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公爵閣下のご依頼は花の香りと共に  作者: 青戸部ラン


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第十四話 繋がる謎

 寝ている間、何か夢を見たような気がする。

 もしこのまま目が冷めなかったらそれでもいいかと思ったものの、ジェシカは徐々に浮上してくる意識に身を任せることにした。


「……ここは」


 ゆっくりと瞼を持ち上げると見慣れぬ天蓋が飛び込んで来た。体を動かそうとしたものの、鉛のように重くすぐに諦める。その体を包むのは柔らかな羽毛布団の感触だ。こんな高価な家具、あの貧乏事務所にあるわけがない。


(そっか。私、調香店で襲われた後、閣下に運ばれて――)


 記憶を辿ながら、視線をずらしていくとベッドの側でじっとこちらを見つめる青年がいる。

 深い青の瞳に端正な顔立ち……ラインハルトだ。


「ガーヴィス、お医者様を。彼女が目を覚ました」

「かしこまりました」


 ラインハルトは背後に控えているガーヴィスに命じた。その間も視線は動かず、ジェシカから外れることがない。それはまるでジェシカが目覚めるのを待っていたかのようだった。

 何か言いたげな眼差しに、あぁ……と察する。

 彼が調香店に現れた理由は知らないが、王城の騎士を引き連れていたということはきっとあのメイドが関係しているのかもしれない。とすれば、あの男たちを追っているということ……。


(もし私が巻き込まれていなかったら、あの男たちを二人とも捕まえられていたかもしれない)

 

 ――じゃあね、お嬢さん。またどこかで……

 脳裏に若い男の声が甦る。同時にこみ上げる悔しさに、ジェシカは唇を噛んだ。

 

「……すみませんでした。私がいなければ、捕まえられたかもしれません」

「はは……まだ何も言っていないよ」


 そう言って困ったように笑う彼の眼差しは優しい。

 

「だいたいの事情はガーヴィスから聞いたよ。でもまさかあんなところにいるなんて思わないから、びっくりした」

「この前、王城で見かけたメイドが店の中に入って行ったんです。そうしたら急に襲われてしまって……不用心でした」

「そうか……」

「本当にごめんなさい」


 ジェシカの謝罪が部屋に響く。

 少しの沈黙の後、ラインハルトは静かに息を吐いた。

 

「怖かったよ……君が死んじゃったんじゃないかと思って」


 それは落ち着いた声だったが、わずかに震えているように聞こえた。

 ラインハルトを見るとフッと視線を逸らしてしまう。その表情はまるで迷子になった子どものようだった。


「もう誰かが死ぬのはこりごりだ……」


 重く落ちたその言葉への返事が見つからず、ガーヴィスが戻ってくるまでジェシカは沈黙を破ることができなかった。


 §


 医師の診察では傷に問題はなく、体が鈍るので少しずつ日常生活に戻していくようにとのことだった。

 そうと聞けば途端に元気が湧いてくる。軽い食事を準備してもらい、完食する頃には体の重さは消えてしまっていた。


 そんなジェシカを苦笑いで見つめながら、ラインハルトは何が起こっていたかを説明してくれた。


「僕たちはあのメイドを調べていたんだ」

「彼女に何が?」

「あのメイド――ロアンナは数ヵ月前からある薬に依存していたらしい」

「ある薬……」


 その言葉にロアンナから漂っていた甘い香りを思い出す。ハッとラインハルトの顔を見ると、彼はジェシカの眼差しに応えるように静かに頷いた。


「きっと君の想像通りだ。その薬というのは最近、街中で女性の間に流行っている香なんだ。甘い花の香りで、香水のように使う者も多いとか。しかし香というのは仮の姿。ふたを開ければ中身は違法薬物――多幸感を得られるとうたっているらしい。だが使用し続けることで幻覚に襲われたり傾眠状態に陥ったり、果てには身体の機能不全に陥っていずれは死に至るのだそうだ」

「そういえば女性であれば子どもが流れてしまったり、将来的に子どもが持てなくなることもあると、医師が話していました」

「えっ!」


 ラインハルトの説明にガーヴィスが思い出したように付け加える。驚きの声を上げたのはラインハルトだ。ガタンと椅子の音を立てて焦ったように立ち上がる。

 

「そんなの初耳だぞ? 『将来的に』って、ジェシカは大丈夫なのか?」

「は、はい。彼女はほんの微量しか摂取していないので問題ないだろうと……」

「そうか……あの医者め、なんで僕に言わないんだ?」 


 安心したように椅子に戻るラインハルトは一気に疲れたように見えた。しかしジェシカは二人の会話を聞きながら、妙に冷静になっていた。


(そうか。オリヴィアさんがあの小窓を開けた理由はそういうことだったのね……)


 頭の中で点と点が線となってつながっていく。

 

 ロアンナと同じ香りを纏ったミレーユ。

 薬物がもたらす幻覚、そして流産。

 あの部屋に残されていた編みかけの小さな靴下。

 そして、不自然なほどに物の少ない、がらんとしたオリヴィアの部屋。


(間違いなくオリヴィアさんは殺された。その犯人はきっとミレーユ先生だわ。そしてミレーユ先生もまた、薬物に取り込まれている一人……)


 だがそれだけでは違和感が残る。

 いくら信頼の厚いミレーユでも、令嬢の私物を何度も持ち出していたら怪しまれるに違いない。


(だとしたら誰かが手引きしている。それなら全部繋がる——)

 

 しかしミレーユを手引きした黒幕が、あの屋敷の中にいるのだとしたら——

 その可能性に行きつき、息を呑んだジェシカの視界にラインハルトの横顔が映る。

 ジェシカがたどり着いた答えはこの寂しがりの公爵閣下にはつらい真実かもしれない。それに……なんとなく彼が悲しむ姿は見たくなかった。


「閣下……」


 ジェシカは静かに口を開いた。


「何となく事件が見えてきました」

「本当かい?」


 その言葉を聞いたラインハルトの顔に生気が戻る。

 一方で彼の背後のガーヴィスの顔がわずかに曇った。きっとガーヴィスはまだオリヴィアの部屋で発見したものについて、彼に話せていないのだろう。

 でもまだそれでいい……。二人の間にはジェシカの知らない絆がある。ガーヴィスならジェシカが促さずとも時機を見て最適な形で伝えてくれるだろうから。

 

 ジェシカはゆっくりと息を吸った。


「けれど……その前に閣下にひとつ、お願いがあります」

お読みいただきありがとうございます。

次話は明日26日朝7時更新予定です。

ちなみに明日から一日二話更新する予定です。よろしくお願いします。

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