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俺は高校教師になって駅伝部の顧問をやることになった  作者: 糸魚川孝紀
顧問就任1年目
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14/95

部長、京子

 暑い。もう一週間は晴れの日が続いている。今年は冷夏らしいのだがそんなの関係なしだな。

 今日も陸上競技場に集合して練習の開始のあいさつをする。いつものことだ。

「よし、今日の練習は90分のジョグだ。ペースは――――」

「センセー、この子誰?」

 涼風が俺の話を遮って声を上げる。

「この子って…… 京子のことじゃないか。この部の部長、お前の先輩だ」

「先輩って、こんな小さいのに?」

 うわこのバカ何言ってんだと思い恐る恐る京子の顔を見ると200パーセント苦笑いをしていた。ゴメンな。君が知らないうちにこんな問題児が駅伝部に来ていたんだよ。

「涼風」

 漣がガチギレ口調で妹の名を吐き捨てる。

「なによ」

「あんたね、いい加減にしなさいよ。いくら普段タメ口だからって先輩に対しての口のきき方っていうのがあるでしょ」

 うわー、怖い怖い。

「つい言っちゃっただけだし。わざとじゃないから」

「京子先輩にそんなナメた言い方するなんて許せない!」

 お前もお前でタイムトライアルの時にヒドイ言い方してただろうとツッコミたくなったが必至に堪えた。

「まぁ待って、漣さんも涼風さんも。そもそも3年生なのに部活にいるからこんなことが起きちゃうのよね」

 京子が仲裁に入った。彼女も見ていられなかったのだろう。

「そうよ。3年生がこんな時期に部活やるなんてよっぽどヒマなのよね。きっと」

「おいやめろよ涼風――」

「やっぱり先輩って受験がめんどくさいから、駅伝部に遊びにきてるんですよね?」

 コイツ本当に酷いこと言うな……いくらなんでもそれはないだろ……

 言ってはいけないことを涼風が言ってしまったせいで雰囲気が凍りつく。いつもにこやかに話している稲穂とサクラでさえ黙っているほどだ。

 まったく、こんなこと言うなんて涼風も京子の気持が分かってないな。どうするんだよこの雰囲気――――

「仕方ないよね。そう思うのも」

 黙っていた京子が口を開いた。これには全員一同、涼風まで驚いたようだ。

「3年生はみんな受験勉強なのに、私だけ居ちゃ、おかしいよね」

「いや別にあたしはディスってるわけじゃな――――」

「でも私だって、私なりに、覚悟をもって戻ってきたんだ。駅伝に出たいっていう、それだけだけど」

 京子の心の叫びだったように思えた。思えば県選手権のスタンドでも、同じようなことを言われたっけな。



「――駅伝に、出たいから」

 京子がそう言った瞬間、言葉が出なかった。

 県大会であれほどショックなことがあったのに……少なくとも普通の女子高生なら「嫌な記憶」としてすぐに忘れようとするだろう。

 でも京子は違う。涙を流しているが、言葉に詰まっているが、駅伝に出たいと思っている。上辺だけではなく心の底から。

 だけど俺は、県大会で京子をあんな目に遭わせてしまった顧問として何も言うことが出来なかった。賛同する勇気も、否定する勇気もなかった。

「なんかごめんなさい。重たい雰囲気になって……」

 謝りたいのはこっちのほうだ。何も言えない弱い教師だ。

「私、1年生の頃から、ずーっと今まで駅伝に出たかったんです。別に1番にならなくてもいい。ただチームで襷を繋ぎたかったんです」

「じゃあ合同チームでも駅伝には出なかったのか?」

「はい。顧問の先生も居なかったので、他校との調整がうまくいかなかったんです」

 そんな…… 改めて大森への怒りが湧いてきた。

「でも、今はメンバーが足りてるんですよね? 1、2年生だけで4人いるから私も含めて5人。高校女子駅伝の人数にピッタリです」

「でもお前、受験はいいのかよ。この前、第一志望は千葉国立大学とか言ってたじゃないか」

「そうです。でも、この間の模試で判定だったので、大丈夫ですよ」

 何も言えなかった。学生時代のアスリートの俺なら素直に彼女の背中を押せたのかもしれない。でも今は教員という立場にビビって素直に応援できないでいた。

「反対されるのは分かります。でも二ノ丸高校で駅伝が出来なかったら一生後悔する気がするんです。私がいて、漣さんがいて、吉川先生がいて、栃岡先生がいて……それに留学生の子も漣さんの妹さんもいるんですよね? こんなメンバーで駅伝が出来たら、もう後悔することなんてないです。だからお願いします」

