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公爵閣下のご依頼は花の香りと共に  作者: 青戸部ラン


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第十五話 慟哭

今日から朝、晩と一日二話投稿していきます。

 数日後、ラインハルトとガーヴィスは再び王城に捕らえられているダニエルの元を訪れていた。

 顔を合わせてすぐ、ラインハルトは挨拶もせずに小さな紙袋を差し出した。


「これは……」 

「これを見せればわかると言われた」


 そう言うとダニエルは怪訝な顔をしながら紙袋を受け取ると、おそるおそる中を覗き込んだ。


「——っ!」


 ダニエルの目が大きく見開かれた。彼はすぐにその中身が何なのか気づいたのだろう。


「ダニエル、僕はガーヴィスに教えてもらうまでそれが何なのかわからなかった。けれど君はすぐに気がついた……」


 ラインハルトはオリヴィアの部屋で見つけたというこの紙袋をガーヴィスから渡された時のことを思い返していた。


『何だ、これは? 毛糸?』

『きっと手編みの靴下だと思われます』

『靴下にしては小さすぎ……そうか、そういうことだったのか……』


 たどり着いた答えは想像よりも残酷なものだった。

 紙袋を覗き込んだまま固まっているダニエルに、ラインハルトは感情を押し殺しながら続けた。


「これは赤ん坊用の靴下だ。編みかけのまま、オリヴィアの部屋に隠されていたそうだ」

「——オリヴィアの!?」


 その言葉を聞くなり弾かれたように顔を上げたダニエルの顔は、みるみるうちにくしゃくしゃに歪んでいった。


「そんな……そんな、オリヴィア……ぁぁあっ! うわぁぁぁ……っ!」


 ダニエルは紙袋を胸に押し当てたまま床に崩れ落ちた。悲痛な慟哭が響く中、ラインハルトは唇を噛み締めながらその背中を眺め続けた。


 §


 ダニエルがオリヴィアから体調の変化を知らされたのは数ヵ月前の事だった。


「はじめは風邪かと思ったそうです。怠さと眠気が強いと……けれどだんだんと食事を受け付けなくなってきて……」

「悪阻か……義姉も大変そうにしていたな。食べ物を見るだけでも吐き気が起こると言っていた」


 ガーヴィスの言葉にダニエルは力なく頷いた。


「はい……まだ婚約中の身にも関わらず申し訳ありません」

「ダニエル、君も貴族の端くれなら知っているだろう? 我々の世界ではいくら婚約状態であっても婚前交渉は許されない。それが君たちの人生においてどれほどの汚点となるのか、思い至らなかったはずはないよね」


 棘を隠そうともしないラインハルトの声に、ダニエルの身がさらに小さくなる。その姿がさらに苛立ちを募らせる。婚前にもかかわらず妊娠など、公爵家の血筋の者として決して許されない品位を損なう行為だ。もし義兄や姉のベルウィッタが知ったら——

 一瞬思考が止まる。


「……知っていたのか」


 それなら辻褄が合う。

 なぜ義兄がオリヴィアの死因を自死と判断したのか——

 なぜ人目から逃れるように埋葬されたのか——


「義兄上はこのことを知っていたんだな……」


 ラインハルトの呟きにダニエルの肩が小さく震える。

 

「はい……オリヴィアには『伯爵はきっと認めてくれるはずだ』と伝えました。実際伯爵に伝えたらひどく叱られましたが、最後には認めてくれました。私と彼女に『心配はいらない、必ず幸せになるように』と言ってくれて——」

「認めて……くれただと?」


 次の瞬間、ラインハルトはダニエルにつかみかかり、床に押し伏せていた。ぐっと襟元を締め上げると、ダニエルの顔が歪む。


「ならなぜ隠すような真似をした。義兄上も、お前も……」


 かわいい姪だった。両親を失い、一人になってしまったラインハルトにとってはこの世に残された数少ない家族の一人だ。公爵として様々な思惑の中で生きるラインハルトにとって、数少ない心を許せる存在だった。

 なぜ頼ってくれなかったのか。なぜ一言相談してくれなかったのか。自分は彼女にとって頼るに値しない存在だったのか。

 それまで信じていたものが崩れ落ちるような喪失感。悲しみにも似た怒りがあふれ出して止まらない。


「僕の家族だったんだ。大事な家族を奪われたんだぞ……許せると思うか?」

「ぐ……ぅ」


 襟元を締め上げる手に力がこもる。ダニエルが低く呻いた、その時——


「いけませんラインハルト様!」

「——っ、離せガーヴィス!」


 ガーヴィスはラインハルトの背後に回り込むと、両脇の下から羽交い絞めにした。腕から抜け出そうと暴れるも力ではガーヴィスに敵わない。ずるずると引きずられるようにダニエルから引き離される。


「ラインハルト様がすべきはこの者に罰を与えることではありません! どうか冷静に」

「僕は冷静だ。けれどオリヴィアを汚したこいつを——」

「——ああ。あんたらにとっては『汚点』だろうな」


 それはダニエルから発せられた言葉だった。それまでの丁寧な口調は消え、彼は首元を撫でながらゆっくりと起き上がった。


「『汚点』だとか『恥』だとか……俺たちがどれだけ愛し合っていても、“公爵家の血”とやらはそれを許さないらしいじゃないか」

「なんだと……?」

「家(・)族(・)のくせに気づいていなかったのか? オリヴィアはあの家からずっと逃げたがっていたんだ」


 ダニエルはそう言うと、血走った眼でラインハルトを睨みつけた。


「シューゼノクト公爵家の名を傷つける真似は絶対にできない……その言葉にどれだけ彼女が苦しめられていたか、あんたは知っているのか? オリヴィアを殺したのはお前らだ!」

お読みいただきありがとうございます。

次話は本日26日19時投稿予定です。

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