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公爵閣下のご依頼は花の香りと共に  作者: 青戸部ラン


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第四話 失われた宝物

 オリヴィア・アウスタット伯爵令嬢。十六歳。美しい金髪が自慢のお喋り好きな令嬢だった。

 

 母はシューゼノクト公爵家出身のベルウィッタ。父はアウスタット伯爵第十一代当主ルーカス。二人の間に生まれたオリヴィアは、アウスタット伯爵家の一人娘として深い愛に包まれて育った。

 

 彼女が十四歳になった年、婚約者が決まった。ダニエル・リズモンド伯爵令息。リズモンド伯爵家の次男だ。

 

 ダニエルとオリヴィアの関係は良好で、仲睦まじい姿がよく見かけられていた。しかし年を経るごとにダニエルの周りには美しい令嬢たちが集まるようになる。実家であるリズモンド伯爵家は貿易商との付き合いが深く、王都でも広い影響力を持っていた。さらにダニエルの整った顔立ちも相まって、結婚相手を探す令嬢たちには魅力的に映ったのだろう。

 

 オリヴィアの様子がおかしくなっていったのは、ダニエルの女性関係の噂が聞こえ始めた頃だった。


 §

 

 風が止んだ。

 花の香りがようやく薄れていく。

 ジェシカがゆっくりと目を開けると、そこには先ほどまでの柔らかな雰囲気とは違う、硬い表情のラインハルトがいた。


「殺されたって……どういうことですか?」


 思わず問いかけたジェシカの声は、いつもより少しだけかすれていた。


「容疑者はダニエル・リズモンド。オリヴィアの婚約者だった男だ」


 ラインハルトは淡々と語り始めた。


 その日もオリヴィアは一人部屋で過ごしていた。

 そこに現れたのが婚約者ダニエルだ。オリヴィアの部屋に向かったダニエルは、彼女が不在のようだと言ってすぐに戻って来る。しかしその後、オリヴィアが窓の下に倒れている姿が発見された。


「ということは最後に会った可能性があるのが、そのダニエルさんなんですね」

「ああ、そういうことになる。ダニエルは『会っていない』と否定しているがな……。じゃあ中へ向かおうか」

「あっ……」


 ラインハルトはジェシカの横をすり抜け、すたすたと正面玄関へと歩いて行ってしまう。慌てて追いかけると、ラインハルトは振り返ることなく語りだした。


「オリヴィアは死の一ヵ月ほど前から体調を崩していたんだ。はじめはただの風邪と思っていたんだが、だんだんとやつれて行って僕が見舞いに来た時は、やせ細って別人のようだった」

「お医者様には?」


 早足のラインハルトにやっとのことでついていきながらジェシカは尋ねた。


「いや、診てもらっていないそうだ。理由はわからないが、オリヴィアが拒否したらしい。家の中でも限られた人間にしか顔を見せなくなったようで、僕も途中から会えなくなった」

「そうだったんですね……」


 ジェシカは神妙な口ぶりで相槌を打ったものの、内心首を傾げていた。


(限られた人間の中に、婚約者のダニエルさんが含まれているということよね。ということは、オリヴィアさんとダニエルさんの仲はおおむね良好だったはず。それなのにどうして――)

「彼にはオリヴィア以外にも親密にしている女性がいたらしいんだ」

「え……?」


 動機がはっきりしないと思っていると、ラインハルトがまるでジェシカの心を読んだかのように口を開いた。


「オリヴィアの体調不良は彼の心変わりが原因だったんじゃないかと思っている者も多い」

「ああ、なるほど……。その女性と結ばれるにはオリヴィアさんが邪魔だった、と」


 それなら動機としては成立する。

 貴族の婚約は家同士の契約。そう簡単に取り消すわけにはいかない。そのためにダニエルはオリヴィア殺害を決めた――と考えるのが自然だ。


「けど、オリヴィアさんは自ら命を絶ったと見られている。ということは、ダニエルさんが犯行に及んだという証拠がないということでしょうか。つまり閣下は私にその証拠を探してほしいということですね」

「さすがだね。話が早くて助かるよ」


 歩きながらラインハルトは肩を揺らして笑った後、ふう、と息を吐くと小さく呟いた。

 

「オリヴィアが自ら命を絶つなんて信じられない。あの日、絶対に何かあったはずなんだ」


 ラインハルトの背中には確かな悲しみと自分自身への怒りが滲んでいた。かける言葉を見つけられずにいると、突然ラインハルトの足が止まった。気づけば数歩先に迫った玄関から、誰かが顔をのぞかせていたからだ。