 京子はいつの間にか俺の両手を掴んでいた。いつもの京子とは違って、自信を持った京子がいた。

「一緒にやりましょう!」



「京子先輩、ごめんなさい」

 涼風は完全にしょんぼりしていた。さっきまでの威勢のよさはどこへやら……でも丸く収まってくれて、本当によかった。

「いいよ。そんなに気にしてないから。ところで部長って、誰がやるのかな?」

 ―――部長。それってたぶん駅伝部長のこと。

 普通の強豪校の「駅伝部」なら3年生がやるのが主流なんだが、こういう場合はどうなんだ? 別にうちは強豪校じゃないしリーダーシップの強い3年生が部長をやる理由なんてない。まぁでも一応京子には確認をとっておこうか。

「京子、お前がやるのか?」

「いやでも、私がこんな大人数を、牽引するなんて――」

「アレー? デモ、さっきマデはアンナニ積極的だったノニ、キュウにどうシタンデスカ?」

 サクラアアアアアア! こういうときだけ下手な外国人演じやがって。もう、そんなこと言ったら京子が本気に――――

「わ、わかったよ…… 私が、なるけど、いいの?」

 京子の素早い了解により、京子が部長フラグが立った。

「おぉーいいじゃんいいじゃん! 京子先輩が部長なんて大賛成だよ!」

 急に元気になった涼風が賛同してきた。

「京子先輩が部長なんて最高です!」

 稲穂も京子が部長として戻ってきてくれると聞いてウキウキだ。ここまでは問題ない。あとは漣なんだが……

「あ、あたしは、その……京子先輩が戻ってきてくれたら部長をやってもらおうともっていたから、その……」

 なんだ、恥ずかしがって語尾が聞こえないぞ。茶々入れたくなっちゃうだろうが。

「おーい、はっきり言えー!!」

「っるせぇな! 今言おうと思っていたんだよ! だからその、京子先輩が部長をやるのは大歓迎です!!!!」

 そう叫んだ漣はいつしか息を切らしていた。だいぶ頑張ったんだな。

「そういうことだ、京子。お前が部長で決定みたいだ」

 ということで、せっかくなので部長の新任あいさつをした。こうした方が気合いが入るのかなと思ったからだ。

「コホンコホン、えーっと、新しく部長になりました? いや、ちがいますね。部長に返り咲いた? あれ? えっと」

 1ヶ月ぶりに部員の前に立つ京子には、もう部長の面影はなかった。これには漣も言葉が出ない様子だ。

「京子先輩……」

「あ、いや、その、これは、えっと」

 これって「緊張症」か? 一度治ったと思ったのにまた元通りかよ。

「センセー! いいからなんとか収拾つけろ!」

 え、俺? ちょっと無理やりすぎないか?? 

 漣が俺に強引に役を押し付けてきたのでちょっと戸惑ったが、京子もまぁこんなんだしここは一人の男子教員として可愛い教え子達のために人肌脱ぐことにしますよ!

「えっと、京子も改めて部長になったことだし、これで二ノ丸高校駅伝部は再始動ってところだな!」

「そんな先生、ちょっと照れます」

 どこに照れる要素があるんだ教えてくれ京子。

「まぁ今日のメニューはもう説明したし……あ、そうだ。来週の合宿についての話をしようか」

 俺は手に持っていた「合宿の要項」というプリントを全員に配布し始めた。

「予告した通り、来週の月曜日から3泊4日、妙高高原で合宿をする。クロカンコースや坂もあっていい場所だぞ」

 と言った俺の言葉に耳を傾けているのかいないのか……彼女達は要項を必死に眺めている。

「4日間で100キロくらいは走る予定だ。走りに集中できる良い時間になるだろう」

「わーい! 陸上の合宿なんて初めてー!!!」

 涼風が元気よく飛び上がる。そんな元気にしてられるのも今のうちだぞ。4日間で100キロくらい走る予定だから、怪我させるつもりはないけど嫌になるくらい走らせるぞ。

「駅伝部のみんなと合宿が出来る日が来るなんて……」

 京子はこぼれる笑みを抑えられない様子だ。今まで一度も駅伝に出られるチャンスがなかった京子にとっては今回が初めての合宿になる。いい思い出になるといいな。

「あとは、当日までにある程度宿題とか片付けておくといいかもな。特に漣は」

 そう言いながら嫌味ったらしく漣を見てみる。

「な、ちょ、なんであたしだけなんだよ!」

「んなこと決まってるだろ。前期の成績表を見たけどお前だけずば抜けて悪かったぞアサガオの観察日記くらいは終わらせておけよ」

 そう言うと俺は鮮やかに競技場を後にした。

「アサガオとか小学生じゃないんだから!」

「ははははは」

「あーもう、ムカつく!!!」


 ムカつく―― 


 ムカつく――・・・・・・


 漣の大声だけが、虚しくエコーしていた。


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