第二話 消えた懐中時計
本日《第一話》~《第三話》まで投稿しています。
《第四話》以降は毎朝7時に更新予定です。
「つい半月前の事なんだけど、僕の懐中時計が盗まれてしまったんだ――」
ラインハルトはそう切り出すと、静かに語り始めた。
§
その日、ラインハルトは公爵家三階の自室バルコニーにテーブルを出し手紙を書いていた。もう少ししたら出かけなければならないからと懐中時計を傍らに置いていたものの、部屋に控えていた護衛ガーヴィスに声をかけられるまで気づかないほど集中してしまっていた。
時間が迫っていると声をかけられたラインハルトは急いで手紙を書き終え、封をしようと室内に戻った。しかし封蝋を溶かしている時に外に懐中時計を置きっぱなしだったことに気づく。
「――でもバルコニーに戻ったら、僕の懐中時計は忽然と消えていたんだ。公爵邸は高い木々に囲まれているし、外部からの侵入者は考えられない。その懐中時計は親の形見だからね、どうしても取り戻したいんだ。そこで君にはその懐中時計を盗んだ犯人をこの場で推理してほしい」
「なるほど……」
ジェシカは口元に手を当てて考えた。
やはりラインハルトがジェシカを試していることで間違いなかったらしい。なぜならすでに懐中時計は見つかっているのだから……。
「――だとすれば、かなり性格が悪いわね」
「それは僕の事かな?」
「はい……あっ!」
まずい。思わず本音が口をついてしまった。
「女、それはどういう意味だ!」
「まあまあガーヴィス。ねえ、君はどうしてそう思ったの?」
ラインハルトの背後に立つガーヴィスが怒りに声を荒げた。主人を侮辱されたのだから怒るのも当然だが、さすが公爵の付き人。迫力はそんじょそこらのチンピラとは違う。
けれどラインハルト本人はあまり気にしていなさそうだ。ガーヴィスをなだめると愉快そうにジェシカを見つめた。それならばと気を取り直し、ジェシカは口を開く。
「閣下は先ほど『公爵邸は高い木々に囲まれているし、外部からの侵入者は考えられない』、と私に仰いましたよね」
「ああ、そうだね」
「それはつまり外部犯の可能性を否定なさっているということ。であれば、『盗んだ犯人』は当時公爵邸にいた者ということになるじゃないですか。そんなの、そこにいるお付きの方が黙っているわけないですし、なんなら一番疑われるのはお部屋で控えていたそのお方です」
「なっ……! 私はそのような真似はしない!」
ガーヴィスが吠えるが、ジェシカは気に留めず話し続けた。
「それに落としたり、置き忘れたりという可能性を私に考えさせないようにしているのも不自然です。閣下ほど力のあるお方なら、初めから『盗まれた』と断定する危険性をよくご理解なさっていると思います。閣下から疑いをかけられれば“社会的な死”に繋がるでしょうから」
その言葉にラインハルトはぴくりと眉を動かした。
「つまり、私が犯人を探す必要はないのです。そして『盗まれた時計のありか』ではなく、『盗んだ犯人』を推理せよということは、懐中時計のありかはすでに把握なさっているということ――懐中時計はもう閣下のお手元に戻っているのでは?」
「なるほど鋭いね。でもまずは君の推理を聞かせてもらおうか。もう時計が見つかっていると思うなら見つかった場所も含めて、ね」
長い脚を組みなおしながら、ラインハルトはわずかに目を細めた。その表情には焦りも戸惑いもなく、まるでこのやりとりすらも楽しんでいるようで——。
(この人、本当に性格悪すぎ……。報酬がなかったら絶対に関わりたくない人種ね)
そう思いつつも、ジェシカはぐっと苛立ちを飲みこんだ。今は余計な感情を挟んでいる場合じゃない。これは依頼であり、自分の腕の見せどころなのだから。
「もう一度、閣下のお言葉を確認します。『公爵邸は高い木々に囲まれているし、外部からの侵入者は考えられない』。けれどバルコニーから時計は『忽然と消えた』……」
「うん、そう言ったね」
「けれど閣下は『犯人がいる』と仰いました。誰も入ることのできないバルコニーに侵入し、わずかな時間でテーブルの上に置かれていた懐中時計を奪っていった犯人が……」
ラインハルトは笑みを絶やさず小さく頷いた。彼の背後では犯人扱いされたことを引きずっているガーヴィスが、ぎりぎりとジェシカを睨みつけている。
「公爵家の周りは木で囲まれているんですよね?」
「そうだよ。さらに高いフェンスで敷地全体を囲っている」
「それならなおさら犯人が絞られますね。ちなみに犯人の侵入経路は“空”です」
そう言ってジェシカは天井を指で差した。
「犯人は空からバルコニーに降り立ち、閣下の懐中時計を持ち去ったのでしょう」
「へえ……」
ラインハルトは楽しそうに頷いた。きっともう彼にはジェシカの次の言葉が予想できているはずだ。ならその期待に応えてあげようではないか。
「犯人は“鳥”です。例えばカラスなどの鳥は、きらきら輝くものに興味を持つという話を聞いたことがあります。遊んだり、巣に持ち帰ったりするそうですが、閣下の懐中時計もそれなりに装飾が施された品だったのではないでしょうか」
「確かに宝石はついているね」
「ではきっと閣下の懐中時計は公爵家を囲む木のどこかに引っかかっているか、鳥の巣の中にあると思います」
ジェシカは言い終わると急に喉が渇いてきた。やはり緊張していたのだろう。
ラインハルトはジッとジェシカを見つめるとゆっくりと口を開いた。
「……正解。よくできました」
「はぁぁ……」
ドッと疲れが押し寄せて来る。しかし気に入らないのはラインハルトの態度だ。
「まあ僕もそのくらいの知識はあってね。君と同じように推理して、庭師たちに探させたら見事木に引っかかっていたんだよ」
そう言いながらポケットから取り出したのは透明な宝石が散りばめられた懐中時計だった。これ一つで事務所の家賃何ヵ月分になるのだろう。
しかし、だ。推理を巡らせるのは探偵の仕事だが、依頼人がすでに答えを知っている状況で試されるのは、なんとも理不尽である。相手が公爵であるのを忘れ、ついチクリと棘を刺したくなってしまう。
「ははは、見つかって良かったですね。大切なものを置き去りにして、実際に鳥に持ち去られる方には初めてお会いしましたけど……」
「そうかい? じゃあ良かったじゃないか、実例が目にできて」
一方のラインハルトは、ジェシカの嫌味などどこ吹く風とばかりに満足そうな笑みを浮かべ、手元の懐中時計を弄んでいる。だが、ジトっとしたジェシカの眼差しに気づいたのか、申し訳なさそうな表情を浮かべ肩をすくめてみせた。
「ごめんね、試したりなんかして。でもほら、この金貨袋の片方は君のものじゃないか」
「ええ、まあ……」
「怒らないでおくれよ。僕だって、適当な気持ちで頼むわけにはいかなかったんだ」
それまでどこか楽しげだったラインハルトの声音が、わずかに沈んだものへと変わる。ジェシカが顔を上げるとラインハルトはいつの間にか手元の懐中時計をしまい、静かにこちらを見つめていた。先ほどまで浮かべていた飄々とした笑みはもう跡形もない。
「二つ目の依頼は少し長くなるよ」
「え?」
「場所を変えてもいいかな?」
真剣な青い瞳にジェシカは無意識に頷いていた。