「まあ、ラインハルト様!」

「やあドーナ。突然すまないね」

「お出迎えが遅れまして申し訳ございません。さあ、中へどうぞ」


 顔を出したのはエプロン姿に、白髪交じりの髪を結った小太りの女性だった。ドーナと呼ばれた女性は慌てたように室内に招き入れてくれる。

 ラインハルトに連なって入室すると、ふわっと甘い花の香りが鼻先をくすぐった。エントランスホールには二階に続く階段が左右に曲線を描いて設けられている。邸内はあまり調度品を置かないようで、さっぱりとした雰囲気だ。

 ジェシカがきょろきょろしている間に、ラインハルトがドーナに小声で囁いていた。


「姉上は?」

「お変わりなく過ごしていらっしゃいます……」

「そう……。お大事にって伝えておいて」

「……かしこまりました」


(お姉さん、調子が悪いのね……。娘の死のショックでまいっているってところかしら)


 ジェシカが察した通り、ラインハルトの姉ベルウィッタはオリヴィアの死以来、床に伏せっているということだった。

 ベルウィッタは前シューゼノクト公爵の長女で、ラインハルトの十歳上の姉だ。十六歳でアウスタット伯爵家に嫁ぎ、翌年オリヴィアを出産。それ以降子どもに恵まれなかった彼女にとって、オリヴィアは何よりも大切な宝物だった。

 目に入れても痛くないほどかわいがっていた娘が、ある日突然命を失った。ベルウィッタにとっては受け入れられない事実だったのだろう。葬儀にも出られず、ベルウィッタは一日中部屋に引きこもっているそうだ。


 子を失った母の悲しみを表す言葉は持ち合わせていない。

 ジェシカが内心しんみりしていると、ラインハルトが思い出したようにこちらを向いた。


「ジェシカ紹介するよ、この家のメイド長ドーナだ。僕も幼い頃からよく知っている」


 ドーナは突然の紹介に少し驚いたようにジェシカを見て、丁寧に頭を下げた。


「はじめまして、ドーナと申します」

「ジェシカ・ゼントです。よろしくお願いします」

 

 ジェシカがにこやかに名乗ると、ドーナの表情が一瞬強張った。


「ゼント……?」

「はい、そうですが?」 

「もしかしてゼント探偵事務所の?」

「えっ! ご存知なんですか!?」

 

 まさかの言葉にジェシカは目を瞬かせた。ほら見ろと言わんばかりにラインハルトを見ると、彼もまた驚いたような顔をしている。


「驚いた。どうして知っているんだい?」

「少し前に名前を耳にしたことがありまして――」


 そう答えながらもドーナは戸惑った表情でジェシカとラインハルトを見比べている。


「もしかして、お嬢様の件を?」

 

 ドーナの問いかけにラインハルトは一瞬だけ言葉を選ぶように目を伏せた。そしてゆっくりと顔を上げると、真剣な眼差しで彼女を見つめる。


「ああ、そうだ。義兄上はオリヴィアが自ら命を絶ったとしたが、僕は信じられない」

「それでは、ラインハルト様はやはりダニエル様を疑っておられるのですか?」 

「そうだ。ドーナも前から怪しいと言っていただろう?」


 どうやら二人の間ではダニエルへの疑いは一致しているらしい。

 ラインハルトの返事を聞いたドーナはしばらく沈黙していたが、やがて深いため息をついた。


「……わかりました。協力いたしましょう。私にお力になれることがあれば、何でもお申し付けください」

「ありがとう、ドーナ」

 

 そこでようやくドーナの表情が緩む。そしてジェシカに向き直ると、頭を下げた。


「ジェシカ様も、どうかよろしくお願いします」


 しかしジェシカはほんの一瞬、返事に詰まった。

 期待の眼差しを向けられたとしても、真実はひとつだけ。彼らの思い描く真実とは異なるものかもしれない。依頼人が希望する真実を見つけるために探偵がいるわけではない。ほんのわずかな違和感が胸の奥に生まれる。


(けど、今は……)

 

 ジェシカは一度まばたきをし、口元に微笑みを浮かべた。


「……ええ、こちらこそ」


 貼り付けた笑顔にラインハルトの眼差しが向けられているのを感じながら、ジェシカは返事をした。

お読みいただきありがとうございます。

次話は明日16日朝7時更新予定です。

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