そう、藩内京子。

「せ、先生? あれ? あれれ?」

「お前ここ、男湯だぞ」

 俺は男性の大事な部分を隠しながらそう言った。

「えぇー!」

「おいバカ静かにしろ朝陽や漣や涼風に知られたらお前が悪いのになぜか俺の責任にされてまた変態のレッテルを貼られて今度こそは再起不能な状態になってしまう恐れがあるだろう!」

「早口すぎて聞き取れません……」

 俺は焦っていた。また「変態」のレッテルを貼られることを。

 だが幸いなことにお湯は白濁色で透明度は低く、京子の肩から下は全く見えない。よし良かったセーフだ。俺の最大防御地帯は反応せずに済んだ。

ホッと一息つく。そして次のフェイズへと突入する。

「おい今すぐこの風呂を出ろ。見つかるのは時間の問題だ」

「でも、すぐに出たら怪しまれませんか? 稲穂ちゃんたちもすぐお風呂に行くって言ってたので、時間をもう少し置いて人目を避けて戻ればいいと思います」

「だが入浴時間はどうする? 稲穂から見た京子の入浴時間はせいぜ8分。体を洗う程度の時間だ」

「大丈夫です。シャワーだけ浴びてロビーでくつろいでいたということにしておけば、気付かれる可能性は極端に減少すると思います」

「よし分かった。それでいこう」

 スムーズに密約を交わすと、俺は腰を下ろして体を洗い始める。いつものように髪の毛を濡らしてシャンプーをつけるが……

 なんか集中できない。女の子と同じ空間だからなのかって、いや違うそれだけじゃない。

 俺は顔だけくるっと回して京子のほうを見る。

「京子、俺のこと見てた?」

「い、いえ。入り口の方を見てました」

 京子は顔を赤らませている。いや、耳まで真っ赤だな。お風呂の温度は熱いのだろうか。

「そうか。あ、あのさ、なんか集中できないから、後ろ向いていてもらえない?」

「そそそそうですね。そうしたほうがいいですね。そうします」

 俺は元のポジションに戻ると洗髪を再開した。曇った鏡を手で拭って自分の顔を見る。

 ふと冷静になる。

 いったい俺は何をやっているんだ?

 そんなことは知らない。でもただ一ついえることは、俺が究極に運が悪いということだ。

「先生、」

 水の音だけがする風呂場に京子の声が響く。

「先生は、自分の競技生活を思い出すのが、嫌なんですか?」

 京子のほうを振り返ったが、京子は背中を向けたまだった。顔が見えないし話題も話題だから、なんかすごく居心地が悪い。

「嫌ってことではないんだ。楽しいこともあったし、辛いこともあったし。でも今はまだ辛いことを引きずっちゃてるのかな」

「先生はそうなのかもしれないけど、私は、いつも自分の過去を思い出すのが本当に楽しいです。駅伝部のみんなと頑張る毎日は、本当にすばらしいです」

 過去という言葉を聞いて、ふと県大会のことを思い出す。

「…………ごめんな。県大会の日、ちゃんとお前のことを見てやれなくて」

 謝ったのは初めてだったかもしれない。実は言い出せなかったんだ。なんだか、合わせる顔がなかったっていうか。

 いきなりそんなことを言われて京子は驚いていたがすぐに穏やかな顔になった。

「いいんですよ。もう昔のことですから。それよりも、秋の駅伝が本当に楽しみなんです」

「なんかそう言ってもらえると気持が楽になったよ。ありがとう」

 泣きそうになってしまった。体が震えるような感覚に襲われながら。

 鏡が曇っていたのが助かった。こんな泣きっ面、自分でも見たくなかった。

「それはこちらのセリフですよ。先生と出会えて、本当に幸せでしたから」

「そう言ってもらえるのはありがたいけど、まだタイミングが早いな。言うなら駅伝が終わってからかな」

「そうでしたね! 私ったらつい……じゃあこれからも一緒に頑張りましょう!」

 京子はザバっと浴槽から立ち上がって振り返った。

 無意識に振り返った俺の視界には、女子高生藩内京子の頭、首、肩………うわああああああああああああ!


 その後、男子浴場が鼻血の海になったことは言うまでもない。


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