↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵閣下のご依頼は花の香りと共に  作者: 青戸部ラン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/23

第十七話 信頼の衣

 アウスタット伯爵家の応接室。

 ジェシカは王都の古物商から回収してもらった品々をテーブルに並べていた。ラインハルトの力を借り、ここ最近若い女性の好みそうな高級品が頻繁に持ち込まれていないか、古物商を当たらせていたのだ。


「どうですか?」

「はい……確かにお嬢様のものです」


 目の前に座るドーナは口を手で押さえ、青ざめた顔で品物を見つめていた。

 ジェシカが考えた通り、ミレーユがオリヴィアの私物を持ち出していたようだ。古物商からの証言も取れた——濃いブルネットの女性が虚ろな表情で持ち込んだ、と。

 

「でもいったいどうしてミレーユ先生がそんなことを……」


 ドーナが証拠品のガラス細工を手に取りながら、困惑したように呟いた。ジェシカは一呼吸置き、静かに語り始めた。

 

「ミレーユ先生は違法薬物に手を染めていたのです。ドーナさんもミレーユ先生から甘い香りを感じたことはありませんでしたか?」

「た、たしかに……てっきり香水かお香の類かと。まさかそれが薬物のにおいだったんですか?」


 ドーナの顔色が変わる。


「はい。花のような甘い香りの香水として売られていたようです。ミレーユ先生はオリヴィアさんの私物を持ち出し、購入費用に充てていたのでしょう」

「そんな……もしやそのことを知られたミレーユ先生がお嬢様を……?」

「いいえ、きっと違います」


 ジェシカは静かに首を振った。


「その違法薬物を使うと、一時的に多幸感を得られるそうです。しかし使い続けることで身体的にも影響がでます」

「身体に……」


 息を呑むドーナの手元では証拠品のガラス細工が固く握られたままだ。その指先に彼女の緊張を感じながら、ジェシカは続けた。


「妄想や幻覚、そして流産を引き起こす効果です」

「……っ!」

「ミレーユ先生はきっとオリヴィアさんの妊娠が許せなかった。だからお腹の子もろとも彼女の命を奪ったんです」


 ジェシカの言葉にドーナの目が大きく見開かれた。


「ミレーユ先生がなぜ妊娠を許せなかったのか、理由は様々あるでしょう。けれどオリヴィアさんが妊娠したことを知り、彼女の前であの薬物を使用した。その時、ミレーユ先生はオリヴィアさんに薬物のことを話したのでしょうね。そしてオリヴィアさんはその香りから逃れようと、最も近い小窓を開けて身を乗り出した……」


 オリヴィアは咄嗟に守ろうとしたのだろう。ダニエルと自分の愛の結晶を——


「その隙をついてオリヴィアさんは突き落とされました」

「そんな……どうしてミレーユ先生がそこまでのことを」


 カタカタとドーナの体が震え始めた。頭を左右に振り、少しでも現実から逃れようとしているふうにも見える。

 そんなドーナに声をかけることなく、ジェシカはおもむろに立ち上がった。

 

「では、私はこれからミレーユ先生にも話を聞きに行こうと思います。」


 そう言い残し、ジェシカは部屋を出ようと扉に向かった。


「それはそうとドーナさん」

「——っ!」


 ドアノブに手をかけながら振り向くと、ドーナがいつの間にか真後ろに立っていた。手にしたガラス細工を今まさに振り上げようとしながら——


「どうしました?」

「あ、いえ、これは……」


 しどろもどろになるドーナをジェシカはじっと見据えた。


「それはそうと、一つ気になっていたことがあるんです」

「な、なんでしょうか……?」


 ドーナは震える声を絞り出すように答えた。


「あなたは以前、『お嬢様の部屋に入るのを許されていたのは限られた者だけだった』と話していましたよね」

「ええ……それがどうかしましたか?」

「オリヴィアさんが亡くなってから、部屋をきれいに保っていたのもドーナさんですよね」

「だからそれがなんだって言うんです?」

「それがおかしいって言ってるんです」


 ジェシカの声にドーナの肩がびくりとはねる。


「あれほど部屋が寂しくなっていたのに気づかなかったんですか? ああ、気づく必要ないわよね。だってあなたは全(・)部(・)知(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)んだから」


 そう言って差したジェシカの指先はドーナが抱えるガラス細工に向けられていた。


「ミレーユ先生に私物を持ち出すよう仕向けたのはあなたね、ドーナさん。『すべて薬物におぼれたミレーユ先生がやったことだ』と、彼女にすべての罪を着せて逃げ延びるために——」


 その瞬間、ドーナの顔から怯えが消えた。

 ドーナは手にしたガラス細工をゆっくりと下ろすと、にんまりと唇だけで笑った。


「……先生は真面目さだけが取り柄だったからね。ダニエルに恋した自分も許せなかっただろうし、何より淑女として教育したはずのお嬢様が結婚前に体を許すような阿婆擦れだったことが許せなかったようだよ」


 長年纏っていた重い衣をようやく脱げたとでもいうように、ドーナはゆっくりと首を回す。


「そんな奴ほど簡単なのさ。先生は少し勧めだけですぐはまってくれたよ——あの“幻花香(げんかこう)”にね」


 ドーナが楽しそうに口にした言葉——それはあの花の香りの薬物の名だった。

お読みいただきありがとうございます。

次話は本日27日19時更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。